理芽「NEW ROMANCER2」特集|“半身”笹川真生と語る、音楽への執着 (3/3)

届くか届かないかくらいの未来が切ない

──「百年」という曲は、ピアノの伴奏に合わせて理芽さんが歌うシンプルな構成で始まるので驚きました。ただ笹川さんの楽曲がシンプルな構成で終わるはずもなく、曲が後半に差しかかっていくと、サウンドも歌詞も少しずつ不穏になっていく構成ですが……。

笹川 確かに。あんなことする必要がないのか(笑)。

──そんなことはないですよ。曲後半の展開がなければ笹川さんらしさを失うことになりそうですし。

笹川 今回のアルバムだとこの曲が最も“境目のない曲”かもしれません。作家としての笹川真生とアーティストとしての笹川真生、もっと言えば笹川真生と理芽の境目もない。そう感じています。

理芽 先ほどおっしゃってもらったように曲の前半と後半で空気感が変わるから、静かな前半部分は優しく、なるべくさらっとした歌い方を意識してみました。イメージとしてはこう、胸の前に手を合わせながら歌うイメージ。清楚というか、教会で落ち着いて歌う姿をイメージしながら歌いました。

笹川 「百年」は今回のアルバムの中で最後にレコーディングした曲で、僕が体調を崩してしまい立ち会えなかったんですよ。だから録り終えたボーカルを聴かせてもらって、理芽とも長くやってきたなとしみじみ思いました。

──成長を感じたということですか?

笹川 はい。2年前だったらこういう歌い方はしていないだろうなと思ったし、僕がいつも考えていることを汲み取って歌ってくれたことが伝わってきました。

──曲中には「百年後のイヤホン」という言葉が出てきますし、1曲目の「おしえてかみさま」にも「百年後の花」という言葉が出てきます。笹川さんにとって「100年後」はどういうものなんでしょうか?

笹川 100年後って、数字にしてみると大したことない。寿命が来て死んでいるかもしれないし、医療が発達したら生きているかもしれない。その届くか届かないかくらいの未来のことを考えると、すごく切なくなるというか。100年後だったら何か残せるかもしれないし、死んでしまったら何も残らないかもしれない、その“距離感”にリアルを感じる。これが1000年後だったら「まあどっちでもいいんじゃないかな」と思ってしまいますから。

──「百年後のイヤホン」に限らず、笹川さんの書く詞にはSFっぽさを感じさせるフレーズが多く書かれています。「大気圏」「ブラックホール」のように、宇宙に関連する言葉も多いですよね。

笹川 これも完全に僕の趣味ですね。自分の中に“切ない言葉リスト”のようなものがあって、そこにSF的な言葉とか「百年」という言葉があるイメージ。そのリストから曲に合わせていろいろ出していると、宇宙を連想させる歌詞になってくるんです。

笹川真生

笹川真生

B to C的な関係で、神様

──シンガーソングライターとしても活動する笹川さんにとって、理芽というシンガーはどういう存在ですか?

笹川 ずっとB to C的な関係だと思っていたんです。お仕事で曲を作っている立場というのはわきまえているつもりですし。でも理芽チームは曲に対してまったく戻しがなくて、どんな曲を出しても作り直しを要求されることがない。それって、僕が自由に何を作っても許されるということだから、これは本当に仕事なのか?と思うときもあります。

──外から見ていると、理芽さんと笹川さんはただのビジネスの関係性を越えていると思います。

笹川 普通はもうちょっと「ここはこうしてください」みたいなのがあると思うんですよ。たぶん、理芽チームは全部歌詞を「ラ」にしても何も言ってこないんじゃないかな(笑)。自由に作品を作らせてもらえるというのは光栄なことですけど、理芽に曲を書いているのは僕だけじゃありませんから、次は僕に声がかからないかもしれない。今回が最後かもしれない、と思いながら毎回制作させてもらっています。

理芽 全然最後になんてならないよ。まだまだいっぱい曲を書いてほしいし。

──笹川さんは、理芽さんがほかの作家の楽曲を歌うのを聴いてどう感じていますか?

笹川 別にどうとも思っていないですよ(笑)。強いて言えば、情感豊かに歌うような曲はほかの作家さんがやってくれているから、逆にウチの曲で感情を排した歌い方が生きるな、みたいなことは思っています。

──理芽さんにとって笹川さんはどういう存在ですか?

理芽 真生くんのことは本当に尊敬しているし、ある意味神様のように崇拝している対象に近いんですよ。すごく仲よくさせてもらってますけど、神様だからいい意味であまり踏み込まないようにしてるというか(笑)。

笹川 いい距離感で曲作りをさせてもらっている感覚があります。

理芽 活動を長く続けていくと必然的に距離感も縮まるし、お互いを知ることでいい作品が生み出されることももちろんあるんだけど、あたしは真生くんから出てくる曲に毎回驚かされているし、ワクワクしているから知りすぎたくない。それに真生くんのシンガーソングライターとしての活動も大好きで、ただの笹川真生ファンの1人になる瞬間もありますし。

笹川 さっきはお互いの関係性を「B to C」と表現したけど、このアルバムの制作を通して、理芽は仕事仲間でありつつも自分の半身に近いと思える瞬間もあって。自分の作品との境目がなくなってきているから、単純に自分の声で届けにくいこと、伝わりにくいことを理芽に届けてもらっているし、もちろんその逆もあります。

99人の「なんかいい」より1人の熱狂

──取材前にいただいた資料には各楽曲のクレジットが詳しく載っていて、今作ではエンジニアリングにもかなり力を入れていると伺いました。

笹川 大きく違うのは、曲によってエンジニアを変えてみたところです。もともと僕は誰かに音の作業を委ねるのがすごく苦手で。性格的にうまく要望を伝えられないので、僕から何か言わなくても仕上がりが任せられるような人を探していたら、自分のアルバム制作で池田洋(hmc studio)さんというエンジニアさんと知り合って。ソロでのお付き合いが始まりでしたが、理芽の音楽はほぼ自分の音楽と変わらない位置付けになりつつあるので、こっちでも携わってもらうことにしました。

──池田さんの音作りの特徴を言い表すとしたら?

笹川 人間的にすごく合うという要素もありますが、僕の音へのこだわりに対して非常にマッチしている方というのが大きいですね。実は過去にすごくいいスピーカーで自分の好きな曲を聴いたとき、音がしょぼかった経験があって。イヤフォンで聴くとめちゃくちゃカッコいいのに、スピーカーで聴くと全然カッコよくない。もちろんこれは大多数の人がイヤフォンで聴くから、そこに向けたミックスをしているわけなので、間違いではないんですよ。でも、僕は自分の曲をいいスピーカーで流したときにしょぼかったらすごく嫌。池田さんの音作りはスピーカー向けで、正直言うとイヤフォンで聴いたときにそこまでカッコよくないときもあるんです。例えば「えろいむ」の低音はイヤフォンで聴いたときに「全然ロー出てないじゃん」と思うかもしれませんが、ちゃんとしたスピーカーで鳴らすとすごくいい響きをする。

──スピーカーありきのリスニング環境を持っている人のほうが圧倒的に少ないわけですが、それでも笹川さんはスピーカーで鳴らす環境を優先するわけですね。

笹川 99人が「なんかいいじゃん」と感じるより、たった1人が熱狂してくれたほうがうれしい。例えば今10代の「将来売れたい」と思っているクリエイターの卵がいるとして、その子が理芽の作品を聴いてくれているとする。その子が成長して、いいリスニング環境を整えたときに、理芽の曲を聴いてカッコよくなかったらすごく申し訳ないじゃないですか。

理芽 なるほど。

笹川 現代の音楽業界のスタンダードからしたら間違った音作りをしているかもしれないけど、楽曲作りに対しては正直でありたい。「本当はこうしたいけど、みんながいいと言うならこっちにしよう」みたいな嘘はつきたくないです。

理芽 そこは真生くんの譲れない部分なんだね。

笹川 うん。理芽の音楽を聴いてくれているファンの皆さんにはすごく感謝していますが、僕はまだ届くべきところには全然届いていない感覚があります。タイアップもあるし、広いところにはリーチできていますが、まだ“深い層”にまで届いていない。そういう深い層までこの音楽が届いたときに、がっかりされない音を鳴らしていなければならないと思っています。

ライブ情報

SINKA LIVE SERIES EP. IV 理芽 2nd ONE-MAN LIVE「NEUROMANCE II -神椿市壱番街-」

SINKA LIVE SERIES EP. IV 理芽 2nd ONE-MAN LIVE「NEUROMANCE II -神椿市壱番街-」

SINKA LIVE SERIES EP. IV 理芽 2nd ONE-MAN LIVE「NEUROMANCE II -神椿市壱番街-」

2023年12月16日(土) OPEN 18:30 / START 19:00

プロフィール

理芽(リメ)

クリエイティブレーベル・KAMITSUBAKI STUDIO所属のバーチャルシンガー。2019年のデビュー以降、幼い頃から学んでいたという英語を生かした洋楽ヒット曲のカバーを立て続けにYouTubeへ投稿し、多くの注目を浴びる。2019年12月発表の初のオリジナル曲「ユーエンミー」より、メインコンポーザーに笹川真生を迎えた作品をコンスタントにリリース。2020年1月にYouTubeで公開されたオリジナル曲「食虫植物」は4400万回再生を突破している(※2023年12月現在)。2021年6月には1stアルバム「NEW ROMANCER」を発表した。2023年12月にテレビドラマ「少年のアビス」のオープニング主題歌「インナアチャイルド」や、映画「禁じられた遊び」の主題歌「えろいむ」を収録した2ndアルバム「NEW ROMANCER2」を発表。同月に約2年半ぶりとなるバーチャルライブ「NEUROMANCE II -神椿市壱番街-」の開催も控えている。2024年2月にはカバーライブアルバム「CHOCOLATE LIVE2」をリリースする。

笹川真生(ササガワマオ)

シンガーソングライター。中学生の頃にプレイしたニンテンドーDSのソフト「大合奏!バンドブラザーズ」をきっかけに音楽を作り始め、その後DTMで本格的に音楽制作を開始する。シンガーソングライターとしての活動以外にも、数多くのアーティストの作品に楽曲提供をしたり、編曲で参加したりと作家としても活躍している。2019年9月に1stアルバム「あたらしいからだ」をリリース。2023年2月に2ndアルバム「サニーサイドへようこそ」を発表し、4月には東京・新代田FEVERで単独公演「ひかりのそこ 第3層 -サニーサイドへようこそ-」を開催した。