ナタリー PowerPush - おさむらいさん

アコギ道を極めんとする「歌い手盤」と「弾き手盤」

「アコギでロックしてみた」「ギターを歌わせる」をキーワードに、2007年から動画共有サイトを中心に活動を展開しているソロアコースティックギタリスト、おさむらいさん。卓越したテクニックとパーカッシブな特殊奏法を武器にあらゆる楽曲を独自の色に染め上げるスタイルは、ネットシーンのみならず、国内外の音楽ファンから大きな注目を集めている。

そんな彼が、「勝負前夜 吟風~歌い手盤~」「勝負前夜 弦月~弾き手盤~」という2枚のアルバムを同時リリースするのを記念し、ナタリーではインタビューを実施。特異な音楽性が生まれた経緯や、そこに存在する強いこだわりを紐解くことで、おさむらいさんという稀有なアーティストの魅力を解剖していく。

取材・文 / もりひでゆき

いろんな楽器を手にした経験すべてが今に生きてる

──アルバムを聴かせていただきましたが、アコギだけとは思えない幅広いアレンジの妙に驚かされました。まずはそういったアイデアの源泉がどこにあるのかということから教えていただけますか?

はい。僕のルーツにも関わってくる話になると思うんですが、まず最初に音楽に触れたのは、小学校のときにピアノを習わされたんです。でも普通のバイエルを弾くのがイヤで、ゲーム音楽のバイエルを弾いていました。「クロノ・トリガー」とか「ファイナルファンタジー」だとか。その後、中学生からは吹奏楽部でトランペットをやるようになって、その時期はクラシックだけしか聴いていませんでした。僕が通ってたのは中高一貫の男子校で、吹奏楽がすごく強かったんですよ。全国区の大会で賞を獲るくらいの。朝練はもちろん、夏休みも毎日トランペットを吹いていました。

──ギターがなかなか出てきませんね(笑)。

ギターは高校になる前かな、ゆずを好きになったことがきっかけで、ハーモニカと一緒に始めました。吹奏楽は続けつつもギターのほうが楽しくなって、大学からバンドサークルに入って本格的にギターを弾くようになって。ミスチルとかバンプとかのコピバンから始めて、本当にいろんなバンドのコピーをやりました。コピーしたアーティストを挙げるだけでページを埋めそうですが……洋楽も、ジャズも、ジャンルを問わずになんでも。アコギでコピーするのが大変だったのは、dorlis、Fried Pride、アーニー・ディフランコあたりだったかな……。

──バンドではギターを担当していたんですか?

そこはもう自由に音楽を楽しんでいました。アコギが一番の強みだったので必然的に多くはなりましたけど、エレキギターやキーボードを弾いたこともありますし、ボーカルやコーラス、トランペットも吹いたこともあるし、ベースをやったこともありました。ドラムだけはセッションで遊んだ程度ですね。

──本当に幅広く、いろんな楽器を手にして、いろんな音楽に触れてきたわけですね。

そうですね。そういう経験が、アレンジのネタになってるんだと思います。すべてが今に生きてるというか。動画共有サイトを見るようになって出会った曲からは、例えばグリッチっていう無理矢理音を切る手法、バンドでは再現できないDTMのアプローチを知ったので、取り入れています。

──そういった音楽遍歴の中で、アコースティックギターをメインの楽器に選んだのはどうしてだったんですか?

自分に向いていたからです。歌やピアノやトランペットは、やっていても才能の限界を感じたところがあったんですよ。人からうまいって言われることもなくて。でもギターだけはなぜかうまく弾けて、褒められることがあったんですよね。

音楽は音だけで勝負するものだって思ってた

──現在のおさむらいさんのサウンドには、かなりテクニカルな特殊奏法を用いたものが多いですけど、それはどうやって習得していったものなんですか?

ギターを始めた頃はストロークとアルペジオを弾くくらいだったんですが、バンドとは関係なく山崎まさよしさんを個人的に練習してコピーするようになってから、ちょっと変なプレイもするようになったんです。で、押尾コータローさんが出てきたときに、友達に弾いてくれと言われて、なぜか譜面を買ってくれて(笑)。そこから「ああ、タッピングハーモニクスはこう叩いてこういう音が出るんだな」って。動画で目コピしつつ、特殊なテクニックを学んでいきました。

──なるほど。

とは言え、そういうテクニックを実戦で使うようになったのは、動画共有サイトにアップするようになって、ボカロ曲をコピーし始めた頃くらいからですね。最初に投稿したのは「美女と野獣」だったんですけど、それはもうシンプルにアルペジオで弾いてるだけだったので。個人的にはすごく気に入っていますが。

──曲をアップし続ける中で、演奏はどんどん派手になっていきましたよね。

観ている側としては、そういうことをしたほうが面白いんだろうなって思ったんですよ。椎名林檎さんの「丸の内サディスティック」をアップしたときに、僕の中ではそれほど特殊奏法を入れたつもりはなかったんですけど、タッピングハーモニクスとか山崎まさよしさん風のストロークに反応があって。あとは、最初の頃って動画が1枚絵だったんですよ。適当なネコの絵とかを使ってるだけで(笑)。でもあるとき、演奏してる姿を見せてほしいっていうコメントがあったので、じゃあ手元を見せてみるか、という流れになったんです。そういうことも、見せることを意識するきっかけになったのかもしれないですね。

──演奏シーンが見えているほうが、圧倒的に臨場感があると思います。

そうみたいですね。硬派だったので、音楽は音だけでいいだろって思ってたんですよ。でもライブではパフォーマンスが重要になってくるのもわかるし、パフォーマンスから音をもっと感じられる。映像に関しても同じなんじゃないかなって思うようになったんです。ただ、派手なテクニックを盛り込むときに、大道芸にならないようには注意しています。音楽的に効果的なときに特殊なテクニックを使って、ついでに派手だったらいいよね、くらいのバランスがいいと思っています。

ニューアルバム「勝負前夜 弦月 ~弾き手盤~」 / 2013年8月7日発売 / 2000円 / EXIT TUNES / QWCE-00291
「勝負前夜 弦月 ~弾き手盤~」ジャケット
収録曲
  1. 夜咄ディセイブ(じん[自然の敵P])
  2. 再教育(Neru)
  3. リスキーゲーム(黒うさP)
  4. fix(keeno)
  5. 東京テディベア(Neru)
  6. 吉原ラメント(亜沙)
  7. 小夜子(みきとP)
  8. 独りんぼエンヴィー(koyori[電ポルP])
  9. 心臓デモクラシー(みきとP)
  10. ナイトウォーカー(ラムネ[村人P])
  11. さよならミッドナイト(大柴広己)
  12. StarCrew(赤髪)
  13. セツナトリップ(Last Note.)
  14. 千本桜(黒うさP)

(カッコ内はオリジナルアーティスト)

ニューアルバム「勝負前夜 吟風 ~歌い手盤~」 / 2013年8月7日発売 / 2000円 / EXIT TUNES / QWCE-00290
「勝負前夜 吟風 ~歌い手盤~」ジャケット
収録曲
  1. 夜咄ディセイブ / しゃむおん
  2. 再教育 / ぐるたみん
  3. リスキーゲーム / りぶ
  4. fix / りょーくん
  5. 東京テディベア / 伊東歌詞太郎
  6. 吉原ラメント / そらる
  7. 小夜子 / しゃむおん
  8. 独りんぼエンヴィー / そらる
  9. 心臓デモクラシー / 伊東歌詞太郎
  10. ナイトウォーカー / りょーくん
  11. さよならミッドナイト / 新社会人
  12. StarCrew / りぶ
  13. セツナトリップ / 新社会人
  14. 千本桜 / ぐるたみん
おさむらいさん

動画共有サイトの「演奏してみた」カテゴリに2007年から演奏作品を投稿しているアコースティックギタリスト。テクニカルな奏法を取り入れてさまざまな曲をアレンジする「アコギでロックしてみた」と題した一連の投稿映像が話題になり、演奏動画の総再生数は1000万回を超える。2011年には一般投票&ライブ審査を経て「SUMMER SONIC」に出演し、ピエール中野(凛として時雨)主催の「ピエールナイト」にも登場。台湾でのワンマンライブがソールドアウトになるなど、その人気は海外にも及んでいる。2013年8月には、ボカロ曲を中心にカバーするインスト盤「勝負前夜 弦月 ~弾き手盤~」と、人気歌い手をゲストに迎えたボーカル盤「勝負前夜 吟風 ~歌い手盤~」を同時リリースした。