シンガーソングライター・ルイのミニアルバム「who」がリリースされた。
ルイは2021年、20歳のときに鍵盤とギターによる弾き語り映像をTikTokに投稿し、音楽活動をスタート。感情の深部に触れる歌詞やストレートながらも印象に残るメロディラインで注目を浴びている。「who」は愛に翻弄される人々の姿を描いた短編集のような1枚で、活動初期から歌われている楽曲と新曲の全8曲入りの作品だ。
音楽ナタリーは、ルイにとって初めてとなるインタビューを実施。幼少期から現在まで続く趣味の絵についてや、音楽ルーツ、目指すアーティスト像も含めて話を聞き、「who」という作品、ひいてはルイというアーティストの魅力を紐解く。
取材・文 / 真貝聡
絵とピアノに夢中な幼少期、なぜか祖母の画風に似ていた
──ルイさんにとってこれが初めてのインタビューということで、まずはルーツを聞かせてください。
音楽に関して言うと、最初は弾くところが光るおもちゃの鍵盤を弾いていて。小学2年生になったタイミングで「ピアノを習いたい」と親に言って、高校生までピアノ教室に通っていました。
──ピアノを始める前はスポーツ少年だったとか。
家族みんながスポーツをやっていたのもあって、昔から走り回ったりするのは好きでした。ただ、小学校の高学年になってから運動が嫌になって。集団で何かするよりも、1人で絵を描いたりピアノを弾いたりすることが好きになりました。
──どんな絵を描いていたんですか?
小さい頃から現実にないものを描くのが好きなんです。猫とか犬の絵を描く子が周りにいる中、僕の場合はツノが生えていたり羽が生えていたり、足が長いキリン模様の象とか、カオスな生き物を空想して描いていました。今もそういう絵を描くのが好きですね。
──ホームページに掲載されている絵も、ルイさんが描かれたんですよね。
ホームページもそうですし、最初に公開したミュージックビデオ(「ひとめ惚れ」)も自分で描いた絵をアニメーションにしていて。あと、たまにライブのフライヤーの絵も自分で描いてますね。
──絵を描くことと、楽曲を作ることは違いますか?
音楽は「言葉を伝えなきゃ」とか、ちゃんと意味を持たせて歌詞を並べなきゃいけない理性的な表現の一方、絵は自分の中で感覚的なものなんです。「なんで赤の隣に青を塗っているの?」とか、そこに意味がなくても成り立つ。自由度が高くて何も考えずに取り組めるし、絵を描いていると落ち着くんですよね。
──おばあさんも趣味で絵を描かれるんですよね。
おばあちゃんは、僕が生まれる前から絵画教室に通っていて。趣味とは言いつつ、すごくレベルが高くて。僕よりもちゃんとデッサンをしてきた人の絵なんですよ。たまにおばあちゃんの家に行って、4人がけ用テーブルぐらいの大きい紙を広げて、2人で一緒に絵を描くことがあります。
──面白いのが、おばあさんとルイさんの作風が似ていることで。
あ、そうなんですよ。とはいえ、おばあちゃんに絵の描き方を教わったこともなければ、小さい頃におばあちゃんの絵を見てすごいと思った記憶もない。というのも、おばあちゃんは自分が描いた絵をほとんど見せることがないんです。
──それなのに作風が似ていると。
ある時期から僕が積極的に絵を描くようになって。おばあちゃんは早くから僕の絵にシンパシーを感じていたらしいですけど、僕は何も考えずに描いていて。二十歳を過ぎた頃に、2人で絵を描きながら「なんで似てるんだろうね?」という話になりました。
──答えは出たんですか?
それが、わからなくて。ただ、一緒に描いた絵を観ると、なぜかいい具合にマッチしているんですよ。まったくの別物ではないんだけど……謎ですね(笑)。
「僕だけが強く弾いてた」合唱コンクール伴奏の経験
──音楽の話題に戻すと、小学生の頃はどんな曲をピアノで弾いていたんでしょう?
自分で選んだ曲と、ピアノの先生が用意してくれたクラシックの曲を弾いてました。僕が選んだのは「崖の上のポニョ」とか「パイレーツ・オブ・カリビアン」などの映画の曲、それから、ももクロ(ももいろクローバーZ)さんの「サラバ、愛しき悲しみたちよ」(ドラマ「悪夢ちゃん」主題歌)、いきものがかりさんの「ありがとう」(NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」主題歌)など……ほとんどテレビで流れていた曲でしたね。
──当時から耳コピをしていたそうですね。
テレビから流れてきた曲を弾きたいと思っても手元に楽譜がないので、自分なりに耳コピをして。それを先生に聴いてもらって「もっとこうしてみたら?」とアドバイスをもらいつつ、あとから先生が楽譜を用意してくれて弾くこともありました。とにかく先生がとても優しい方だったんです。中には「クラシック以外は弾いちゃダメ!」「背筋を伸ばして弾きなさい!」と厳しく指導する先生もいますけど、僕の先生はそういうタイプじゃなかったからこそ、楽しくピアノを続けられたのかなと思います。
──中学・高校はどのように過ごしてました?
中学では、合唱コンクールの伴奏を毎年任せてもらっていました。高校は地元から少し離れた学校に通っていて。高1のときに、合唱コンクールの伴奏を弾きたいと名乗り出たんですけど、僕以外にも立候補した女の子がいたんですよ。どっちが上手に弾けるかわからないのに、多数決で女の子が伴奏をすることになった。それに、すごくイラついちゃって(笑)。
──それは怒りを覚えますよ。
ハハハ、ですよね。でも、僕がピアノを弾けることを先生やクラスメイトにだんだん知ってもらえて、高校3年はコンクールの伴奏を担当しました。
──合唱コンクールの伴奏を務めることが、ピアノを演奏するうえで大きなモチベーションになっていたんですね。
そうなんですよ。そもそも僕はかなり控えめな性格でして。国語の授業で音読する順番が回ってくるだけで「次は自分の番だ……」と、緊張して冷や汗をかいてしまって、いざ人前に立つと顔が赤くなっちゃうタイプ。それと同時に、人前に立つのが好きな自分もいて。ピアノはちゃんと練習すれば本番で楽しめることがわかっていたから、合唱コンクールはみんなの前で弾くのが楽しかったですね。
──最終的に、学校の先生から「ルイくんが一番ピアノがうまい」と評価されていたとか。
はい。ピアノは打鍵が強いほどいい音が出る瞬間があって、そういう演奏が好きだったんです。周りは丁寧かつ、しなやかに弾く子が多い中で、僕だけバンバン強く弾いてた。それを学校の先生が気に入ってくれて「卒業式で合唱の伴奏をやってほしい」と言ってもらえました。あと、高校の合唱コンクールは全校生徒が入れる大きいホールを借りて、審査員の前で披露するのが通例で。そこで優秀なクラスだけでなく、最優秀伴奏者賞も選ばれるシステムでした。「該当者なし」の年もあるほどかなり厳しい審査だと聞いていたんですけど、僕は選んでもらえまして、それはかなりうれしかったですね。
──いつから今のような躍動感のある演奏スタイルになったんですか?
幼い頃から「耳コピをしたい」「これを弾きたい」という、好奇心と衝動が強かったのが大きいのかなって。あと、ピアノの先生が「クラシックだけを丁寧に弾きましょう」という指導方法だったら、演奏はうまくなるかもしれないけど、普通にピアノを弾くところに収まっていた気がします。「楽しんで弾くこと」「のびのび弾くこと」を先生が重視してくれたおかげで、合唱コンクールでも自由に力強く弾く、僕らしい演奏ができたのかなと思います。
──ピアノの先生が教科書通りではなく、ルイさんに合った指導をしてくれたからこそ、独自の演奏方法につながったわけですね。
そう思います。僕は楽譜をパッと渡されても弾けないんですよ。今も、音符の長さとか3連符がなんだとか、全然意味がわからなくて(笑)。ちゃんとピアノを習っていた子たちは、楽譜を見ればサッと丁寧に弾ける。でも僕の場合は「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」を音符の横に書いて、楽譜を1回真っ黒にして指で覚えていく。弾けるようになったあとは気持ちを乗せるだけ、みたいな練習をしていたので、それも大きいと思います。
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