Mitchie M×白狼(イラストレーター)×TSO(映像クリエイター)|不良少女・初音ミクのヤンキーストーリー

ボカロP・Mitchie Mの新曲「少女Aに夜露死苦(feat. 初音ミク)」が1月に配信リリースされた。

「少女Aに夜露死苦」は“不良少女”をテーマに制作されたアップテンポなロカビリーナンバーだ。ヤンキーとなった初音ミクの物語をマンガテイストの映像で表現したミュージックビデオには、ミクのほか巡音ルカ、鏡音リン、鏡音レンといったボカロキャラが登場。豊かな発想で描かれたキャラクターデザイン、衝撃のエンディングを迎えるオリジナルストーリー、キャラクターを生かすため細部までこだわった映像演出は反響を呼び、すでにYouTubeで38万回再生を突破している(※2023年2月上旬時点)。

音楽ナタリーではMitchie M、MVのイラストを担当した白狼、映像制作を手がけたTSOの3人にインタビュー。MVの制作背景やこだわったポイントについて語ってもらった。

取材・文 / ナカニシキュウ

ストーリー

かわいいものが好きな少女・魅紅(ミク)は、父親の家庭内暴力に悩まされていたが、ついに耐えかねて家出を決行。行くあてもなく街をブラついてたところ、ごろつきたちに絡まれる。通りがかりのスケバン・流迦(ルカ)に助けられた魅紅は、そのカッコよさに惚れて流迦の妹分となり、ヤンキーデビュー。不良少女の道を歩み始めるのだった。

Mitchieさんはぶっちぎりでコンテが丁寧

──今日は「ボカロ曲のミュージックビデオがどんな工程を経て作られているのか」「そこでボカロPさんや絵師さん、動画師さんはそれぞれどんな作業をしているのか」というお話を伺えたらと思っています。もちろんプロジェクトによってケースバイケースなんだろうとは思うんですが……。

Mitchie M そうですね。Pさんによってもまちまちだと思います。

──「少女Aに夜露死苦」の場合は、ざっくり言うとどんなふうに進めていったんでしょう?

Mitchie M まずは曲を作り上げて……その段階で僕の頭の中には映像も含めてすでに完成しているので、そのイメージを伝えるための企画書やラフコンテを作成します。自分でできるところまでは全部やって、「ここからは先は僕にはできない」となった以降の工程を絵師さん、動画師さんにお願いする感じですね。

──その企画書とラフコンテも拝見しましたが、めちゃくちゃ細かく設定やカット割り、指示などがびっしり書かれていて。個人的には「ボカロPさんがここまでやるんだ?」と驚きました。

Mitchie Mによるラフコンテ。

Mitchie Mによるラフコンテ。

Mitchie M あ、そうですか(笑)。ほかの人がどんな感じでやっているのかはわからないですけど、自分的にはこれが普通かなと思っているんですよね。こちらの意図をできるだけわかりやすくお伝えしようと思って書くと、自然とああなってしまうというか。

白狼 いや、Mitchieさんは相当丁寧なほうですよ。トップクラスの丁寧さだと思います。すごくわかりやすいですし、イメージも膨らませやすい資料をいただけるので、僕としてはすごくありがたいです。

TSO 僕も同じですね。今までご一緒させていただいた方の中でも、Mitchieさんはぶっちぎりで丁寧かもしれない。めちゃくちゃ細かいというか、すごく作り込んだ設定を毎回コンテに落としてくれるので、こちらとしても動画を作りやすいです。逆に「この状態から僕は何をすれば?」と思うくらい(笑)。

Mitchie M ほかのPさんの場合だと、どんなふうに依頼が来ることが多いんですか?

TSO 僕のところに来るもので言うと、大まかな設定だけが書かれたテキストが楽曲データと一緒に送られてきて、そこから自分でコンテを描いてイラストレーターさんに絵を発注するパターンが多いですかね。

──僕の勝手なイメージもそういう感じでした。ボカロPさんはあくまで音楽の専門家だから、「音楽以外は基本やらない」という人が多いのかなと。

Mitchie M 一般的にはそうだと思いますよ。

──Mitchieさんの場合はただ曲を作るだけじゃなく、「それをどう届けるか」みたいなところまでトータルでプロデュースしたい思いが強いんですね。

Mitchie M そうですね。ボカロというもの自体が音楽だけじゃなくて映像やイラストも含めてトータルで表現されるジャンルなので、音楽だけで考えているとどうしても限界があるんです。なので、音も絵も映像もすべてを頭の中で考えて作っている感じですね。

──「絵師さんや動画師さんとのコラボレーションでどんな化学反応が起こるか」を期待するというよりは、頭の中にある理想に近付けるために各分野の専門家に力を貸してもらっているイメージ?

Mitchie M そうです。商業案件とかになるとその指揮を執るのが自分ではなくなるので、動画は完全お任せになったりもするんですけど、自分で好きに作れるものに関しては、自分でできるところはなるべく全部やりたいなと思っています。

不良といえばロカビリー

──では楽曲について伺います。今回の「少女Aに夜露死苦」では、ミクが不良少女になっていくヤンキーマンガ的な物語が描かれていますが、そもそも“不良少女”というテーマはどこから出てきたんですか?

Mitchie M 楽曲は毎回テーマを決めて作っているんですけども……例えば以前TSOさんとはプロレスを題材にした「リングの熾天使」という曲を作りましたし、白狼さんには「暗殺プリンセス」で暗殺者・初音ミクを描いてもらったりしていて。今回も同じような流れではあるんですが、ミクたちのキャラクター性を生かせる題材を考えていたときに「不良少女って面白いんじゃないかな」と思って。ヤンキー文化ってすごく独特のものがあって、「夜露死苦」とか「仏恥義理」のような面白い言葉を使ったりとか、特攻服などのファッションも面白いですし。

──プロレスや暗殺者もそうですけど、一般的なミクのイメージとはかけ離れたところを表現したいという思いが強いんですか?

Mitchie M それはありますね。初音ミクも登場から15年くらい経って、すっかりかわいいイメージが定着しちゃって。周りを見渡してもミク楽曲はかわいい系ばっかりなので、「せっかく自分が作るならちょっと変わったものを出したい」という気持ちは、特に今回は強かったと思います。

TSO 先ほどMitchieさんがおっしゃった通り、僕は以前プロレスの曲でご一緒させていただいているんですけど、その次にアイドルものもやらせてもらっているんですよ。その次がヤンキーだったから、「ああ、なるほどな」と(笑)。

Mitchie M (笑)。

TSO 今度はこういう感じで来るのかと。企画書を見ても「よくこれだけヤンキーのことを調べたな」と思いましたし……それは毎回そうなんですけど(笑)。プロレスのときも同じことを思ったし、Mitchieさんはすごく“面白さ”と向き合う姿勢が真摯なんですよね。

白狼 僕としては、ものすごくイメージの湧きやすいコンセプトであり楽曲だなと感じました。普段の仕事ではまず手元でラフスケッチを描いてからパソコンに取り込んで清書していくパターンが多いんですけど、この曲の場合はあまりにもいろんなイメージが湧くもんだから、最初からバーッとパソコン上で全部やっちゃったんですよ。最初に曲を聴いた瞬間からもう惚れ込んでしまったというか、「すごいな」という感じでしたね。

TSO それで言うと、僕は白狼さんのイラストからもすごく刺激されましたよ。赤いツインテールとか見事なデザインだなと感じましたし、見たことのないミクがそこにいたので、イラストが上がってくるたびにテンションが上がっていました。眼福というか(笑)。

白狼がデザインした魅紅。

白狼がデザインした魅紅。

白狼 ありがとうございます。その「自由の女神のトーチ型をした髪飾りから炎が出ているイメージ」というアイデアが浮かんだときは「勝ったな」と思いました(笑)。

TSO あははは。白狼さんの絵が素晴らしすぎたことで、「現状のコンテのままだと、せっかくの表情豊かな手の表現とかが隠れてしまう」と思ってレイアウトを変えさせてもらったりもしているんですよ。

──また、曲調としてはロカビリーをベースにしたものになっています。これは単なる個人的な感想なんですが、企画書の中に「不良少女といえばロカビリーなので」という記述を見つけて爆笑したんですよ。すごい偏見と確信に満ちていて最高の一文だなと。

Mitchie M はははは。今の若い子はロカビリーなんてあんまり知らないんじゃないかとは思ったんですけど、僕のイメージでは不良といえばロカビリーなんですよね。

──ちなみに、そのイメージってどこに起因するものなんですか?

Mitchie M たぶん、チェッカーズの……。

──あ、やっぱり! 「俺たちのロカビリーナイト」ですよね。

Mitchie M そうですね(笑)。

──もしかしたらそうなんじゃないかと思っていたんです。「吹かして恐れぶっ飛ばせ」の3連フレーズとか、あの曲へのオマージュなのかな?みたいな。

Mitchie M なるほど……言われてみれば、頭の中にはあったかもしれないです。意識的な引用ではないですけど。

創作ストーリーの可能性

──作曲自体はスムーズでしたか?

Mitchie M いや、ストーリーを考えなければいけないので……曲ができただけの段階では、まだただの音ですから。物語をどう組み合わせるかという部分はすごく苦労しました。

──展開的にもけっこう凝ってますしね。時間軸がフラッシュバックするような構成だったり、「ここがこうつながるんだ?」という驚きも仕掛けられたりしていて。

Mitchie M そう言っていただけるとうれしいです。最初にサビでラストシーンを描いていて、平歌は過去からだんだんサビの時間軸に近付いていく作りになっているんですけど、たぶんこれまでにボカロでそういうストーリー構成をした曲はなかったと思います。そういう意味では新しいことをやれたかなという気持ちはありますね。まあ、視聴者はそこまで気にしていないかもしれませんが(笑)。

──ストーリー系の楽曲を作るのが難しいというのは僕らのような素人でも容易に想像できることなので、Mitchieさんがそういう曲を出してくれるのは皆さんうれしいんじゃないかと思いますけどね。

Mitchie M こういう創作ストーリー系の楽曲って、昔はボカロ界隈にけっこうあったんですけど、最近は少なくなってきているんですよ。特に海外では今そういう音楽がないみたいで、日本にしかないんです。物語性を求めてボーカロイドを聴いている海外の方も多いから、僕以外のストーリー系をやっているPさんも海外のファンが多かったりしますし、世界に楽曲を広めていこうと思ったら創作ストーリーっていいジャンルなんじゃないかと思いますね。もちろん作るのは大変で、普通に曲を作るよりも倍以上の時間がかかるんですけど、できる限り今後もチャレンジしていきたいと思っています。

──それって、ちょっと不思議なことでもありますよね。歌というものは本来、例えば吟遊詩人がいた時代には物語を伝えるためのものだったはずなのに。

Mitchie M そうなんですよね。たぶん、どんどん音楽が“消費されるもの”になってきた過程で、作るのに手間がかかるものではあるから、少しずつそういった曲が淘汰されてきたのかなと思います。逆に言えばやっている人が少ないから、今はそこに可能性があるとも言えるわけですけど。

──なるほど。

Mitchie M それとボカロ音楽というものの性質上、そこにすごくハマりやすいというのもありますね。ボカロの世界には初音ミクや巡音ルカのように馴染みのあるキャラクターがすでにたくさんいるので、いきなり何もないところからオリジナルキャラクターを生み出して創作ストーリーをやるよりも、視聴者が物語世界に入っていきやすい。ボーカロイドキャラクターを使って創作ストーリーを作るというのは、すごく相性がいいやり方だなと思っていますね。

──手塚治虫先生の“スターシステム”に近い考え方ですよね。「この作品でのヒゲオヤジはこういう役どころだけど、こっちの作品では全然違う役柄が与えられている」みたいな。

Mitchie M おっしゃる通りですね。観る人の中にキャラクターのイメージが最初からあると、すごく入りやすい。