繊細に具体化できるようになった
──2021年にインタビューした段階では「あまり戦略的なことは考えずにやっていきたい」とおっしゃってました。そこは今も変わらない?
もともと根がそうなんですよ。戦略的に物事を考えられないタイプ。それはモーニング娘。のときから変わらなくて。「こういう時期だから、こういうものを出さなきゃ」みたいなことを考えるのが苦手というのが根っこにあるんです。
──EPを3作、シングルを1作リリースして、ついにフルアルバムという流れですけど、その展開も計画していたものではなかった?
ふわーっと、ですね。EPを連続で作りながら「そろそろフルアルバムも考えながらやりたいですねー」みたいな。2023年から杉本陽里子さんがディレクターで入ってくださって。そこから「フルアルバムに向けたバリエーションを考えていきましょう」という感じで話が進んでいきました。
──杉本さんという新しい風を入れることによって、3枚のEPを作ってできあがってきたソロアーティスト鞘師里保像からさらに一歩踏み込むような意図があった?
そうですね。3枚目のEP「UNISON」(2022年11月リリース)はずっとやりたかったダンスミュージックに全曲ガッツリ取り組んで、音作りやダンスを含めてしっかり形になったと思ったので、そこからさらに……私の音楽の趣味が広がってきていることもあって、曲作りには私自身もより深く関わって、杉本さんと話し合いながらジャンルの幅をもっと広げていきたいという狙いがありました。杉本さんは構えずにお話しできる方ですし、いつも面白い提案をしてくださるので、ホントに楽しみながら曲作りをしています。
──アルバムには3枚のEPから6曲がチョイスされていますが、この選曲基準は?
3年間の移り変わりがわかりやすい、わかってもらえるような楽曲を選びました。もちろんアルバムとして1曲ずつ並べたときのバランス感も考えていますけど。
──「この曲が好きだから」「推しているから」ではなく。
はい。このチョイスによってちょっとした歴史がわかる感じには選べてるんじゃないかと思います。
──ソロになってからは、「与えられた楽曲をいかに表現するか」というアイドル時代とは違い、自分がやりたい表現に合わせて曲を作っていくというやり方に変わりましたよね。今はそこからさらに一歩踏み込めている?
そうですね。「バシッと衣装を着てギラッとメイクしてバーン!という曲があったらカッコいいよねー」みたいなところからは少し変わって(笑)、もっと繊細に具体化できるようになったというか。
鞘師里保、初めての作曲
──アルバム録り下ろしの新曲「paradise」は作編曲のクレジットに80KIDZの名があることに驚きましたが、さらに作曲のクレジットには鞘師さんの名前もあります。作曲は初めてですよね?
はい。一緒にやっていただいているのがyaccoさんという、シングルの「Hi(gh) Life」も作ってくださった方で。さかのぼると、「Hi(gh) Life」を作るきっかけになったのが、私がyaccoさんとSHINTAさんが所属しているDURDNの楽曲を好きになったことなんです。「この方たちに作ってほしい」とお願いしてできたのが「Hi(gh) Life」で。そこから、特にyaccoさんとはプライベートでも仲よくさせてもらっていて、よく歌詞の相談とかをしているので、アルバムでもぜひ1曲一緒に作りたいなと。そしたらyaccoさんから「作曲も一緒にやってみる?」と提案していただきまして。なんとなく「作曲もやってみたい」という言葉のかけらみたいなものは以前から会話の中で出していたので、そこを拾い上げてくださったのかなと思います。
──なるほど。そこからどのように曲作りを進めていったのでしょうか。
最初の打ち合わせで「こういうトラックのイメージで、こういう方向性の歌詞で、日本語で書きたい」と私のほうからいろいろアイデアを出して、まずは80KIDZさんにラフなトラックを作っていただきました。そのあとyaccoさんと2人でスタジオに入って……6時間くらいで作りました。詞とメロディを一気に。
──作曲する、メロディを作る行為自体が初めてですよね。それまでなんとなく鼻歌でメロディを作るようなこともなく?
なかったです。だから最初はすごく怖かったですね(笑)。yaccoさんはプロなので頼れる安心感はあったけど、一方でプロと一緒に作曲をするというプレッシャーがあって。展開が変わるDメロのところとか、大筋をyaccoさんが前日に考えてくださっていたので、それを聴いたら「Aメロはこんな感じかな?」みたいなメロディが出てきたりして、それを2人で話し合って正式なメロディにしていく。自信なく小さい声で「フッ、フッ、フー」って歌っていたら「それがいいってことだよね」と細かく拾ってくださったり。たどたどしく始まりましたけど、だんだん楽しくなっていきました。
──そこが聞きたかったんですよ。「作曲は楽しかったですか?」と。
うーん、最終的には(笑)。最終の10%くらいは楽しかったと言えますけど、ずっとドキドキ。
楽曲制作への向き合い方の変化
──「paradise」はさらりと聴ける曲ではあるけど、歌詞はよくよく読むとけっこう変ですよね。これは狙い通りなんですか?
聴いた感じは自然だけどよく見たら変な言葉のチョイスだな、というのは狙ってました。サビの「擦って 去って」の繰り返しなんかはyaccoさんと「ちょっとおかしな感じにしたいね」と話し合って。
──ラップパートでしっかりとラップしているのもこの曲のポイントですね。
この曲は「ラップが入っているダンス曲を歌いたい」という私の希望から始まっているんですよ。しっかりラップがしたいという狙いはあったものの、めちゃめちゃ韻を踏んだりバシバシ英語を入れたりする感じではなくて。どちらかというと、しゃべっているときに近い感じ。きっと「UNISON」までの曲だったら、もっと「いかにもダンス曲のラップ」というテンション感になっていたと思うんですよ。そうじゃない、新しい感じのラップができたなと思っています。
──楽曲コンセプトを考えたり作詞をしたりというところからさらにもう一段、作曲にも携わることで、これまで以上に楽曲制作にコミットする形になりましたが、今後より深く入り込むことになりそう?
入り込みそうというより、入り込めたらいいなあと思ったりしています。作詞を始めた頃は「自分の思っていることを言葉にしなければ」と1人で机に向かって何十時間も悩みながら集中してやってたんですけど……なんというか、いろんな方のアイデアを交える楽しみもより増えて「自分でやらなきゃいけない」みたいな強すぎる使命感がなくなってきたので、もっと柔軟に曲作りに向かえそうな兆しが見えてきました。
──深く関わるようになったことで、こだわりがほどよく捨てられている?
はい。以前は「作詞を全部自分でしないと、自分の曲だと名乗れないんじゃないか」みたいな変なこだわりがあったんですけど、自分がいいと思うものを作ってくれる人がいて、ちゃんと自分がその作業の中心にいられたら自分の曲になるんだ、という考え方に変わってきましたね。