夏川椎菜「『 later 』」インタビュー|“らしさ”と“挑戦”を突き詰めた別れの歌 (2/3)

“カギカッコ”と“半角スペース”で表現したかったこと

──山崎さんはこれまで、特に「That's All Right!」(2021年1月発売の5thシングル「クラクトリトルプライド」カップリング曲)や「エイリアンサークル」に顕著ですが、カラッとした曲を作っていた印象があります。しかし「『 later 』」は湿り気のある、メランコリックなオルタナティブロックに仕上がっていますね。

実は「ハロウィン」という題材と同時に、ハロウィンを拡大解釈したような「恐怖や不気味さを感じる楽曲」というオーダーの仕方をしていて。山崎さんもHAMA-kgnさんも、私が投げたテーマをそのまんま受け取って100点の曲をまっすぐ返してくるというよりは、斜め上に120点を叩き出す作家さんなんですよ。「『 later 』」もまさしく「そっちに行ったか!?」みたいな曲なんですけど、仮歌詞だけはハロウィン感満載で。山崎さんが無理やりハロウィンに寄せてくださったのか、例えばサビの最後の「おたがい」は、仮歌詞では「ねえ ハロウィン」だったり。

──無理やりすぎる(笑)。

ほかにもジャックオーランタンがどうとか魔女狩りがどうとか(笑)。山崎さんはいつも仮歌詞がとんでもなくて、いつかそのまま歌いたいと思っているんですけど、私が正式な歌詞を書いたらハロウィン要素は一切なくなりました。

夏川椎菜

──タイトルの「『 later 』」は、歌詞の内容から鑑みるに「またね」「じゃあね」といったカジュアルな別れの挨拶ですね。

そうですそうです。ただ、このタイトルは私が考えたものではないんですよ。歌詞を書き上げたとき、なんとなくタイトルは英語がよさそうだとは思ったんですけど、私は英語が得意なわけじゃないから自分の欲しい「またね」のニュアンスを表現できる言葉がわからなくて。そしたら、ちょうど「『 later 』」のレコーディングにいらしていた山崎さんの事務所のスタッフさんが帰国子女だったんですよ。その方に「厚かましいお願いですみませんが……」と事情をお話しして、教えていただいたいい感じの別れの言葉が「later」だったんです。

──夏川さんが欲しかった「またね」のニュアンスとは?

さっき言ってくださったように、カジュアルな別れの挨拶として、軽い感じで「またね」と言うんだけど、お互いに「たぶん、もう会うことはないだろうな」と察している、そんなニュアンスですね。

──その「later」をカギカッコで囲っているのにも意味があるわけですよね。余談ですが、カッコ内のカッコは二重カッコにするのが一般的な表記ルールなので、こうしたインタビューの本文やリードでは正式なタイトル表記ができないという。

そこだけ申し訳ないと思いつつ、セリフというか、人の口から出た言葉であることを表現したくて。あと細かいんですけど、「later」の前後は半角スペースを空けているんです。見た目的に、空けないとぎゅっと詰まりすぎるのと、隙間を設けることによって、すんなり別れたというよりは文字通り前後に“間”があったことを匂わせたかったというか……。

──文章における行間みたいなものですか?

そう、まさしくそういう感じを出したくて「『 later 』」という表記にしました。繰り返しになりますが、各所に申し訳ないと思いながら(笑)。

勝手に出てきて問題提起だけして帰る

──「『 later 』」の歌詞は、夏川さんらしい皮肉が効いていますね。のっけから「イヤなことを言うなあ」と思いました。「ご機嫌なフリをして 楽しいとか言うけど 本当ならアクビして 退屈って言いたいな」って。

最低ですよね(笑)。今回のシングルからハロウィン要素は消失したんですけど、カスのように残ったのが……。

──「カス」って(笑)。

ハロウィンの残滓(ざんし)として(笑)、さっき言った「恐怖や不気味さ」みたいなじめっとしたものだけは「『 later 』」にも「ライクライフライム」にも残っていて。その詞を書くにあたって、私が感じるじめっとしたものとはなんだろうかと考えたとき、「『 later 』」ではイヤな人間関係が浮かんだんですよ。よく「上辺だけの付き合い」と言いますけど、友達同士であれ恋人同士であれ、お互いに好意を抱いていたとしても上辺しか見ようとしていなかったり、見えていなかったりしたら、私は「一緒にいる意味あるのかな?」と思ってしまうんです。一方で、お互いに離れることを恐れるあまり、Aメロの歌詞でいう「ぬるまゆ」のような関係に陥るケースがあることも知っていて。そういう状況に対して感じる居心地の悪さを表現した楽曲になります。

夏川椎菜

──摩擦や衝突を避けるために妥協し合うみたいな。

そうそうそう。「そういうこと、あるよね」「でも、それってどうなん?」と、いつものようによくわからん上から目線で言っていますね。

──今おっしゃった「ぬるまゆ」もそうですが、身に覚えのある感じが絶妙にイヤで、とてもいい歌詞だと思いました。

よかった(笑)。ただ、この歌詞がどう受け取られるのか、正直ちょっと不安でもあるんですよ。別に誰かの背中を押すでもなく、救いめいたものを示すでもなく、勝手に出てきて問題提起だけして帰るみたいな歌詞なので。

──「背中を押す」という惹句は手垢に塗れすぎですし、そういう歌詞が必ずしもいい歌詞だとは思いませんけどね。僕としては、例えばサビの「重ねた 手の温度の 差がなんか 寂しいんだよ」などに漂うどうしようもない感じに惹かれます。しかも「おたがい」だから、どちらもしんどいという。

うんうん。私自身、読書でいえば後味の悪い読後感がけっこう好きなんですよ。例えば「イヤミス」と呼ばれる、読んだあとにイヤな気持ちになるミステリー小説があって。その代表的な作家としてよく名前が挙げられる湊かなえさんや宮部みゆきさんの作品は、物語的には解決したのにモヤモヤが残ったり、不安を植え付けられたりするんです。だけど、それがクセになる。

──映画でいうとデヴィッド・フィンチャー監督の「セブン」みたいな。

ああー、「セブン」は最悪ですね。でも、私は嫌いじゃないです。好きとは言わないけど、嫌いじゃない(笑)。最近だと「行方不明展」という、その名の通り行方不明をテーマにした展示が都内でやっていて、全部フィクションなんですけど、見てもモヤッとするだけなんですよ。そうやってマイナス方向に想像力をかき立てられる、仄暗い感じがやっぱり好きで。そういうのが好きな人、けっこう多いんじゃないかな?

不気味さは残りました!

──先ほど「『 later 』」のMVを作る夢を捨てきれなかったというお話がありましたが、叶いましたね。

叶いました! MVの監督さんは初めてお願いする方だったんですが、どうやって撮るのが一番いいか、いろんなパターンを試してくださって。最初は普通にカメラさんに動いてもらって、立体的な動作の中でリップシンクとかをしてみたところ、私としては全然しっくりこなかったんです。それを現場で相談したら「1回、全部定点で撮ってみますか」と。もともと定点カメラの映像を使ってほしいとは伝えてあったんですけど、全編定点で撮るという想定はしていなくて。だから若干の迷いもある中で、カメラを固定して、私自身にもほとんど動きのないMVを撮っていただきました。結果として、MVでも今までやったことにないことができたかなと。

──監視カメラのような映像は、例えば「ソウ」や「パラノーマル・アクティビティ」のようなホラー映画に通じる不気味さもあるように思います。

本当に「パラノーマル・アクティビティ」みたいな感じですね。土壇場でハロウィンはなくなったけれど、その残滓としての「恐怖や不気味さ」を前面に出したMVにしてほしいとMVチームにお願いしていたので、それがスタジオ選びや撮影技法にうまく反映されています。撮影は廃墟を改装したスタジオでしていて、映像には映っていませんが、何に使うのかわからない机とか四肢がもげたマネキンとか、あちこちに不気味なものが存在している現場でした。

──ジャケットのアートワークも、どこか不穏ですね。

さっき言った行方不明的な気味の悪さというか、そこに人がいた痕跡だけが残っているみたいな。ジャケットチームに対してもMVチームと同様にちゃぶ台返しをしてしまったんですが、「不気味さは残りました!」とお伝えしていろんな案を出していただいて、その中から選びました。このジャケ写を撮るにあたって、実際に等身大パネルを作ってもらったんですよ。だからこれは合成でもなんでもなくて、私がパネルに手をかけているだけなんですけど、今までにない異質さがありつつ、背景にストーリーも感じられてめっちゃ気に入っています。

「『 later 』」初回限定盤ジャケット

「『 later 』」初回限定盤ジャケット

──等身大パネルは夏川さんご自身ですよね?

昔の私です。そこに大きな意味はないんですけど、自分以外の人だと別の意味が付いてしまうんじゃないかなって。ちなみに、パネルのもとになった写真は「ユエニ」(2023年5月発売の7thシングル表題曲)のときに撮ったアー写の中の1枚らしいです。そこにも特に意味はないんですけどね(笑)。