ナタリー PowerPush - 小谷美紗子

傷付いた世界へのエール「us」

小谷美紗子のニューアルバム「us」は、東日本大震災を経験した私たちの悲しみを優しく受け止め、まっすぐに希望を指し示すような作品だ。収録されている楽曲は、彼女がじっくりと時間をかけ、自身と周囲を見つめて描き出したもの。そこには聴き手の胸を打つ言葉とメロディが計10曲にわたって詰め込まれている。このアルバムの成り立ちについて、小谷美紗子本人に話を聞いた。

取材・文 / 大山卓也

自分の言葉が役に立たないと感じた

──思いのこもったアルバムが完成しましたね。

小谷美紗子

ありがとうございます。

──「毎回3曲の新曲を披露する」というコンセプトで2012年に計3回のワンマンライブを行って、そこで作られた楽曲がこのアルバムになったということですけど。

震災のあとにもう全然曲が書けなくなってしまったんですね。で、いよいよ周りのスタッフが心配し始めて「じゃあ先にライブが決まってる中で、そこに向けて新曲を書くっていうのはどう?」って言われて。最初は「えー!?」って思ったんですけど、ちょっと腹をくくってチャレンジしてみようかって。

──震災からこのアルバムの完成まで約2年半。震災後すぐにアクションを起こしたアーティストもいましたが、小谷さんはけっこう時間がかかりましたね。

そうですよね。震災のことをすぐ歌にしてる人いましたもんね。

──そういう状況を小谷さんはどう見ていましたか?

うーん……、端から見ていて、必要だなって思えた曲もあったんですけど、私だったら今その言葉は歌いたくないっていう曲もあったし。でもそういう歌でも、何も言わないよりはマシなのか?みたいなことも思ったりして。

──葛藤があった。

そうですね。

──そして小谷さんが震災後に初めて作ったのが「3月のこと」という曲ですね(参照:小谷美紗子、3.11を歌った「3月のこと」無料DL開始)。「歌なんか 今そんなもの 聴いても しょうがない」という一節から始まる曲ですが、これはどんな経緯で?

震災後、自分の言葉を書きとめたりはしてたんですけど、どの言葉も被災地に向かって発することのできる言葉ではなくて。自分の言葉が役に立たないって感じてたんです。自分は莫大な寄付金を送れるわけでもないし、自分には本当に歌しかなくて、歌に真心を込めてそれで人を元気付けるっていうことしかできないのに、音楽っていうものの力のなさを痛感してた。それでずっと悩んで悩んで、やっとできたのが「3月のこと」だったんです。

──この曲は今回のアルバムには入ってないんですね。

はい。このアルバムができるきっかけになった曲でもあるし、入れても全然問題なかったんですけど、あれは一応無料で誰でも聴ける曲ということで発表したので。しばらくこのままにしておこうかなと思って。

「一緒にがんばろう」って言いたくなった

──そもそも小谷さんはいわゆる“社会派シンガー”といった立ち位置の人ではないわけですし、震災後もスタンスを変えず、今まで通り個人的な歌を歌い続けるという選択肢もあったと思うんですが。それはやっぱりできなかった?

そうですね。自己嫌悪に陥っちゃったんですよね、簡単に言うと。

──自己嫌悪?

うん、特に原発のことは、これを放っておいた自分は今まで何をやってたんだろうって。ゴミ問題だったり政治家に対する単純な文句だったりは歌ってきたけど、原発のことを見過ごしてきてた自分がすごく恥ずかしくなってしまって。

──今まで自分が歌ってきた曲が力を持たないと感じた?

今までの歌を否定するつもりはないし、今でも自信を持って誰かに届けたいって思えるものなんですけど。ただ、今はもっと……なんだろう、単純に弱ってる人にわかりやすい言葉で「一緒にがんばろう」って言いたいと思ったんですよね。今までは自分が立ち上がる姿を曲にして、その姿を見てもらえれば伝わるだろうと思ってたんですけど。そうじゃなくてもう言葉にして「一緒にがんばっていこうよ」って言いたくなって。

──だからこのアルバムのタイトルは「us」なんですね。“私とあなた”の物語だけじゃなく”私たち”という一人称が必要になった。

うん、そうですね。

──わかりやすいし、優しいですよね、このアルバムは。

小谷美紗子

ふふふ(笑)。やっぱりね、自分も含めて日本は本当に傷付いたと思うんです。だから私はそういう人たちを勇気付けたくて。こんなときだからこそ、楽しい歌を歌う人がいてもいいと思うけど、人が気付かないような悲しみだったり悩みだったり、そこに向けた歌は私が歌おうって思った。やっぱり生きるって本当につらいことだと思うから。

──はい。

だからこの険しい人の世に優しい言葉をかけたいと思ったんです。自分も含めて、大人になればなるほどやっぱりつらいことって増えていくから。だから優しい歌が必要なんだって心底思いました。本当にくたびれたときとか傷付いたときとか。あと逆に何も感じない、やりきれない感情のときに聴いてもらえるような歌が歌えたらって。

──このアルバムの「果てに」という曲で「ここが 奈落の底だよ」というフレーズがありますよね。その上で「暗がりの果てに 舞い上がろう / なけなしの希望 持て余す暇はない」と続いていく。つらい現実を一度見つめた、その先の希望が歌われていて、それが小谷さんの今の歌なんだと感じました。

でも歌詞は書いても書いてもまとまらなくて。改めて自分は何か人にものを言うのが下手くそなんだなって思いましたけどね(笑)。

──そういうものですか(笑)。

このインタビューもそうだし、ライブのMCもブログも下手くそだなって思うんですけど、でもそう思えば思うほどやっぱり私は歌で伝えたくて。まずはライブに来てくれるお客さんに向けて、ちゃんと自分の思いを歌詞にして、聴いてくれる人を元気にしたいなってすごく思ったんです。

ニューアルバム「us」 / HILLSTONE Records
フォトブック特別限定盤[CD+フォトブック] 3300円 / HSR-1003 / Music For Lifeにて先行販売
通常盤[CD] 2800円 / HSR-0003
収録曲
  1. enter
  2. 正体
  3. 誰か
  4. 手の中
  5. runrunrun
  6. 果てに
  7. universe
  8. 東へ
  9. すだちの花
  10. recognize
LIVE SCHEDULE
小谷美紗子 Trio Tour「us」
  • 2014年4月8日(火)
    大阪府 Shangri-La
    OPEN 18:30 / START 19:30
  • 2014年4月10日(木)
    愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
    OPEN 18:30 / START 19:30
  • 2014年4月24日(木)
    東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
    OPEN 18:30 / START 19:30
小谷美紗子(おだにみさこ)

1976年京都生まれ。ピアノ弾き語りによる情感あふれる歌声が注目を集め、1996年リリースのデビューシングル「嘆きの雪」がスマッシュヒットを記録。以後コンスタントに作品を発表し、多彩な音楽性を見せつけながらその存在感を確立していく。2003年には彼女をリスペクトするミュージシャンが集まり「odani misako・ta-ta」名義でアルバムを発表するなど、アーティスト仲間からの支持も厚い。近年は玉田豊夢(Dr)、山口寛雄(B)とともにトリオ編成のバンドでライブやレコーディングを実施。2013年12月に通算12枚目となるオリジナルアルバム「us」を発表。