NOT WONK×ASIAN KUNG-FU GENERATION|苫小牧市民会館 閉館前ラストライブ開催記念インタビュー (2/3)

暮らし、社会の在り方を考える

──加藤さんは今の市民会館の隣に作られる新しいホールが老朽化して、またさらに次のホールが建てられるときのイメージを持っている?

加藤 はい。新しいホールもいつかスクラップされるし、次はそこをどう使うか、どのようなホールが望ましいのかというディスカッションを絶対にしていかなきゃいけないと思う。苫小牧市民会館が建てられた60年前と、今では建築の事情が全然違うだろうし、耐震とか消防法の問題で壊さざるを得ない建築物はいっぱいあると思う。だけどその場所を使うのは結局その時代に生きている人たちだから、自分たちの暮らしや、社会の在り方を考えないと、価値ある歴史的な建物が壊されて、利権まみれの建築物ができあがるという、同じことが繰り返されるだけだなという不安があります。

後藤 社会の在り方を変えていかないと、歴史的な魅力のある建物を壊していく流れは止められないよね。だから文化価値をどうやってシェアするのか、どうやって伝えていくのか考えることが大切。ミュージシャンが「いや、俺が言ってもしょうがない」という姿勢だと、音楽施設なんてあっという間に隅っこに追いやられていく。もちろん解決策なんてわからないですよ。加藤くんが50年と言ったけど、ホントそれぐらいの気持ちで根気強くやるしかない。

左から加藤修平(NOT WONK)、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)。

左から加藤修平(NOT WONK)、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)。

──実際、今だけ、自分の人生だけで考えたなら、古いものは解体して、すぐお金になる駐車場なり賃貸マンションにしたほうが利率はいいわけです。

後藤 そうなんですよ。生活のことを考えると、相続した古い家とか「こんなもんどうする?」って話になりますよね。やむにやまれぬ金銭の問題があったら、とりあえず更地にしてアパートを建てようってことになるから。でも俺たちはその外側から言葉を置いたりする役割もあると思うんですね。

──外側から言葉を置く?

後藤 普段の生活の中で価値観が大きく揺さぶられることってあまりなくて、生き延びるために1つの道に収斂されていっちゃうところがある。でも、音楽の場合は言葉をつづったり歌を書いたりすることで、離れたところから価値観を揺さぶれると思うんですね。もちろん簡単ではないですよ。「何言ってんだ?」って言われることもあるし、反対意見に対して俺自身がその通りだなと思うこともある(笑)。でも、怒られながら対話を繰り返すうちに、真四角にこわばっていたものが不思議と緩んでいったりする。音楽にはそういう力があると思います。

後藤正文が藤枝に音楽スタジオを構えた理由

──後藤さんがそうしたトライ&エラーを繰り返しながら進めていったのが、藤枝にスタジオを作る計画だったと。お二人は5年前にも別の媒体で対談していて、当時から後藤さんは「自分のスタジオの機材もどんどんシェアしていきたい」とおっしゃっていましたね。

後藤創立のNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」が、静岡県藤枝市に設立する音楽スタジオ「MUSIC inn Fujieda」。(撮影:八木咲)

後藤創立のNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」が、静岡県藤枝市に設立する音楽スタジオ「MUSIC inn Fujieda」。(撮影:八木咲)

加藤 確か2021年ですよね。あの時点で藤枝にスタジオを作ると想像してました?

後藤 してなかったね。でもインディーズのレベルで考えるとスタジオ代って高いじゃない? それで仲間たちと「もっと広くていい音で録れるスタジオが欲しいし、それはもはや都内である必要もない」とずっと話してたんだよ。だから当時から物件をネットで見ては「安っ! でも遠っ!」とか言ってたね。

加藤 そうなんですね。

後藤 で、そのあとに地元の同級生が市役所の空き家対策課に転属されて、蔵の物件が出てきたことでバチーンとプロジェクトに血が巡り始めた。だからあの対談時点で構想はあったのかな。それに高いミキサーやコンソールを買っても、「これ、俺が持ってるだけじゃ全然意味ないよな」と思っちゃった。

後藤創立のNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」が、静岡県藤枝市に設立する音楽スタジオ「MUSIC inn Fujieda」。(撮影:八木咲)

後藤創立のNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」が、静岡県藤枝市に設立する音楽スタジオ「MUSIC inn Fujieda」。(撮影:八木咲)

──そうですか?

後藤 もちろん俺の音楽にとっては意味があるけど、その意味ってめちゃくちゃ小さいんだよ。機材は使って初めて価値が生まれるものだから、所有してるだけならただ資本主義的な、どのくらいの貨幣に交換できるかっていう価値でしかなくて。俺は物の価値って使えるかどうかだと思うんですよ。例えば背中がかゆいときは、1万円札よりそのへんに転がってる棒のほうが価値がある。それが使用価値だから。そう考えると「もっとできることあるよな。むしろシェアしていくことにしか価値って存在しないんじゃないかな」って思うようになった。

“表現の交換市”「FAHDAY」

──一方で加藤さんは苫小牧市民会館を使って、2024年に“表現の交換市”をテーマに「FAHDAY」をスタートさせました。

「FAHDAY 2025」の様子。(撮影:広瀬秋典)

「FAHDAY 2025」の様子。(撮影:広瀬秋典)

加藤 「FAHDAY」に関しては、市民会館の取り壊しという決定事項がまずあったので、価値を考え直す機会を作りたいという思いが一番大きかったです。それに、その数年前から苫小牧では公金を使った大きなフェスが始まっていて、そのことに対する違和感が拭いきれなかったのもあります。「なんで同じ事務所のアーティストがいっぱいいるんだ?」とか「なんで資材もお酒も札幌から持ってくるんだ?」みたいな。主催は苫小牧市だけど、制作にはまた違う会社が入っている──調べていくとお金の流れもだんだん見えてきますよね。で、そのフェスで赤字が出てもそれは赤じゃない赤というか……。ズリいなと思った(笑)。

後藤 はははは。

加藤 苫小牧には数は多くないけど、今でも20年続いてるクラブやライブハウスとか、昔は遠藤ミチロウが来たことのあるライブハウスもあったんですよ。そして僕は飲み屋で当時の話をかつての弾き語り少女から聞かせてもらったりしている。でも、巨大な資本のパワーを目の当たりにすると、そういう存在や記憶が残されない未来が想像できちゃった。僕はそういった苫小牧の歴史の中で育ったから、苫小牧でNOT WONKを始められたし、自分の音楽を生み出せているという自覚がある。じゃあ自分はそれ自体を表現すべきだと思ったし、「このままじゃマズいかも。やらないといけない」という義務感が強かったですね。

後藤 偉いよ。

加藤 それがちょうど30歳になる直前のタイミングで、自分が苫小牧に住んで音楽をやり続けている意味を、後藤さんは理解してくれてますけど、地元の人たちにいったいどれくらい伝えられているんだろうと。この場所でちゃんと見せられる背中があるのかということも気になって、そこから地元の店を一軒一軒訪ねていったんですね。

NOT WONKの「FAHDAY 2025」でのステージの様子。(撮影:桑島智輝)

NOT WONKの「FAHDAY 2025」でのステージの様子。(撮影:桑島智輝)

後藤 とてもいいと思うな。俺もね、藤枝にいるとき「後藤さんですか?」って聞かれたら「そうです」と答えるようにしてる。山手線の中で同じこと聞かれたら「いや違います」って言いますけど。

加藤 はははは。

後藤 東京だと誤解が膨らんでいくし、それが居心地悪いからなるべく見つからないようにしてる。でも本当は地に足つけて暮らしたいし、みんなに「やあ」って声をかけて街を歩きたいんだよね。藤枝で「後藤さんですよね? あの曲好きです」って話しかけられたら「そうなんだ、ありがとう」と言えるし、話の流れで「このへん、オススメの喫茶店知ってます?」みたいなことも話せる。

加藤 なんだろう、お互い普通に人間である、っていうことを理解するだけで解決することってありますよね。

見えないつながりはたくさんある

──とはいえロックミュージシャンは、変なヤツであることが許された、もしくは期待された時代が長くて。加藤さんのように社会や暮らしへの眼差しを語るバンドマンは、今の時代になって登場してきたように感じます。

後藤 憧れますよね。本当にカッコいいなと思うもん、加藤くん。あと岳久(五味岳久 / LOSTAGE)のやり方。ちょっと変わったところだと、マヒト(マヒトゥ・ザ・ピーポー / GEZAN)はどこで会っても真っ赤じゃん。隠してないんだよ、自分がマヒトであることを。そうやって自分より若いミュージシャンたちに「この人たちを見てると、変なこと、カッコ悪いことはできない」って思わされることが増えたし、やっぱりその隣に並びたいんだよね。ちゃんと自分のやってることに胸を張ってみんなの隣にいたい。だから藤枝にスタジオ作ったりすることもできるんだと思う。「『FAHDAY』と同じ目線で俺は藤枝にいる」っていう感じかな。

加藤 後藤さんがそういう姿勢でいること、すごいと思います。自分も評価されてる気持ちになる。評価っていう言葉じゃないかもしれないけど、少なくとも「つながってるんだな」と思えます。去年の「FAHDAY」にはくるりにも出演してもらったんですけど、藤枝スタジオのクラファンが始まったとき、岸田(繁)さんがコメントを寄せられてますよね。

後藤 うん。

加藤 それは「東京を主語にしないクリエイティブの時代に突入している」という言葉で、僕にすごく刺さったんですよ。自分と同じことを岸田さんも感じているんだなと思えた。上の世代の人たちも同じことを感じ取って、今までとは違うやり方にシフトしてる。僕は歳を重ねるほど活動の舵を切ることが難しくなると思ってたんですけど、後藤さんがスタジオを作ったり、くるりが独立したりするのを見ると「このタイミングでもできるんだ」と思う。僕にはそれが希望というか、この先に続く人生の長さをちゃんと示してもらえてる感覚なんですよね。

NOT WONKの「FAHDAY 2025」でのステージの様子。(撮影:桑島智輝)

NOT WONKの「FAHDAY 2025」でのステージの様子。(撮影:桑島智輝)

──シンパシーを抱く相手が、いろんな街で動いているのは心強いですよね。孤立無縁だったら、みんなもっと悲壮な顔をしてると思う。

加藤 そうだと思います。

後藤 喜びは当然あるよね。やってることは少しずつ違うけど、抱えてるものは近いところがある。「同じ振動で震えてるよね?」っていうのを確認できるのがありがたい。あと思いきって動いてみると、いろんな人が気にかけてくれるんだよ。昨日Original Loveの田島(貴男)さんとリハでスタジオに入ってたけど、田島さんが「倉庫に使える機材あったら、使ってもらいたいからリスト送るよ」と言ってくれたり、最近はエンジニアとして自分でミックスもしてるサンボマスターの近藤(洋一)くんが「もちろん後藤くんのスタジオの話も知ってる。サンボマスターとしても応援したいから機材買って入れるよ!」と声をかけてくれたり。

加藤 そうなんだ。

後藤 山口(隆)くんは前から応援してくれてたけど、近藤くんとまでエンジニア的な視点で通じ合えるとは思ってなかった。そういうつながり、実はいろんなところにあるんじゃないですかね。ただ俺たちが知らなかっただけで。