椎名林檎×児玉裕一|映像でたどる21年間、執念の歴史

椎名林檎の楽曲と“時間”の関係

──2018年、「椎名林檎 ひょっとしてレコ発2018」というタイトルで始まったツアーは、実は「椎名林檎と彼奴等の居る真空地帯(AIRPOCKET)」が本当のタイトルであるということがライブ中に明かされました。ああいった仕掛けにおいても、椎名さんをはじめとする演者のフィジカルとセットリストと共に、映像が効果的に作用していたと思います。観ている側の時計やカレンダーをぐるっと狂わせるというか。

児玉 ひとえに楽曲の力ですよ。ただ、確かに椎名さんの楽曲と“時間”は密接な関係のものが多いですよね。残り時間とか、タイムリミットとか。僕は巻き戻しとか早送りとか停止とか、時間を操作するような映像はわりと得意なので、うまくハマるといい効果を生んでいるのかもしれませんが。

──「青春の瞬き」の終盤で見られる空撮映像の演出などですね。

児玉 でもあまり具体的に時間をいじりすぎてもよくないので、そこは難しいところですね。

──あと、監督のグラフィックの個性の1つとしては、ビデオでもライブでもネオンを多用している印象があります。

児玉 ネオンは光であると同時にメッセージでもあるというか。テーマとしてもデザインとしても強く成立するので、よく実写の素材に溶け込ませます。あと、すごく速いスピードでチリチリと点滅する光の具合や発色の具合が、椎名さんの楽曲にすごく合うと思っていて。結局、ひと言で言っちゃうと“好き”なんです(笑)。あの、僕のMVの考え方って、たぶん、すごく原始的なんです。人は大きい音が出るとびっくりする。そこに“大きな音っぽい映像”が加わるともっとびっくりする。そんな原始的な原則なんです。音からカメラワークを分析して、映像で風を発生させるというか。クラブでVJをやっていたし、音に殴られるという体験や、ビートに忠実な画が出てる快感で育ってきたので。

椎名 ビデオ制作も、つまりは音と映像のセッションですからね。あと、監督はナレーションもよく担当していますね。「ニュートンの林檎」のCMも監督の声です。

──そうなんですか!?

児玉 ええ(笑)。

椎名 「能動的三分間」も「女の子は誰でも」も。幅広い音域を誇ります。ナレーションのご用命は黒猫堂かvivisionまで。ご依頼お待ちしております。

絶対に譲れないもの

──今回は「性的ヒーリング ~其ノ伍~七~」と同時発売で、「The Sexual Healing Total Orgasm Experience」もリリースされます。こちらは言わば椎名林檎ミュージックビデオの“全部盛り”です。「性的ヒーリング」というシリーズのタイトルの由来は……。

椎名 それはもう1998年当初より一途にマーヴィン・ゲイです(※1982年にリリースされた「セクシャル・ヒーリング」という楽曲がある)。

──やはりそうですよね。改めて全作を鑑賞しましたが、椎名さん、本当にいろんなビデオを撮ってきましたねえ。

椎名 恐れ入ります。都度都度お話ししてきた通り、私の詞曲は日記や自分の日常を描くのとは違う。歌舞伎やバレエ、古典の演目のような普遍性を目指しています。あとでさまざまに解釈し直し、作り替えられるほどの強度を持たせねばならないのです。毎回、レシピの基本形を提案する感覚です。と、なりますと、初めにビジュアル化されるビデオには慎重にならざるを得ない。それぞれのテーマをどうチームで表現したものかと苦心してきました。デビューからしばらくは、当時の関係者の方からの「アーティスト本人の実像をドキュメントとしてプロモーションするのも演出の1つ」という声にも中途半端に応じていた。そしてわずか2年ほどで、まったく辻褄が合わなくなってしまった。結局、今思うと、その虚実綯い交ぜのブランディングが昔のビデオの作風においても大きな特徴となっているのかもしれませんね。

──所属レーベルだった東芝EMI(当時)をはじめ、紀文の豆乳とかジレットとかPAUL & JOEとか、実在のプロダクト・ブランドを宣伝する架空のCMまで作られていましたが。

椎名 確かああいうタッチはほとんどがウスイヒロシ監督(※近年では「公然の秘密」を監督)の発案でした。そこから欲が出てしばらくシリーズ化していた気がします。あちらからタイアップをいただいていたのではなく、こちらから企業に許可をいただきにうかがって、あとは各監督が作ってくださっていました。

──いい時代でしたねえ(笑)。

椎名 ねえ(笑)。「こういう見本を用意しました。後々、本気でターゲットを設けて書かせていただきますから、その際はぜひご検討ください」と試作品をPRしているつもりでした。今日の作家としての仕事への姿勢を当時なりに証明したかったのだと思います。

──20年前と現在で、ビデオ制作における環境の変化というと?

児玉 それはやはり機材でしょうね。特にカメラが昔よりも格段によくなった。誤解を恐れずに言えば、あまり経験のない方がとりあえず撮っても、雰囲気でいい感じに撮ることができます。

椎名 音楽シーンにおいてもそうですね。

児玉 そう。でも、やっぱり僕はジェットコースターのレールなりストーリーを敷いたうえで、ガツンとくるような映像を撮りたい。あるシーンを迎えると、すべての謎や現象が融解していくような感じとか、人間の感情の起伏を感じてほしくて。

椎名 絶対に譲れないですよね。雰囲気モノは作らない。「長く短い祭」でSAYAが海辺の公園で踊り狂っているシーンも、曲とシーケンスの辻褄が合っているからこそ、自分で書いた曲なのに思い出すだけで胸が詰まってしまう。たぶん、私がコードではなくメロディを記憶装置として機能させているのとまったく一緒で、根拠があるうえで計算が付いて来れば、当然強い。構造がしっかりとしているから、いくらキャストやアイデアが乗っても崩れない。もちろん、それぞれのキャスト自体も尊いんですが、やはりそこになんらかの生理的原理が入っていないと、ビデオはまったく意味のないものになってしまう。監督による辻褄の合ったシーケンスこそが、キャストの存在をお客さんの心に強く刻んでくれているのだと思います。

児玉 椎名さんはガラスを割ったり(「本能」)車を真っ二つ(「罪と罰」)にしてきた印象があまりにも強すぎるので、それを超えるのはなかなか大変だなあといつも思います。でも、椎名さんは本当にいろんな魅力にあふれている方なんで、それをビデオで伝えていきたいとも、常日頃、思っています。

椎名 そんな。ありがとうございます。

児玉 時代は変わっていくし、今後、音楽シーンの中でMVの役割がどう変化していくのか、僕にはわからないけど、個人的には文化としてちゃんと残ってほしい。アーティストの中には、あまりMVに重きを置かないスタンスの方もいらっしゃいます。そうした中で、椎名林檎みたいなアーティストが、手を抜かずにMVを作ろうと思ってくれて、時には体を張って回し蹴り(「熱愛発覚中」)までしてくれるのは、とても尊い。これから登場する若手のアーティストの方々に、「椎名林檎みたいなMVを作りたい」と思ってもらえるようなラインナップにしていかなければと思っています。

椎名 うーん、お恥ずかしい。おそらくレコードバブル当時と配信中心の今とではビデオにかけられる予算も、だいぶ違うはずです。でも、監督はそんな裏事情を一切感じさせないスケールとクオリティでもって作品を仕上げて観せてくれる。どれも気に入っていますし、感謝しています。

児玉 「鶏と蛇と豚」はいろいろ爆発しちゃったけどね。

椎名 反省はするものの後悔はしません。

児玉 そうだね。でも、もう少し曲がライトだとまた違ったビデオが……。

椎名 え。私、軽めの曲だって書いてますけど? ご自分がビデオの推し曲選んでるじゃん。「逆輸入」のときだって、「『プライベイト』や『真夏の脱獄者』はいかがですか?」と推薦したのに「『青春の瞬き』でいかせてもらいます」ってご自分で一番重いものを手にされたんじゃないんですか? ていうか、結局「早く曲よこせよ」って言いたいんでしょ。

児玉 まあ、それはあるけど……(笑)。

椎名 そんなこと言うならこっちだって。

──では、お話はこのへんで。今回はありがとうございました!