椎名林檎×児玉裕一|映像でたどる21年間、執念の歴史

“くうねるあそぶ。”がテーマの「浪漫と算盤」

──その宇多田ヒカルさんをゲストに招いた「浪漫と算盤」については?

児玉 僕は最初、「浪漫と算盤」というタイトルを聞いて、2人がレストランで楽しくおしゃべりしているところをこっそり撮ろうかと。たまにはそういうユルいのがあってもいいかなって。

──確かにそれはそれで見たい(笑)。

児玉 でも、その後、「あ、これは“くうねるあそぶ。”がテーマだな」と気が付いて。

──おお、懐かしのCMですね(※1988年に井上陽水が出演した「日産セフィーロ」CMのキャッチコピー)。

児玉 で、椎名さんを交えたスタッフと話しているうちに、2人ともテトリスがお上手なので、算盤とテトリスが僕的にはパチンとハマって。この2人が遊んでいるのは面白いなあと。理性的なルールだけど、すごく感情的になるときもあって、ゲームの中にも“浪漫と算盤”が存在する。

椎名 日頃、作詞もテトリスみたいにデザインしているし。あと私からは、「スタイリングとヘアメイクに関して、とにかくマニッシュにしようと訴えました。ヒカルちゃんの生命体としての色気のみが浮き彫りにされるように」と口酸っぱくお願いしました。

児玉 そうすると背景は無機質なほうがいいかなって。で、食事会のアイデアも僕の頭の中に残っていたので、結果としてああいう形に落ち着きました。

椎名 確か無機質じゃない可能性も考えてくれていましたよね。もっとゴージャスな感じというか、キャバレーみたいな感じの。

児玉 でも、あの完成したビデオのお店も、僕の中ではけっこう高級なお店という設定でしたね。あと、あのゲーム、テトリスじゃないですからね。テトリフっていうんです。

──テトリ“フ”……(笑)。

児玉 お二人ともテトリ“ス”にはすごいこだわりをお持ちなので、現場でも、「こういう消し方ないなー」とか「ここには置かないかも」みたいなことをおっしゃっていましたね。

椎名 2人から口々に「ないよねえー、ありえなくない?」とか言われて監督タジタジでしたよね。

──ビデオのお二人の様子から、SNS上では“神々の遊び”“神々の戯れ”といった言葉が見られました。

児玉 僕も言っていました。だから、たぶん、最初に言ったのは僕(笑)。

椎名 “戯れ”は監督自ら発信しましたね。

──宇多田さんとは「二時間だけのバカンス」もありましたが、ちなみに監督から見て、被写体としての宇多田ヒカルさんにはどんな印象をお持ちになりましたか?

児玉 椎名さんもよくおっしゃるけど、まず生命体として素晴らしい。強い生命力を感じるというか。あと、撮影で言えば、リップシンクがものすごくお上手で。

椎名 すごいんです。私はうわーって大きな声で歌っちゃって、しかも声と口がズレがちなんですけど、ヒカルちゃんはまったく声を出していなくても情感が込もった表情になって、しかもズレないんです。

児玉 編集作業で、ここで(素材映像を)切ろう、みたいな瞬間に、ちょうどよく、すごくいい動きがあって。「おっ、ヒカルさん、キタッ!」みたいな場面がたくさんあります。ちょうどアップの場面で、イヤリングがキラッて光ったり。あれは光も彼女がコントロールしているんだと思います(笑)。

椎名 有り難え!

児玉 そういう彼女のすごさを、僕はこっそり楽しんでいました(笑)。

ご贔屓さんが私たちをエスカレートさせてくれた

──児玉監督は東京事変のツアー以降、椎名さんのライブ本編において流れる映像のディレクションも手がけられていて、そこも椎名・児玉コンビの個性というか、大きな強みだと思います。

椎名 ありがとうございます。

──ライブ本編ではMVが活用されることもあれば、ものすごく手間と時間と予算をかけた数々の新しい映像を、言ってしまえば“わざわざ”作られていますよね。

椎名 我々、執念深いんですよ。

児玉 執念。うん、そうだねえ。

椎名 健康と引き換えに。

──いい言葉だなあ(笑)。

児玉 次回の周年は、「執念」というタイトルで。

椎名 ナゴムレコードっぽくない?(笑) でも本当に執念しかないですね。絶対に伝えよう、お客さんに起こったあらゆる事件をも飾り付けたいという執念だけ。あとはありがたいことに、ご贔屓さんの質が私たちをどんどんエスカレートさせてくれた。ライブが終わってもずっと拍手していてくださるお客さんがいらっしゃるじゃないですか。すると、じゃあ、その時間に何か映像でも、という発想にもつながるし。

児玉 椎名さんのライブには映画のような物語性があるので、僕が最後にエンドロールを付けたくなったんだよね。

椎名 そうですね。字幕は頼んでいたけど、エンドロールは監督が自発的に作るようになって。

児玉 僕、MVでもエンドロール職人ですから。

──たしかにアウトロもエンドロールも無茶苦茶凝った作品が多々見受けられますね。

椎名 3分の曲だったらだいたい4分になる。

児玉 本編で使わなかったいい画を使ったりしてね。あとはさらに細かい話をすると、タイトルを出す瞬間は、自分の生理がとても顕著に表れますね。「鶏と蛇と豚」みたいなタイミングでドーンと出すこともあれば、「青春の瞬き」のように、中盤以降でポンっと出すほうがグッとくるときもあって。僕は字幕のタイミングにもこだわるんですが、字幕が入るタイミングでMVのテンポが案外決まってしまう。映像における打楽器みたいなものですね。あと字幕が連続で入るのがどうしても許せなくて。1回消したいんですよ。

椎名 「目抜き通り」のことは言わなくていいの?

児玉 ああ、あのビデオではタイトルが出たあと、ふっと消えていくときに、1回赤でグッと滲ませてからパッて消しているんです。昔の映画ってフィルムに焼き付けてフェードインとアウトをさせていたから、その感じを出したくて。

──おお。だからあの余韻が生まれるんですね。

児玉 そうなんです。全体の画質は落としたくないけど、古きよき時代を感じさせたかったので。