至近距離の歌声と飛距離のある歌声
──今作のオープニングを飾る「銀の龍の背に乗って」は12月16日公開の映画「Dr.コトー診療所」の主題歌として使用されるので、中島みゆきさんのことをあまり知らなかった人でもタイミング的に耳にすることも多そうです。
「銀の龍の背に乗って」とか「糸」とか、皆さん知っていますよね。それって重要なことだと思います。ディグらせるだけが歌い手のすべてではないから、「なんとなく知ってる」という層を生み出せるのはすごいなと。例えば「糸」っていろいろな人にカバーされていて、もともと中島みゆきさんの曲ということを知らない人もたくさんいますけど、それはもう曲の持つエネルギーがすごいということにほかならないですからね。
──今回の劇場作品にはそういうエネルギーのある楽曲ばかりラインナップされていますが、ほかにどんな曲が気になりましたか?
「蕎麦屋」ですね。「蕎麦屋」の歌い終わりの表情。「よくこんな顔できるな」っていう表情をされるんですよ。先ほどの「夜行」や「ホームにて」の話と通ずるんですけど、中島みゆきさんが計画して余韻を作ってる気がして、あれはすごいですね。演奏が終わってからもあんなに世界観を引き延ばせるのはなかなかできないと思うし、表情でもしっかり歌っている人なんだなというのは映像を観なければ気付けなかった部分だと思います。
──ライブでの中島みゆきさんのパフォーマンスを観ると、“自分に向けて歌っている”と感じることがありますよね。SUPER BEAVERも“あなた”に向けて歌うスタンスを大事にしているので、共通する部分があると思うのですがいかがでしょう?
そう言っていただけるのはありがたいですけど、圧倒的に違うのは、中島みゆきさんの場合はめちゃくちゃ飛距離があります。すごく飛距離のある歌だから、ともするとオペラのような歌になりかねない。オペラって声をものすごく遠くに飛ばすから自分に向けて歌っているように感じにくいですよね。でも中島みゆきさんは、あんなに飛距離のある歌を歌う人なのに、ふいに隣の人にしか聞こえないようなささやき声で歌うときがあって、その切り替えがものすごく上手。至近距離じゃないと聞こえない歌い方をして、「自分に語りかけてるのかな?」って耳をそばだてたら突然あの飛距離のある歌声を出されるので、心の奥底にズドンって入ってくる。それが本当にすごい。それを自然にやっているんだとしたら、考えられないくらいの才能だと思ってしまいます。
手を伸ばせば触れられる距離にいるのに
──ほかに今回の劇場作品を観て印象に残った曲はありますか?
「Why & No」でコーラスの方が3人いらっしゃって、皆さんソロでも歌われてましたけど、「歌うまっ!」って思いました(笑)。
──杉本和世さん、宮下文一さん、石田匠さんですね。
あんなに歌が上手な人たちを従えちゃうんだって驚きました。俺だったら食われちゃうんじゃないかなって(笑)。あとは「あした」のときにずっと優しい雰囲気で歌っているからこその毒気を感じました。とても優しい雰囲気を出しているのに、終始一貫して触れていいのか迷わせる感じがあるんですよね。この「あした」のときも、「ガラスなら あなたの手の中で壊れたい」「ナイフなら あなたを傷つけながら折れてしまいたい」のくだりのときの表情を観ていると、すさまじい毒っ気を感じました。これを出せる人はそうそういないと思います。
──表情はすごく優しいのに。
すごく親しみやすいのに絶対に近付けない感じって、僕は真ん中に立つ表現者として必要なことだと思うんです。そもそも触れられないほど遠くにいるように感じさせる表現者の方もいるし、見るからに触れちゃいけないオーラを放ってる表現者の方もたくさんいると思うんですよ。でも中島みゆきさんの場合、手を伸ばしたら触れられる距離にいそうなのに、こっちが手を伸ばすのを躊躇する空気をまとっている。それはこの「あした」で強く感じました。これを出せる人はそうそういないと思います。この中島さんのスタンスは、自分にとってもフロントマンとして理想の姿ですね。
──中島みゆきさんの歌には、日向ではなく日陰を歩いている人たちに寄り添う曲も多いですよね。SUPER BEAVERも一度メジャー落ちを経験していて、同じように挫折を味わった人たちへ向けてメッセージを届けている部分もあると思うのですがいかがですか?
中島みゆきさんは強い人の気持ちも弱い人の気持ちも、どっちもわかる人だと思います。とても強い人だと感じるけど、すべてが繊細なもののうえで成り立っているので、儚い感じがするし、危うい感じがする。「強くない人の気持ちわかるよ」って言う強くない人の歌って正直心に響かないんですよ。「強くない人の気持ちわかるよ」と言ってくれる強い人の歌だから響く。それもただ強いだけの人だと「あんたに何がわかるんだ」って思っちゃうんですけど、中島さんの場合は弱い人のこともちゃんとわかってくれてる気がするから、メッセージに説得力があるんだと思います。
今だからこそ中島みゆきを
──この劇場作品のラストを飾る「誕生」は、“中島みゆき最後の全国ツアー”と銘打たれた2020年のコンサートでの映像が使用されています。新型コロナウイルスの影響でツアーは途中で中止になってしまったんですが、たまたまライブを記録用として録っていたものらしくて。
そうなんですね。「誕生」のパフォーマンスは、表情や歌い方がいい意味で脱力していたのが印象的でした。この曲ってたぶん僕が歌ったらAメロからサビまでめっちゃ力むと思います。ただ中島みゆきさんは本当に自然体というか、まるで家で歌っているように見えましたね。脱力しているからこそ歌声が遠くに飛ぶんだと改めて認識したかもしれない。力んでバットを振るよりも肩の力を抜いて振り抜いたほうがホームランが出やすいというか。あとはスタジオでのリハーサルの様子とか、会場に足を運んだお客さんの映像がインサートされているのもいいですよね。
──自分も行った気になれるし。
そうそう。それにバンドメンバーの方たちもすごくリラックスしているなと思いました。もちろん締まるところは締まるんですけど、皆さんすごく楽しそうにされているなって。中島みゆきさん個人のライブには違いないですけど、メンバーやスタッフの皆さんと一緒に作っていることを感じることができたし、観に来ているお客さんの表情を観てもやっぱり全員で作っているライブなんだなと感じることができたので素敵でしたね。
──「劇場版 ライヴ・ヒストリー」は今回が第2弾になりますが、今年の1月に公開された第1弾が好評だったため続編として企画されたそうです。そしてその第1弾には、20~30代の方もたくさん来場されたようで、まさに渋谷さんと同世代の人にも刺さっているということだと思うのですが、その世代の方たちに向けて中島みゆきさんの魅力を伝えるとしたら?
僕から言えることは何もないですが、ただ今って流行り廃りのサイクルがすごく早くなって、エンタテインメントが消費型になっていると思っていて。そんな中で消費されないものが注目されているのはすごく素敵なことだと思いますね。少なくとも中島みゆきさんの存在や曲は消費されるようなものではないから、そういう本当にエネルギーがあるものに、「流行ってるから」「みんなが聴いてるから」という理由ではなく、自ら意思を持った人が触手を伸ばすというのはとても大事だと思います。中島みゆきさんが若い人にもフィーチャーされればエンタメがもっと楽しくなりそうですよね。
──では最後に、劇場の大スクリーンかつ5.1chサラウンドで観ることの魅力についてもメッセージをお願いします。
この間、映画の主題歌をやらせていただいて初めて知ったんですが、映画用の音のミックスというのがあるんですよ。すでに発売されてるDVDでいいかと言うとそうじゃなくて。家の普通のスピーカーで聴くのと映画館の音響で聴くのは全然違うので、これは映画館じゃなきゃ味わえません。映画館で音と映像を楽しめるというのは最高のぜいたくだと思います。まばたきや表情など、大スクリーンだからこそわかる部分も多いと思うので、ファンの方はもちろん、そうじゃない方もぜひ映画館で中島みゆきさんのライブを体感してほしいですね。
プロフィール
中島みゆき(ナカジマミユキ)
1975年にシングル「アザミ嬢のララバイ」で歌手デビュー。続く2ndシングル「時代」で世界歌謡祭グランプリを受賞する。その後も「わかれうた」「悪女」「空と君のあいだに」「地上の星」など数々のヒット曲を産み続け、1980年代から2000年代まで4つの時代でオリコンシングルチャート1位を獲得。さらに提供曲では2010年代も加えて5つの時代で1位獲得の記録を持つ。1989年には原作、脚本、作詞作曲、演出、主演のすべてを中島が務める舞台「夜会」をスタートさせ、自身のライフワークとして親しまれている。2020年に全国ツアー「中島みゆき 2020ラスト・ツアー『結果オーライ』」を実施するも、新型コロナウイルスの影響で全24公演中8公演での終了を余儀なくされる。2022年11月にシングル全91曲の配信を各ストリーミングサービスにて開始した。2022年12月14日に47thシングル「俱に / 銀の龍の背に乗って」をCDリリース。12月30日には劇場版ライブベスト第2弾「中島みゆき 劇場版 ライヴ・ヒストリー2」が全国の映画館で公開される。
miyuki_staff (@miyuki_staff) | Twitter
渋谷龍太(シブヤリュウタ)
東京出身のメンバー4人で結成されたロックバンド・SUPER BEAVERのボーカリスト。2009年にメジャーデビューを果たす。2011年にインディーズへと活動の場を移し、年間100本以上のライブを実施。大型フェスにも参加し、2018年には日本武道館単独公演を大成功に収めた。バンド結成15周年を迎えた2020年にメジャー再契約を発表。ドラマやCM、そして話題の映画「東京リベンジャーズ」の主題歌を務める。2022年10月から12月にかけて自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアー「都会のラクダSP ~東京ラクダストーリービヨンド~」を開催中。2023年1月にライブツアー「SUPER BEAVER アコースティックのラクダ」、1月から2月にかけて自主企画「現場至上主義2023」、4月から6月にかけてホールツアー「都会のラクダ HALL TOUR 2023 ~ラクダ紀行、ロマン飛行~」を実施する。ニッポン放送「オールナイトニッポン0(ZERO)」のパーソナリティを務めたり、長編小説「都会のラクダ」を発売したりするなど、多彩な才能をみせる。ソロ名義・澁谷逆太郎としても活動している。
渋谷龍太 SUPER BEAVER (@gyakutarou) | Twitter