しんちゃん自身の寂しさ
──「悲しくなれる / それはイイことなんだよ」という歌い出しをはじめとして、“悲しさ”や“寂しさ”にフォーカスした歌詞が「しんちゃん」の主題歌になるというところもこの曲のポイントだと思いました。そういう部分は、意識されていましたか?
小林 アニメの製作サイドの方が、「今回の映画は『クレヨンしんちゃん』の30周年作品として、しんちゃんが生まれた場面を描きます。今までのしんちゃんは何があっても大丈夫なキャラクターだったけど、今回はしんちゃん自身の寂しさもちゃんと描きたい」と言っていて。だからこそ、映画を観てこの曲を聴く子たちには「人はなぜ、寂しくなれるのか」を知っておいてほしいなと思ったんです。今は納得しなくてもいいから、将来、意味に気付けるような言葉を置いておきたいなと思って書きました。
──なるほど。
小林 あと、子供は楽しかったことよりも悲しかったことのほうが覚えていると思っていて。僕自身、そうなんです。絶対に楽しいことがあったはずなんだけど、その記憶はなかなか残りづらい。悲しいことの方が残ってしまう……不思議なんですけどね。だからこそ、子供の頃の自分を肯定したいという気持ちが、この曲には表れているのかもしれないです。子供だった頃の自分に向けた言葉を、歌詞として書いたのかもしれない。
──長屋さんは、歌う立場としてこの歌詞にどのように向き合いましたか?
長屋 大人になったからこそわかる世界の広さってあると思うんです。子供の頃は友達関係の悩みで「世界の終わりだ」くらいに思えることでも、大人になればいろんな世界があるとわかったりする。子供の頃、先生に「大人になればわかる日が来る」なんて言われて、「何言ってるんだろう?」と思っていたけど、大人になってからわかることって本当にたくさんありますよね。
──ありますね。
長屋 そういう感じで、この曲が、聴いた子たちにとってののちのちのヒントになってくれたらいいなと思いました。こういうヒントがあるだけで、「明日はがんばってみよう」と思えたりするから。悲しいことも寂しいことも、そのときは肯定できないかもしれないけど、いつか肯定できるようになるかもしれない。大人になるというのは不安かもしれないけど、「大人になるって楽しいことなんだな」と感じられる日がいつか来るんだと思えるように、聴いてくれた子たちのちょっとした希望になればいいなと思って歌いました。
テーマは「歌を歌うこと」
──カップリングの「時のいたずら」は、長屋さん作詞作曲ですね。
長屋 この曲は、2年くらい前にすでにワンコーラスあったんです。その時点では「時の流れ」というところにフォーカスしている曲だったんですけど、今目指しているステージがあって、そこに向けた曲にしたいなということで、「歌を歌うこと」というテーマも歌詞に入れ込みました。
──「歌うこと」というテーマは、長屋さんにとってすごく本質的なものですよね。
長屋 そうですね。今まで私は意外と「歌を歌うこと」について歌ってこなかったなと思って。なので、自分にとって「歌うこと」の意味、バンドにとって音楽をやることの意味……そういうことを改めて考えて、この曲の歌詞を書きました。私は根がネガティブ思考なので、「どうせ終わっちゃうのに」と思っちゃうことが多いんですよ。前に「regret」という曲でも書いた感覚なんですけど、新しいことを怖がってしまうし、だからこそ考えすぎてしまうし、意味を求めてしまう……そんな性格で。友達関係にしても、「どうせいなくなっちゃうかもしれないなら、新しい友達を作るのは怖いな」と思っちゃう。同じ感じで、今こうやってバンド活動をしていることも、「いつかは終わるんだな」と思っちゃうんですよ。
──そうですね。いつかは。
長屋 それでも、私が歌う理由や、バンドで音楽をやる理由は、きっとシンプルなものでいいんだろうなと思うんです。私は、ただ楽しいから音楽をやっている。それだけでいいのかなって。私が楽しいから歌を歌って、その歌を聴いて感動してくれる人がたくさんいる。それはすごく幸せなことだなって今は思います。
──もう何度も取材させていただいていますが、長屋さんにとって音楽活動を続けていくというのは、生きていることをどんどんシンプルに捉えていくことなんだなと思います。
長屋 本当にそう思います。すごく遠回りしながら、でも、すごく素直なところに行こうとしている感じがします。
穴見 歌に関しても、焦点がどんどんシンプルになっていっているよね。
小林 もともと長屋は、歌を歌いたいから音楽をやっている人なんですよね。曲を書きたいから音楽をやっている人ではない。だから、僕ら周りの人間が書いた曲も歌ってくれる心の広さがあると思うんです。この「時のいたずら」は、そういう長屋の芯を捉えた曲なんじゃないかと思いました。
今を生きているからこそ歌える曲
──「時のいたずら」は時間が流れていくことの儚さを捉えつつ、でも決してネガティブにはなっていないですよね。
長屋 「いつか終わるから悲しい」じゃなくて、「いつか終わるから愛おしい」に自分の感覚が変わっていっているんだと思います。有限だからこそ愛したい、というか。あと「歌を歌えば君が笑う / 君が笑えば僕は歌う / 歌を歌えば君が笑う / 君が笑えば僕は嬉しくて泣いた」という部分をいつかライブで大合唱したいんですよね。
穴見 ここだけで5分くらいやりたいよね(笑)。
長屋 そうそう(笑)。歌詞を書いているときに、そういう画が見えた。
──ここの歌詞は、「君が笑えば僕は嬉しくて泣いた」というところに着地していくところがいいですよね。投げっぱなしで終わるんじゃなくて、ちゃんと長屋さんのもとに思いが返ってきて終わっている。気持ちが循環していく感覚があるというか。
長屋 そうですね。私自身、昔は悲しくて泣くことが多かったんですけど、大人になって涙腺が弱くなったのか(笑)、うれしくて泣くことが増えたんです。そういう涙って素敵だなと思って。泣くことは、マイナスなことじゃない。もっとうれしい涙を増やしていきたいなと思います。
peppe この曲のレコーディングのとき、長屋の声を聴いて震えたんですよ。1テイク目、2テイク目くらいがすごくよくて。
長屋 かつてなくテイクが少なく終わったんだよね。しかも、普段はAメロを録って、そのあとBメロを録って……というふうに録ることが多かったんですけど、「時のいたずら」はまるっと通して歌ったんです。そのほうが、気持ちがノる曲だと思って。
──歌を通しで録った曲って、最近はほかにありましたか?
長屋 昔はそういう曲も多かったんですけど、最近はほとんどなかったです。最近の私たちの曲は、ストリングスが入っていたり、ブラスが入っていたり、派手なアレンジの曲が多いんですよ。そういう曲の場合、ラフに歌っていいかと言われたらそうでもないんですよね。「もっと作り込みたいな」と思っちゃう。でも「時のいたずら」はすごくシンプルで生感のあるサウンドだからこそ、ガチガチに固めた歌い方よりも、生々しさを大事にしたいなと思って。
──「時のいたずら」のサウンドは、最近のリョクシャカの曲の中では新鮮に感じるくらいシンプルで穏やかですよね。ちょっとレトロな感じもあって。
穴見 1970年代くらいのバンドサウンドみたいな、オールドスタイルな感じですよね。楽器がいい、演奏がいい、という音源になっていると思います。ミックスで今っぽさを出している部分もあるけど、すごくシンプルというか。
長屋 もともとデモがアコギの弾き語りで“素っ裸”という感じで、それをもとにTomi Yoさんが編曲してくださったんです。私の思いとしては、さっきも言ったように合唱するイメージがあった曲だからこそ、派手にはしたくないというのもありました。あと、結成10周年というタイミングだし、初心に帰りたかったというのもあります。より素の状態で、飾らない歌にしたかった。
穴見 「本来バンドってこれでいいんだな」というアレンジだよね。すべての曲がこれで成立するかというと今の時代はなかなか難しいんだけど、やりたいことの1つができている曲だと思う。
長屋 こういう曲はずっと作り続けたいよね。派手なことや遊び心のあることもするけど、たまにはスタート地点にちゃんと戻りたいというか。
穴見 そうだね。特に今回は「Actor」という派手なことをやりまくっているアルバムを作ったあとだからこそ、1回地元に帰るような(笑)、そんな気分があったんじゃないかと思う。
──「陽はまた昇るから」も、ストリングスも入っていつつ、温かみのあるサウンドですもんね。
穴見 そうなんですよね。「陽はまた昇るから」は、僕のデモの状態だともうちょっとアゲな感じだったんですけど(笑)、アレンジでより温かみと壮大さが出たと思います。レコーディングが、いい意味で抽象的に進んでいったんですよ。「『陽が昇った!』じゃなくて、『陽が昇っていくよ』という予感、ワクワク感を感じさせる演奏をしてみて」というようなディレクションを編曲の川口(圭太)さんにしてもらって。そういうやり方は初めてだったので、かなり探り探りだったんですけど、その探り合いも楽しかったです。「陽はまた昇るから」も打ち込みの音が入っていない、ほぼ生楽器で成立している曲なので、そういうレコーディングの仕方がすごく合っていたんだろうなと思います。
──「クレヨンしんちゃん」という大きなタイアップがあり、10周年というメモリアルなタイミングでもあり、すごく華々しい場面でありつつも、こうしたバンドのシンプルなよさが出ているシングルを作れていることは、リョクシャカにとってとても大きいことですよね、きっと。
長屋 うん、そう思います。
──あと、お話を聞いていて改めて思ったのは、「陽はまた昇るから」も「時のいたずら」も、時間の流れを鋭敏に感じながらも、「今を生きている」という実感にすごく寄り添っている曲だなということで。
長屋 そうですね。未来を歌うことも過去を歌うこともありますけど、やっぱり「今」を歌うことが一番大切ですよね。今を生きているからこそ、そう思います。
ライブに行くことの意義を伝えたい
──この取材をしている時点ではまだツアーは始まっていないですけど、この記事が公開される頃には「Actor」のツアーも折り返し地点を過ぎた頃です。ツアーに対してはどんな思いがありますか?
長屋 ライブで届けることで、私たち自身も「アルバムをリリースしたんだな」という実感が持てると思うし、「Actor」にはキャラクターの違う曲たちが入っているので、私たちも“いろんな自分”になって、その曲たちを届けることができればと思います。きっと初めて私たちのライブに来る人も多いと思うので、その人たちにちゃんと「はじめまして」の挨拶もしたいですね。
peppe 私は、ほかのアーティストの曲でも、そこまで聴いていなかったアルバム曲をライブで聴いたことによって、そのあとヘビロテしちゃうということがあって。「Actor」でもそういう現象が皆さんに起きてほしいなと思います。そのために精一杯演奏したいと思います。
穴見 僕は最近、「緑黄色社会で初めてバンド音楽を聴くようになった」という声をよく聞くんです。そういう人たちに向けてやらないといけないと思っていて。ライブの楽しさ、ライブに行くことの意義……そういうものを、自分たちは伝えていかなきゃいけないなと。ライブに行くのって、意外と大変じゃないですか。チケットを取るのも大変だし、実際に行くのも大変だし、大抵ごはんを食べる時間にやるからめっちゃ腹減るし(笑)。
一同 (笑)。
穴見 けっこう大変だと思うんですけど(笑)、ライブにはそれ相応の面白さや体験がある。それをいちミュージシャンとして伝えたいです。
小林 言葉でも、曲でも、仕草でも、視線でも、何か1つでも、10年後も20年後も、その人の頭に残るような瞬間が生まれてくれればいいなと思います。その連鎖が生まれてくれれば、うれしいです。
公演情報
緑黄色社会「Actor tour 2022」
- 2022年3月20日(日)群馬県 ベイシア文化ホール
- 2022年3月25日(金)北海道 旭川市民文化会館 大ホール
- 2022年3月27日(日)北海道 札幌文化芸術劇場hitaru
- 2022年4月1日(金)広島県 JMSアステールプラザ 大ホール
- 2022年4月3日(日)岡山県 岡山市民会館
- 2022年4月9日(土)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
- 2022年4月10日(日)東京都 昭和女子大学人見記念講堂
- 2022年4月16日(土)神奈川県 神奈川県民ホール
- 2022年4月17日(日)埼玉県 三郷市文化会館
- 2022年4月22日(金)岐阜県 長良川国際会議場
- 2022年5月1日(日)福岡県 福岡サンパレス
- 2022年5月3日(火・祝)鹿児島県 川商ホール 第2ホール
- 2022年5月7日(土)大阪府 フェスティバルホール
- 2022年5月8日(日)大阪府 フェスティバルホール
- 2022年5月15日(日)石川県 本多の森ホール
- 2022年5月28日(土)新潟県 新潟テルサ
- 2022年6月4日(土)愛媛県 松山市総合コミュニティセンター キャメリアホール
- 2022年6月6日(月)香川県 レクザムホール(香川県県民ホール)
- 2022年6月16日(木)福島県 白河文化交流館コミネス
- 2022年6月18日(土)宮城県 仙台サンプラザホール
プロフィール
緑黄色社会(リョクオウショクシャカイ)
高校の同級生だった長屋晴子(Vo, G)、小林壱誓(G)、peppe(Key)と、小林の幼なじみ・穴見真吾(B)によって2012年に結成された愛知県出身の4人組バンド。2013年に10代限定のロックフェス「閃光ライオット」で準優勝したのを皮切りに活動を本格化させる。2018年に1stアルバム「緑黄色社会」をリリースし、それ以降、映画・ドラマ・アニメの主題歌を多数務めるなど躍進。2020年発表のアルバム「SINGALONG」は各ランキングで1位を獲得し、リード曲「Mela!」は、ストリーミング再生数が1億5千万回を突破する代表曲に。2022年1月にタイアップ曲を多数収録したアルバム「Actor」、4月に「映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝」主題歌の「陽はまた昇るから」を表題としたシングルをリリース。同年3月からは自身最大規模の全国ツアー「Actor tour 2022」を開催中。