ななせ「maniac love」 PR

ななせ|長野出身の新星シンガーソングライター 妥協なしの自信作を完成させるまで

長野県長野市出身、現在19歳の女性シンガーソングライターななせが、1stアルバム「maniac love」を3月25日にリリースした。

楽曲によって表情を変える繊細かつエモーショナルな歌声と、独自の視点から描いた等身大の歌詞が魅力の彼女。音楽ナタリー初登場となる今回は、モーニング娘。が大好きだったという少女が、どのような道を歩み、シンガーソングライターとして1stアルバムを完成させたのかを聞いた。

取材・文 / 真貝聡

長野の田舎でバレーボールに打ち込んでいた学生時代

──ななせさんは現在19歳で、高校生のときに初めてギターを手にしたんですよね?

そうです。

──どんな環境で育ったんですか?

私の実家は長野の田舎で、家から山まで数百メートルみたいなところで育ちました。最寄り駅とはいえ全然最寄ってなくて、バスで何十分もかけて駅まで行くような。で、家族構成はお父さん、お母さん、お兄ちゃんが2人、私、弟です。

──男兄弟が多い女の子は活発な性格の子が多い気がするのですが、ななせさんはどうでしたか?

お兄ちゃんにはよく野球に連れて行ってもらいましたし、学校の休み時間は同級生の男の子とドッジボールをして、かなり活発だったと思います。

──当時から音楽に関心はあったんですか?

はい。小学生の頃からモーニング娘。がすごい好きだったんです。中でも、私の推しは道重さゆみちゃん! 最初はあんまり得意じゃなかったというか、グイグイ行くだけの人だと思っていたんですけど、ステージで歌っている姿とか舞台裏の映像を観たとき、カッコいい一面に気付いてしまって。これは応援せざるを得ないというか。いい意味でファンの人を手の平で転がしている印象があるんです。それがすごく魅力的で、昔からずっと好きです。だから小学生の頃は、私もアイドルになりたいと思ってました。

ななせ

──ということは、アイドルになろうと事務所に履歴書を送ったりオーディションを受けたり?

それはなくて。モーニング娘。に入りたかったけど、親から「無理だよ」と言われて簡単にあきらめましたね。「そりゃあ、そうだよな」と。それよりも私は、小学1年生からバレーボールをやっていたから、将来はバレーボール選手になるほうが可能性は高いと思ってました。

──じゃあ選手として調子はよかった?

大会の成績というよりも、それだけ打ち込んでいたんですよ。中学生になったら部活漬けの毎日で、バレーのことしか頭になかったです。あんまり学校生活を満喫してない気がします。振り返ると本当に部活しかしてなかったですね。

──部活熱心な人の中には、「うまくなるために恋愛をしない」と決めている人もいますよね。

恋愛はある程度してましたよ。好きな男の子もいたし。だけど付き合うとかはなかったかな……怖いから(笑)。

──怖いというのは?

だって、どうなるかわからないじゃないですか。

──だけど自分から行かないと、その男の子は誰かと付き合うかもしれないと思うんですが。

それこそ、その男の子は私の仲がいい子と付き合っちゃったんですよ。ある日、「○○くんと付き合うことになった」と聞かされて、すごいなと思いました。みんなどうしてうまく恋愛できるんだろうって。私は「あの人と付き合いたい」と思っていたわけじゃなくて、ただ見てるだけでよかったんですよね。だから友達と付き合い始めたときも悲しくなかったのかもしれない。

──恋愛は草食系みたいですけど、学校でもおとなしいほうだったんですか?

おとなしかったと思いますね。部活はがんばるけど、ほかのところでは静かにしている感じでした。普通は家から近い中学校へ行くじゃないですか。だけど私はバレーボールの強い学区外の学校を選んだから、地元が同じ友達がいなかったんです。ほかの子は同じ小学校出身の人ばかりで、入学式のときからすでに仲良しグループができちゃってた。私はそこに入れなかったので、なるべく静かにしようと思って。

──部活に打ち込む一方で、息抜きに音楽を聴いたり映画を観たりする機会はありましたか?

お兄ちゃんの影響で「少年ジャンプ」を読んでいたので、少年マンガは好きだったし、小説も読んでいたし、映画も観てました。でも中学の頃も変わらず、私が一番好きだったのはモーニング娘。でしたね。

ななせ

不登校でもやる気はありました

──中学生になると将来のことも考え始めると思うのですが、そのときはどうなると思ってました?

中学校に入ったばかりの頃はバレーボール選手になると思っていたんです。だけど私は影響を受けやすいから、ほかにもやりたいことが増えていって。従姉妹のお姉ちゃんが保育士になると言ったら、感化されて保育士になりたいと思ったこともあるし、親が一軒家が欲しいと言ったら「私が家を建てよう」と建築家になりたいと思っていた時期もあった。中学の修学旅行でバスに乗ったとき、バスガイドさんがすごい素敵だったから「将来はバスガイドになりたい」とか。とにかく浮かんだもの全部になりたいと思いました。だから中学3年生のとき、進路希望調査にどう書いていいのかわからなかったですね。例えば普通科だったら、普通科の学校を選ぶじゃないですか。でも私は建築科、普通科、音楽科とかバラバラに書いたら先生に「お前は一体、どこへ行きたいんだ!」と言われました(笑)。

──結局、どうしたんですか?

私、小学校も中学校も後半になると通わなくなっちゃったんですよ。それで中学校を卒業する頃、進路希望調査を提出するときもほとんど学校へ通ってなかったから、私は一般の高校に行かないほうがいい気がして。それで通信制の高校を選びましたね。

──通わなくなったのはどうしてなんですか?

学校にいる時間が好きじゃなくて、何をしたらいいかわからなかった。部活があったときはがんばって毎日通っていたんですよ。だけど部活を引退してからは「もういいかな」と思って行かなくなっちゃいました。先生に何度も理由を聞かれたし、親にも「なんで行きたくないの?」と聞かれたけど、それがなんでか自分でもハッキリとはわからない。でも、毎日家で楽しく過ごしてましたよ。

──学校へ通わない分、時間が相当ありますよね。

相当あるんですよ(笑)。でも、なんだかんだ授業で配られたプリントが届くので、それを家で勉強して。あと一応、勉強をがんばろうと思って漢検とか英検を取得しましたね。

──ものすごくアグレッシブな不登校っていう。

確かに!(笑) やる気はありましたね。

ななせ

──家にこもっているときに、自分の将来について考えたりは?

うーん、そういうのは考えないようにしましたね。だって自分は不登校の身ですよ! 学校に通ってない人がそんなことを考え出したら、もう大変ですよ。だから悲しくなるようなことは絶対に考えないようにしてました。中学卒業後に進学した通信制の高校は、学校にまったく通わなくても大丈夫なコース、週1日だけ通うコース、週2日通うコース、週5日通えるコースといろいろあって。もしも行きたくなったときのために、私は週5日通えるコースを選びました。で、高校に進学した当初は毎日学校へ通ってましたね。通信の高校って楽しいんですよ。

──中学校と雰囲気が違うんですか?

全然違います。必須のレポートはあるんですけど、それ以外は自分で授業を選択できるようになっているんです。しかも美容師さんが授業を教えに来てくれたり、音楽療法の方が来てくれたり。そういう楽しい機会がたくさんあったから、高校はちゃんと通ってましたね。あと、先生が乗せ上手で授業に出ると「すごいじゃん! 1限に来たじゃん!」と言って褒めてくれるんですよ。私は単純だから「じゃあ2限も出ちゃおっかな」という感じで、結局夕方まで学校にいて、そういうことばっかりでしたね。でも、バイトを始めるようになったらバイトばっかりになって、学校を休むこともあったんですけど、その場合はバイト終わりに顔を出したりして。

──バイト終わりということは放課後?

というよりも、通信だから昼間も働けるんですよ。なので朝から夕方まで働いてから学校へ行って。何もしなくても学校へ行けば褒められるんですよ。楽しかったし、みんな「何をしてたの?」っていちいち聞かないし、通学することも強制されない。ラフにみんなで楽しく過ごす環境が、私にはちょうどよかったですね。