水樹奈々インタビュー|塞ぎ込んだ世界に愛と喜びを!明るいパワーで突き進む2年半ぶりフルアルバム (2/3)

2年半ふさがれてきた“声”をテーマに

──ではここから新曲を中心に話を聞かせてください。オープニングナンバー「MY ENTERTAINMENT」の作詞作曲は近年作家としても大活躍しているsajiのヨシダタクミさん、編曲は水樹作品でお馴染みElements Gardenの中でも若い世代の藤永龍太郎さんです。明るくポジティブな楽曲でスタートする方法もあったと思うのですが、少し不穏な導入で、今の時代の閉塞感を表しているような幕開けですね。

ヨシダさんにはアルバムの1曲目で、「エンタテインメントを活気付けていきたい!」というこのアルバム全体のメッセージを象徴するような曲を作ってほしいとお願いしました。

──これはコンペではなく指名なんですね。

はい。コロナ禍はみんな外に出られず、テレビやネットでわずかな情報を得ることしかできなくて、何が正しいのかわからなくなりましたよね。飛び交う情報の中で翻弄されていく自分の気持ちを表すように、ラジオ音声や逆再生の声を入れたりして、混沌としたこの2年半を導入部分で表現しました。そこから光を目指して立ち上がる声が重なり合い、合唱になるという構成にして。ヨシダさんには「声」をテーマに作詞していただきました。ライブで声を出すこともできず、日常会話でもマスクでフィルターを通したような声になって……声優で歌手という、声が命の活動をしている私にとっては、本当に苦しいことで。皆さんに笑顔や喜びを届けるはずのこの声をどうやったら届けられるのかを考え続けた2年半だったので、“声”をテーマにした曲で始めたかったんです。

──このアルバムの1曲目が担う役割を明確に考えたうえで作られた曲だと。続いて既発曲「Red Breeze」、新曲「スパイラル」と非常に熱いゲームのタイアップソングが2曲並んでいます。「スパイラル」は少し難解なメロディだけどおしゃれな雰囲気もあって、歌のニュアンス表現が難しそうだなと感じました。

熱すぎずクールすぎず、絶妙な温度感が必要でした。「Red Breeze」は上松(範康 / Elements Garden)さんらしい、情熱的で突き抜けるような攻め感がありますけど(笑)、そのあとに「スパイラル」を聴くとスッと肩透かしを食らうような。柳のようなしなやかさが必要な1曲です。それがまさに、ゲーム「鋼の錬金術師 MOBILE」の世界とリンクするところだなと思っていて。ただがむしゃらに真理を追い続けるだけではたどり着けず、ときには遠回りしたり、俯瞰で見ることも必要で。生と死という重いテーマを扱った作品なので、ミステリアスな曲構成とシンクロすると直感で思いました。

──「スパイラル」も作詞はヨシダさんですね。水樹さんにとって信頼の厚い作家さんなのでしょうか。

はい。ヨシダさんの紡ぐメロディはもちろん、歌詞もすごく好きで。いい意味での青さ、思春期特有のピュアなのにひねくれた雰囲気や毒っ気をストレートに表現されるところが魅力的だなと。「鋼の錬金術師 MOBILE」は幼いエルリック兄弟が主人公なので、少年らしい青さは絶対に必要だと思ったんです。それを表現できるのはヨシダさんしかいない!と思ってお願いしました。

──藤林聖子さん作詞の4曲目「Reboot!」はワルなロックという感じで、「疑心暗鬼の日常 獲物探してるキャンセルカルチャー」「アレは良くて コレは駄目ってガマンも限界」など辛辣なワードで直接的な表現をしている、水樹さんのレパートリーとしてはちょっと珍しいタイプの楽曲ですね。

藤林さんには「DELIGHTED REVIVER」というタイトルに込めたアルバムのテーマをお話しして、コロナ禍でのみんなの鬱屈とした気持ちを代弁するような歌詞にしたいので、ちょっとワルな部分も潜ませてほしいとお願いしました(笑)。今はより“個”の時代になってきているなと感じていて、「デリシャスなディナーは玄関まで来る」なんて思い切りUber Eatsですけど(笑)、ケータイがあればすぐにいろんなものが手に入る世の中で。家にいてなんでもできちゃう時代だけど、本当に欲しいものは自分から取りにいかないとつかめない。そこであなたはどういう選択をする?という問題提起が込められています。こんなに踏み込んだ歌詞はこれまで歌ってこなかったので、今だからこそ!という思いでチャレンジしてみました。

──そこに抵抗はなかった?

人間は油断するとラクなほうに行きたくなってしまう生き物だから、こうやって戒めることをしないとダメなんじゃないかなって(笑)。

水樹奈々

「水樹さん、まだまだ攻めますねえ」

──ここまでヘビーな曲が続いているぶん、5曲目の「HOLY TALE」はさわやかさすら感じました。作詞は岩里祐穂さん、作編曲はh-wonderさんで、シングルの表題曲にもなりそうなキャッチーさがありますね。

ありがとうございます。これはデモを聴いてすぐに“一聴き惚れ”した曲で。満天の夜空が浮かぶ、宇宙や神話が似合う1曲だなと思ったので、夏のアルバムにぜひこれを入れたい!と。水樹と言えば宇宙をテーマにしたスケール感のある曲がたくさんあるので(笑)、その仲間にぜひ加えたいなと思ったんです。それで岩里さんに「愛と神話や宇宙をテーマに歌詞を書いていただきたいです」とお願いしたら、この2年半の間に私が経験した命の誕生という奇跡を、宇宙の誕生や神話にもつながる大きな愛として表現しようと提案してくださって。深い愛を感じる歌詞に感動しました。

──「ダブルシャッフル」「Get up! Shout!」とここでまた既発のアニメタイアップが2曲続きますが、「ダブルシャッフル」は今どき感のあるせわしないアレンジで水樹作品としては新規軸、「Get up! Shout!」は“ザ・アニソン”的な水樹作品のド王道という印象です。

その通りです(笑)。「ダブルシャッフル」も一聴き惚れで、こういうトリッキーな曲を一度歌ってみたいと思っていたんです。「トモダチゲーム」というアニメが、今まで私が担当してきた「友情! 努力! 愛!」という作品とは真逆の(笑)、友情とお金を天秤にかけるようなお話で。最終的に刀を抜いて戦うようなこともない(笑)。しかし人生を懸けた心理戦が描かれている作品なので、どういう曲調がフィットするだろう……と悩んでいたときに出会ったのがこの曲で「これしかない!」と。

──比べて「Get up! Shout!」は求められている水樹奈々像全開というか。

「SHAMAN KING」第2弾オープニングテーマとしてオファーを受けたときは、本当に私でいいんでしょうかと震えましたが、歴代の名曲と並んで恥ずかしくないものを……とじっくり1年近くかけて作りました。水樹にオファーをいただいたということは、私らしいサウンドが求められているんだろうと考えて、直球のロックサウンドで構成しました。

──アルバムの中間地点にあたる8曲目「ストラトスフィア」は松井五郎さんの作詞で、静謐な導入から激情的に変化するドラマチックなバラードです。

今回のアルバムにはロックバラードを1曲入れたいと考えていて。コロナ禍の葛藤や不安、世界全体を覆う混沌としたムードの中で平穏な日々を求める人々の思いを、重厚なメロディで表現したいと思ったんです。たくさんのコンペ曲からこの曲を選ばせていただいたのですが……実はサビのメロディを何度も書き直していただいていて。結果、歌うのがすごく大変な曲になってしまいましたが、これだ!というものが完成しました。レコーディングスタッフさんにも「水樹さん、まだまだ攻めますねえ」と言われたり(笑)。松井さんの飾らない言葉で表現された歌詞でより心にグッと入り込む楽曲になったなと思います。歌についても、ただ力強いだけではなく、ともに苦境から立ち上がっていこうと寄りそう温かさも感じていただけるよう意識しました。

水樹奈々

お父さんのようなチェリボと一緒にバラードを

──9曲目の「Link or Chains」は既発曲で、テレビアニメ「Leviusレビウス」のオープニングテーマですね。こちらはジャズロック、プログレ的なアプローチですが、続く新曲「DNA -Dance 'n' Amuse-」はスパニッシュ的な……水樹さんや僕の世代ですと中森明菜さんの「ミ・アモーレ」を想起させるフラメンコ歌謡というか。

まさにそうです(笑)。ラテン歌謡ダンス系を目指しました。デモでは仮歌詞で英語とスペイン語が混ざっていたんですよ。「うわーカッコいい! でも日本語にするとどうなるんだろう?」と思っていたのですが、メロディには歌謡曲的な要素も入っているし、私の根幹にあるのは演歌・歌謡曲なので、すごくハマる気がしたんです。夏のアルバムですし、今の年齢になったからこその妖艶さも見せられるんじゃないかなって。作詞は英語の堪能なしほりちゃんにお願いして、日本語だけど英語に聞こえるようなニュアンスで書いてほしいとリクエストしました。

──「CocktailしたいDNA」とか「不協和音(ディスコード)さえ愛して」とか水樹さんらしいなーと思ったし、まさに歌謡曲的なケレン味があっていいなと。

いい意味での昭和感と言いますか(笑)。でもアレンジ面では南米音楽に精通した藤間(仁 / Elements Garden)さんに今の要素をカッコよく取り入れていただいて、絶妙なバランスの曲になったと思います。

──そして再び既発曲ですが、非常に暑苦しい「シンフォギア」の……。

「シンフォギア」シリーズは、暑苦しくならざるを得ませんから(笑)。

──(笑)。スマートフォンゲーム「戦姫絶唱シンフォギアXD UNLIMITED」の新主題歌として制作された「FIRE SCREAM」ですね。アルバムの場合、何かの作品ありきで作られた既発のアニメタイアップをどう配置するかは考えどころだと思うのですが、とりわけ熱い「シンフォギア」楽曲、水樹×上松楽曲はそのへん難しそうですね。

難しいです!(笑) アニメやゲームのタイアップでは水樹らしいマイナー調のアップテンポが求められることが多いので、自然と激しくて暑苦しい曲が増えていくんです(笑)。アルバムでどう配置するかはいつもとても悩みます。それぞれのよさが相殺されてしまわないようにとめちゃくちゃ考えます。

──では次にどんな曲が?と思ったら、これまでのバラード、アコースティック系サウンドの中でも格段に優しくて穏やかな印象の「Stand by you」で。

ここで、熱くなった気持ちを一旦クールダウンしていただこうと(笑)。この曲のレコーディングでは、ライブでお馴染みのバックバンド、チェリーボーイズが演奏していて。私を20年支えてくださっているお父さんのようなメンバーと作り上げた空気に、優しく包み込む絆を感じていただけると思います。先が見えない状況で、モチベーションを保ち続けるのはすごく難しいことで。がんばらなくてはいけないのはわかっているけどできない……そんなときは人間誰しもあると思うんです。そんなときに寄り添える温度感のバラードを目指しました。