指針となったメインテーマ「楽園の絆」
──制作を振り返って、菊田さんは何か印象に残っていることはありますか?
菊田 まずは、最初にテーマ曲を作ったことで、1つ大きな仕事を達成できたのかな、と思っていました。最初に旗を立てるというか……みんなが目指せるイメージの中心になるようなものを作ると言いますか。僕ら自身も、「聖剣伝説」に「マナの樹」のような象徴となるモチーフがあるからこそ音楽でそのイメージにたどり着こうとするわけですが、それと同じようにテーマ曲が1つあると、みんなでそこに向いていけると思うんですよ。
山﨑 僕らとしては「聖剣伝説3ToM」のレコーディング中に「1曲ゲームに入らない曲があるな。これはなんだろう?」と思いながら聴いていた楽曲が今回のメインテーマ「楽園の絆」で。ただ、この曲が最初から「あっちに向かえばいいんだ」という指針になっていたように思いますね。
菊田 メインテーマは「何になるかわからないんだけど、新しい『聖剣伝説』のために1曲録ってみよう」ということで録った楽曲なんです。僕と小山田さんで話しながら、メロディをいろんな形で出して、それと彼のイメージが合うかどうかを確かめながら作ったものでした。そういう意味では、本当に僕と小山田さんで作り上げた「聖剣伝説」の“本質”のようなものが入っているんだと思います。そして、それを宮野さんがきちんとした形に仕上げてくれて、オーケストラの皆さんと「聖剣伝説VoM」の世界の全部を支えられる楽曲にしてくれました。すごく幸せな生まれ方をした楽曲だと思います。
──「聖剣伝説VoM」の音楽にとってのマナの樹のような存在を作る作業だったのですね。ほかにも気になる楽曲について聞かせてください。山崎さんが担当された「いつまでも」は、作中のある重要なシーンで流れる歌モノになっています。
山﨑 作品の中でも印象的なシーンの1つというか、ある意味「えっ!?」と思うようなところでかかる曲ですね。シナリオ担当の方から先に詞が送られてきて、それを楽曲にしていきました。「急に歌が入ることで違和感がでないかな?」と心配もしましたが、面白い試みなので歌モノを作るイメージで制作を進めました。
山中 最初はメロディに詞がうまくはまらなくて、シナリオ担当の方に「詞を組み替えてもいいですか?」と相談したりしましたよね。海外版だと歌が英語になるので、その部分での兼ね合いもあったんです。
山﨑 そうなんですよね。英語にすると、メロディに乗せなければいけない文字数が変わってしまいますから。
──続いて、関戸さんが担当された「女神葬送歌」についてはいかがでしょうか? こちらも重要なバトルの場面でかかる楽曲です。
関戸 この曲は終盤の戦闘曲なので、要素を全部盛りにしました。本来ならばサビの盛り上がりどころに持ってくるようなクワイアを曲の頭からいきなりドーン!と入れてしまって、そのあともいろんな要素を詰め込んでいます。ロック色も強めにして、シンプルなリズムの上にいろんなもの乗っけていくような、僕の得意なタイプの楽曲ですね。暑苦しいぐらいやってしまおう、と。
菊田 関戸さんらしい曲ですよね。
山﨑 パッと聴いた瞬間に、関戸さんが作られたことが伝わってきた曲でした。
「聖剣伝説VoM」の本質を表現するメロディ
──先ほどから話題に出ている菊田さんによるメインテーマ「楽園の絆」は、ゲームの最初と最後でかかりますが、曲を聴いたときに引き出される感情が変わるのが印象的でした。
菊田 これはゲームの内容に大きく関わる部分なのですが、マナの樹というのは「聖剣伝説」の世界にとっての神のような存在です。ですが、その神というのは、“ただいいだけのものじゃない”ということで。
──「聖剣伝説」は、そういったある種の残酷な面も描かれている作品です。
菊田 そうですね。神様というのは強い力を持つ存在でもあって、その巨大な力はよい方向に働くこともあれば、一方で人を不幸にする方向に働くこともある。マナの世界って、ただハッピーなだけではないんですよね。いろんな力が働いて、いろんな人たちが生きて、そこには幸せもあれば不幸もある。実際、それがいろいろと入り混じっているのが“世界”だと思うし、当然のことながらマナの樹にもいい面と悪い面がある。だからこそ、メロディもそれに足るだけのものでなければいけません。あの「楽園の絆」からメロディだけを取り出したときに、いろんな解釈ができるものであってほしいと思っていました。オーケストラで華やかに鳴らすこともできるし、ピアノ1台でわびしく鳴らすこともできる。それが「聖剣伝説VoM」の本質につながっていたらいいな、と思っていました。
──序盤では細かなストリングスの音色もあって、始まりの予兆を感じさせてくれた曲が、終盤に流れる際にはまったく違う感情を覚える、と言いますか。
菊田 それはマナの樹にも言えることで、ゲームの序盤にあの樹を見たときは「これは楽しいゲームの始まりだ」と思っていたものが、プレイし終わってみると、ある意味それはすごく残酷な力をもつ存在でもあり、人々がそれに命を捧げていたことがわかってきます。そして、そんな相反する2つの側面を僕らの人生も持っていると思うんです。作り手としては、そんなことが表現できたらいいなと思っていました。
コンポーザーたちのイチオシ曲は?
──ほかに皆さんイチオシの楽曲があれば教えていただけますか?
関戸 僕的にいいなと思ったのは菊田さんの「飛び来たれ、翼あるものよ」ですね。金管楽器の音が気持ちいい。それと「ウルール浮遊島」。この曲はエスニック調で、フレットレスベースも使っていて、躍動感があって好きな要素が詰まっている楽曲です。
山﨑 「ウルール浮遊島」は僕も個人的に好きな楽曲で、まだ「楽園の絆」しかないときに一枚絵を見ながら最初に作りました。草原をみんなが走っているようなイメージを思い浮かべましたね。この曲は、初期の試作段階からゲームに組み込まれていたそうで、曲がいろいろとそろってくるまではこれをかけていただいていた記憶があるので、一番長い間聴いてきた楽曲になるかもしれません。あと、作って楽しかったのは、ジュリのテーマ「ひとりぼっち」ですね。この曲もゲーム本編では挿入歌的に歌詞があって、「こんなキャラがいるんだけど」と資料をもらって作曲しました。「とぼけた感じ」や「かわいい感じ」というキーワードを踏まえて削ぎ落としながら作っていくような、キャラの性格を付けていくような作業でとても楽しかったです。
山中 ジュリのテーマも、「聖剣伝説EoM」の楽曲から引用しているんですよ。
山﨑 吟遊詩人のですよね。これは誰も気付いていないはずです(笑)。
──菊田さんは何かありますでしょうか?
菊田 僕が選ぶなら、CDにも入っていて、実際にゲームの終盤でも流れる「さらば甘き口づけ」ですね。悲しい感じの楽曲ですが、この曲、実は小山田さんと「『聖剣伝説』のテーマを作りたい」と言って「楽園の絆」を録音した際、最初に作ったもののボツになって採用されなかったものなんです。ですから、僕にとっては「楽園の絆」よりも先に、「次に生まれる『聖剣伝説』の“何か”になる音楽を作ろう」と思って最初に作ったのが、このものすごく悲しいメロディの曲でした。ですが、小山田さんに「どう?」と聞いたら「これは悲しすぎる」と言われたんですよ(笑)。「ゲームとして子供たちも遊ぶわけですし、もっと明るいものじゃないとイヤだ」と。
──なるほど(笑)。とはいえ、「悲しい」は「聖剣伝説VoM」の物語の本質的な魅力の1つかもしれません。
菊田 そうですよね。なので、ゲームがすべて完成したときに「ほら、合ってるじゃん!」と。そういう意味では、ゲームの何かが僕の中に降りてきた瞬間というか、そういう予兆のようなものを見せてくれたのかな、と思った楽曲です。自分の中では、表のテーマ曲が「楽園の絆」だとしたら、裏のテーマという感じがしていて。そのくらい今回のお話は、運命に従っていく、切なく悲しくもあり、うれしくもある……いろんな側面がある内容なので、それに寄り添う音楽として最初に出てきてくれたのかもしれないな、と思いますね。
本当にいい時代になった
──「聖剣伝説VoM」での楽曲制作は皆さんにとってどんな経験になりましたか?
関戸 ゲーム音楽の制作にはいろんな形がありますが、今回は資料がふんだんに用意されていて、曲によってはすでに動くものを見たうえで作曲したものもありました。「聖剣伝説」はアクションRPGなので、ゲームのテンポ感などに合う音楽を作ることが大切です。そういう意味では、攻撃時の魔法のエフェクトやバトルシーンの派手さなどにも影響を受けましたし、場所が草原なのか、洞窟なのか、荒野なのか……いろんなことを考えながら作曲していく楽しい制作でした。
山﨑 振り返ってみると、長い間作っていた感覚がありますよね。その中でも自分が意識していたのは、やっぱりメロディなのかな、と思います。僕の中で、メロディというのは曲の中でシーンなどをつなぎ留めてくれる目印のようなものだと思っていて。「あの曲どんな曲だっけ?」と聞かれたら、ほとんどの人はメロディを口ずさみますよね。今回もゲームを遊んで下さった皆さんの中にメロディがしっかりと染み付いていて、改めてその大切さを感じました。最近、ゲーム実況系の配信を観るようになったんですけど、プレイヤーの皆さんがどこかのシーンで感動してくれていたり、メロディを口ずさんでくれてたりしていると「よし」と思うことがあるんです。そんなふうに、改めてメロディの魅力を感じた制作になりました。
──菊田さんはいかがでしょうか?
菊田 僕は30年ゲーム音楽を作ってきましたが、「聖剣伝説」が最初に出たのは1991年のことでした。そして、その頃小学生や中学生だった子供たちが、「聖剣伝説」を楽しんで遊んでくれて、そのメロディを今もずっと覚えてくれているというのは、なかなかないことだと思うんです。ゲームだけでなく、音楽に対していまだに強い愛着や情熱を持って「いい!」と言ってもらえるのはとてもうれしいですし、それに足るだけの音楽を作る責任が僕らにはあるとも思っていて。そういう意味では本当に、一生懸命やってきてよかったな、と感じます。今回の「聖剣伝説VoM」も、ずっと「聖剣伝説」が好きで、新しいタイトルを作りたいと思っていた小山田さんと10年以上一緒にやってきてできたものです。そう考えると、これは本当に楽しいことですよね。この歳になっても本当に楽しい。できれば「一生やっていけたらいいな」と思ったりしています。
──初めてコンポーザーとして音楽を担当した「聖剣伝説」シリーズの完全新作が出て、30年以上を経てまたそこに関わるというのは、ものすごいお話ですね。
菊田 昔の状況から考えると想像もしなかったことですよね。当時は今と比べるとゲームの社会的地位も高いものではなかったですし、ましてやゲーム音楽は、音楽の世界の中では認められないという状況が実際にありました。でも、今レコーディングでオーケストラの音源を録ると、奏者さんが皆さんゲームを遊んで育った世代で、「今回の仕事はゲーム音楽なんだ」「子供の頃遊んでたあのタイトルなんだ」と、ものすごく前向きに、情熱を持って演奏をしてくださいます。これは昔からは考えられないことでした。そう考えると、「本当にいい時代になったな」と思います。
プロフィール
菊田裕樹(キクタヒロキ)
1962年、愛知県生まれの作曲家。スクウェア(現スクウェア・エニックス)在籍時に「聖剣伝説2」「聖剣伝説3」「双界儀」の音楽を担当し、独立後も「シャイニング・ハーツ」「エスカ&ロジーのアトリエ~黄昏の空の錬金術士~」など多数のBGMを手がけるなど多方面で活躍している。
関戸剛(セキトツヨシ)
コナミ工業株式会社(現コナミ)を経て1995年にスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社。社外の著名作家の編曲なども多数手がけ、豊富な経験と独自の音楽性でゲーム制作に大きく貢献し、2024年現在、独立しフリーランスとしてゲーム音楽の制作活動を続けている。
山﨑良(ヤマザキリョウ)
1998年、スクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社。入社後より同社作品のサウンド制作に関わり、幅広いタイトルの作曲および編曲を手がける。
山中康央(ヤマナカヤスヒロ)
スクウェア・エニックス所属のサウンドディレクター / コンポーザー。主な担当タイトルに「聖剣伝説」シリーズ、「ブレイブリーデフォルト フライングフェアリー」などがある。