大橋トリオの15周年ベストが完成、不得意でも向き合い続けた自分らしい歌唱表現 (2/2)

音楽好きはきっと反応する

──「angle」は今回の新曲の中で一番好きです。

おっ! お目が高い(笑)。本当にうれしいです。

──スウィングするドラムにファンキーなテーマで始まって、シンセが入ってくるじゃないですか。1つの曲の中でハードバップからフュージョンまで、ジャズの20年ぐらいの流れをたどったような感じですね。

ジャズ年表みたいな(笑)。意識してなかったので、そのつもりで聴いてみます。これは最後にもう1曲必要だって言われて作った曲で、ジャズっぽい曲にしようと思ったわけではないんですけど、冒頭のフレーズが8小節分ぐらい一気に浮かんだから「これで完成してるわ。音楽好きはきっと反応する」と思って。

──まんまと鷲づかみされたわけですね(笑)。

逆にメロはすごく悩んだんですけどね。極論、歌がなくてもいいじゃんという。キャッチーなキメだけで聴けちゃう曲ってありますよね。あと、完全なるジャズサウンドじゃなくて、サウンド面でちょっとヒップホップ的なパンチ感を入れたかったんですよ。そういうところで変化をつければ、僕らしくなるかなと思って。

──その発想にはヒントがありそうですね。

ちょっとネタバレ感あるけど、ディアンジェロの「Spanish Joint」ですね。しっかりヒップホップだけど、めっちゃセンスのいいジャズ要素がちりばめられてて、ユルくてライトなのにものすごくドライブ感のある、グルーヴキングみたいな曲。世の中で一番好きな曲です。ホーンの雰囲気もちょっと寄せたかったんですけど、寄せすぎるとよくないから、そこは武嶋節を効かせてもらいました。

──ディアンジェロだったのか。確かに言われてみると……。

もちろん曲調は違うんですけど、そっちの方向でアプローチをかけたらきっと鷲づかみできるに違いないなとは思いました。ソロ回しもありますしね。ピアノ、鍵盤ハーモニカ、トランペットの順で。

大橋トリオ

追い込まれたときに強い大橋

──鍵盤ハーモニカといえば、「ohashiTrio best Too」のHMV、mu-moショップ限定盤にはオリジナルモデルの鍵盤ハーモニカが付属するものもありますね。

「angle」ではまさにそれと同じメロディオンを弾いています。グッズ付き限定CDを出そうって言われて、最初「ハーモニカとかどうですか?」と提案されたんですけど、ハーモニカは曲に入れたことなんてたぶん1回ぐらいしかないし、それはないなと。ただ、楽器付きはいいアイデアだなと思ったので考えてみたんですけど、触れやすく手軽な楽器というと、僕にとっては鍵盤ハーモニカで決まりなんですよ。ライブでもめちゃくちゃ使ってるし。子供が演奏するイメージが強いけど、実は吹き方、弾き方によってはすごくきれいな音が出る楽器だって知ってもらいたかったのもあります。鈴木楽器さんとコラボして作りました。

──なるほど、そういう経緯だったんですね。

で、プロモーションとして「ライブに持ってこられた方全員で大合奏とか?なし?」とTwitterでつぶやいてみたりして。その象徴的な曲が必要だなと思っていたときに「angle」ができたんですけど、この曲はみんなで大合奏は無理だと思うので(笑)、過去の曲から何かやれそうなのを選んで、事前に譜面を配ってやったら楽しいかなと。ただ、ライブ会場に持ってきてない人は「うるさ!」って思うでしょうね。

──全員持ってきてくれれば解決ですね。僕はこの「angle」がダントツで好きです。

ありがとうございます。この曲のドラムは高橋直希くんっていう20歳の子に頼んでます。ピアノはタクマドロップスくんっていう23歳の子が弾いてくれてますね。

──若い力ですね。どこで知り合ったんですか?

タクマくんとは神谷(洵平)がきっかけでつながって、ジャズピアニストもやってると聞いて下北沢のバーにライブを観に行ったんですね。センスいいなと思って、高橋くんのドラムもよかったから「一緒にやってみない?」と2人まとめて呼んじゃいました。

──それはいいですね。しかし「angle」が最後にもう1曲必要だからということで作った曲だと聞くと、「NEW WORLD」(昨年3月発売のアルバム)の「ミルクとシュガー」を思い出します(参照:大橋トリオ「NEW WORLD」特集)。当時のインタビューでは絞り出して作ったとおっしゃっていましたが、追い込まれるといい曲ができる傾向があるんですかね。

確かに(笑)。それはディレクターが一番わかってると思います。「追い込まれた大橋は強い」と。

──締め切り、タイアップ、曲調の指定みたいに、なんらかの縛りがあったほうが力が出るタイプ?

それは絶対そうですね。締め切りはもちろんだけど、バラードなのかアッパーなのかぐらいの指定ははっきりしてもらったほうがいいかなと。ただ、「バラードね」って言われて「いやいや、これはアッパーがいいでしょ」と思っちゃう天の邪鬼な自分もいるんですけど(笑)。

大橋トリオ

よく15年もやってこれたな

──全体としては、既発曲に見劣りしない新曲も入って、聴き応え十分なアルバムだと思います。

うれしいです。「angle」ができてよかったー(笑)。

──できていなかったら若干モヤモヤが残りましたか?

そうですね。年越し作業になっちゃうから、今年は正月ゆっくりしたいなと思ってて、「あきらめようかな」ともちょっと思ったんですけど、「いや、ここはがんばらないと」という気持ちが勝ってよかったです(笑)。なんとか12月29日ぐらいにはやるべきことはやって、正月は休んで、明けてすぐ仕上げて納品できましたから。

──力の入れどころと抜きどころの見極めはキャリアもものを言っている気がしますね。でも、ご本人はどう感じるものなんでしょうか。15年って短かったですか? それとも長かった?

短いとは思わないですね。長かったなとも思わないし、15という数字が特別とも思わないし。なんだろ、「よくこんなにやってこれたな」っていうのが正直な気持ちですかね。

──15年もやるとは思っていなかった?

こんなに続けられると思わなかったです。もちろん長くやれたらいいなとは思ってましたけど、流行り廃りの激しい世界なので。とにかく聴いてくださった皆さん、支えてくださった皆さんに感謝ですね。

──古くならないものを作ってきたという自信がおありなのでは?

どうかな。芯の部分は変わってないでしょうね。まあ進化もさほどできてない気がしてますけど(笑)。最初の2枚ぐらいで、その時点で持てるものはすべて出し切っちゃってるので、その派生でこんなにやってきたっていう……感じなんですかね。無理もないなと思いますよ。「もうちょっとピアノうまくなりたいな」とか思って練習してみるけど、全然身にならないんですよ、この年になると。吸収できない。年を取ると頭が固くなってくるっていうのはわかる気がします。

──まあ、「PRETAPORTER」(2007年12月発売のアルバム)は30年近い蓄積があって作ったものだから……。

生まれた時点から数えればそうですけど(笑)。

──本格的に音楽をやり始めたのはいつ頃ですか?

「PRETAPORTER」(2007年12月発売の1stアルバム)からですかね。ちゃんとした曲を作るとか人前で演奏するっていうことは実はそんなにやってなかったんですよ。趣味、遊びの範囲内でたまにやってたぐらいで、ライブハウスでスカウトされたとかコンテストで優勝したとかじゃないし。たまたま巡り合わせで事務所に入れてもらって、ちょいちょい音楽仕事をやらせてもらってるうちに自分が歌えることがわかって、「作ってみな」と言われて3年かけて作ったのが1枚目だったんです。そもそも自分が歌うというイメージが最初はゼロでしたし。

──そう聞くと大橋さんの15年って、曲以上に歌をどう研ぎ澄ましていくかみたいなことに工夫を重ねてきた部分が大きいのかもしれませんね。

それは間違いないです。いまだに課題としてもありますから。ただ、今さらボイトレっていうのもね。自分の特徴、旨味として持ったこの声を安定的に生かす方法って、他人には絶対にわからないだろうなと勝手に思ってるんですよ。「もっと大地とつながるように声を出せ」とか言われても、まったく違う声が出てくるだけのような気がします(笑)。

平井堅からうらやましがられる

──ボーカリスト・大橋から見たプロデューサー・大橋、あるいはその逆をどう評価しますか?

どっちもよくやってるんじゃないですか。「不得意なことをよくがんばってやってるよ、君は」と思います。本来、自分に向いてることだったかというと、言ってしまえば音楽自体が向いているのかいう話になるので(笑)。そこもちょっと謎なんですよね。木にやすりをかけたり、面取りかんなで角を落としたりしてると楽しくてしょうがなくて、「こっちのほうが向いてたんじゃないかな」とか思います(笑)。自分の性格もあるんですけど、やっぱりそれなりに苦しんで作ってるから。曲が“降りてくる”人は、うらやましくてしょうがないですね。

──でもベストアルバムを聴くと、平井堅さん、斉藤和義さん、上白石萌音さんに手嶌葵さんと、すごい歌手と立派にデュエットもされているじゃないですか。4人とも大橋さんの声に合っていると思いました。

手嶌さんと萌音ちゃんは似てるところがある気がします。和義さんは本質は一緒だけど表現の仕方が対照的という感じかなと。やんちゃと控えめ、みたいな。でも平井さんに関してはね……もともと平井さんは「大橋トリオが好き」と公言されてたんですよ。「じゃあお願いしてみちゃおう」というノリもあって、結果いい曲ができて、平井さんにも合っていた。でも声に関しては抜け方の差がすごすぎて、毎回聴くたびに、ボーカリストとしては自分はいかがなものかなと思いますね。逆に平井さんは「大橋くんの声がうらやましい」とか言うんですよ。「なんでそんなこと言うの?」って思いましたけど(笑)。自分の中ではコンプレックスでもあるので。

大橋トリオ

──平井さんは「すべての他人がうらやましい」という人ですからね(笑)。最後に大橋さんから言っておきたいことがありましたら。

若くて才能のあるミュージシャンがすごく増えましたけど、できれば全員に歌ってほしいですね。あと楽器も、メインはギターならギターでいいんだけど、もう1つ何か演奏できるようになってもらいたいですね。これは切に言いたい。サポートの子を探すじゃないですか。でも例えばギターはめちゃめちゃうまいけど歌えないとなると、コーラスを別に入れなきゃいけなくなるんですよ。コーラス専門の人は次元が違うので、そのレベルは目指さなくていいんです。地ハモ(主旋律に合わせてハモる)ぐらいきれいに歌えれば十分。そのくらいの歌心はみんな持ってほしいかなー。マジで仕事増えると思いますよ、歌えれば。少なくとも大橋トリオからの仕事は(笑)。

──それは洋楽好きと関係がありそうですね。

そう。欧米のアーティストのライブを観ると、サポートの人も当然のように全員歌うじゃないですか。あと当然のように複数の楽器をやるし。僕はジェイムス・テイラーやトム・ウェイツを聴いて、演奏も歌も好きだったから自然と歌うようになったんですよ。だからコーラスを頼まれても全然やれる状態でしたけど、みんなそうであってほしいんですよね。

ライブ情報

ohashiTrio HALL TOUR 2022

  • 2022年5月22日(日)福岡県 福岡市民会館
  • 2022年6月16日(木)愛知県 日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
  • 2022年6月24日(金)大阪府 NHKホール
  • 2022年7月8日(金)東京都 昭和女子大学人見記念講堂

プロフィール

大橋トリオ(オオハシトリオ)

2007年にアルバム「PRETAPORTER」でデビュー。シンガーソングライターとしての活動のほか、テレビドラマ、CM、映画音楽の作家としても活躍。代表作には映画「余命1ヶ月の花嫁」「雷桜」「PとJK」の劇伴などがある。最近ではNHK Eテレの子供向け番組「にゃんぼー!」の音楽や、TBS系「世界遺産」のテーマ曲も担当。2017年にデビュー10周年を迎えた。2022年2月にはデビュー15周年を記念したベストアルバム「ohashiTrio best Too」を発表し、5月から7月にかけてホールツアーを行う。