1991年に発表された第1作「聖剣伝説 -ファイナルファンタジー外伝-」以降、正統派ファンタジーの世界観を持ったアクションRPGとして長きにわたって愛されてきた「聖剣伝説」シリーズ。近年はスマートフォン向けのアプリゲームや過去作のリメイクが続いていた同シリーズだが、今年8月に約17年ぶりの完全新作タイトル「聖剣伝説VISIONS of MANA」(以下「聖剣伝説VoM」)が発売された。
「聖剣伝説VoM」は、アクションRPGとしての「聖剣伝説」の“正統進化版”を目指して制作され、音楽面でもそうした魅力を引き継ぐように「聖剣伝説2」以降シリーズの楽曲を手がけてきた菊田裕樹氏を筆頭に、関戸剛氏、山﨑良氏といったおなじみの作家陣が集結。聖剣やマナの樹、その世界に暮らす人々の思いが折り重なるようにして展開される切なくも温かい物語に彩りを加えている。
ゲーム発売から数カ月が経ち、エンディングを見届けたプレイヤーも多いタイミングで、音楽ナタリーでは菊田氏、関戸氏、山崎氏、そして過去のタイトルにも関わり、シリーズのサウンドディレクターを務める山中康央氏に話を聞いた。
取材・文 / 杉山仁
「聖剣伝説」らしい音楽とは?
──「聖剣伝説」シリーズは長きにわたって愛されてきたシリーズですが、皆さんが考える音楽面での「聖剣伝説」らしさとはどんなものなのでしょうか?
菊田裕樹 僕が思うのは、作家たちの中に“らしさ”があるのではなくて、ゲーム自体が持っているファンタジーやRPGの要素、そして主人公がパーティを組んで戦い、さまざまな人に出会っていくという、作品で描かれるドラマそのものに「聖剣伝説」らしさがあるということですね。やはり、ゲーム音楽はゲームに寄り添うべきものなので。そういう意味で一番“「聖剣伝説」の音楽らしさ”を作っているのは、シリーズを通して象徴的に描かれてきたマナの樹だと思います。あの樹が象徴する世界がそのまま音になっていたら、それが一番「聖剣伝説」らしい。どんな形で自分の中の手札やスキル、センスを使ってマナの樹を音にしていくのかが、このシリーズの楽曲制作にとって大切なことだと思っています。
──「聖剣伝説」シリーズの音楽は、エリアごとにさまざまなジャンルが取り入れられていて、ゲームを通して世界を旅しているような感覚になれることも特徴です。
菊田 映画で言えばロードムービーのような感じで、新たな場所に移ると、行った先には必ず“そこだけ”の音楽があって、その場所に暮らす人たちや空気感も一緒に表現しています。僕がやりたかったのは、ゲームの中の音楽に現実の民族音楽なども取り入れることによって、実際に暮らしている世界のいろんな地方や国にある、僕らにとっては未知とも言える音楽を子供たちに聴かせたい、ということでした。そうすることで、「世界にはいろんな国があるよ」「いろんな人たちがいるよ」ということを体験してもらえたらと考えていたんです。
──未知の場所を舞台にしたファンタジーRPGならではの冒険のワクワク感が、世界各地のさまざまな人や文化と出会う際の高揚感になぞらえて表現されているんですね。
菊田 例えば、「聖剣伝説」を遊んだ子供たちがバリ島の音楽であるケチャなどを初めて聴いて「なんじゃこりゃ!」となっても、それはそれで面白いんじゃないかと思うんですよ。
山中康央 「聖剣伝説VoM」は「聖剣伝説2」や「聖剣伝説3」の正統進化版として制作を進めていました。そのため、その2作品で菊田さんが蓄積されていたさまざまな種類の音楽のフレーバーも、作品の随所にちりばめられています。どこか呪術的なものやエスニックな音楽、プログレッシブなサウンド、オーケストラの要素など。今作には音楽的にもさまざまな要素が入っていて、それらをすべて合わせたものが「聖剣伝説」らしさなのかな、と感じたりしています。
──「いろいろな要素があることが『聖剣伝説』の音楽だ」と。
山中 はい。そのうえで、山崎ならメロディアスなものが得意だったり、関戸さんならロックっぽいものが得意だったりと、それぞれに個性を発揮できる分野があります。そして、菊田さんには……「菊田さんらしいものを」と依頼して、その通りの音を上げてもらいました。
菊田 ははははは。
小山田プロデューサーの熱い思いを受けて
──「聖剣伝説VoM」は「聖剣伝説」シリーズにとって約17年ぶりの完全新作となりました。
山中 実は「聖剣伝説3 TRIALS of MANA」(以下「聖剣伝説3 ToM」 / 2020年発売)の時点で、完全新作を作る前提で音楽面でのトライアルも行っていました。例えば、菊田さんとオーケストラアレンジを担当する宮野幸子さんに実験的にタッグを組んでもらってどうなるかを検証したところ、とてもいいものができたので「聖剣伝説VoM」でもその座組を採用しました。
菊田 実は「聖剣伝説3ToM」のレコーディング中に、まだ今作のコンセプトも何もない、文字通り影も形もない段階でプロデューサーの小山田さん(小山田将氏)が「完全新作を作りたいという思いがある」という話をしてくれて。せっかくレコーディングの機会があるので、「そのための音楽を作りたい」と提案してくれたんです。その時点では小山田さんの中にも明確なイメージはなかったのかもしれないけれども、熱い思いが確実にあるのを感じたので、彼の中の「聖剣伝説」への思いを僕が音楽にするような形でレコーディングをしました。実はそれが今回のメインテーマ「楽園の絆」なんです。つまり、「聖剣伝説VoM」のテーマは、まだゲームが何もない状態で小山田さんと話し合いながら作曲し、僕と宮野さんとでレコーディングしたものです。
──なるほど。コンポーザーの皆さんの役割分担については、どんなふうに考えていったんでしょう?
山中 今回、菊田さんに関しては、シナリオやカットシーンでの音楽、重要な場面の楽曲について担当してもらっています。関戸さんに関しては、得意なロックっぽい音楽を生かしてバトル曲を中心に、一部フィールド音楽も担当していただきました。そして山崎はメロディアスな音楽が好きなので、フィールド曲やタウン曲、それからインタラクティブミュージックに関わるような部分を中心に担当してもらっています。
──まずは山崎さんが中心に担当されたフィールド曲について聞かせてください。どんなふうに取り組んでいったんでしょうか?
山﨑良 僕の中では「聖剣伝説 ECHOES of MANA」(以下「聖剣伝説 EoM」 / 2022年リリースのスマートフォン向けゲーム)からひと続きというか。あの作品でやっていたアコースティックなもの、耳馴染みのいい音楽を今回もやれたらという気持ちがありつつ、「世界中を旅する」というテーマに合わせて地方ごとの色や空気感を意識していきました。ゲーム開発が始まった当初はまだ資料もない状態だったので、風が吹いている草原のような一枚絵のビジュアルイメージとにらめっこしながら楽曲を作った記憶があります。場所ごとに「水」「光」「風」「森」などミニマムなキーワードをいただいて制作していったんですが、「聖剣伝説」らしいネイチャー感は大切にしてました。
──いわゆる王道ファンタジーらしい世界観のことですね。
山中 「聖剣伝説EoM」のメインテーマをパラレルワールド的に使用している楽曲も一部あって、そこも山崎が担当してくれています。
山﨑 あの作品の楽曲を「聖剣伝説VoM」にも持ってくることで、一貫した「聖剣伝説」としての魅力というか、気付く人は気付くような“どこかでこっそりつながっている”という感覚を出したいと思っていました。例えば、菊田さんが手がけられたブースカブーやフラミーの楽曲のような、「そうそうこれ!」という音楽が新作でもかかるとうれしかったりするじゃないですか。そういうものを、せっかくなのでやってみたいな、と。
──関戸さんが中心になって制作されたバトル曲については?
関戸剛 あえてゲームの流れを断ち切るような楽曲にすることを意識しました。山中さんとも相談しつつでしたが、僕としては密かに「浮いてもかまわない」という気持ちで制作をしていて。ゲーム内のそれまでの流れを断ち切ってもいいから、戦闘に向かう登場人物やプレイヤーを鼓舞するような楽曲にすることを意識しましたね。
──バトル曲はときにヘヴィロックやメタルのような音まで織り交ぜた、非常に激しく高揚感のあるものになっている印象です。
関戸 アコースティックやエレクトロといったきれいなものに、あえて激しい音楽を加えてごちゃまぜにするイメージですね。例えるなら「ビビンバ炒飯」といいますか(笑)。一方で、同じ作品の中に三つ星のお寿司屋さんのような王道の曲もあったりするのが「聖剣伝説VoM」の音楽だと思います。
──制作中に印象的だったことはありますか?
山﨑 「聖剣伝説」の音楽はいろんな方が作られていますが、僕の中での共通項はバトルがロック調、ということで。激しめの曲がかかるイメージがあったので、関戸さんが参加されているのは必然な感じがしました。ただ、そうすると「僕が担当するバトル曲はどうすればいいだろう?」と立ち位置が定まらないような感覚もあったんです(笑)。結局、僕が担当したバトル曲もエレキギターを入れてロック要素を出して、関戸さんにも演奏いただいたりして、いい落としどころを見つけた気がします。
関戸 僕は山崎さんと真逆で、バトル曲中心でありつつも、アコースティックな「火の村ティアナ」など一部タウン曲も担当して。「どんなものがいいだろう?」と悩んだことが印象に残っています。いつもラーメンを作っているのに急にカレーを作らなければいけない、と戸惑いながら考えた記憶がありますね。
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指針となったメインテーマ「楽園の絆」