Who is ルイ?多様な愛の形を歌う、2001年生まれのシンガーソングライター初インタビュー (2/3)

“ありえない行為”だった歌にチャレンジ

──ちなみに、歌うことは好きでしたか?

まったく好きじゃなかったです(笑)。国語の授業で音読するのが恥ずかしかったように、人前で歌うのはありえない行為だと思っていて。友達からカラオケに誘われても、「怪我をしたから行けない」と意味不明な言い訳をして断ってました。

──ハハハ。でも大学に進学したタイミングで、ギターで弾き語りを始めますよね?

大学生になると東京を出て一人暮らしを始めて。当時は狭い部屋を借りていたから、家のピアノを持っていけない代わりに、持ち運びがしやすくて、どこでも弾けるアコギを買いました。で、ギターを片手に作詞作曲と弾き語りを始めたんです。

──その前からギターは弾けたんですか?

いや、全然です。部屋でポロポロ弾くところから始めました。最初はカバーばかりしていたんですけど、途中からオリジナル曲を作るようになりました。

2025年8月17日に大阪・関西万博で開催された「U-NEXT MUSIC FES Augusta Camp Extra in EXPO 2025 ~YAMAZAKI MASAYOSHI 30th Anniversary~」より。(撮影:福政良治)

2025年8月17日に大阪・関西万博で開催された「U-NEXT MUSIC FES Augusta Camp Extra in EXPO 2025 ~YAMAZAKI MASAYOSHI 30th Anniversary~」より。(撮影:福政良治)

──当時は曲を作っても人に聴かせずに、1人で聴いて楽しんでいたとか。

そうなんです。誰かに聴かせるつもりは毛頭なかったので、自分にしかわからない言葉をただ並べてる歌もあって。自分が思ったことや想像したことを歌詞にして、それをボイスメモに録音して、1人で楽しんでいましたね。

──つまり、楽曲制作のスタートが「人に届けたい」ではなかった。

そういう気持ちはなかったです。最初は「ライブで歌いたい」という欲もなくて、ただただ曲を作って歌うだけでしたね。歌うと言っても自分の部屋なので、あくまで遊びの延長でした。

──どこでアーティストとしての自我が芽生えるんですか?

大学生になってから、急にカラオケが好きになりまして。東京よりもカラオケ代が安かったのもあって、休みの日は1人で5時間近く歌っていたんですよ。ある日、カラオケのモニターに歌のオーディション情報が流れてきて、試しに応募してみたんです。面接に行ったら、なぜか「お芝居をやってみませんか?」と誘われて、俳優の活動を始めることになりました。セリフを覚えて表現するのは面白かったんですけど、レッスンに通っているうちに「自分が考えた言葉を発したい」という思いが芽生えてきて。そこからアーティスト活動にシフトチェンジしました。

──ルイさんは国語の授業で音読するのさえ、冷や汗をかくほど人前が苦手でしたよね。お芝居はその極地じゃないですか? なぜ、それができたんでしょう?

最初のレッスンは家で覚えてきたセリフを順にみんなの前で披露する内容で、「うわあ、嫌だな」と思いながら、緊張しつつやっていました。これが不思議なもので、続けていたら慣れるんですよね。それまでは苦手なことを避けてきたけど、大学生の頃は「やってみよう」と前向きなモードになっていたのもあって。レッスンに通っているうちに、恥じらいとか「こう思われるかも……」みたいな意識がなくなって、最終的には「どう見られてもいいや」という気持ちになれた。なので音楽を始めたときには、恥じらいの気持ちはほぼなくなってました。お芝居の経験がいい具合に生かされたなと思います。

アーティスト・ルイの原点は「愛の囚人たち」

──アーティスト・ルイとしての原点で言うと、どの曲が浮かびますか?

ミニアルバム「who」に収録している「愛の囚人たち」「タイムマシン」「タネを蒔く」は、1回目のライブから歌っていて。特に「愛の囚人たち」は初ライブの最後に歌ったのもあるし、今もよく歌っているので、自分にとって大事な1曲ですね。時間が経ってから聴き返して「何を言っているんだろう」と恥ずかしくなる曲と、今聴いても「いい曲を書いたな」と胸を張れる曲があるんですけど、「愛の囚人たち」は後者。この曲は何年経っても歌い続けていきたいです。

──「愛の囚人たち」を時間が経ってもいい曲だと思う要因は?

この曲はギターを始めたての頃に作ったのもあって、かなりストレートなんですよね。荒削りな部分もあるけど、メロディのわかりやすさが前面に出ている。コード感においても、余計なことをしていないのがいいなと思います。

──この曲はJ-POP然としていて、初めて聴いてもメロディがスッと入ってきます。

昔から歌唱曲が好きなのと、わかりやすい曲を好む自分がいて、それがダイレクトに表れていると思います。

──しかし、歌詞に関しては特殊な構成ですよね。

今の自分が「愛の囚人たち」を作ろうとしたら、1番のサビと同じフレーズを最後の歌詞でも使ったほうがいいかなと思いますけど、当時はそんな発想もないから、サビのメロディは同じなのに歌詞はバラバラ。「タネを蒔く」にしても、サビのメロディはほぼ同じだけど、歌詞が全部違うんです。この情報量の多さが、昔作った曲の面白いところだと思います。

──「愛の囚人たち」と「タネを蒔く」は同時期に作ったんですか?

同じ時期ですね。19歳の後半くらいのときに書きました。

──今24歳のルイさんから見て、19歳でこの2曲を作ったことをどう思います? 作曲を始めて間もないとは思えないほどクオリティが高くて、何を伝えたいのかが明確に表れているのがすごいなと感じますが。

あまり人に心を開かず生きていたんですけど、19歳になって人生で初めて「この人には信じてもらいたい」と思える恋をしたり、友達と深くつながったからこそ些細なことで傷付いたり、さまざまな人生経験をした時期だったんです。自分の経験してきたいろいろが曲につながっているので、この2曲を書いたことに不思議な感覚はないです。でも「タネを蒔く」を聴いた人にはびっくりされることがたまにありますね。

──「タネを蒔く」は「男だけど男が好き 女だけど私女の子が好きだわ」など、性別に縛られない恋のフレーズがリスナーの間で反響を呼んでいますよね。

そうですね。今でこそ「多様性」という言葉が一般的に使われていますけど、作った当時は今ほど言われていなかったから、そこが新鮮に聞こえたのかなと思います。でも、曲自体は自然に生まれたんですよ。「同性愛の曲を書いてやるぜ」と奇をてらうような作り方だったら、その魂胆が透けて見える気がするんですけど、この曲に作為的な気持ちは一切なくて。19歳のとき、いろんな曲を書いた中の1つだったんです。この曲を特別に感じてくれてる方もたくさんいるけど、シンプルに「いい曲だね」と言ってくれる人もいて。自分の中で「気をてらったわけではない」という思いが、ちゃんと伝わっているのかなと感じます。

──作詞するうえで、どんなことがヒントになっているんでしょう?

例えば、自分が何かに対して怒りを覚えたときに「なんで、あんなに怒ったんだろう?」と探っていって「アレを大事にしていたから、傷付けられて怒ったんだ」とか、その感情に行き着くまでの理由を考えるようにしています。そうした自己研究の結果、そのときに体験した友達のことや恋愛などが、たまたま楽曲として残った。女性目線で歌っている曲もあるから「すべての歌詞が実体験か?」と言われたら、そうではないんです。ただ、自分がちゃんと感じたものじゃないと歌詞にできない。初めからフィクションを書く意識ではなくて、自分が生きている中で感じたり考えたりしたことを音楽にしたほうが、人に伝わる歌詞を書けるんじゃないかなと思ってます。