ナタリー PowerPush - 笹川美和
5年ぶり“古巣”に帰還 成長と自分らしさの証「愚かな願い」
柴咲コウさんに提供するつもりで書いた「愚かな願い」
──収録曲についても聞かせてください。まずタイトル曲の「愚かな願い」ですが、今回の作品の中でも特にポップスに寄った楽曲ですよね。
あ、そうですね。聴きやすいし、大人っぽい雰囲気もあって。やっぱりアレンジが大きいと思うんですよね。今回は初めてのアレンジャーにお願いしたんですよ。
──「愚かな願い」を含め、5曲のうち4曲が山本隆二さんのアレンジ。残りの1曲、クラシカルな雰囲気の「魔力」の編曲は宮川弾さんですね。
今まではずっとひとりの方にアレンジをお任せしていたので、私にとっては冒険だったんですよね。アレンジが合うか合わないかはやってみないとわからない部分もあるし、怖いなっていう気持ちもあったんですけど、今回の制作はすごく楽しかったです。コードの付け方も違うし、どの曲も「おお! いいなあ!」って思えて。特に「愚かな願い」は、今まで「笹川美和の歌はちょっと……」って思ってた人でも入りやすい気がしますね。
──「愚かな願い」は、元々どんなイメージで書いた曲なんですか?
実は柴咲コウさんに提供するつもりで書いたんです。あのキレイな方が、切なくてすがる感じの曲を歌うとすごくいいだろうなと思って。
──自分で“愚かな希望”だとわかっているのに、好きな男性を求める気持ちを止められないっていう。めちゃくちゃ切ない曲ですよね。
私、元々幸せな感じの曲があんまりなくて、すがったり願ったりする悲しい曲のほうが多いんですよ。もしかしたらそういう体験のほうが強烈に残ってるのかもしれないですね。あと、私自身も愚かな人間ですからね(笑)。ただ、最近は自分の痛々しい部分は隠したいと思うようになってきたんですよね。
──それは歌う内容にも反映されてますか?
そうですね。10代後半から20代はすごくいろんなことを感じていたし、思い込みも激しかったんですよね。今はもはや多感な時期ではなくて、ちょっと諦観も出てきたというか。痛々しさをそのまま歌うことができなくなってるんですよ。
──その分、感情の機微がじんわりと伝わってくる気がします。
うん、大人の方が聴いてくれたら、いろんなことを感じてもらえると思います。相変わらず幸せな歌ではないんですけど(笑)。もうひとつ大きいのは、カタカナを使えるようになったことですね。
──え、今までカタカナを使ってなかったんですか?
そうなんですよ。だから「キス」っていう言葉は歌詞に使えなかったんです。「キス」じゃなくて、「口づけ」って歌わなくちゃいけないっていう……。そこが面倒くさかった!
──(笑)。でも、それも笹川さんのこだわりだったわけですよね。
はい。面倒くさいと思いつつも「がんばれ、戦え」って感じで歌詞を書いていたので。でも、今は変わってきましたね。ちゃんと笹川のフィルターを通して、OKと思えば歌詞の中にも出てくるので。ただ、英語は今もダメですね。やっぱり私は英語がしゃべれないし、本当の意味はわからないから「もし違う意味があったらどうしよう」って思っちゃうんですよね。
以前なら絶対にあり得なかったタイトル「NYにて」
──今回のアルバムもそうですが、日本語の美しい響きを活かした歌詞も、笹川さんの魅力だと思います。
ありがとうございます。やっぱり、日本語は好きだし美しいと思いますね。漢字の由縁を調べているうちに、歌詞につながったりもするし。だから「NYにて」というタイトルなんて、以前なら絶対にあり得なかったです(笑)。
──確かに。「NYにて」はアコースティックギターとピアノだけのオーガニックな味わいの楽曲で、街の情景を描写した歌詞も印象的でした。
一昨年の末にニューヨークに行ったときに書いた曲なんです。本当にこういう感じだったんですよね。カメラのフィルムを買いに行ったら、レンガ造りの建物と石畳の道があって、郵便局が見えて……っていう。ちょうどその頃、音楽活動について悩んでたんですよね。心の中では「もっと音楽したい」という気持ちがあったんですけど、なかなか覚悟が決まらなくて。そういう感じも入ってますね、この曲には。実際に見たものと心の中を描いてるというか。
──「アネモネ」も素晴らしいですね。「あなたが横に居るだけで あたしは、女の子なんだって思い知るの」っていうフレーズも、以前だったらなかったかもな、と。
そういうキャラじゃないんですけど、柄にもなくかわいいことを書いちゃいました(笑)。車で家に帰ってるとき、ちょうどアネモネがきれいに咲いてる場所があったんですよね。曲を作ってるときにそのことを思い出して、タイトルにしてみようって。
──ピッタリですよね。アネモネには「あなたを愛します」「儚い恋」という花言葉もあるので。
あのかわいらしい感じが女の子っぽい部分に重なったんでしょうね。アネモネからは悲しいイメージが湧かなかったし、そのときの私も、多分良い気分だったんじゃないかなって。ただ、この曲の女の子って、ちょっとわがままなんですよ。かわいい女の子ってわがままが許されるじゃないですか(笑)。そういう感じもアネモネっぽいのかなって。
幅を広げつつ、自分らしさもちゃんと伝える
──もう1曲、ハナレグミ「家族の風景」のカバーについても聞かせてください。
きっかけはディレクターの提案なんですよね。「『家族の風景』、笹川さんに合うと思うんだよね」って言ってくれて。これもすごく勉強になりました。コードもメロディも「私だったらこっちには行かないな」というところがあったし、歌詞の中に「ウイスキーグラス」は出てこないと思うんですよね。カバーすることで、私の中にはない言葉を歌えるのもすごくいいなって。レコーディングのときは、死んだおじいちゃんのことを思い出しながら歌ってました。おじいちゃんが家に帰ってくると、おばあちゃんがお膳にごはんを乗せて、瓶ビールと一緒に持っていって。その光景が浮かんできたんですよね。
──新しいトライも多いし、本当に豊かな広がりを持った作品になりましたね。
今までのイメージとは違うところもあるし、「こんなの笹川じゃない!」っていう意見も出てくると思うんですよ。でも、今は「いろんな人に聴いてもらいたい」という気持ちが強いですね、やっぱり。幅を広げつつ、自分らしさもちゃんと伝えて。それをきちんとやっていくことが、当面の目標です。
ミニアルバム「愚かな願い」/ 2012年8月29日発売 / 2000円 / cutting edge / CTCR-14774
CD収録曲
- 愚かな願い
- それを知らない
- NYにて
- 魔力
- アネモネ
- 家族の風景(オリジナル:ハナレグミ)
笹川美和(ささがわみわ)
1983年2月23日生まれ。新潟県出身のシンガーソングライター。学生時代から地元・新潟を拠点に音楽活動を始める。2003年にエイベックスよりシングル「笑」でメジャーデビューし、シングル9枚とアルバム4枚をリリース。その独創的な世界と歌声が話題を集め、数々のCMやドラマの主題歌に起用される。2007年、インディーズレーベルへ移籍し、ミニアルバム4枚とフルアルバムを1枚リリース。2010年にはFUJI ROCK FESTIVALにも出演。2012年、5年ぶりにエイベックスと再契約して8月にミニアルバム「愚かな願い」を発表する。現在も新潟に在住。地元ならではの感性から生み出される楽曲は唯一無二であり、その音楽性は一般のみならず音楽関係者からも熱狂的な支持を集めている。