佐藤千亜妃|レビューと著名人6名のコメントで紐解く、唯一無二の歌声の魅力

佐藤千亜妃が2ndアルバム「KOE」を9月15日にリリースした。

2017年12月に“佐藤千亜妃と金子ノブアキと小林武史”名義で「東京メトロ」キャンペーンCMソングをリリースし、ソロ活動を本格的にスタートさせた佐藤。2019年11月には1stアルバム「PLANET」がリリースされたが、新作「KOE」は“声”をテーマにしたアルバムを作りたいという彼女の思いのもと、「PLANET」以前より構想が練られていた作品だという。2ndアルバムにはフジテレビ系ドラマ「レンアイ漫画家」主題歌の「カタワレ」や「NYLON JAPAN」創刊15周年プロジェクト映画主題歌の「転がるビー玉」など全12曲を収録。多くの人々に愛されてきた彼女の唯一無二の歌声を堪能できる作品となっている。

音楽ナタリーではアルバムの発売を記念して、本作をレビューで解説するともに、佐藤の魅力を知る6名の著名人のコメントを掲載する。

文 / 三宅正一

佐藤千亜妃「KOE」レビュー

「KOE」通常盤ジャケット

佐藤千亜妃は、この2ndフルアルバム「KOE」をソロアーティストとしてのスタンダードと呼べる作品にしたかったのだと思うし、事実、そう呼ぶにふさわしい内容になっている。

きのこ帝国の活動休止を経て、2019年11月にリリースされた1stソロアルバム「PLANET」には、砂原良徳、04 Limited Sazabys、Tondenhey(ODD Foot Works)、ベーシストの須藤優、だいじろー(JYOCHO)、agehasprings所属の作家など、8組のアレンジャー / プロデューサーが参加。プログラミング主体のトラックなど、ソロだからこそアプローチできるサウンドをバックにさまざまな歌のあり方の表現性と可能性を体現することで、佐藤千亜妃が内包している多面的なシンガーソングライター像を提示するような作品だった。

そういった音楽性においても方向性としても実験性に富んだ初作を作り上げたあとの必然と言えるだろう、彼女は自らが音楽表現にその身を捧げることを、そして自らの声で歌うことを選んだ理由に立ち返ったのではないだろうか。それゆえに、やがて2枚目のフルアルバムへと結実する曲作りのキーワードとなったのが“声”だったのだ、と想像する。そこに2020年から今現在もなお続いている混沌とした時代性が否応なく絡み合ってきたということも想像に難くない。

声、という個々人が声帯を震わせることで発生する十人十色の響きこそが、何よりもその人をその人たらしめる存在証明となるし、自分自身が能動的に音楽で歌唱することをつかんだ理由を、今この時代に記録することができる。佐藤千亜妃は、そんなことを思いながらこのアルバムを編んだはずだ。最後の最後に残るのは自分の声──その揺るぎない意思は、M1「Who Am I」からはっきり感じ取ることができる。

ブレスを入れた次の瞬間、アカペラで歌が始まる。名越由貴夫(G)、新井和輝(B)、石若駿(Dr)、本作全体のサウンドプロデュースを手がけている河野圭(Piano)という豪華編成による生々しくもタイトなバンドサウンドをバックに紡がれる、切なくも凛とした勇敢さをたたえたグッドメロディとボーカルが、たまらなくいい。まるで、きのこ帝国時代に積み重ねた音楽像も引き連れながら、佐藤千亜妃の今を照らすような説得力と聴き応えがある。

「“誰かみたい”じゃなく 自分が自分自身に会えるまで Who Am I? 追いかけ続ける 立ち止まりたくなる いっそ諦めた方が楽なのに Who Am I? 知りたくて生きてる Who Am I? 望むのは僕だ」

このリリックに本作のメッセージそのものが象徴的に綴られているように思う。

以降、楽曲ごとにさまざまな編成で、バンドサウンドを軸にした楽曲群が並ぶ。極めてセンチメンタルなバラードであり事実上の表題曲といえるM3「声」、テレビドラマ「レンアイ漫画家」の主題歌としてポピュラーミュージックとしての役割を引き受けたM4「カタワレ」、ブラックミュージックやジャズのレイドバックしたグルーヴを帯びたアーバンな佇まいのM5「甘い煙」、情念が静かに燃えるような濃厚な作家性を感じるM8「棺」、全編プログラミングによる独創的なインディポップでありインディR&Bと形容したくなるM9「Love her...」、ストリングスワークが映えるミディアムバラードのM10「愛が通り過ぎて」、丁寧なアンサンブルによってスタンダードな歌としての求心力が立ち上がっているM12「橙ラプソディー」と、各楽曲の音楽的な表情は多彩だが、ほとんどのリリックで佐藤は喪失を描いている。それは、彼女が真摯に歌と向き合う態度のように伝わってくる。

そう、佐藤千亜妃のボーカルは喪失の物語をとても魅力的に映し出す。そして、彼女の歌には1つの物語が終わることで新たな物語が始まる、その刹那に生まれる予感や余韻が、光明のように力強く射している。それこそが、佐藤千亜妃というシンガーソングライターと本作「KOE」の真骨頂であると、筆者は確信している。


2021年9月17日更新