関取花なりのポップスの定義とは
──今年の成人式のタイミングで、アルバムから先行でリリースされたのが「二十歳の君よ」でした。成人を迎えた方たちへ送る歌として聞こえるのと同時に、独立を果たした2025年の年明け一発目にリリースされたことを踏まえると、花さんが二十歳だった自分自身に向けて歌ってるようにも聞こえます。
最初にワンコーラスだけ作ったときは、自分が二十歳だった頃を思い浮かべながら制作していたんです。そこから歌詞を書き足していく中で、今の自分から二十歳を迎える方たちに伝えられることがあるなと思い、2番以降はそういう言葉も混ぜていて。歌詞を書いてるうちに、二十歳になるまで誰かが育ててくれたんだよなという目線も入ってきたりもしました。
──親の目線というか、俯瞰した目線ですよね。
はい。「二十歳」というキーワードを繰り返して歌っていく部分があるんですが、別に年齢だけの話じゃなくて、例えば親になって20年とか、会社を始めて20年とかいろんな“二十歳”があるなと思ったんです。何かが始まって、時間が過ぎていって、最終的に何かの形にはならなくても、その過ごした20年のうちに何かしら大事なものをきっと受け取っていた……そういうことを歌詞にしました。
──「これまでの日々があることを その胸に抱いて行けばいい」という一節から、ポジティブなこともネガティブなことも丸ごとも引き受けるたくましさを感じます。すでにこの曲に表されているかもしれないと思いつつ、花さんが二十歳の自分自身に言葉をかけるとしたら、どんな言葉をかけたいですか?
「そのままでいいよ」ですかね。変なメイクをしたり、変なファッションをしたり……ほかにもいろいろありましたけど、振り返れば全部最高だったと思うので。
──「VRぼく」には、「労働ばっかしてたら 死にたくなるから 今日は人生休みます」という歌詞があって、これほどまでに現代人の切実な本音をストレートに歌にできるミュージシャンは決して多くはないと思いました。「がんばろう」と背中を押す王道の応援ソングではないかもしれませんが、この時代を生きるうえでの切実さに真正面から寄り添い、まっすぐに代弁するという意味で、この曲も花さん流の応援歌の1つなのかなと思います。
ありがとうございます。「今は嫌なことを忘れて踊ろう」とか、もしくは「タフに向き合おう」とか、そういう考え方の応援ソングも好きだったりするんですけど、でもやっぱり自分が作るのならば、自分にしか書けないものにしたくて。私の曲は「説教臭い」とか「また耳が痛くなるような言葉を……」みたいなことも言われるんですけど、一発でもいいから、1回でもいいから、グサッとくるものを残したいと思ってしまう性分で。自分の音楽をサブスクで繰り返し聴いてもらいたいのであれば、理に適ってないかもしれないんですが、「聴いたらなんかがんばれそう」じゃなくて、私の曲をヒントに「こうやったらがんばれるかもな」というところまで持っていきたい。耳が痛いことを言うので、何度も繰り返し聴いてもらえるかはわからないんですけど、5年後、10年後も心に残るものを作りたいですし、それが私なりのポップスの定義なのかもしれないです。
最終的に「わるくない」って思えたら
──最後に「会いたくて」という曲が収録されていますが、この曲の「たった一人の恋人と 片手で足りる友達と なんでもないようなことをして 笑ってみたい 笑いたい」という歌詞に、花さんらしさが特に色濃く詰まっていると感じました。
まさにこの曲はその歌詞から書いていった曲で。30歳にもなると、人間関係がある程度精査されてくるじゃないですか。
──両手で数えられていたよく遊ぶ友達が、いつの間にか片手で数えられるようになっていく、と。
そうそうそう。実際に片手かと言われると、私はありがたいことに友達には恵まれていてもう少しいるんですけど。ただ地元の友達、学生時代の友達、仕事でご一緒するミュージシャンの友達……というようにカテゴリーで分けて数えるとしたら、片手で足りると思うんですよね。そういうふうに考えていったときに、これだけのカテゴリーの友達がいたら、私の悩みはすべて解決できるし、足りないものは何もないなと気付いた瞬間があって。それがちょうど「わるくない」という曲ができたときと重なっていて、「あ、この人たちが仲よくしてくれている関取花でいる限り、たぶん私は、人としてわるくはないな」と思えたんです。そのとき、歌詞にしようと思っていたわけではないんですけど、「片手で足りる友達」という言葉を携帯にメモしていて、それを「会いたくて」の歌詞で使いました。
──「たった一人の恋人と 片手で足りる友達」は、顔が具体的に浮かぶ人たちのことを指していると思ったんですけど、一方で同じ曲の中に「誰か」という歌詞も出てくるんですよね。そこがすごく不思議というか、面白いなと思いました。
自分でも不思議だなと思ってるんですよ。自分は“会いたくて”というよりは、そういう人たちに“会えた”のに、歌詞にしたときに出てきたのは、なぜか“会いたくて”という言葉だった。「こっちのほうが共感を呼べるだろう」とか考えながら曲を書けないんで、本当に勝手に出てきた形がこれだったというだけなんですけど。
──なるほど。会えた、という実感が起点になっていると。
はい。この人たちに会いたくて、これまでもがいてきたんだろうなって。そう思いながら書いたような気がします。
──「誰か」という言葉が出てくることで、過去と現在と未来を行き来しているようなニュアンスも生まれているように思います。
そうかもしれません。この曲を最後に持ってきた理由にもつながるんですけど、私は何事も時間が経てば変わっていくと思ってるんですよ。友達だってケンカして疎遠になっちゃうかもしれないし、たった1人の恋人のつもりがほかに好きな人ができてお別れすることになるかもしれない。でもそういうことを永遠に繰り返していくのが人生なんじゃないかなって。いろんな経験をして、失敗して、「あの子とケンカしなきゃよかった」とか「あの人にしとけばよかった」とか思いながら、何十年もこの先も生きて、最終的に「わるくない」って思えたらいいなと。
弾き語りでも自信を持って届けられる
──この曲が最後にあって、また1曲目の「わるくない」にループして……ということですよね。サウンド面についても聞かせてください。今作では、近年、制作やライブでタッグを重ねてきた加藤綾太さん(G)、藤原寛さん(B)、岡田梨沙さん(Dr)とのバンド感が非常に色濃く出ているように感じました。
私はいつも弾き語りのデモだけお渡しして、バンドメンバーと一緒にスタジオに入ってアレンジを詰めていくんですけど、3人に共通しているのは、「花ちゃんがどう思うかわからないけど、俺は、私は、これが正解だと思う」というものをきちんと作って持ってきてくれること。確信を持って仕事をする人と一緒にやりたいという気持ちが最近強くなってきているので、3人と一緒に音楽を作るのはすごく楽しいです。一緒に初めて音を鳴らしたときから3人それぞれがやりたいことが伝わってきた一方で、みんなライブ強者なので、私のイメージを汲みとって別のアイデアを出してくれる柔軟性もあるんですよ。
──今回はエレキギターが高らかに鳴る曲も多いですが、一方で、どの曲も花さんの歌が真ん中にあるという点が共通している。その軸は守りつつ、それぞれの楽器のサウンドが自由に鳴っていて、4人のバンドとしてのケミストリーを随所に感じる作品でした。今作の曲がバンドセットのライブで披露されるのも楽しみですし、弾き語りでは、それとはまた異なる響きを放つのだろうと想像します。
ありがとうございます。ここ数年リリースした曲で言うと、アレンジがすごく好きだなと思う反面、弾き語りだとちょっと違うなと思う曲が多かったのが悩みで。その原因は足し算を重ねて曲を作っていったからで、たぶんキャリアを重ねていくうえでみんな通る道だと思うんですよね。でも今回の曲はシンプルで歌詞も強いし、声を張る以外の表現でもスイートスポットを聞かせられたり、自分の得意な歌い方ができたりするので、弾き語りでも自信を持って届けられると思います。
──独立の話ともつながるかもしれませんが、アコギの弾き語りという最もミニマムな形態で鳴らされたときにこそ、花さんの内から出てくるものが特に色濃くにじみ出てくると思うので、とても楽しみです。
引き算の美学に落ち着いた結果、独立して1人になりました(笑)。でも、それもわるくないなって思うんです。
公演情報
ひとりぼっちもわるくない
- 2025年5月24日(土)京都府 someno kyoto
- 2025年5月25日(日)愛知県 Tokuzo
- 2025年6月7日(土)香川県 SUMUS cafe
- 2025年6月8日(日)愛媛県 松山Monk
- 2025年6月14日(土)福島県 フォーク酒場6575
- 2025年6月15日(日)宮城県 カフェ モーツァルト アトリエ
- 2025年6月28日(土)石川県 もっきりや
- 2025年7月5日(土)北海道 musica hall cafe
- 2025年7月19日(土)広島県 Live Juke
- 2025年7月20日(日)岡山県 城下公会堂 in KOTYAE
- 2025年8月2日(土)兵庫県 旧グッゲンハイム邸
- 2025年8月3日(日)大阪府 Soap opera classics
- 2025年8月9日(土)福岡県 ROOMS
- 2025年8月23日(土)東京都 雷5656会館
プロフィール
関取花(セキトリハナ)
1990年12月18日生まれの女性シンガーソングライター。幼少期をドイツで過ごし、日本に帰国した後の高校時代より軽音楽部で音楽活動を始める。2019年5月にミニアルバム「逆上がりの向こうがわ」でユニバーサルシグマからメジャーデビュー。2021年3月にメジャー1stアルバム「新しい花」、2022年7月に2ndアルバム「また会いましたね」をリリースした。デビュー15周年という節目を迎えた2025年2月に独立を発表し、自主レーベル・NOKOTTA RECORDSを設立。5月にNOKOTTA RECORDSからの第1弾リリースとなるアルバム「わるくない」を発表した。5~8月に弾き語りツアー「ひとりでもわるくない」で、全国14カ所を回る。