高音が出なくてかなり苦戦しました
藤本 この曲、最初のデモ段階では完成形よりもキーが半音低かったですよね?
大石 あ、そうなんですよ。けっこう皆さん、低めの声で演じてらっしゃるじゃないですか。ポッケもそうだし、タキオンとかも。カフェ(マンハッタンカフェ)もそうかな。
藤本 そうですね、カフェもめちゃめちゃ低いです。
大石 なので、それに合わせて低めのキー設定にしたほうがキャラを守ったまま歌いやすいだろうという、まあ僕なりの気遣いではあったんです。ただ、それを提出したら「半音上げてください」という修正指示が来たので、やるなあと(笑)。物語の中のキャラクターだけでなく、演者さん本人にも限界を超えさせる気だなと。その姿勢がすごく気持ちよかったですね。本当にチーム全体が妥協なくいいものを作ろうとしているんだな、ということをそこで改めて実感しました。
藤本 あの半音上がった経緯はそういうことだったんですね。でも歌う側としては、「上がったあああ!(泣)」って絶望的な気持ちになりました。
大石 わははは。
藤本 実際、レコーディングのときは高音が出なくてかなり苦戦しましたし。「最初のキーだったら無理なく出るのに!」って(笑)。しかも最後、ラストのサビでさらに半音上がるじゃないですか。そこの「勝利のおたけびを」が本当に出なくて……声がひっくり返っちゃうんですよ。
大石 裏声に行かず、地声でやるとね。
藤本 はい。でもポッケは裏声では歌わないので。
大石 そうだよね、ポッケはね。
藤本 だから本当に苦戦して、たぶん過去イチ喉を潰して帰りました。
大石 えええー、なんかすみません……。でも、そのエピソードすらもポッケっぽさありますよね。ズタボロになりながら限界を超えていくっていう。さっきのアフレコの話もそうですけど、制作サイド的にはもしかしたら狙い通りだったのかも(笑)。
藤本 そんなー! ひどーい!
大石 いや、わからないですけど(笑)。でもその苦労の甲斐あってか、完成音源を聴いたときは感動しましたよ。特にサビなんかは4人がマジで競争してるみたいな、ゲートが開いてお互いを高め合いながら駆け出していく画が浮かびましたもん。
藤本 わあ、うれしいです! 私もサビで4人の声が合わさった瞬間の“声感”がすごく好きなんです。カッコよくて迫力もある中に、ダンツのかわいい声とか、カフェのキレイだけど静かに燃えているような声とかが聞こえてきて。違う種類の声が全部ちゃんとそこにいて一体になっている感じが、聴いていてうれしくなっちゃいます。
大石 わかるー。4人の歌声が乗ることで相当爆発力のある曲になったと思いますし、自分が作ったもの以上の化学変化を皆さんが起こしてくれたなあと。マジで作家冥利に尽きるというか。ありがとうございます、本当に。
藤本 いやいや、こちらこそですよ! 素敵な曲をありがとうございます。
大石 藤本さんって、もともと音楽をやられていたんでしたっけ?
藤本 一応、吹奏楽をやっていました。
大石 なるほどね。歌を聴かせていただいて、すごくピッチがいいなと思ったんですよ。ちなみに楽器は何を?
藤本 フルートです。
大石 めっちゃ似合う(笑)。それこそフルートなんて、唇の形や息の量でピッチを取ったりするセンシティブな楽器ですもんね。歌うときも、自分のピッチのズレに細かく気付いたりするんじゃないですか?
藤本 だからもうライブ中は全部ブレブレで、いつも「もう最悪!」と思いながら歌ってますね(笑)。でも無理なんですよ。踊りながら、イヤモニもしながらだと。
大石 僕が聴いた限りでは「うまいなあ」と思いましたけどね。その微細なズレに気付ける人と気付けない人では全然違いますから。
藤本 そうなんですかね……。
大石 しかもそこにキャラを乗せて歌うわけだから、それがマジですごいなと。僕の場合は自分で作った曲を自分で歌うだけなので、タスクは1個で済むんですよ。でも藤本さんをはじめ声優さんたちは、そこに“キャラクターを演じる”というもう1個のタスクが乗るわけじゃないですか。さらにライブではダンスなどのビジュアル表現も加わってくるんで、もはやトリプルタスクじゃん!みたいな。ボーカリストとしては嫉妬の対象ですよ。うらやましいなと思っちゃいます。
藤本 いやいやいや、全然そんな。まだまだです。
アニメ表現として新しい領域に踏み込んでいる
大石 僕は今44歳なんですけど、この歳になるとそんなふうに若い才能に嫉妬することも多くなってくるんですよね。もちろん、それによって「いや、負けてられへんわ!」と奮い立たされたりもするんですけど。そういう立場からすると、今回の劇場版の中ではフジキセキとポッケが語り合うシーンに一番グッと来たんですよ。
藤本 ああー……!
大石 タイトルに「新時代の扉」と付いているように、新たな世代のウマ娘たちの活躍を描いたストーリーになっていますよね。ということは必然的に、その対比として旧世代についても語られることになるわけで。それぞれの時代のいろんな“答え”みたいなものが、特にあのシーンでは折り重なっていたように感じました。「時代が新しかろうが古かろうが、結局は走ることでしか何も見つけられない」みたいな描写が、40超えたオジにはめちゃくちゃ刺さったというか(笑)。あのシーンが一番泣いたかもしれない。
藤本 ホントですか! 実は私も、取材などでお気に入りのシーンを聞かれたときに必ずそのシーンを挙げているんですよ。
大石 あ、やっぱりそうなんや! ごめん、先に言っちゃって(笑)。別のにしよか? 何個かあるよ。
藤本 いや、大丈夫です大丈夫です(笑)。私もたくさんありますし。
大石 まあでも、藤本さん視点というかポッケ視点であそこをどう感じたのかは聞いてみたいですね。同じシーンでも、やっぱり僕の視点とは違うと思うんで。
藤本 そうですね。ポッケ的には、本来であればあんなふうにフジ(フジキセキ)さんと絡めるのはうれしいことのはずなんですよ。「やったー!」って大興奮するところだと思うんですけど(笑)、あのときのポッケはそれどころじゃないというか。
大石 うんうん、確かにそうだよね。ネタバレになるから詳しくは言えないけど、ポッケとしては複雑な状況ではあるから。
藤本 そういうのもあって、特に思い入れのあるシーンなんです。私としてもすごく気持ちを乗せやすかったですし、乗せようとしなくても勝手に気持ちが入っちゃいました。本当に大好きなシーンですね。
大石 なるほどね。じゃあこの記事を読まれる皆さんにも、ぜひそのシーンには注目していただいて。
藤本 そうですね(笑)。
大石 あとはやっぱりレースシーンの迫力、臨場感ですよね。僕はこれ、アニメーション表現として新しい領域に踏み込んでるなあと思ったんですよ。今までの「ウマ娘」とも、これまでのどのアニメーションとも違うものになっているというか。なんて言うのかな……僕がまだあまりお馬さんに興味がなかった頃に、競馬場へ行って生のレースを初めて観たときに受けた衝撃とすごく似てたんですよ。「馬が走るというだけで、こんな気持ちになれるの?」っていう。
藤本 おお、なるほど……!
大石 そんなふうに理屈を超えた何かをこの劇場版にもすごく感じました。だからレースを観に行くような気分で劇場へ足を運んでもらえたら、めちゃめちゃ面白い見え方をするんじゃないかなと。「ウマ娘」のことをまったく知らなくても、そこで食らっちゃう人がたくさんいそうな気がしますね。
藤本 そういう“まったく知らない”方への入り口に、今回の劇場版はぴったりだと思います。「ウマ娘」はいろんな形で展開されているので、興味はあってもどこから触れたらいいのか迷ってしまう方もいらっしゃると思うんですけど……。
大石 確かにね。アニメだけでもすでに第3期までやってて、配信アニメとかも合わせると話数もかなり多いですし。
藤本 そうなんですよね。ゲームをプレイするのもけっこう時間を費やすので、人によってはちょっとハードルを感じてしまうかもしれないですし。その点、劇場版であれば2時間で完結しますし、大石さんもおっしゃったように予備知識がなくても楽しめる内容になっているので。
大石 うんうん。
藤本 それと、これは上坂さんが以前おっしゃっていたことの受け売りなんですけど、冒頭に「ウマ娘とは?」という説明のナレーションが入っていたり、劇中でもタキオンがウマ娘の生態について語るシーンが多かったりして、何も知らない人でも「ウマ娘ってこういうものなんだ」と自然に世界観を理解できる作りになっているんですよ。
大石 なるほど、確かにその通りですね。ここまで詳しく語られることは今まであんまりなかったかも。
藤本 だから入門編としては一番いいのかもしれないなって。私の友達にも、劇場版で初めて「ウマ娘」に触れて「知らなくても楽しめたわー!」と言ってくれた子がいて(笑)。「ウマ娘」どころか、普段はアニメも観ないような子なんですけど。
大石 へえー! それはうれしいね。
藤本 なのでどんな人でも絶対に楽しめる、入りやすい作品だと思います。そういう意味では、観る方にとっての“新時代の扉”でもあるというか。
大石 キレイなまとめ(笑)。まるで台本があるかのような。
藤本 あははは。
プロフィール
藤本侑里(フジモトユリ)
9月11日生まれ、千葉県出身。2019年にテレビアニメ「RobiHachi」で声優デビューし、以降「プラチナエンド」やゲーム「剣と魔法と学園クエスト。」などに参加する。2023年にはゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」のジャングルポケット役で人気を博す。2024年5月24日公開の劇場版「ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉」では同役で主演を務めた。
大石昌良(オオイシマサヨシ)
愛媛県宇和島市出身。大学の軽音楽部の仲間である川原洋二、沖裕志とともに結成したSound Scheduleでボーカル&ギターを担当する。2006年にSound Scheduleが解散してから、2008年にシングル「ほのかてらす」で大石昌良としてソロデビュー。2011年にはSound Scheduleの再結成でも話題を呼んだ。2014年にはアニメ・ゲームコンテンツ向けの名義オーイシマサヨシでの活動を開始し、2024年3月には東京・日本武道館でワンマンライブを開催した。「けものフレンズ」オープニングテーマの「ようこそジャパリパークへ」、「【推しの子】」劇中歌の「サインはB」を手がけるなど、これまで多数のアニメで楽曲提供や主題歌歌唱を行っている。
大石昌良【オーイシマサヨシ】 (@Masayoshi_Oishi) | X