May J.が「求められている姿」から脱却、新アルバム「Silver Lining」で伝えたかったこと

デビュー15周年を迎えたタイミングで篠田ミル(yahyel)をプロデューサーに迎えた新プロジェクトを始動させ、5月から「Rebellious」「Can't Breathe」「DRAMA QUEEN」「Love & Hate」を連続配信してきたMay J.が、各シングル曲も収めたフルアルバム「Silver Lining」をリリースした。

実に4年ぶりのオリジナルアルバムとなる「Silver Lining」では、篠田の手によるエレクトロやオルタナティブR&B調のサウンドに乗せ、May J.が心の内側や本当の自分を包み隠さず表現している。そのコンセプトに合わせ、歌唱法もこれまでとは大きく変化させたこの作品では、殻を脱ぎ捨て大きな飛躍を遂げた“新しいMay J.”に出会うことができる。彼女はどのような思いでこのアルバムの制作に挑んだのか、そして渾身の作品が完成し、今はどんな心境なのか。

取材・文 / 内本順一撮影 / 星野耕作

1曲1曲、子供を育てるような気持ちで作りました

──ニューアルバム「Silver Lining」を聴いて驚きました。多くの人が抱いているこれまでのMay J.像を覆す作品だと思ったのですが、完成したものを改めてご自身で聴いてみていかがでした?

いやあ、もう大好きすぎて。こんなにも自分が気に入るアルバムが作れたことが本当にうれしいです。

──もちろん、どのアルバムも手応えを感じながら作っていたと思いますけど、今回は……。

また違う感じでしたね。全曲の作詞作曲を自分で手がけたことで、完成度と満足度がすごく高いものになった。1曲1曲、子供を育てるような気持ちで作ったので、どの曲も大好きだし、曲順もこれでよかったなと思います。

──やれることはすべてやりきった。

はい。1曲の制作にかけた時間がこれまでとは比べものにならないくらい長かったんですよ。ある程度できたところで1回寝かせて、また作り始めたりもして。長いものだと3、4カ月かけて仕上げました。メロディはすぐに思いつくんですけど、歌詞が大変でしたね。書きたいことはいっぱいあるんですよ。その内容をより明確に伝えるには、どういう言葉を使えばいいか……という部分に時間をかけました。それにわかりやすさだけじゃなく、アートっぽい雰囲気も出したかった。今までの曲はわかりやすい内容を重視していたんですけど、今回は聴いた人がちょっと考えさせられるリリックにしたかったんです。例えば「Rebellious」という曲は「行き先のないスケルツォ」というフレーズで始まるのですが、「それってどういう意味だろう?」とリスナーが知りたくなるような言葉をあえて入れてみたり。

May J.

May J.

──わかりやすい言葉に直すのではなく、あえて引っかかる言葉を選んでみたりしたと。

そう、あえてですね。それとライミングも、意味を伝えながら音の響きをキレイにできるようこだわりました。

──その結果、これまでの作品に比べて格段にアーティスティックなアルバムになりましたが、かと言って難解だったり抽象的だというわけではなく。メッセージは明確だし、ポップさも失われていない。アートとポップのバランスが絶妙でした。

ありがとうございます。よかった。たぶん私は意識しないで普通に作っていたら、すごくポップなものが出てくるタイプだと思うんですが、それを今回プロデューサーの(篠田)ミルくんがアート性の高いほうに導いてくれて、うまくバランスがとれたのかもしれない。「こういうことを私はやりたかったんだよ」という気持ちを、ミルくんが上手にくすぐってくれました(笑)。

本当にこんな活動がしたかったんだっけ……

──オリジナルアルバムは2017年発表の「Futuristic」以来、約4年ぶりになるんですね。

そうですね。少なくとも年に1枚はなんらかのアルバムを出すという時期もありましたが、オリジナルアルバムとなると確かに4年ぶり。それだけ空くといろんなことが起きて、人間としての変化もたくさんありました。ある意味、デビューアルバムを出す気持ちに近かったかもしれないです。

──「人間としての変化」は何か、もう少し具体的に言えますか?

いっぱいありすぎて「これ!」と明確には言えないですけど、20代から30代になったこともそうだし、人との向き合い方も変わりましたね。1人の人間として、少しは大人になった……と思いたい(笑)。この4年間で自分をもっと知ることができた気がします。今までは駆け足で活動してきたので、インプットする時間が足りなかった。とにかくアウトプットし続けているような状況で。それがコロナ禍に入って、さまざまな活動が止まったときに「あれ? 私は本当にこういうことをしたかったんだっけ?」と疑問を感じたんです。それまで当たり前に行ってきたことに対して、「なぜそれをやっていたのか」と自分に問いかけてみたら、「これからはもっと自分のために活動してもいいんじゃないか」という気持ちになったんですね。

──それまで、自分のための音楽活動をしてこなかったということに気付いた。

目の前にあることを1つひとつ大事に、しっかり取り組んできたのは確かなんです。それによって得るものがたくさんあって成長もできました。でも中には勢いに任せていたところもあったんですよね。そこで1回立ち止まってみたことで、「私はたぶん、これがやりたいんだろうな」「こっちのほうが向いているんだろうな」といったように、自分の気持ちを整理することができた。もちろん勢いで進むことも大事だと思いますが、人には1回立ち止まる時間も必要なんですよね。

May J.

May J.

──「Futuristic」リリース後には「Cinema Song Covers」「平成ラブソングカバーズ」とカバーアルバムを続けて発表していますが、その時期も「これから私はどういう方向に進みたいんだろう」と模索していたんですか?

いや、カバー作品はオリジナルアルバムとは別物だと考えているので、その時期はまったく迷わなかったんです。今後もカバー作品は作り続けたいですし。「Silver Lining」はデビュー15周年を踏まえ、今までと違うことに挑戦したくて。例えば今回は自宅でのレコーディングも行ったのですが、以前から「家で録音できたらいいな」と思って、機材をちょっとずつ買っていたんですよ。だけど時間も心も余裕がなくて、ほったらかしにしていたら、コロナ禍で時間ができたタイミングで「しっかり挑戦してみよう」という気持ちになったんです。運よくミルくんにも出会えて、そこで一気にエンジンがかかった感じでした。

「自分のために音楽を作っていいのか?」その悩みに篠田ミルはこう答えた

──「Silver Lining」の資料には「May J.に求められているのはこういうものだって、自分なりの物差しで判断していたものが積み重なって、自分の中で“みんなに求められているMay J.像”が固まってしまった。そこに変にこだわっていたら、本当の自分がわからなくなってしまって」というコメントが書かれていました。「みんなに求められているMay J.像」とはなんだったのか、言葉にできますか?

あらゆる年代の人たちが安心して聴ける、普遍的な楽曲を歌うシンガー……という姿ですね。それは軸としてずっとあったし、今もなくなったわけではないんですよ。だけど自分はそれだけじゃないし、今まで見せていなかった側面をもっと出してもいいんじゃないかと思って。

──May J.さんはR&Bシンガーとしてデビューしたあと、数多くの楽曲をカバーするようになり、“カバーの女王”として知名度を上げていきました。その点についても「私はそれだけじゃないのに」という気持ちがあったんでしょうか?

“カバーの女王”と呼んでもらえることって、私の名前を知ってもらうきっかけにもなるから、「嫌だと言えるような身分じゃないだろう」みたいな気持ちはあったんです。だけど正直、苦しさもありました。それを求められているのなら応えたかったけど、カバー曲ばかり注目されてオリジナル曲に興味を持ってもらえない、というマイナス面があるんですよね。「May J.=カバーソングの人でしょ」って。ライブでもオリジナル曲を聴きたい人と、「レット・イット・ゴー~ありのままで~」(映画「アナと雪の女王」の主題歌)で私を知って、それを聴くのを楽しみにしている人、両方いるのがはっきりわかるんです。だから全部オリジナル曲だと「がっかりさせちゃうだろうな」という責任感はずっと抱えていました。

──ファンが求めるものに応えなきゃいけない責任感が大きくなりすぎていた。

ええ。でも「Silver Lining」の制作を進めていくうち、「もっと自分のために歌ってもいいんじゃないか」と思うようになりました。

May J.

May J.

──そこから殻を打ち破り、「もっと自我を出そう」「今まで見せていなかった自分もオープンにしよう」とスイッチが入ったのは、どの段階だったんですか?

今年配信シングルを連続リリースしたのですが、1曲目「Rebellious」を作っているときはそこまで考えていなかったですね。この頃は聴く人のことを思い浮かべて歌詞を書いていたけど、4曲目「Love & Hate」ではその意識がまったくなくなり、本当に自分のやりたいままに作ったので、少し不安になったんです。そこでミルくんに「ここまで自分の好きなように作ったのは初めてなんだよね。ファンは戸惑ってないかな。大丈夫かな」と相談したら、「大丈夫です。それでいいんです」「今のアーティストはみんな自分のために曲を書いています。それがリスナーにも響くんです。だから『自分のために書いた』と堂々と言ってください」とアドバイスしてくれて。ミルくんのその言葉のおかげで、自分のための音楽を制作していいことに気付きました。

──ミルさんとの作業は初めからうまくいきましたか?

1曲目「Rebellious」からスムーズに曲が作れましたね。ミルくんの制作したトラックが完全に私好みで、メロディがすぐ浮かんできました。その時点で「相性がいいんだな」とわかりましたし、彼の分析力がまたすごくて。制作前に私の好きな音楽をまとめたプレイリストを渡して、どんな曲を作りたいのか話したのですが、ミルくんはそれを全部汲み取って曲にしてくれました。素晴らしいプロデュース力だと思います。

──言葉ではどんなイメージを伝えたんでしょうか?

「ダークなものをやりたい」と言いましたね。

──これまでの作品にダークな曲がまったくなかったわけではないけど、ポジティブな雰囲気の曲のほうが圧倒的に多かったですもんね。

さらに言えば、これまでに発表した悲しいムードの曲は、必ず最後に「光が見える」という部分に落とし込んでいたので。光が見えないままの曲は今回が初めてでした。ずっと溜め込んできた思いを詰め込みたかったし、それをきれいごとにはしたくなくて。無理やり「がんばる!」という方向に持っていくのは違うなと。