Nulbarich|武道館で見つけた“その先”へ

2018年は全国各地のフェスやイベントへの出演をはじめ、資生堂「アネッサ」のCMへの楽曲提供、初の東京・日本武道館公演の開催など、さまざまな活動でリスナーを楽しませたNulbarich。バンドとして大きな飛躍を遂げた2018年を経て届けられた「Blank Envelope」は、Nulbarichが新たなフェーズに入ったことを感じさせる充実した内容に仕上がった。

音楽ナタリーではJQ(Vo)にインタビューを行い、武道館公演で得た手応え、「Blank Envelope」のコンセプト、そしてこれからのNulbarichについて聞いた。

取材・文 / 天野史彬 撮影 / トヤマタクロウ

武道館公演は……すごく気持ちよかった

──まず、去年11月に行われた日本武道館公演を振り返っての話から聞かせていただければと思うのですが、率直にあの日のライブはいかがでしたか?(参照:Nulbarich、初の日本武道館ワンマンでファンに「夢を叶えてくれてホントにありがとう」

1stアルバムを出してから2年ちょっとだったので、自分の中では武道館はまだ早いかなと思っていたんですけど……感想としては「いいリスナーさんたちがNulbarichを聴いてくれていたんだな」っていう感触がすごくあったライブでしたね。空気が温かかったです。あと、ライブのタイトルに「The Party is Over」という言葉を掲げたぐらい、自分たち的には節目の意味合いもあの日の武道館にはあって。Nulbarichがこれから進むべき道を探しに行く武道館だったので、それがちゃんと見えたライブだったなと思います。

──「The Party is Over」というのは、そもそもはデビュー曲「Hometown」の歌詞の中にあるフレーズですよね。実際、この曲が1曲目に演奏されたので、Nulbarichにとって「The Party is Over」という言葉はすごく意味のあるものなのだろうと思いました。

「Hometown」の歌詞では、「遊びはおしまいだよ」っていう思いを込めて「The Party is Over」と書いたんですけど、そういう意味でも、あの日の武道館は「初心に返る」というか、右も左もわからないまま駆け抜けてきた2年間の結果として、ある程度見えてきたものもあって。それらを踏まえたうえで、「もう1回ダッシュができるか?」ということを探りに行った武道館だったと思うんです。僕個人としては、十分すぎるほどいろんなものをもらえた感じはしましたね。

──当日、僕もあの場にいたんですけど、JQさんがおっしゃるように本当に温かい空間でした。

武道館ってこれまでいろんなアーティストのライブを観に行ったり、吹奏楽部時代の全国大会の場所だったりして、自分の人生においてもすごく重要な場所だったんです。だから、悔いが残らないようにしたかったし、ぼんやりしていると時間がすぐ過ぎちゃうだろうなと思っていましたね……武道館は1万人くらいのキャパシティの会場にも関わらず、すり鉢状なのでお客さんとの距離が近いんですよ。普通のライブハウスよりもみんなの顔が見える、本当に不思議な空間なんです。そこで、曲を軽く口ずさんでいる人がいたり、自分が主人公になってずっと歌っている人がいたり……それぞれが、それぞれの楽しみ方をしてくれたと思うんです。あの会場をそういう空間にできたのは、自分たちにとっても大きな財産だなって思います。

──あの日は、MCでも「それぞれの楽しみ方でいい」とおっしゃってましたよね。その点はやはりJQさんの中に一貫してある考え方ですよね。

そうですね。人間って、視覚とか嗅覚とか、いろんな感覚を使って生きていると思うんですけど、僕らがやっていることはその中の聴覚をお借りすることなんだという認識が僕の中にはあって。僕自身の音楽の聴き方がそうなんです。優しい曲を聴くと自分が優しくなれるような気がするし、強めの曲を聴くと強くなったような気がする……人間って環境に左右されるものでもあるし、だからこそ僕は自分の人生の中で「自分が何を摂取するのか?」ということが、すごく大事なことだと思っているんです。そういう意味で、自分たちの音楽も聴く人の毎日の中でBGMになってくれたらいいと思うし、「聴いた人は、それぞれの人生の中でNulbarichをどういうふうに摂取してくれるのかな?」という思いを持ちながら音楽を作ってきたんです。

──なるほど。

例えば、「俺ら、ヤバいぜ!」ってことをひたすら歌っている力強い曲でも、その曲が好きだったカップルが別れたら、この曲は“失恋ソング”としてその2人の記憶に残ると思うんですよ。その瞬間に、この曲を作った本人の意図なんてどうでもよくて、その2人の作品に昇華される。そういうことが僕にとってはすごく大事なことなんです。なので、あの日の武道館も観に来てくれた人たちが主人公だと思っているし、その人たちの人生の中の“何か”になってくれていればいいなと思います。

──音楽はあくまでも聴き手の人生に着地するものなんだということですよね。

僕らの自己表現というのは、あくまで楽曲を作ったり、ライブをしたりするところまでなので。それをどう受け止めるかは聴いた人次第なのかなと。その人が感じたことが正解だと思います。音楽こそ答えがあってはいけないものだと思うし、感じた人それぞれに答えがあったほうがいいなと思うんですよね……ただ、あの日の武道館に関して言うと、こっちとしては「すごく気持ちよかったです」っていう(笑)。

──ははは(笑)。

そんな感じです。

JQ(Vo)

もう1回、走り続けられるか?

──そんな武道館公演もあり、去年1年間でNulbarichはバンドとしてのスケールをこれまで以上に大きくしていったと思うんです。でも、新作「Blank Envelope」を聴いて僕が思ったのは、そんな勢いのあるバンドの現状とは裏腹に聴き手に1対1で寄り添うような、とても親密なアルバムだなということでした。JQさんご自身はこのアルバムにはどのような自分が刻まれていると思いますか?

偶然なんですけど、今回のアルバムは、7曲目の「Kiss You Back」までは武道館公演までにできていた曲で、8曲目の「Toy Plane」以降は武道館の時点ではデモしかなくて、武道館が終わったあとにコンポーズしていったんです。

──そうだったんですね。意図した部分ではなくても、去年1年間のNulbarichのモードが反映されていると。

さっきも言ったように、わけもわからず、でもまっすぐ走ってきたこの2年間があって。そこで僕らはいろんなものを見たし、いろんなことを感じてきた。そのうえで、「もう1回、走り続けられるか?」という課題を武道館公演には置いていたんです。結果として、僕は「行ける」と思ったんですよね。「こんな僕たちでも、見てくれている人たちがいるのなら、もっとまっすぐ走っていいんじゃないか?」と思えたんです。自分では特に意識してはいなかったけど、そういうところも影響しているのか、8曲目以降は曲のスケール感も大きくなっていると思うんですよね。でも意外と歌詞に関しては、自分の小さな思いを歌っているような感じもあるっていう。

──その一見アンビバレントな感じが、このアルバムの大きな魅力になっているように感じるんですよね。確かに曲はこれまで以上に重厚に、スケールが大きくなっているんだけど、歌詞の世界観はどこか小さな世界を描いている。

これも特に意識したわけではないんですけど、音楽的にスケールが大きくなったからといって、歌詞も「みんなー!」みたいな形になっていくことには違和感があるんですよね。あくまで僕が歌うことは、自分の日常の刹那であって。そういう歌詞の世界観があったうえで、音楽的なスケールを上げるようにアップデートできれば、武道館以降の自分たちが鳴らす曲として成立するなとは思いました。

──それこそ、8曲目の「Toy Plane」などは、歌詞の世界観が今まで以上にパーソナルなもののように感じられて。歌詞を書くこと、あるいはそれを歌として表現することに対して、JQさんの向き合い方にも変化があったのではないかと思うのですが、どうでしょう?

たぶん、なんですけど……2017年までの僕はあくまで“音”を聴いてきたんですよ。ずっと楽器をやってきた人間なので、「ここのベースラインがカッコいい」みたいな感じで、ボーカルの後ろにあるインストを聴く耳で音楽を聴いていたんです。でも、2018年になって、「ボーカリストとしてもちゃんとやっていかなきゃな」という感覚が芽生えたのか、“歌”に自分の耳が行くようになったんですよね。メロディにフォーカスするようになった、というか。

──メロディや歌にご自身の耳が向くようになったとき、大きなインスピレーションを与えた音楽家や作品の存在はありましたか?

どうだろう……名前を挙げていったらキリがなくて、もちろん新しい音楽はチェックしているんですけど、去年はむしろ今まで自分が聴いてきた音楽を改め聴き返して、「この曲ってこんなメロしてたんだ」と再発見するような体験も多くて。そういうことが影響してか、武道館以降に作った曲は特に「今までだったら、このメロディは自分から出てきていないな」というものが出てきた。自分の中でボーカリストとして新しく芽生え始めたものが、曲を通して見つかってきている感じはするんですよね。なので、今回のアルバムはメロディを付けたり、歌詞を書く作業が楽しかったです。

──武道館では今作にも収録された新曲「JUICE」で、JQさんがドラムを叩きながら歌う場面もありましたよね。あの瞬間というのはまさに、JQさんが楽器演奏者としての原点的な部分に立ち返りながら、ボーカリストとしてバンドの真ん中に立っている自分自身を見つめるような、言わば過去と現在が交錯する瞬間だったのかもしれないですね。

いや、あれは、ちょっと叩いてみたかっただけです(笑)。

──ははは(笑)。

あの瞬間は、言うなればボーカルとドラムという僕が唯一できるパートの2つであり、僕が今音楽を聴くうえで最も重要視している2つの要素を一気に自分で担った瞬間でしたね。ドラムから生まれるグルーヴと、歌、その両方が成立したうえで、ほかのインストゥルメンツがどう乗っていくのか……それが、僕が音楽を聴いたり作ったりしていくうえで軸としている部分なので。だからドラムに関しては、メンバーにもうるさく言うんですよ。ほかの楽器に関しては「好きにやっていいよ」って言うんですけど、ドラムに関してはちょっと違和感があると「それは違う」って言っちゃうので。