音楽ナタリー Power Push - n-buna
新世代ボカロPが見つめる、ボカロシーンの今
名刺代わりの1枚を持てたことで大人になった気がした
──それらの影響を反映させてどんどん作品を世に出していった結果、昨年には1stアルバム「花と水飴、最終電車」がリリースされました。大きな反響もあった作品ですが、そのとき感じたことやそれ以降の意識の変化はありましたか。
1stはそのとき自分が作りたい音楽だったし、作って満足できたんですけど、アルバム全体の中で自分の出せてない要素があったというか、技術不足ゆえに表現しきれなかった部分がたくさんあったんです。そこを反省していろんな音が使えるようになろうと思って、ストリングスやピアノ、アコギが中心の曲を作ってましたね。そこらへんの幅を広げないといけないと思って、レベルアップのための期間を設けたことで、自分のやりたい雰囲気や音とかコード感が出せるようになったし、今回のアルバムでストリングスやピアノのバッキングが生きる曲を書けるようになったことは大きな成長だったと思います。
──確かに、特にピアノはすごく目立つなと思って聴いてました。
僕、ピアノはすごく好きなんですけど、前回のアルバムでは少ししか使えなかったんですよね。ピアノが弾けなかったので。今は練習してちょっと弾けるようになったんですけど、そういうできなくて表現しきれなかった部分を今回は成長してしっかりやれている実感はあります。それにやっぱり自分の名刺代わりの1枚を持てたことで……なんだか、大人になった気がして、音楽に対しての意識が変わったようなところはありましたね。今までは自分のやりたい曲をポンポン作って、出して、それをまとめてっていうやり方もあったんですけど、今は作品としての完成度や世界観を重視しています。クオリティを落としたくないっていう考えも出てきたし、曲があって、曲の流れがあって、その流れが1つになってアルバムの世界観になるっていうことが大事なんだなと思うようになりました。
──周りからの反応はどう変わりましたか。
感想をいろいろと聞くことができて、うれしかったり参考になったことは多かったです。それに思ったよりも長い間皆さんが買ってくれて、たくさん売れたことが自信にもなりましたし、周りからの反応で言うと、曲がいいとかメロディがいいとか言ってもらえる曲が、動画として世に出していないアルバム曲の中にもけっこうあったりして。作っているときはポップだとは思っていなかったものが「ああ、こういうメロディがみんな好きだったりするんだ」っていう気付きがあって、勉強にもなりました。
──動画として投稿するかどうかって、シングルカットするかどうかみたいなニュアンスに近いですもんね。
はい。シングルではなかったはずのものがけっこう人気だったりして、うれしかったです。
「文学作品をモチーフにする」という構想もあった
──それらの反響を受け止めつつ制作された今作「月を歩いている」ですが、前作以上にテーマを絞り込んで、世界観や流れの統一に重きを置いている作品ですよね。
そうですね! 前作はやっぱり初めての全国流通盤だったこともあって、僕が過去に投稿した人気作も入れなきゃならないな、それらを組み込んで1つのアルバムにしなきゃならないな、という意識があったんです。でも今回はやりたいことをできるじゃないですか。言ってしまえば不純物というか、無駄な流れになり得るものを全部排除して、1つのアルバムをイチから全部作ろうっていう。
──このアルバムのためだけの曲を書こうという。
今投稿してある「白ゆき」とか「花降らし」とかそういう曲たちも、そこを考えながら作っていたので、アルバムとして1つの流れができていると思います。前回よりも世界観の結び付きや統一がちゃんとできていると。
──その分制約も多くなるわけで、けっこう苦しい道を選択したなとも思いました。いずれの楽曲もテーマが「童話」ということですけど、そういった普遍的なものをモチーフにしようと思ったのはなぜなんでしょうか。
そもそも僕が童話や昔話、児童文学みたいなものが好きだったんです。今も小説とかをよく読むんですけど、小さい頃は家に児童文学の本がたくさんあって、それを読んでいるうちに小説が大好きになったので、自分の原点でもあるんです。もう1つの構想として文学作品をモチーフにしようかとも考えてたんですけど、なかなか難しさがあるなと。敷居の高さというか。
──確かに。
例えば僕はカフカの「変身」を基にした楽曲を投稿してて(「花と水飴、最終電車」収録の「始発とカフカ」)、そのときに意外とカフカの存在を知らない人が多いなと思って。カフカで毒虫といったら「変身」だろ?って僕は思うんですけど、意外と現代のリスナーは知らない、伝わらないんだなって、そういう敷居の高さを感じたんです。その点、童話ならモチーフとしてわかりやすいかなと思って。
──もともとの作品が子供向けなので、話の展開が複雑ではない分、こちらが想像する余地、余白が多いですよね。それでいてとても普遍的なことが込められているわけだから、解釈や料理のしがいはすごくありそうです。
それはあります。今回のアルバムでやろうと思ったことは、例えば「白ゆき」だったらモチーフとして「白雪姫」を借りて、「白雪姫」から連想される単語やストーリーを基に新しい世界観を再構築するっていうことで。そういう意識で作っていたんですけど、童話だとそれがしやすかったです。
──みんなが知っているっていうのもありますしね。
ああ。それは一番大きいです。
NUMBER GIRLを聴いて気付いたこと
──サウンド面では、もともとn-bunaさんの楽曲の主軸であるギターロックの要素はもちろん入っていて。その中でも「花降らし」は泣きメロのミドルチューンだったり、「白ゆき」はバンド的かつボカロが生きるメロディの起伏があったりと、今まで培われた“らしさ”が出ていると思いますが、それ以外の部分で、先ほどのピアノの話もそうですが、今作で新たに挑戦したりやりたかったことはどのあたりなんでしょうか。
まず音数を減らそうと思って。前回のアルバムだったら「無人駅」とか、「ギター何本入ってるんだこれ?」っていう曲もあったんですけど、そのへんをシンプルにするのが一番かな……っていうのをNUMBER GIRLを聴いて思ったんですよ(笑)。
──なるほど。
NUMBER GIRLを聴いてたら、「あれ、ギター1本か2本でよくね?」って。それで足りない部分があったらストリングスとかピアノで上物の要素を足すのが僕の理想的な形かなと思って、そこに取り組みました。
──ボカロの楽曲って音数が多いものがたくさんありますしね。
そうですね。そういうゴチャゴチャ感みたいなものがみんな大好きなんだと思うんですけど、そこをシンプルな形で作ってみたかったんですよ。
──あとは「落花」での打ち込みのサウンドが、これまでとまったく違っている気がしていて。曲のテーマが「落花」と対になった「落陽」もそうですけど、ポストロックやエレクトロの要素が強いですよね。このあたりはどんな意図がありましたか。
それも音数の少なさでもあるんですけど、静かな要素をアルバムの要所要所に入れたくて。静かに情景が進んでいくというか、そういうものを連想できるようにしたくて、「落花」や「落陽」のようなインストの曲を作ってましたね。やっぱり前作を振り返ると、ポップで一気にバーっと突き進んでいく感じがあったんですけど、アルバムとしての完成度を考えると雰囲気作りのトラックは大事だなと思ったんです。「落陽」は「白ゆきの独白」につなげるためのインストですし、今回は楽曲同士の結び付きを強くするために作った曲もいろいろとあります。サウンド的にも起伏のあるもの、盛り上がって盛り下がってまた盛り上がってということをやりたかったんです。
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- 2ndアルバム「月を歩いている」 / 2016年7月6日発売 / U&R records
- 初回限定盤 [CD+ブックレット] / 2700円 / DUED-1174
- 通常盤 [CD+ブックレット] / 2160円 / DUED-1175
収録曲
- モノローグ
- ルラ
- 三月と狼少年
- 歌う睡蓮
- 花降らし
- 落花
- 泣いた振りをした
- 白ゆき
- ラプンツェル
- 落陽
- 白ゆきの独白
- セロ弾き群青
- それでもいいよ。
- かぐや
- エピローグ
- カエルのはなし(※初回限定盤のみ収録)
n-buna 1st LIVE「月を歩いている」
- 2016年8月14日(日)
- 東京都内のライブハウス(会場はチケット当選者のみに発表)
OPEN 17:30 / START 18:00
※AL「月を歩いている」購入者対象の応募抽選による招待制ライブとなります。
n-buna「2nd AL『月を歩いている』発売記念展示会」
- 2016年7月5日(火)~7月10日(日)
- 東京都 池袋サンシャインシティアルタ内 1F プルミエアベニュー
OPEN 11:00 / CLOSE 20:00
n-buna(ナブナ)
動画共有サイトにVOCALOIDの楽曲を投稿するボカロP。2012年3月に「アリストラスト」を投稿したのを皮切りに活動を開始し、2013年2月に投稿した「透明エレジー」はニコニコ動画においてVOCALOIDのデイリー総合ランキングで自身初の1位となった。2014年2月に投稿された「ウミユリ海底譚」は2016年6月現在218万再生を突破。2015年7月に初の全国流通アルバム「花と水飴、最終電車」、翌2016年6月に2ndアルバム「月を歩いている」をリリースした。