ギターレスバンド・名無し之太郎がメジャーデビュー、「誰かのことをきっと救ってくれる歌」を届けるために (2/2)

名無し之太郎にDメロは欠かせない

──プレデビュー曲として昨年10月に配信リリースされた「融界」は、この4人で初めて作ったオリジナル曲だそうですね。歌詞に「なあ 教えてよジョン・ドゥ」と、“名無しの権兵衛”に関するフレーズがあります。

 大会に出るために作った楽曲なんですけど、私にとっては初めての作詞だったので、何を書けばいいのかわからなかったんです。なので私たちのバンド名にある“名無し”をコンセプトに曲を書いてみようと自分の中で決めちゃって。

──“名無し”というワードからどのようなことを考えましたか?

 名がないということは、存在が認識されていないとか、周りから視認されてない状況なんじゃないかと考えを巡らせました。夜のイメージがあったので、ベランダに椅子を出して、暗い中で歌詞を書いたんですよ。「午前二時過ぎの歓楽街」というのは新宿の歌舞伎町じゃなくて、札幌のすすきののイメージですね。当時は東京にもあまり行ったことがなかったので。そのあとは私が書いた詞に対して二瓶がメロを作って、4人で肉付けして……という形でした。

二瓶 僕は歌詞をもらったら、メロディだけじゃなくて構成やアレンジも含め、頭の中で曲をだいたい完成させます。そのあとアコギでコード弾きながら、「ここはこんな感じで弾いて」とメンバーにリクエストしていって。徐々にできていく曲を、みんなで1つずつ覚えていって、最後までいったら完成。だから楽譜もないし、今みたいにレコーディングをするまでは完成形も特になかったんです。演奏するたびに違う「融界」になっていたと思います。

中野 ベースのフレーズもどんどん変化していきました。最初のバージョンは、音楽経験のない私なりに「手札の中でできるだけテクニカルなことをしたい」と考えながら作ったフレーズだったんです。そのあと先生に習うようになってからは、いただいたアドバイスを取り入れたりもしました。今回のレコーディングではアレンジャーの井上薫さんからもアドバイスをいただきましたし、最新バージョンの「融界」にはいろいろな要素が混ざっているんです。1番サビが終わったあとのウォーキングベースっぽいフレーズを弾いている箇所は私が最初に考えたものなので、今も残っていることが感慨深いですね。

中野(B)

中野(B)

──曲構成のこだわりについてはいかがでしょう? 「Aメロ→Bメロ→サビ」を繰り返す構成ではなく、どんどん変化していきますよね。

二瓶 僕、Dメロをあり得ない方向性に持っていくのが好きなんです。「次はこういう展開が来るな」と想像できるようなものではなく、起承転結で言うところの“転の転”ぐらいを狙っていきたい。「1番だけ聴けば、曲の雰囲気はだいたいわかるし」と次の曲にスキップしちゃう人も少なくないと思うので、だからこそ「これを目当てに聴く」レベルのDメロが作りたいなと。Dメロまで聴いたらあとはラスサビだけだから、1曲全部聴いてもらえるんじゃないかという作戦です。名無し之太郎の楽曲にDメロは欠かせないですね。

──メジャーデビュー曲の「我儘」もひと筋縄ではいかない曲ですね。最初の歌が終わったあとのピアノによる間奏は変拍子ですが、カウントが特殊です。

高橋 3+4+2+3ですね。名無し之太郎にはもともとギターのメンバーがいたんですけど、この曲はギターレスになってから初めて作った曲で。ピアノの役割みたいなところをいろいろ意識して、エレピの音色と生ピアノの音色を使い分けながら弾きました。バンドの中のピアニストとして、より表現の幅を広げられた手応えがありますね。

二瓶 この曲は部室で作ったんですけど、コードとテンポだけ指定しつつ、高橋に「なんかずっと弾いといて」とお願いして。それで出てきたのがエレピの音色で弾いてもらっている冒頭のリフなんですけど、そこから先の展開を考えたときに「何か変なことしたいな」という気持ちが生まれて、変拍子の間奏が生まれました。3+4+2+3という数字に特に意味はないんですけど、5+4とかはよくあるから、あまりない拍子を考えていきました。

名無し之太郎

名無し之太郎

ミステリー小説から芽生えた死生観

──3月20日にはメジャー第2弾楽曲「嘘つき」が配信リリースされます。

二瓶 「嘘つき」は「我儘」と対称的な曲なんですよ。イントロがエレピから始まるところや構成も似ていますし、歌詞の内容もそうです。

──歌詞で言うと、「我儘」の「僕らがこの世に生きている意味って 全然なんにもないからさ」と「嘘つき」の「生きている意味がないなんて本当は強がりなんでしょう」は裏表の関係にありますよね。

 「我儘」は、死ぬことが怖くないという人の考えを中心に書きました。だけどそう考えている人も、いきなりトラックが目の前に迫ってきたらやっぱり怖いと感じるんじゃないかと思って。「嘘つき」はもともと「我儘」と対称的な曲を作りたいという思いから制作した曲なので、歌詞に関しても、「逆を考えてみよう」「2つの曲で物事を両方の面から捉えてみよう」と考えながら書いていきました。

──林さんは生と死について考えることが普段から多いんでしょうか?

 そうですね。歌詞を書くときに最初に思いつくのは、やっぱり生と死に関することです。考えるようになった経緯はわからないんですけど、もしかしたら、小さい頃からミステリー小説ばかり読んでいたからかもしれないですね。ミステリー小説って、絶対に死人が出るので(笑)。

──「嘘つき」は冒頭のコードが不思議な印象でした。

二瓶 林の書いた歌詞を読んで浮かんだのがこの音だったんですよ。“悪魔の音階”と呼ばれる「トリトヌス」という音を使っているんですけど、この歌詞から僕が受け取った感情は“恐怖”や“畏怖”だったので、この音から始まるしかないなと。

──クラシック出身の高橋さんからすると、このコードはちょっと異質なのではないでしょうか?

高橋 不協和音というか、ちょっと変わった響きではありますよね。だけど自分はクラシックに窮屈さを感じていたので、こういう逸脱したアレンジはいいなと思うんですよ。それに僕は小さい頃から、周りの人が嫌がるような響きもそんなに嫌じゃなくて。地震や災害を報せる緊急アラートの音ってみんな嫌だと言いますけど、僕は平気なんです。

高橋(Key)

高橋(Key)

二瓶 変わってるな(笑)。まあ、逸脱したアレンジなら任せてください。あと、このイントロは「我儘」のイントロと反対のリズムになっているんですよ。そういう小技を入れたり、J-POPの曲では絶対使わないようなコードを使ったり、渾身のイントロですね。

──4月にリリース予定のメジャー第3弾楽曲も楽しみです。3、4月にはフェスにも出演されるそうですね。

二瓶 はい。3月24日には沖縄で行われるHY主催の「HY SKY Fes 2024」にオープニングアクトとして出演させていただいて、4月13日には北海道札幌市で行われるサーキットフェス「IMPACT!」に出演させていただきます。

中野 沖縄は初めてなので、「SKY Fes」でのライブを通してより多くの人に名無し之太郎を認知してもらいたいです。北海道は地元なので、もしかしたら知ってくれている方もいるかもしれないけど、同様にがんばります!

誰かのことをきっと救ってくれる歌

──今後どんなバンドになっていきたいですか?

二瓶 いろいろな方にバンドや曲を知っていただきたいというのがまず1つ。あと、新しいジャンルを作りたいですね。僕は「シティポップの曲を作りたい」と思ったら、宇多田ヒカルさんの曲を参考にするんです。そういうふうに「こういう曲を作りたいから名無し之太郎を聴くか」という立ち位置のバンドになっていけたらと思います。

中野 ベースって縁の下の力持ちというイメージがありますけど、名無し之太郎はギターがいない分、ベースもピアノも動きまくっているんですよ。高校の軽音楽部だと、「カッコいいから」「目立ちたいから」という理由でギターを始める人が多いと思うんですが、「ベースでもこんなにカッコいいことができるんだ」ということを名無し之太郎の曲を聴いて感じてもらえたらいいなと思います。

二瓶 ギターレスバンドと言われる時点で、ピアノとかベースがギターより下に見られてる感じがするよね。

高橋 本当だね。欠けてるみたいに聞こえる。

──高校軽音楽部におけるピアノの立ち位置はどんな感じなんですか? メジャーシーンではOfficial髭男dism、Mrs. GREEN APPLEなど、鍵盤奏者のいるバンドも活躍している印象がありますが。

高橋 軽音楽部の中ではあまり目立たない楽器ですね。そもそもピアノやキーボードのパート自体がない曲も多いですし。「バンドといえばギター」という固定観念はやっぱり根強いと思います。自分としてはそこに挑戦して、「ピアノだってバンドのメインになり得るんだぜ」というところを見せていきたいです。

 私は、二瓶の作る曲や高橋と中野のサウンドを目立たせるようなボーカリストになりたいです。ボーカルとして前に出ることはフロントマンとして大事な役割だと思うんですけど、そういった役割をいただくことで私は十分目立っていますし、3人の素晴らしさを知っているからこそ、ボーカルだけじゃなくて、周りの音も聴いてほしいという思いが強いです。今この4人でバンドを続けられているのは、私が3人の音が好きで、3人のことを信頼しているから。名無し之太郎のドラムといえば二瓶、ベースと言えば中野、キーボードと言えば高橋というふうに、個人個人をしっかり認識していただけるようなバンドになれればと思ってます。

高橋 林はこうして僕ら3人のことを褒めてくれますけど、僕たちとしてはやっぱり林の歌声や歌詞をいろいろな人に聴いてもらいたいという思いがあって。誰かのことをきっと救ってくれる歌だと思うので、この歌を届けるために活動していけたらと思います。

名無し之太郎

名無し之太郎

プロフィール

名無し之太郎(ナナシノタロウ)

林(Vo)、二瓶(Dr)、高橋(Key)、中野(B)の4人からなるギターレスバンド。全員北海道出身で同じ高校の軽音楽部に所属し、大会に出場するために結成された。2023年10月にバンド名をテーマにした初のオリジナル曲「融界」を配信リリース。2024年2月にユニバーサルミュージック内Polydor Recordsからメジャーデビューシングル「我儘」を配信リリースした。メジャーデビュー曲を皮切りに毎月1曲ずつ3カ月連続で新曲を発表する。FM NORTH WAVEでレギュラーラジオ番組「   」(名無し)を放送中。