笹川真生「CULTURE DRUG ORCHESTRA」インタビュー|血肉となったカルチャーへ愛と感謝を込めて (3/3)

君島大空はSoundCloud、笹川真生はニコニコ動画

──音数が少ない曲だと「水泳教室」もすごく好きです。それこそこの曲は「弦が入ってよくなった曲」だなと(笑)。

ある意味では雑に弦を入れてますけど、その雑味が謎の涙を呼ぶなと自分では思っていて。

──確かに。“雑味”はこのアルバムのけっこう大事な要素だと感じます。

はい。今作は雑なんです(笑)。でもそれが自分のよさだなと発見できたので、本当に何もかもがいいように運んだと個人的には思ってます。

笹川真生

──「ゆうれいのまち」のボーカルはボーカロイド? それとも、笹川さんが歌ってピッチを変えてる?

それはどうなんでしょうね……? 最近、ブラックライトを買ったんですよ。それで時計の針とかを見て、「おもしれえ」とかやってたんですけど、天井に当てたら、いろんなサイズの手形が付いていて……。

──こわ。

今思うと、引っ越してきたときも、引っ越したてなのに窓に赤ちゃんの手形があったんですよね……。そういうことです。

──ボカロなのか、笹川さんなのか、はたまた幽霊が歌ってるのかはわからないけど、ボカロだったとして、それこそ処理がちょっと雑じゃないですか。でもそれがこの曲においてはすごく大事というか。

昔のインターネットミームで「I feel fantastic」っていうのがあって。すごく背の高いマネキンの女性が、昔のRadioheadの曲で聞こえたような機械音声で「I feel fantastic」と歌ってる怖い動画なんですけど。

──「Fitter Happier」みたいな。

そうです、そうです。それがすごくノスタルジックなんですよ。言葉にできない切なさがある。あと「ポケットモンスター ルビー・サファイア」に「シンガーソングおやじ」がいて、そやつもまた同じような発声方法で歌を披露してくれるんです。「ゆうれいのまち」ではそれをやりたいなと。

──今はボカロもみんな調声がうまくなって、きれいに歌わせる人が主流だけど、そうじゃないからこそのよさも間違いなくありますよね。

そうなんですよね。昔はみんないかに人間の声に聞こえるかに苦心して、“神調教”と言われたりしてましたけど、自分は昔からUTAUとか、ああいう不完全な感じがする響きのほうが、それを使っている意味をより感じて。今でもそういうのを使ってる人たちは、本当に好きだから使ってると思うし、“雑味”は1つのノスタルジーとして機能するんじゃないかな。

笹川真生

──「STRANGE POP」に参加していた君島大空さんの「no public sounds」(2023年発表の2ndアルバム)にはSoundCloudのカルチャーに対するある種のノスタルジーが込められていて。「CULTURE DRUG ORCHESTRA」にも、それに近い感覚があるなと。

「no public sounds」はタイトルからしてSoundCloudですもんね。君島くんのあのアルバムがSoundCloudだとしたら、私はニコニコ動画ですね。昔は音MADをMP3に変換して、偽物のウォークマンに入れて聴いたりしてましたもん(笑)。原曲よりも音MADのほうが好きみたいな、今考えると「何を言ってんだ?」って感じですけど、当時はそういうのがあって。音MADを聴きながら散歩をするっていうのは、私のノスタルジーですね。

アルバム制作終盤、極限状態の中で手に取ったのは

──12曲目の「脳ない」(なづきない)はPeople In The Boxの「旧市街」(2010年発表の2ndアルバム「Family Record」収録)を連想しました。

確かに、これは「旧市街」ですね。この曲は自分の曲の中ではかなり長いほうで、1個前のインタールード(「SADMACHINEENSEMBLE」)も含めると8分くらいあります。もともとDream TheaterとかPink Floydが大好きなので、長い曲を作ったのも、自分の好きなカルチャーへの敬意の表れで。前までは「存在しない大衆性」を勝手に作り上げて、長い曲なんて聴かれないと決めつけていましたけど、「これでいいじゃん」と思ったんです。あとこの曲は去年ライブの本数が増えて、ライブで得た感覚の影響もあります。間奏は長いほうがいいなって。

──間奏が長いと、そこでいろいろ遊べるし。

そうなんですよね。そういう音楽の気持ちよさを体で感じて、それをアウトプットできました。

──「脳ない」は歌詞も印象的です。さっき「好きなものをそのままやろうと思った」と話してくれましたが、「恥晒す、脳内再生。1人きりのミュージックもいいね」や「とめどなく脳内公開。1人よがりのミュージックもいいね」と歌われているように、今やっているのは自分の脳内をそのまま表に出すことで。それはもしかしたら1人よがりなのかもしれないけど、「どうか。踊って!」や「どうか、笑って、ね」と聴き手に対する思いもあって、この部分は笹川さんの本音なのかなって。

そんな熱いことを考えていたかはちょっとわからないですけど……でも確かにそうかもしれないですね。1曲目から順番に作って、12曲目ですから、終盤じゃないですか。もうボロボロなんですよ(笑)。作業しながら独り言で「殺すぞ」とか言ってる段階なわけで、そんな中で出てきたこの言葉たちは、自分の好きなことやカルチャーへのラブだなあと、今は思います。よかったです。最後が「殺すぞ」とかじゃなくて、ちゃんとした歌詞で。

笹川真生

──アルバムのラスト、13曲目は「かみさま」ですね。

私のアルバムのラストといえば合唱曲なんですが、前作でそれはやりきったんですよ。悲願だった、子供の歌声も入れることができて。で、また同じことをやってもいいんですけど……いやまあ、こう言ってますけど、何も考えてないと思います(笑)。

──それこそもう疲れきって、絞り出した?

そうですね。今作はギターを弾いた時間がけっこう短かったんですよ。ほとんどピアノで作って、ピアノを入れてって感じだったんですけど、13曲目で「もう動けません」みたいなときに手に取る楽器はギターなんやな、みたいな。それは自分が一番うれしかったですね。「あんたも好きねえ」みたいな(笑)。

──“ギターソロ飛ばす問題”みたいなことが一時期言われてたけど、最近はむしろギターを弾く人が増えた感じがします。やっぱり今回のアルバムは、笹川さんのいろんなカルチャーへの愛が存分に詰め込まれてるんですね。

それが伝わっていたら、もう本当にうれしいですね。

「CULTURE DRUG ORCHESTRA」エンジニアコメント

ミックスエンジニア 池田洋(hmc studio)

池田洋(hmc studio)

ミックスを手がけた際に意識したことや、作業時に印象的だったこと

真生くんから届くラフミックスは既に完成形として成立しているほど精度が高く、毎曲まずそこを超えられるかというプレッシャーとの戦いから始まります。

自分がミックスを担当する意味をきちんと加えられるかを意識しつつ、完成版を最初に聴いてもらう瞬間、本人を驚かせたいという気持ちは毎回強くあります。

今回は、アレンジの強度に加えて、真生くん自身が作曲の段階で描く完成形のイメージもより明確になっていたこともあり、以前に比べてトラック数はかなり整理されていました。

そのぶん、1つひとつの音や配置の意図がより鮮明になっていたのも印象的でした。

あなたが感じるアーティスト・笹川真生の音楽や歌の魅力

真生くんの魅力は、広く開かれたポップネスを持ちながら、同時にコアな音楽ファンも納得させる実験性や鋭さを自然に共存させているところだと思います。

メインストリームとアンダーグラウンド、大衆性と先鋭性といった普通なら交わりにくい要素を無理なくひとつの音楽として成立させてしまう。

そのバランス感覚こそ、真生くんならではの大きな才能だと感じます。

マスタリングエンジニア 吉良武男(TEMAS)

吉良武男(TEMAS)

マスタリングを手がけた際に意識したことや、作業時に印象的だったこと

すでに前作で「衝撃度」や「世界観」みたいな物は十分に発揮している印象で、今作のデータを初めて聴く時の期待値は相当高かったんですが、序盤からその期待値も軽く超えてて、第一印象は「流石だな」とかシンプルに作業出来る喜びみたいなのを感じてました。しかし全体を聴いてるうちに今作の「深さ」というか「純度」みたいなものが相当濃く、アルバムが到達出来るであろうまだ見ぬ完成形に対して、「マスタリングはどう解答する?」と問い続けられているような感覚で、良い形のハードワークでした。そして不思議なのがマスタリング作業を終えてみると、アルバムがなぜか強烈なPOPな物に変わっていたこと。圧倒的な音楽体験をさせてもらいました。

あなたが感じるアーティスト・笹川真生の音楽や歌の魅力

笹川さんの音楽や歌詞を聴いてると「今」なんだなと感じることがとても多く、だからこそ多くの人に聴かれてるんじゃないかと個人的には思っています。今後は笹川さんに影響されたアーティストや、笹川さんを聴いて音楽を作る人がもっと生まれるんだと思うのですが、笹川さん自体の更新速度も早そうなので、その影響がどこまで広がるかとても楽しみです。

間違いなく「今」を形作るアーティストの1人だと思ってます。

笹川真生 公演情報

笹川真生 単独巡業「ひかりのそこ 第6層」

  • 2026年5月15日(金)愛知県 ell.FITS ALL
  • 2026年5月16日(土)大阪府 Shangri-La
  • 2026年5月23日(土)東京都 LIQUIDROOM

プロフィール

笹川真生(ササガワマオ)

シンガーソングライター。中学生の頃にプレイしたニンテンドーDSのソフト「大合奏!バンドブラザーズ」をきっかけに音楽を作り始め、その後DTMで本格的に音楽制作を開始。ドリームポップ、サイケデリック、シューゲイザー、オルタナティブなど多様なジャンルに触発されながら、繊細さと凶暴性を併せ持つ独自のサウンドを生み出している。2019年9月に1stアルバム「あたらしいからだ」を発表。その後も個性あふれる作品をコンスタントに発表し、2026年4月に通算4枚目のオリジナルアルバム「CULTURE DRUG ORCHESTRA」をリリースした。シンガーソングライターとしての活動以外にも、数多くのアーティストに楽曲提供をしたり、編曲で参加したりと作家としても活躍している。