澤野弘之×suis(from ヨルシカ)|SawanoHiroyuki[nZk]新曲「B∀LK」が引き出す、ボーカリストsuisの新たな魅力 (2/2)

レコーディングが終わったあと、めっちゃ質問攻めしました

──お二人はレコーディング中などに、雑談的な話はしました?

澤野 確かレコーディングが終わったあとに、僕がsuisさんにめっちゃ質問攻めしましたよね? 「これはどうなんですか?」「あれはなんなんですか?」みたいな感じで。suisさんは「そんなに質問されることは普段ないんですけど……」と言いつつ、ちゃんと答えてくださっていたのを覚えています。

suis 澤野さんはめちゃめちゃ軽やかで、しかもあけすけなんですよ。それも面白かったし、ちゃんと私に興味を持って質問してくださっているのがわかって。私にとっても澤野さんは興味の尽きない方なので、澤野さんと雑談していると適切なコミュニケーションを取れている感じが……。

澤野 普段、適切なコミュニケーションを取れていないんですか?

suis 自分がヨルシカのボーカルであることは人に話せないし、ヨルシカ以外の自分の生活といったら掃除して、料理して、寝て……みたいな感じなので、空っぽすぎて。でも、澤野さんはぐいぐい来てくださるので。

澤野 ずけずけとね。いや、すみませんでした。

suis いえいえ、おかげですごく話が広がりました。雑談の中でも自分の知らない自分を知ることができたというか。

澤野 そこまでですか?(笑)

suis これ、話していいのかわからないんですけど、澤野さんとはLINEで「今日はありがとうございました」みたいな連絡を取り合っていたので、そういう文面の話もレコーディングの後日にしたんです。で、澤野さんの文面は非常にこう、なんて言うんですかね……リスクがない?

──リスクがない(笑)。

suis もし私が「澤野弘之とLINEした!」とTwitterやインスタにさらすようなヤバい女だったとしても、この文面なら大丈夫だなって。

澤野 すごい設定で考えますね!(笑) でもそう言っていただけてよかったです。SACRA MUSICにも「僕、多少リスクマネジメントできてるっぽいです」と言っておきますね。

suis すごく軽快だけれど、ちゃんとしているところは本当にちゃんとしている方なんだなと、ますます尊敬の念が深まりました。

澤野 僕のほうこそsuisさんが気さくな方だったので安心しましたし、だから質問攻めとかしちゃったんでしょうね。初めてヨルシカのライブを観たときに……普段はライブでしゃべらないんでしたっけ?

suis そうですね。ステージ上では一切しゃべらないです。

澤野 ですよね。でも、たまたま僕が観たライブでは一瞬しゃべるタイミングがあって、そのときの印象からそこまでヘビーな性格の人ではなさそうだと思ってはいたんです。だけど、やっぱり顔が見えないので、直接お会いするまではちょっとビビっていたんですよ。

suis 私も、澤野さんはいつも険しい顔でピアノを弾いていらっしゃいますし、しかもエンペラーだと思っていたので……。

澤野 その「エンペラー」って誰が言ってるんですか?(笑)

──澤野さんあるあるですよね。気難しい方なのかと思いきや、実際にお会いしてみるとめちゃくちゃよくしゃべってくださるという。

澤野 「怖い人だと思ってました」って必ず言われますね。でも、質問攻めとかしてもsuisさんに引かれなくてよかったです。

やっぱり澤野さんはすごいや!

──先ほど曲作りにおける「自分のブーム」というお話がありましたが、「V」の収録曲は従来の楽曲と比較して音数が少なく、よりコンパクトになっていますよね。

澤野 そのへんもやっぱり最近よく聴いている海外の音楽の影響かもしれないですね。確かに隙間を作るようなサウンドを意識していたところはあったと思います。

──そうした引き算的なアレンジでも、楽曲のスケール感やダイナミクスが損なわれてないのはさすがだなと。

澤野 本当ですか? そう、音を減らしていきながらも、楽曲の抑揚みたいなものは大事にしたいというか。単に僕がそういう音楽が好きだからそうなっていると思うんですけど、そこに関してもボーカリストの声の厚みや表現力に助けられているなと、今回改めて感じましたね。あと、サウンド面でいうと「B∀LK」ではn-bunaさんにギターを弾いていただいたので、結果的にヨルシカのお二人とコラボした形になっていて。n-bunaさんはプレイヤーとして人の楽曲に参加することはそんなに多いわけではないらしく「呼んでもらえてうれしかったです」と言ってくださいました。

──へええ。ミニマルで独特なフレーズだと思いました。

澤野 フレーズはn-bunaさんにお任せで、n-bunaさんのスタジオにおじゃまして何パターンか聴かせてもらった中から選んだんですけれども、やっぱりフレーズの作り方はn-bunaさんならではというか。ご自身もクリエイターだからこそ、「B∀LK」という楽曲にどういうフレーズを乗せればよりリズムが跳ねている感じとかを出せるか考えてくださっていて、「すごいなー」と思いながら見ていましたね。

suis n-bunaくんは、歌のレコーディングのときもなんとなく現場に来ていたじゃないですか。「途中で帰る」とか「ちょっとだけいるわ」とか言っていたけど、結局最後までいてくれて。

澤野 たぶん、レコーディング後に僕がぐいぐいいきすぎたというか、根掘り葉掘りいろんなことを聞いていたら「そろそろ帰ります」って。

suis 雑談の中で、澤野さんがn-bunaくんのことを褒めだしたんですよ。そしたら帰っちゃった(笑)。

澤野 ああ、そうでした(笑)。恥ずかしかったんですかね。ともあれ「B∀LK」はこのアルバムの中でも……もちろんどの曲にも深い思い入れがあるんですけれども、お二人のおかげで自分の表現したかったことが自分の思っていた以上の形で表現できたので、すごく感謝しています。

suis あの、これはどうでもよすぎて言っていいのかわからないんですけど……。

澤野 どうぞどうぞ、言ってください。

suis 私は普段、よく父と車で移動していて、車の中で私の好きな曲を流しているとだいたい父から「これはあんまり好きじゃない」と言われるんです。でも、あるとき「B∀LK」を流していたら「これは好きだな」って。

澤野 おおー。

suis しかも曲が終わったあとに「今のもう1回かけてくれる?」って。父からそんなことを言われたのは初めてだったので「お父さんに刺さっちゃった! やっぱり澤野さんはすごいや!」と思いました。

澤野 お父さんはsuisさんの歌声だというのをわかったうえで、そういう反応をされたんですよね?

suis いや、「これは誰が歌ってるんだ?」って。ヨルシカの曲を流しているときは特に反応してくれないのに(笑)、この「B∀LK」はたいそう気に入ったみたいで、私もすごくうれしかったです。

澤野 僕もめちゃめちゃうれしいです。お父さんによろしくお伝えください。

また違った楽曲でsuisさんの声を聴きたくなった

──suisさんは[nZk]プロジェクトに参加して、ボーカリストとして何か変わったことはありますか?

suis 私はヨルシカでしか、n-bunaくんが書いてきた曲しか歌わない人間なんですよ。なのでヨルシカの曲が増えた分だけ自分の歌える曲の幅も広がっていくんですけど、澤野さんの音楽はヨルシカとはまったく違う、自分にとって初めての領域で。そこで歌えたことで「私はこういう歌い方もできるんだ」という発見だったり自信だったりが得られましたし、私の人生に彩りを与えてくれたというか、改めて「歌うのって楽しいな」と実感できた瞬間もありました。あとは「私、澤野弘之の楽曲を歌ったんだ!」という誇らしい気持ちが……。

澤野 そんな大したもんじゃないですよ(笑)。

suis もちろんヨルシカの曲を歌っていることも誇らしく思っているんですけど、最初のほうで言ったように普通に生きていたらあり得ないことが自分の身に起こったので、シンプルに幸福感に包まれました。

──suisさんは、「B∀LK」以外のアルバム収録曲はまだ……。

suis 聴いていませんし、私以外にどなたが参加されているのかも、現時点で公開されている情報しか把握していなくて。なので自分がどんな場所に紛れ込んでしまっているのかと、まだドキドキしています。と同時に、リリースを心待ちにしてもいます。

澤野 僕がアルバムを作るときはいつも、いわゆるコンセプトから考えているわけじゃなくて、基本的にはそのとき作りたいものを作っているんですよ。それは今回も変わらないんですけど、前作「iv」(2021年3月発売の4thアルバム)ができたときに自分の中で「これだ!」と納得できるものを作れた実感があったんですね。だから「V」を作っているときも「けっこう『iv』を気に入っちゃってるな。自分の気持ちを更新できるものが作れるかな?」みたいな不安めいたものがあったんです。でも、作り終えたら「iv」を経たあとの作品として「これだ!」という手応えを得ることができまして。それができたのは、suisさんをはじめとするボーカリストの方々のおかげです。

suis そんな作品に関われたことがうれしいですし、非常に厚かましいんですけど、また澤野さんの曲を歌わせてもらえる機会が、この人生でもう1回か2回、いや3回ぐらいあるといいな……。

澤野 本当ですか? 無理して言ってません?

suis 本当です(笑)。今回、一生に一度の機会だと思って挑んだんですけど、一度と言わず……あの、どうか私のことを忘れないでください。

澤野 いやこちらこそです。今の発言も録音されているので、次にオファーするとき事務所の方を説得する材料にさせてもらいます(笑)。今回「B∀LK」を歌ってもらって、また違った楽曲でsuisさんの声を聴きたくなったので、これに懲りずよろしくお願いします。

澤野弘之 ライブ情報

SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2023

  • 2023年2月4日(土)東京都 立川ステージガーデン
    <出演者>
    XAI / SennaRin / たかはしほのか / Tielle / mizuki / Laco / ReN

プロフィール

澤野弘之(サワノヒロユキ)

作曲家。「医龍」シリーズやNHK連続テレビ小説「まれ」、「進撃の巨人」「機動戦士ガンダムUC」シリーズなど、ドラマ、アニメ、映画といった映像作品のサウンドトラックを中心に、楽曲提供や編曲など精力的に音楽活動を展開している。2014年春にはボーカル楽曲に重点を置いたプロジェクト、SawanoHiroyuki[nZk]を始動。2020年4月に作家活動15周年を記念したベスト盤「BEST OF VOCAL WORKS [nZk] 2」をリリース。2021年3月に岡崎体育、優里、アイナ・ジ・エンドなどをボーカリストに迎えたSawanoHiroyuki[nZk]の4thアルバム「iv」、6月にアニメ「86―エイティシックス―」のエンディングテーマ2曲を収録したシングル「Avid / Hands Up to the Sky」を発表した。12月にキャリア初のピアノソロアルバム「scene」をリリース。2022年にはたかはしほのか(リーガルリリー)参加の「LilaS」、JO1の河野純喜と與那城奨をゲストボーカルに迎えた「OUTSIDERS」を発表。2023年1月に5thアルバム「V」をリリースした。2月には東京・TACHIKAWA STAGE GARDENでライブ「SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2023」を開催する。

ヨルシカ

「ウミユリ海底譚」「メリュー」などの人気曲で知られるボカロPのn-bunaが、女性シンガーのsuisをボーカリストに迎えて2017年に結成したバンド。n-bunaの持ち味である文学的な歌詞とギターサウンド、透明感のあるsuisの歌声を特徴とする。2017年4月に初の楽曲「靴の花火」のミュージックビデオを公開。6月に1stミニアルバム「夏草が邪魔をする」をリリースした。2019年4月に1stフルアルバム「だから僕は音楽を辞めた」、8月に2ndフルアルバム「エルマ」、2020年7月に3rdフルアルバム「盗作」を発表した。2022年にはデジタルシングル「ブレーメン」、映画「今夜、世界からこの恋が消えても」の主題歌「左右盲」、ドラマ「魔法のリノベ」の主題歌「チノカテ」をリリース。2023年1月にアニメ「大雪海のカイナ」のオープニングテーマ「テレパス」を配信した。さらに1月放送開始のドラマ「夕暮れに、手をつなぐ」に主題歌「アルジャーノン」を提供。1月に大阪・大阪城ホール、2月に東京・日本武道館でワンマンライブ「ヨルシカ LIVE 2023『前世』」を開催する。