夏川椎菜がアルバム「CRACK and FLAP」に込めた決意に迫る全曲解説インタビュー (2/3)

04. メイビーベイビー

──「メイビーベイビー」はShiggy Jr.の原田茂幸さんが作詞、作曲、編曲したディスコナンバーですが、これは夏川さんからの指名ですか?

そうです。Shiggy Jr.って、私の“親鳥”なんですよ。私は2017年にソロアーティストデビューが決まったとき、初めてアイドルと「Mステ(ミュージックステーション)」以外の音楽を知ろうと思ったんです。それまでは洋楽はもちろん、J-POPとか邦ロックと呼ばれるものもちゃんと聴いたことがなかったし、そもそもどれがロックでどれがファンクでどれがジャズなのかもわからなくて。それを見かねたディレクターの菅原拓さんが「これで勉強しなさい」と、オススメのアーティストの楽曲がパンパンに入ったハードディスクをくれたんですよ。

──菅原さんの教育だ。

そのハードディスクの中にShiggy Jr.の「ALL ABOUT POP」というアルバムが入っていて、すごく心惹かれたんですよね。こんなにもダンサブルで、それでいて片肘張っていない、脱力感すらある音楽があることに衝撃を受けたし、何より、ボーカルのいけもこ(池田智子)さんの歌声を聴いて「私はこうやって歌いたい」と初めて思えたんです。歌のうまさにはいろんなタイプがあるけど、私はこのタイプのうまさ、表現力を身に付けたいと。だから私は、いけもこさんの歌をファンとして楽しみながら、同時に勉強させてもらっていて。初期の頃から、例えば「ベンドを下げるって?」「ルーズに歌うって?」と歌い方に迷ったときは、いけもこさんのボーカルを参考にしてきたんですよ。私の歌の端々にいけもこさんの影響があるし、いけもこさんからは大事なものをたくさんいただきました。勝手に。

夏川椎菜

──それは、もう親鳥ですね。

そんな思い入れのあるShiggy Jr.が、私が勇気を出してライブに行こうとしたタイミングで解散してしまって。一度もライブに行けなかったことが悔しくてしょうがなかったんですけど、2024年に再結集されて、2025年1月にようやくBillboard Live YOKOHAMAでライブを観ることができたんですよ。そこで私が一番好きな「サマータイムラブ」という楽曲を生で聴いて、「ああ、私の親鳥の曲!」と周りの目も気にせず大号泣してしまったという。そのあと、ものすごく長くて気持ち悪い感想ブログを書いたらご本人に知られてしまうという背景もありつつ、バカなフリをして「曲を書いてください」とお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。

──夏川さんは過去に「お手本にしているボーカリストがいる」という話をしていましたが、その1人が池田さんだったんですね。

あと、元カラスは真っ白のやぎぬまかなさんもそう。たぶん、ああいう感じの歌い方がもともと好きなんでしょうね。かといって、これは自分のわがままなんですが、まったく同じにはなりたくないし、モノマネはしたくないんです。実は、Shiggy Jr.に楽曲提供をお願いしようとしたタイミングは何回もあったんですけど、そのたびに「いや、今じゃない」と踏みとどまっていたんです。なぜなら「今、Shiggy Jr.の楽曲を歌ったら、いけもこさんのモノマネになっちゃうんじゃないか」という不安があったから。要は、ちゃんと自分の歌を確立してから、自分の歌として乗りこなせるようになってからShiggy Jr.の楽曲を歌いたかったんです。そういう意味では、今がベストなタイミングじゃないかな。

──「メイビーベイビー」における夏川さんのリズミックなボーカル、見事でした。

うれしい。そう、リズムの取り方もいけもこさんからたくさん学ばせてもらいまして、長年の学習の成果を発揮できたと思います。レコーディングでは、私も原田さんも菅原さんも同じ方向を見ていたというか、それぞれのやりたいことに齟齬がなかった感じで、気持ちよく歌えましたね。しかも「メイビーベイビー」は、楽器もShiggy Jr.の皆さんに演奏していただきましたし、ハモとコーラスはいけもこさんです。

──おおー。

だからほぼ“Shiggy Jr. feat. 夏川椎菜”で、親鳥と一緒に歌えた、思い出の楽曲になりました。いけもこさんは私のレコーディングにも立ち会ってくださって、私が歌を録り終えたあと、いけもこさんがブースに入られて、それをコントロールルームから拝見していたんです。ついさっきまで私が歌っていた場所で、何度も何度も研究したいけもこさんの歌が展開されていくという、幸せな時間でした。

──少し話を戻して、Shiggy Jr.に楽曲提供をオファーしてから、原田さんとはどのようなやりとりを?

基本的に、夏川チームから楽曲提供をお願いするアーティストの方には「好きに書いてください」とお伝えしていて。私としてもShiggy Jr.のダンサブルなポップスが好きだし、それがやりたくてお願いしているので、あれこれ注文を付けることはしたくなかったんです。ただ、作詞面ではある程度アルバムコンセプトに沿ってもらいたかったので、それはお伝えしつつ「でも、そこまで意識せず、自由に書いていただけたらこちらとしてはうれしいです」と。

──コンセプトとは先ほどおっしゃった、壁にぶつかったときに正面突破するのではなく、別のルートを探す姿勢を描くということですか?

それプラス、私は去年から今年にかけて「re-2nd」と「reMAKEOVER」(2025年7月に開催された「LAWSON presents 夏川椎菜 Revenge Live "reMAKEOVER"」)という、コロナ禍で制限のかかったツアーのリベンジライブをやって、ようやくけじめをつけられたような感覚が自分の中にあったんです。さらに、リベンジのときに改めて「武道館でやりたい」とヒヨコ群たちに宣言したので、その決意を作品という形でも表明したくて。もし今の自分を覆っている殻があるならば、それにヒビ(CRACK)を入れて、殻を破ったうえでまたここから羽ばたいてやる(FLAP)という気持ちをアルバムタイトルに込めているんです。だから今まで夏川の音楽が届いていなかった層にもリーチできるような楽曲を念頭に置いていて。それでいて、今までやってきたことを否定するようなことはしたくないので、いい塩梅を探りつつ、今回のアルバムで再定義した“夏川椎菜らしさ”を今後も武器にしていきたい。

──やりたいこと、やるべきことがけっこうたくさんある。

欲張りなんですよ(笑)。ジャケットやミュージックビデオに関してもコンセプチュアルに、数年先を見据えて、まだ私のことを知らない人が初めて見たときに「お?」と思ってもらえるようにいろいろと考えていて。これまでのアルバムでは、その時々の自分のやりたいことをやりたいだけやって、結果的に「なんか、うまいことまとまったね」という感じだったんですけど、今回は「夏川椎菜というものがわかりやすいアルバムにしよう」という明確な意図があったし、そのことはすべての作家さんにお伝えしていました。

夏川椎菜

──「CRACK and FLAP」は過去いちパンチがあるというか、研ぎ澄まされた感のあるアルバムだと思ったのですが、それには理由があったんですね。

打ち合わせの時間も、普段のアルバムの倍ぐらいかけていますね。それは難航したとかではなく、よりディテールを詰める、深掘るみたいなところで。その打ち合わせのときも「これだったら、こっちのほうがわかりやすいよね?」という話をたくさんしていて。今まであんまり気にしていなかったんですよ、“わかりやすさ”って。

──“スキマ産業”ですからね。

そうそう。夏川の音楽はスキマ産業であることを大事にしていたから、わかりやすさよりもコアなリスナーに刺さるものを目指していて。もちろん、その視点は今回もないわけではなくて、視点を置く場所が変わったというか。いわゆる音楽性みたいな部分では間口を広げているけれど、例えば作詞とか、物語的な部分は今まで通りスキマ産業でいい。そこに対してマス向けになる必要はないという共通認識が、夏川チーム内にあります。

05. コバンザメの憂鬱

──「コバンザメの憂鬱」は、タイトルを見たときに「これ絶対、面倒くさいやつだ」と思ってしまいました。

間違いないです(笑)。

──さらに「作曲 : 田淵智也 / 編曲 : 川口圭太」というクレジットを見て「うわあ……」って。

お二人のことを知っている人からすると、ちょっと胸がざわつく組み合わせですよね。実は、「コバンザメの憂鬱」は秘蔵っ子で、「シャドウボクサー」と同時期に作っていた楽曲なんですよ。当時、私たちはとあるアニメのタイアップを狙っていて……という話を「シャドウボクサー」のインタビューでもしましたよね?

──はい。でも、記事にするときに文字数の関係で削ってしまいました。

そのとき田淵さんにタイプの違う、どこに出しても恥ずかしくない楽曲を2曲書いていただいたんです。なので「コバンザメの憂鬱」は、歌詞も含めてワンコーラス分は2年ぐらい前にできていたんですけど、なかなか発表できるタイミングがなくて。このたびようやくお披露目できました。

──「シャドウボクサー」のインタビューのときも言いましたが、そしてとても無責任な物言いになってしまいますが、タイアップに採用されなくてよかったのでは? 仮にアニメの主題歌になっていたら「シャドウボクサー」も「コバンザメの憂鬱」も、この歌詞にはならないですよね?

確かにどちらの曲も、タイアップ作品に合わせて書いた歌詞を夏川椎菜として書き直しているし、そのおかげで「このリズムとメロディじゃなきゃ、こういうことは言えないだろ?」という歌詞になったかもしれない。「コバンザメの憂鬱」なんて、私はTikTokを始めてみたものの、どうにも性に合わないということをネチネチ書いているだけですから。

夏川椎菜

──そういえば、7月に公式TikTokを開設していましたね。

私のことを広く知ってもらうためにも、現代においてTikTokは不可避だったし、別にTikTokをやること自体は嫌ではなかったんです。とはいえ人には向き不向きがあって、いざやってみると、やっぱり私には向かないんですよね。音楽に合わせてかわいく踊って、それを見てもらって、その反応にやる気を出してもっと踊って……みたいなサイクルに乗れない自分がいる。私の性格的にも流行り物を斜め上から見ちゃうところがあるんですよ。「ふーん、こういうのが流行ってんのね」って。あの、これは決していい悪いの話ではなくて……。

──向き不向きの話ですよね。

そう。マス向けのことをやるというか、マスがやっていることを真似するのが自分には向いていないんだと、痛いほどわかりました。その一方で、このタイミングでTikTokを始めたことによって得られるメリットも必ずあると思っているんですよ。きっと5年後ぐらいに、今年TikTokをやるという決断を下した自分に感謝する日が来るんじゃないかなって。だから今も続けています。

──再生回数などは、順調ですか?

当初は自分のやりたいことを優先して、夏川のYouTubeチャンネルでやっていたことのショートバージョンみたいなものを投稿していたんですけど、全然数字が回らなくて。始めたからにはちゃんと数字を残したくて、1回、試しに踊ってみたら、めちゃくちゃ伸びたんですよ。本当に、5倍ぐらい再生数が違っていて「今まではなんだったの?」みたいな。それはTikTokのアルゴリズムにうまく乗っかって、おそらくは私のことを知らない人にリーチできたからこそ叩き出せた数字なんですよね。今、欲しいのはその数字だから、あきらめて踊ることにしています。自分の大義のために、こう、肉を切らせて骨を断つというか……。

──誰の骨を?

とにかくその作戦でいくことになったんです(笑)。だって、この先10年戦おうと思ったらどうしたって若い力が必要だし、今の中高生が一番見ているSNSは何かといえば、TikTokじゃないですか。だから、私もやる。でも本音は、「コバンザメの憂鬱」の歌詞を引用するなら「あー、しんど」なんですよ。

──あるいは「やっぱきっちいな!!」。

きっちいな! いや、きっちいのはTikTokというよりは、TikTokをやっている私自身なんですけどね。このTikTokを巡るいろんな感情のうねりはいつか絶対に歌詞にしてやると思っていたんです。もっとも、この曲の仮タイトルは「コバンザメ」で、歌詞を書き直して「の憂鬱」がくっついたんですけど、ただの「コバンザメ」のときから似たようなことは言っていて。例えば「ダンス・フィーバー☆オールザタイム そうじゃなきゃ アウト・オブ☆ワールド」という頭空っぽみたいな歌詞はそのときのままなんですよ。踊ったりしてテンションを上げていかないと、この世界に居場所はないっていう。だから、2年前から腹に溜めていたことではあるっぽいです。

──自分で自分を鼓舞するような歌詞でもありますよね。

うんうん。私の中では意外と熱い歌詞になっているんですよ。ずっと文句を垂れ続けながらも、「恥じらいを味方に 世間と繋がれ おどって 拓いてく世界も必要じゃない?」と自分に言い聞かせつつ、最後に「まぁこんな調子でいくから よろしく キミはそこで笑ってな」と強がってみせる。自分の心が折れそうになったときにこそ、自分に聴かせてあげたいメッセージソングでもあります。あと、歌詞の内容とめっちゃ矛盾するんですけど、この曲がTikTok上で流行ってくれないかなと、ちょっとだけ思っているんですよ。

──アンチTikTokソングなのに。

それなのにTikTokで拡散されたら面白いなって。

──勝手なことを言いますが、TikTokで踊る夏川さんよりも、TikTokに踊らされている夏川さんを見るほうがエンタメとしてしっくりくる気がします。

そうだと思います。夏川が裏では「TikTok、つらいよう」と泣き言を言いながら、表ではかわい子ぶって踊っているのをニヤニヤしながら眺めてくれればそれでいい。だから「キミはそこで笑ってな」なんですよ。いや、本当にね、TikTokの愚痴を肴に飲み明かした夜もあったんです。「最近の若い子のやることはわかんないよね」とか言いながら。でも、今はそこにコバンザメのようにひっついて迎合している。もはや自分の信念を曲げたも同然なんですけど「今はそれが必要だから、やってやる!」と覚悟を決めました。その意味では決意表明の歌でもある。

──「コバンザメの憂鬱」は歌詞だけでなく、田淵さんと川口さんが手がけたトラックもキレキレなのですが、何よりボーカルがキレていますね。平歌のパートはポエトリーラップのようで……。

はいはい。ボソボソと、グチグチと。

──しかしサビのボーカルは、やぶれかぶれな祝祭感に満ちているとでもいいますか。とにかくローな平歌とハイなサビの、テンションのギャップがすさまじい。

ありがとうございます。私は、レコーディングでは1曲通して歌うことが多くて。それは流れを重視しているからなんですけど、「コバンザメの憂鬱」ではあきらめました。楽曲として、今おっしゃったギャップが大きいほうが面白かろうという話になって、平歌とサビは完全に切り離して録っているんですよ。だから、ライブではどうなっちゃうんだろう?

06. 労働奉音

──アルバムの前半はアッパーでノリのいい曲で占められていますが、後半に入ると重め、暗め、遅めの曲が続きます。まず「労働奉音」(「シャドウボクサー」カップリング曲)はヒヨコ労働組合(夏川のサポートバンド)のテーマ曲ですが、この曲はまだライブでやっていないですよね。

やっていないし、やるのがすごく楽しみです。「労働奉音」はライブでヒ労組を背負って歌うことを想定して歌詞を書いた、ヒ労組の自己紹介ソングなので。私は昔から、主にアイドルの自己紹介ソングが好きで、古くはモーニング娘。の「女子かしまし物語」とか。

──2000年代のモー娘。の曲ですよね?

私、モー娘。大好きなんですよ。小学生のときミニモニ。がめっちゃ流行っていて、当時は単純に「かわいい!」と思っていただけだったけど、もう少しいろんなアイドルを知ってから改めてモー娘。を聴いたときに「めっちゃ好き!」とどハマりしまして。特に後藤真希ちゃん、辻希美ちゃん、加護亜依ちゃんが在籍していた3期、4期から、久住小春ちゃんが入ってきた7期あたりのモー娘。が好きで……あの、今名前を挙げた方々は皆さん歳上なんですけど、つい「ちゃん」付けしてしまいました。

──ガチで好きなのが伝わってきたので、いいと思います。

そのあとちょっと飛んで、9期で新しい子たちが入ってきてから数年は熱心に追っていましたね。話を戻すと、私が一番好きな、辻ちゃんと加護ちゃんがいた時期のモー娘。が「女子かしまし物語」をリリースして、それをきっかけにいろんなアイドルが出している自己紹介ソングもチェックするようになりました。だから、そのアイドルのことはよく知らないのに、自己紹介ソングだけは熟知しているということもけっこうあって。そういう楽曲を、ヒヨコ労働組合をモチーフに作ってみたかったんですよ。

──すっかりヒ労組の演奏で歌うことが板に付いたというか、もはやヒ労組なしのソロライブは考えられないのでは?

そうですね。いなかったら絶対に寂しいし、「MC、私1人でしゃべるの!?」とうろたえてしまうかも。今やヒ労組の皆さんはMCでもがっつり絡んできてくれるので。あと編成も、これしかないと思っていますね。ギター2本とベース、ドラムという、4人のバランスが完璧すぎて。その環境に慣れたというか、慣らされてしまっただけかもしれませんけど(笑)。