理芽「NEW ROMANCER2」特集|“半身”笹川真生と語る、音楽への執着

理芽が2年半ぶりとなるオリジナルアルバム「NEW ROMANCER2」をリリースした。

「NEW ROMANCER2」は、理芽自身がファンを公言しているDUSTCELLのEMAを迎えた「フロム天国」や、理芽と同じくKAMITSUBAKI STUDIOに所属するボーカリスト・ヰ世界情緒を迎えた「不的」、映画「禁じられた遊び」の主題歌「えろいむ」など全13曲を収録。前作「NEW ROMANCER」のロックかつクールなサウンドから一転、理芽が“オルタナかわいい”と表現する通り、彼女の新たな一面が垣間見える仕上がりとなっている。

音楽ナタリーでは理芽に加え、彼女のメインコンポーザーでアルバム全曲の作詞、作曲、編曲を手がけたシンガーソングライター・笹川真生を迎えてインタビュー。アルバムの制作エピソードはもちろん、理芽と笹川の関係性やクリエイティブにおけるこだわりについて大いに語ってもらった。

取材・文 / 倉嶌孝彦

新作は“オルタナかわいい”

──昨年夏から1年間、理芽さんはアメリカ留学をしていましたよね。となると、このアルバムはいつ頃から作り始めたんですか?

理芽 アルバムの制作自体はかなり前から始まっていました。「NEW ROMANCER」(2021年7月発売の1stアルバム)を出してから、少し経ったくらいかな。

笹川真生 そのときには理芽の留学がほぼ決まっていたから、もし2ndアルバムを出すならもう作り始めなきゃ遅くない?という話になったんです。けっこうな曲数が必要になったので新たに書き下ろした曲だけではなくて、過去に作った自分用のデモから理芽用に作り直したものもあります。

──2ndアルバムを作り始める際に何かコンセプトのようなものは見据えていましたか?

笹川 「次はこういう方向でいこう」みたいな話は特にしていませんでした。

──作り始めにはなくても、制作中に見えてきた方向性があったとか?

理芽 あまり浸透していない表現ですけど、あたしがこのアルバムを作りながら感じたのは“オルタナかわいい”。

笹川 好きだね、その表現(笑)。

理芽 めっちゃ好きです。1stアルバムの「NEW ROMANCER」はロックでクールな曲が多かったけど、2ndアルバムには明るくてふわふわした曲が多くて、それをジャンル分けしようとすると“オルタナかわいい”という言葉に行き着くのかなって。

理芽「NEW ROMANCER2」ジャケット

理芽「NEW ROMANCER2」ジャケット

──笹川さんの中でロックでクールなイメージをあえて裏切ろう、みたいな思いがあったんでしょうか?

笹川 特にそういう狙いはなかったですね。制作における“宗教”のようなものなんですが、個人的にはすでに存在しているものをそのまま作ってもまったく意味がないと思っていて。例えば「バンドサウンド」という言葉で表現できるような単純なサウンドにしたくないという思いが根底にあります。理芽の曲だからというより、僕自身の曲でも、アレンジをどうするかは常に新しいものを表現できないか模索しています。

感情を排する歌い方

──アルバムのリード曲「おしえてかみさま」のイントロから「単純なサウンドにしたくない」という笹川さんの気持ちを感じます。1stアルバムで培った理芽さんのイメージをいい意味で裏切っているというか。

理芽 1stのときには歌えない曲だったかもしれない。「おしえてかみさま」を歌うことができて、自分でもボーカリストとして成長したなと感じました。

笹川 「おしえてかみさま」は生まれが少し特殊な曲で。「えろいむ」という映画の主題歌(参照:理芽が橋本環奈&重岡大主演「禁じられた遊び」主題歌リリース&MV公開)のボツ曲が「おしえてかみさま」です。僕の中では「ホラー映画の主題歌として、この曲が流れたら怖いだろうな」と思っていたけど、映画の制作サイドの思惑とは違ったみたいで。

──確かに「おしえてかみさま」という楽曲に漂っている怖さは、おどろおどろしい怖さとは少し違いますよね。

理芽 デモの段階ではまだ歌詞が存在していなくて。真生くんが作った音を聴いて感じていたのは、驚かすような怖さじゃなくて、そこはかとない怖さ。でも最初からすごくいい曲だと思っていたから、このまま寝かしちゃうのはもったいないなと思っていました。

──映画主題歌という縛りがなくなったことで、曲のテーマが変わるといったことはあったんですか?

笹川 最初からフルで出していたから曲の構成自体は変わらなかったし、タイトルもデモの時点で「おしえてかみさま」だったので、主題歌として採用されたとしても書く歌詞の内容は変わらなかったかもしれないです。

理芽 ホラー映画の主題歌として聴いていたから、そこはかとない怖さを曲から感じていたけど、まっさらな状態で聴いたら「おしえてかみさま」って悲しい感情なのか、優しい感情なのか、わからないような空気感をまとっていて。今まで歌ったことのないタイプの曲だから、歌い出しのパートをどういうニュアンスで歌うかけっこう悩んだし、レコーディングではすごく緊張しました。

──レコーディングで悩んだとき、笹川さんに助言を求めることは?

理芽 もちろんあります。基本的に対面でディレクションしてくださるので、悩んだときは聞くようにしていますが……。

笹川 基本的に僕がディレクションするときは感情を排する方向でお願いすることが多いです。録音したときの波形の大きさがあまりブレない形。それが好きで。

──なぜ感情を排したボーカルを?

笹川 僕の趣味ですね。激情的な歌詞だから、悲しい歌詞だから、それに合わせて感情的な歌声にするのではなく、それを淡々と一定の調子で歌ってもらったほうが言葉がすっと入ってくる感覚がある。だから理芽が声を張り上げて歌ったりすると、それを抑えるようなディレクションをしちゃいます。

笹川真生

笹川真生

──理芽さんは“歌ってみた”のようなカバーを歌うときもあるし、笹川さん以外の作家が書いたオリジナル曲を歌うときもあります。笹川さんのような抑揚を抑える歌い方、ディレクションをどう受け止めていますか?

理芽 “歌ってみた”と自分のオリジナル曲では、あたしの中で“歌の概念”がけっこう違って。歌い方を意識的に変えているんです。特に理芽として出すオリジナル曲に関しては真生くんとの共作という意識が強くて、あたしが感じる“理芽っぽさ”だけではなくて、真生くんの曲に込めた思いとか、どう歌ってほしいという思いもちゃんと混ぜて歌いたい。だから迷ったら必ず真生くんに「どう歌ったらいいと思う?」と聞いて、方向性を一致させて進めています。大抵「抑揚なく歌ってほしい」って返ってきちゃうけど(笑)。

アウトプットの出口がVだっただけ

──「おしえてかみさま」の曲中に踏切っぽい音が入りますよね。それはホラーの要素を意識して入れたものですか?

笹川 ホラーだからというより、この曲のイメージが自分の中では帰り道なんですよ。

理芽 あたしも同じことをイメージしてた!

笹川 帰り道だよね。僕は田舎出身なので、通学路にやたら踏切があって。そのイメージがあったので、音として入れています。でもホラーだから、という要素もちょっとあったかもしれないですね。

──結果として「えろいむ」が映画の主題歌に決定しましたが、「おしえてかみさま」とは真逆の方向性になりましたね。

笹川 だったらわかりやすく怖くしてやろう、と思って(笑)。こういうサイケトランスな曲を作ったことがなかったので、1日中聴きまくってインプットしました。

──「えろいむ」に限らず、アルバムには「インナアチャイルド」「狂えない」などタイアップ曲が数多く収録されています。笹川さんとしては、タイアップがあったほうが曲は作りやすい?

笹川 ある意味、作りやすいかもしれないですね。制作に取りかかる前に必ず原作に触れるわけで、楽曲の概念みたいなものが誰かに提示してもらえるから。だから歌詞を書き始めるにしても取っかかりやすいというか。

──理芽さんの楽曲は実写ドラマ、実写映画のタイアップが多いですよね。

理芽 確かに!

笹川 僕は発注があれば作るというスタンスなので、あまり考えたことなかったです。

理芽 これはスタッフさんに聞いたことなんですけど、あたしのミュージックビデオって、3Dモデルを使ったものが少ないんですよね。それには理由があって、理芽チームには音楽で勝負したい気持ちが根底にあるから、あえてキャラクター性を強調しないようにしているみたいで。だから一般的に知られているVtuberのような活動とは少し違う展開をしているのかもしれないです。

──今、理芽さんはチームのスタンスを説明してくれましたが、ご自身では楽曲のMVのテイストに関してどう感じていますか?

理芽 あたしの活動にすごく合った方法を選んでもらえていると思っています。こんなことを言うとガッカリしちゃうファンの方もいるかもしれないんですが、あたし自身はV界隈のことにあまり詳しくなくて。もちろんVの在り方は好きですし、自分がVの1人として活動できていることも光栄だと思っています。ただ、あたし自身はVであることよりもアーティスト、ボーカリストとして活動している意識が強いのかな。とにかく、音楽をやりたい人なんです。

──Vtuberである以前に、1人のアーティストであると。

理芽 はい。だからVのアバターを多用したMVではなく、いろんなクリエイターさんが思い描いた映像を当てることに違和感はないんです。もしかしたらそういう活動スタンスが実写作品と相性がいいのかもしれないですね。

笹川 僕も最初はボーカロイドを使って楽曲を投稿して、そのあと自分で歌うようになったんですが、「ボカロPでした」というだけで門前払いになるという経験をしたことがあって。でもありがたいことに、今はボカロP出身の方たちがJ-POPシーンに切り込んでいったから、そういう目で見られることがほとんどなくなった。でも理芽たちVtuberはまだそういう見られ方をしている。「Vtuberってイラストでしょ? じゃあ曲は興味ない」みたいな空気はずっと感じているから、それはもったいないなと思っています。

理芽 アウトプットの出口がVだっただけで、あたしと真生くんがやりたいことはあくまで音楽だから、その思いがちゃんと伝わるような活動をしていきたいですね。