一番有益なことはアナログの先にある

──「さもありなん」は音数が少なくシンプルで、まさに“いつのまにかそこにあった”という感覚の楽曲になっていると思います。アレンジやサウンドに関してはどんなイメージがあったんですか？

音数の少なさというより、どこまで奥行きを出せるかなのかな。僕が1人で奏でているんだけれど、よく見ると向こう側に壮大な世界が広がっている……そして曲の終わりとともにその世界も消えていくイメージというか。かなり抽象的なんですけどね。

──共同アレンジャーの田中庸介さんとは、どんなやりとりがあったんですか？

庸介くんは、ときどき家に遊びに来るんですよ。チーズケーキを作ってきてくれたりして、普通にお茶を飲みながらおしゃべりしているだけなんだけど（笑）。あるとき、ルーパーやエフェクターを使って遊ぼうという流れになったので、なんとなく3つのコードを弾いてみたんです。それに庸介くんもついてきてくれて、その場でざっくりと「さもありなん」ができあがったんです。「この曲はこういうイメージだから、この人にアレンジを頼もう」ではなく、いつの間にかできていた。

──自然発生的に？

そうですね。レコーディングスタジオで「はい、本番いきます」みたいな感じではなくて、気付いたら、目の前に音の宇宙が広がっていたというか。そういうのが理想だと思うんですよね。ボブ・ディランの「Like a Rolling Stone」もそんなふうにできたみたいなんですよ。レコーディングにギタリストとして参加するはずだったアル・クーパーがスタジオに行ったら別のギタリストがいたもんだから、まったく予定になかったハモンドオルガンを弾き始めて、ボブ・ディランが「それいいじゃん」って採用したという。

──それがあの名曲につながったと。でも直太朗さんは、普段はちゃんとデモ音源を作って、それをもとにアレンジを固めて、レコーディングに臨むという手順を踏んでいるのでは？

それがそうでもなくて（笑）。アルバム「素晴らしい世界」の収録曲もほぼデモのままというか、未完成なんですよね。「さもありなん」もそう。デモの段階が一番ワクワクするし、エネルギーが多い状態なんですよ。誰に聴かせるわけでもなく、面白いものをずっと検証していて。

──そのスタイルが独特の生々しさにつながっているのかも。

今は技術が進化して、もっと効率のいいやり方があるし、きれいに整えることもできるじゃないですか。僕がそういう類を必要とする音楽をやっているんだったら、効率や均整の取れる方法を追求していたかもしれないけど、そうではないですからね。息遣いや衣擦れ、冷蔵庫の音なんかの延長線上にある、とってもアナログなものを求めている。いろんな土地で弾き語りライブを続けているのも、そういうことだと思うんですよ。無駄が多いし、効率が悪いかもしれないけど、だからこそとても貴重な行為じゃないかなって。

──YouTubeチャンネル「森山直太朗のにっぽん百歌」もそうですね。「さもありなん」を新潟・佐渡島の旧相川拘置支所で歌っていて。

目的の場所にわざわざ行って歌うということもあるけど、例えばツアーの途中で「あそこで歌いたいね」「せっかくだから歌っていく？」という感じで録ることもあって。都心のアポ取りはけっこう大変だけど、地方によっては前日に連絡して「いいですよ」ということもあるんですよ（笑）。それも曲と同じで、気付いたら作品になっていたというか。

──思いつきや寄り道が作品につながるというのは、タイパ（タイムパフォーマンス）重視とは真逆の考え方ですね。

僕も無駄は嫌いですけどね。映像を早回しで観る人の気持ちもわかるし、映画館に行って、「やばい、つまらない。この時間、無駄にしちゃうかも」と思うこともあるので（笑）。誰しも時間は有限だし、できれば有益なことに使いたい。でも一番有益なことって、実はアナログな行為の先にあるような気がしていて。弾き語りライブなどで同じ景色をその場にいる人と共有するのも、まさにそうですよね。時間はかかるけど、いろんな人といろんな景色を共有しながら、無意識でつながっていく。それも弾き語りを通して感じていることなので。

「こういう人たちに聴いてもらえているんだな」と実感したかった

──現在開催中の全国ツアー「20thアニバーサリーツアー 素晴らしい世界」についても聞かせてください。昨年6月にスタートし、2月下旬からバンドセットの「後篇」が始まっています。いよいよ佳境ですね。

もう泣きそうなんですけどね。「この景色を観られるのもあと50回くらいか……」と、早くもしんみりしてます。

──まだまだ50本くらいありますから（笑）。

そうですよね（笑）。半ばギャグみたいに始めた「一〇〇本ツアー」ですけど、このツアーが終わってもまた新しいツアーが始まるだけで、この先も僕がやることは変わらないと思うんです。もっと言えば僕にとって歌うことは場所がどこであれ、バンドでも弾き語りでも変わらなくて。ただ今回のツアーは自分の原点である弾き語りスタイルが多いので、皆さんに協力してもらえていることが実感しやすいんですよね。1人で始めたはずだけど、後ろを振り返ると、いつの間にかたくさんの人が一緒に進んでくれていたというか。映画「フォレスト・ガンプ/一期一会」のランニングシーンみたいな（笑）。散り散りになって、また集まって、そうやってずっと何かしらの表現を続けていくんだと思います。

──１月17日には弾き語りベストアルバム「原画Ⅰ」「原画Ⅱ」をリリースされました。昨年の秋にプライベートスタジオや山小屋で録音された作品で、配信やストリーミングはなく、ライブ会場でのCD販売のみという形を取ったのはなぜでしょう。

去年11月の中野サンプラザ公演で弾き語りベストを出すことを発表したんですけど、「CD販売のみです。サブスクで配信もしません。」「えー!?（不満）」「ライブ会場でしか売りません」「おおー！（拍手）」というお客さんの反応が興味深くて（笑）。この反応で作品の内容だけではなく、自分自身の姿勢も見られているんだろうなと思いました。なので「原画」に関しては、じわじわとゆっくり広めていけたらなと。もちろんメディアの変化には順応しなくちゃいけないけど、どんな人たちに聴いてもらえているのか実感がないという危機感もあって。数値化されたデータを見てリスナーを感じられるかといえば、僕にはそれは難しい。たった今ライブを観てくれた人にCDを手売りすることで「こういう人たちに聴いてもらえているんだな」と実感したかったんです。それが糧にもなるので。

──歌を届ける原点ですね。

もともと僕は路上で弾き語りをしながら、歌が入ったカセットテープやMDを手売りするところから音楽活動を始めたんです。そこで得た小さな連なり、積み重ねが今を作っている。そういう感覚って、仕事になることでどこか鈍感になって忘れちゃうんですよね。だから20年目のタイミングで自分の原点、そこで得てきた衝動を取り戻そうとしているのかもしれないですね。