ピースソングが売れないことを祈って
──中盤の「Look Up」と「Break Free」は80'sのシンセポップやニューウェイブ風の曲になっていて、その時代のプリンスやマドンナからの影響があるのかなと思いました。
「Break Free」の肝はベースラインですね(笑)。この曲は2年前くらいにLAでセッションしているときにデモができた曲で、プロデューサーと一緒にチルな雰囲気のままスタジオに入って、笑いながら作ったのが下地になっています。すごく気楽に作った曲なんですけど、「Break Free」は今作で一番好きな曲です。
──どういう点でJQさんの琴線に触れますか?
理由としてはアルバムの流れが大きいんですけど、ここで遊べたことでいろいろ緩めてくれるというか。このアルバムの中で一番重要な立ち位置なのかなって。こういう曲をバンバンできるライブをやりたいですし、きっと楽しいだろうなって思いますね。
──「CHAIN」は新しく書いた曲ですよね?
はい。この曲はドラマの原作(「珈琲いかがでしょう」)を読んで書いたんですけど、主人公がコーヒーによって人生観が変わって、いろんな人たちを助けていくような物語になっていて。それが後半からはシリアスな展開もあるんですけどすごく面白いマンガでした。
──JQさんに響くものがあった?
読んでいたらすごく共感できるところがありました。しがらみに縛られているところから、解放された瞬間の曲なんですけど、自分自身がそういう状況のときに、こういうお話が来るんだなって思いましたね。なんというか、ひさびさに「CHAIN」みたいな言葉を使いました。
──ある意味、ネガティブなワードですよね。
そうなんですよ。
──LAに移住したことや、そこでコロナ禍になったことで感じた影響が作品に反映されているというお話をしていただきましたが、やっぱり日本にいるのとアメリカにいるのでは、ニュースの捉え方も違うのではないかと思います。昨年はBlack Lives Matterや大統領選もありましたし、コロナの被害者数を見ても日本とは桁が違います。
自分を強く持っていないと負けちゃう国ではあると思います。Black Lives Matter1つ挙げても、今まで僕が住んでいた場所とは全然違いますよね。少なくとも日本にいたら銃声を聞くことはほとんどないじゃないですか。車が燃えているのも、日本では僕は見たことなかったです。でも、向こうだと銃声はわりと鳴るし、選挙も対立が深まるとそれが暴動になったりして。日本にもアメリカにもそれぞれのよさがあるけど、ルールが全然違うなって思います。
──ずっとピースを歌ってきたというお話もありましたが、その意味がより強くなっていくのかなと思います。また、大袈裟に言うと音楽をやる意義を再確認したところがあったのかなと。
そうですね。音楽で心を揺さぶれることってできるんだなって実感はできたかな。.......ただ、こういうときにいい音楽って生まれている気もして……
──社会が混迷しているときに優れた芸術が生まれるところはあると思います。
今回はその葛藤がデカかったです。ブラックミュージックってエネルギッシュでハートフルな音楽ですけど、差別されてきた歴史や奴隷の時代がなかったら、生まれてなかったかもしれないじゃないですか。今年のグラミーを見ても、アンダーソン・パーク然り、H.E.R.然り、Black Lives Matterについて歌っている曲がノミネートされていて。そういうときにできた名曲が人々の心に届いているんですよね。
──悲しみや怒りが背景にある音楽が人の胸を打つという。
そういうときにいい曲が生まれるんだとしたら、いい曲が生まれているときは世界が悲しんでいるタイミングなんじゃないかなって。だったら名曲が生まれない世の中の方が世界的には平和なのかもなとかも思います。マーヴィン・ゲイの「What's Going on」もそうですし、ボブ・マーリーの「One Love」もそうですけど、祈りや願いの共感でその曲がたくさんの人に届く。ピースソングはピースじゃないときに求められる。僕はそう考えると、ピースソングが売れないことを祈り続けていたりします。
──ただ、同時にご自身も今回はそうした社会の雰囲気から影響を受けている部分があるということですよね。
そうなんです。それをガソリンにしている自分が嫌だったんですよね。コロナ禍で世の中が変わってしまって、それを見て感じたことがちょっとは楽曲に落とし込まれているので。それが良いことなのか悪いことなのか、自分ではわからない葛藤がありました。
──それでも、作り続けていかなきゃいけない性や業を感じますか?
うーん……作っているときはほぼ無心なので、使命だとは思っていないんですよ。書きたくないと思ったら、やめます。でも、やっててよかったって報われる瞬間は曲ができたときだけなので、それがないと僕は壊れちゃう気がします。今回も曲を作るときは苦しかったんですけど、できあがったときの満足度はすごく高くて。自分が癒されたし、それによって救われたところがありますね。
コロナ禍以降のニュースタンダード
=「NEW GRAVITY」
──最後に、資料にはこれからNulbarichとしての第2章が始まるということが書かれていますが、どんな活動をして行こうと思っていますか?
「NEW GRAVITY」というタイトルを付けた理由にもつながるんですけど、2020年は新しい重力バランスみたいなものと、世界が急に向き合わなきゃいけなくなった年だと思っていて。例えば家から出ないでくださいとか、人とは2m以上離れてくださいとか、いわば新ルールを提示されたわけですよね。これからはそうした環境と向き合って新しいものを出さなきゃいけないなって思いますし、まさに去年やった配信ライブがその1つで……僕はめちゃめちゃやりたくなかったんですよ。
──配信ライブを?
そうです。ライブってお客さんに音や言葉を放って、お客さんが感じたものがまた僕らに返ってくるような、循環していく場所だと思っているんですよね。特に僕らのようにライブでの立ち居振る舞いをあんまり決めずにステージに立つバンドは、お客さんによってテンションを揺さぶられることが多くて、後から映像を見てめちゃくちゃテンション上がってるなって思ったりするくらいなんですよ。それって明らかに僕の表現ではなく、みんなを通して出てきている表現なので、カメラに向かって一方的にライブをやるってどういうこと?みたいな。最初はパニックでしたね。
──そこでどういう解釈を見出して、あのライブを行ったんですか。
あのオンラインライブは、1個の作品として考えていきました。いるはずのお客さんへの思いを真ん中に寄せるって意味で全員が円になって演奏する。そういう表現しかできなかったですし、それでタイトルを「Nulbarich Live Streaming 2020 (null)」にしていて。そこに何もなくなったっていうことを表現して「(Null)」と付けて、1個の作品として成立させてオンラインライブをやったんですよね。
──なるほど。
でも、今は配信ライブも、もう1つのプラットフォームとして確立されたじゃないですか。大きく言ったらこれからは音源、ライブ、オンラインライブっていう3つがアーティストにとって重要なものになったから、そことの向き合い方もポジティブに考えていかなきゃいけない。今後はリリースもライブも、今までの常識とは違う新ルールを消化したものになっていくから、そのニュースタンダードを一言で言うなら「NEW GRAVITY」になるのかなと思ってアルバムのタイトルを付けました。カオスな世の中ですけど、それが当たり前になったらそこで生きていくしかないので。その中でどう楽しむかってことに向き合って活動していきたいと思います。
ライブ情報
- Nulbarich ONE MAN LIVE -IN THE NEW GRAVITY-
-
2021年6月13日(日)東京都 東京ガーデンシアター