ナタリー PowerPush - Mitchie M feat. 初音ミク
無類のポップセンスと神調教が生み出した“偉大なアイドル”アルバム
作ってるときは「楽しもう」なんて考えていられない
──一方、ボーカルについては一目瞭然。ニコ動上のすべての動画に「神調教」のタグが付いている通り、ものすごくリアルな調声技術こそがMitchie M楽曲の最大の特徴であることに誰も異論はないと思うんですけど、最初から調声にはこだわろうと考えていたんですか?
もともと初音ミクを使い始めたのが「どのくらいリアルに歌わせられるんだろう?」っていう疑問の答えを探るためだったので、最初から声にはこだわるつもりでした。
──それにしてもある意味異様ともいえる技術力だと思うんですよ。英語非対応のミクに英語も歌わせている。LやRやTHをきちんと発音させるにはソフトを使いこなすための技術だけじゃなくて、音韻論や音声学の知識も必要だと思うんですけど。
普段仕事でミキシングとか、そういう作業の中で周波数の出方などを調べなければいけない場面があるんです。そこでどの周波数が声のどの部分に影響を与えているのかとか、音声学的な知識も現場で勉強させてもらった感じですね。
──1曲作るのにどのくらいかかるものなんですか?
トラック自体は作詞作曲含めて1週間くらいでできるんですけど、そこから先、調声作業だけで2~3週間かかったり、そのあとミックスに少し時間がかかるので、結局1カ月くらいかかることはよくあります。
──だからか、ほかのボカロPに比べるとけっこうマイペースでリリースなさってるイメージがあります。
そうですね。最初にヒットしたのが「FREELY TOMORROW」だったのでクオリティを落とすわけにはいかないっていうのもありますし。
──あっ、ご自分でもそういう感覚ってあります? 「ハードル上げちゃったなあ、オレ」って。
もちろんあります(笑)。だから曲を完成させて皆さんに聴いてもらえる段階になったらすごく楽しみではあるんですけど、作ってるときは「楽しもう」なんて考えていられないっていうのが正直なところですね。
ボカロナンバーは音楽的に正当に評価されているのか?
──Mitchie Mさんにとって「初音ミク」ってどういう存在なんですか?
存在ですか? うーん……。
──調声にすごくこだわるのはミクを1つの人格、リアルなアーティストとして見ているからなのか? それともただの合成音声として見ていて、ピアノの音をキレイに響かせたいと思うのと同じように、よりキレイに発音させたいと思っているだけなのか。Mitchie Mさんの作るミクの声を聴いていると不思議な気持ちになるんです。
なるほど。やっぱり1人のアーティストとして見てますね。僕自身、人間のアーティストと張り合えるような歌声にしようと目標を掲げて曲を作っていますし。初音ミクというキャラクターを生かせるような声を作りたいなと常に心がけながら調声をがんばってる感じなんです。
──では「Mitchie Mの考える初音ミクというキャラクター」とは?
これだけネットで話題を集めているわけですから、日本を代表するアーティストになれるキャラクターだとは思ってますし、なってもらいたいな、と思ってます。
──「なってもらいたいな」ということはまだ日本代表にはなれていない?
まだネットでの盛り上がりがメインなのかな、という印象があるし、まだまだ可能性は秘めているというところからも、これからじゃないかなと思います。
──それはそれで意外な感じがします。今や初音ミクって一般メディアでも「クールジャパンのアイコン」「日本のカワイイカルチャーの代表選手」的な扱われ方をされがちですよね。
そうですね。キャラクターとしてはその通りだと思います。でも音楽的にはまだそんなに評価されていないと思うんですよ。今でもいろんなPさんがすごくいい曲をいっぱい書いてるんだけど、キャラクターのほうが先行している状態なのかな、と。一般層を含めたところで音楽的に正当に評価されているとはあまり思えていなくて。
──その状況に風穴を開けてやる、っていうお気持ちは?
微力ながらできる限り(笑)。きちんと初音ミクが評価される音楽を作りたいなと思って、毎回作っています。
初音ミク「グレイテスト・アイドル」
──「Mitchie Mが」ではなく「初音ミクが」評価される音楽なんですか?
そうですね。今回アルバムをCDという形で出す理由の中には、普段ボカロを聴かない人にどれだけミクの声を聴いてもらえるか。そこに訴えかけてみたいっていう気持ちもありました。
──その初音ミク>Mitchie Mっていう意識って詞にも表れてます? というのもMitchie Mさんの詞ってけっして「オレの主張を聞け」というものではない。アルバムタイトル通り「グレイテスト・アイドル」である初音ミクにMitchie Mという人が詞を提供している感じがして。
そうかもしれませんね。もちろん自分の考えが反映されている部分っていうのもあって。例えばニコニコ動画に上がっているボカロ曲の中には内向的なことを歌っているものも多いと思うんですけど、僕は違う方向性で作りたいタイプなんだと思います(笑)。
──ニコ動のボカロカテゴリ視聴者のボリュームゾーンだろう年若い子たちがちょっと耽美的だったり、言ってしまえば中二病的だったりするメッセージにハマる気持ちはわかりますけどね。
それは確かにわかるんです。誰でもそういう時期はあると思うので。ただ、若い人にはもうちょっと前向きなものを聴いてもらいたいなっていう思いがあって。なので自分の歌詞にはポジティブな要素をできるだけ入れるようにしてるんですが、その言葉っていうのは僕の個人的なものではなく、先ほどおっしゃっていたように、アーティストである初音ミクが歌うための言葉を選ぶようにしてるんです。だからこのアルバムもあくまで初音ミクが歌う曲が収録された作品。実際のクレジットは「Mitchie M feat.初音ミク『グレイテスト・アイドル』」ってなってますけど「初音ミク『グレイテスト・アイドル』」でもよかったとすら思ってますから(笑)。
- ニューアルバム「グレイテスト・アイドル」 / 2013年11月6日発売 / Sony Music Direct
- 初回限定盤 [CD+DVD] 4095円 / MHCL-2373~5
- 通常盤 [CD+DVD] 3150円 / MHCL-2376~7
CD収録曲
- FREELY TOMORROW
- アゲアゲアゲイン
- 愛Dee
- ビバハピ
- Bye Bye Blue Memory
- Aizu~会津~
- イージーデンス
- 悲しみは愛情のように
- 短気呑気男子
- アイドルを咲かせ
- Believe(ver.HD)
- シティー・ボーイ
- Birthday Song for ミク
初回限定盤DVD収録内容
- FREELY TOMORROW(by yama_ko)
- イージーデンス(by ライクーP)
- 愛Dee(by yama_ko)
- Birthday Song for ミク(by llcheesell)
- アイドルを咲かせ(by Gたま(ネコ系))
- ビバハピ(by cort & THORU MiTSUHASHi)
- アゲアゲアゲイン(by TOHRU MiTSUHASHi)
- FREELY TOMORROW(Project DIVA ver.)(by SEGA)
通常盤DVD収録内容
- 愛Dee(by yama_ko)
- Birthday Song for ミク(by llcheesell)
- アイドルを咲かせ(by Gたま(ネコ系))
- ビバハピ(by cort & THORU MiTSUHASHi)
- アゲアゲアゲイン(by cort & THORU MiTSUHASHi)
Mitchie M(みっちーえむ)
ニコニコ動画を中心に活躍するボカロP。高校時代よりバンド活動を始め、大学時代にはDTMでの音楽制作をスタート。大学卒業後、フリーの作曲家、エンジニアとして活動を開始する。2011年7月にニコニコ動画に投稿した「FREELY TOMORROW」がわずか20日で100万再生を達成し、以来、日本の古きよき歌謡曲にも連なる和モノのメロディと黒人音楽的グルーヴ、ラップすらも巧みにフローし、息づかいさえ感じさせるリアルな初音ミクの調声技術が評価を集め、「ビバハピ」「イージーデンス」「愛Dee」など多くのヒット曲を生み出す。2013年11月にはメジャー1stアルバム「グレイテスト・アイドル」をリリース。その楽曲群はもちろん、「新世紀エヴァンゲリオン」シリーズなどのキャラクターデザインで知られる貞本義行が描く初音ミクをあしらったジャケットデザインも大きな話題を集めている。