松尾太陽|ソロデビュー作に刻まれた 1人の“うたうたい”が歌う理由

ぎゅっと思いが凝縮された作品に

──ではここからは「うたうたい」のお話を。初めてソロで作品を作るとなったとき、太陽さんが描いた「こういう作品にしたい」というイメージはどういったものだったんでしょう?

ミニアルバムなので、フルアルバムより少ない曲数でもぎゅっと思いが凝縮された作品にしたいなと思っていましたし、幅広い年齢層の方に手に取ってもらえるような聴き応えのある作品を目指したいなと思っていました。

──今作には「City pops」というテーマがありますが、太陽さんはソロライブをやられるときにシュガー・ベイブやはっぴいえんどの曲を歌ったりと、ご自身が生まれる前……1970~80年代のポップス好きを公言されていますよね。そういった音楽には、いつ頃から親しみがあったんですか?

松尾太陽

物心ついたときから家の中で少し懐かしい音楽が流れていました。母は歌がすごく好きなので、しょっちゅうカラオケにも行っていました。親が歌っている曲を聴いて「これは誰?」って尋ねると、自分の知らないアーティストさんの名前ばかり出てきて(笑)。そうやって身近にある音楽だったから、知らず知らずのうちに自分にとって心地いいものになっていたんだと思います。ソロライブで披露する曲には、そういった僕の好みがすごく反映されていますね。

──特に好きなアーティストを挙げるなら?

桑田佳祐さん、山下達郎さん、久保田利伸さん……好きなアーティストさんの曲は、まずベストアルバムから買って、家でたくさん聴いていましたね。

──以前の取材で、実家にはレコードプレイヤーもあるとおっしゃっていましたよね?

そうなんですよ。ラッツ&スターのレコードとかがありました。僕らの世代はMDがポピュラーだったけど、実家にはレコードやカセットもあったから、そういったもので聴くことも多かったです。小学生の頃はマイクを持って、カセットプレイヤーの録音機能で自分の歌を曲に上乗せするのも好きでした(笑)。サザンオールスターズさんの曲でよくやっていましたね。

──山下達郎さんやはっぴいえんどの歌に出会ったのも、親御さんがきっかけだったんですか?

いや、それは親の影響ではないんです。僕、中学生の頃、CDショップで中古のCDを探すのにハマっていたんですよ。そんなときに山下達郎さんの「愛してるって言えなくたって」を買って、カップリングに入っていた「高気圧ガール」のライブバージョンを聴いて達郎さんが大好きになりました。はっぴいえんどやナイアガラ・トライアングルを聴くようになったのも当時の中古CD探しがきっかけですね。

──「うたうたい」に収録されている多様なアーティスト、クリエイターさんからの提供曲は、それぞれの方がイメージするシティポップだったり“太陽さん像”を表現されているのかなと思ったのですが、ひとくくりにはできない多彩な楽曲がそろっていますよね。

そうですね。

──その多彩な曲を表現されるうえで、太陽さん、1曲1曲かなり歌い方を変えていますよね?

はい、そこは意識して変えました。というのも今回、それぞれのアーティストさんの特徴的な要素を50%、自分らしさを50%というハイブリッドで歌って曲を表現することを目指していたんです。だから、僕の歌の聞こえ方は1曲1曲違うんじゃないかなと思います。

前から面識あったやんな?

──1曲目には大塚愛さんが作詞作曲を手がけた「mellow.P」が収録されます。大塚さんは「太陽くんってこんな人なのかな」とイメージしながらこの曲を書いたとコメントされていますが。実際太陽さんはどう感じましたか?

「前から面識あったやんな?」というくらい(笑)、考察力、観察力が長けてらっしゃる方だなと思いました。

──特にどんなところにそれを感じました?

松尾太陽

Aメロに凝縮されている気がします。僕、歌詞を書いたりするときによく空や気候をイメージするんですけど、まず冒頭に「月」という言葉が出てくるんですよ。あとは猫が出てくるのもそうですね。僕、猫好きなので。

──サビの「誰もが秘密にしてる開かずの扉 僕は開けていい? 触れてもいい? 知ってどうなる?」というフレーズも、太陽さんをイメージできるなと思いました。すごく慎重派な感じが。

そうですね、わかります(笑)。なんて言うんだろう、「mellow.P」の歌詞の世界観はどこか幻想的で、浮世離れした自分になれる感覚もあって。こういうふうに書いていただけたことへの喜びがすごくあります。僕自身、アブノーマルなタイプの曲が好きだったりするので……それは超特急での音楽活動を通してそうなったんだと思うんですけど(笑)。

──では、この曲を太陽さんはどう表現しようと歌入れに臨みましたか?

ポップな曲でもあるけど、曲名にあるようにメロウな気持ちや歌い方は大事だろうなと思って。初めに歌ったときはポップな歌い方をしてみたものの違和感を感じたから、次に気だるく、ゆったりとしたイメージで歌ってみたら、それが自分の中でマッチした感覚がありました。

──大塚さんは楽曲提供のほかに、コーラスも担当されています。太陽さんの声と女声のデュエットは新鮮でしたが、女性の声ともすごくマッチするんだなという発見がありました。

僕も純粋にいいなと思いましたし、自分の歌の幅が広がったと思えました。男女の声が入ることによってそれぞれの物語が浮き出てくる感じもしますし、表の自分と裏の自分みたいな感じもする。曲の捉え方の幅がすごく広がりますよね。

この曲しか考えられない!

──2曲目の「The Brand New Way」は純度の高い、正統派のシティポップという感じで。晴れ渡る空が思い浮かぶような、清々しい印象の曲ですね。

松尾太陽

そうなんです。堂島孝平さんが作ってくださった曲の世界観が、まさに自分が好きなポップスの雰囲気で。ドライブとかで聴きたくなりますよね。最初に聴いたとき、青空の下で手を広げて歌っているようなイメージがはっきりと浮かびました。

──そして何より、太陽さんの歌い方に先人たちへのリスペクトというか……太陽さんの中の“達郎魂”みたいなものを感じたのですが。

はい、まさにそういったイメージでした。「うたうたい」という作品は僕自身のルーツが大きなテーマになっているから、どこかで自分の好きなアーティストさんや作品へのリスペクトを表すような歌い方をしたいという思いが制作当初からあったんです。「The Brand New Way」をレコーディングしたのはほかの曲がだいたい録り終わったくらいの追い込みのタイミングだったんですけど、曲を聴いた瞬間に「この曲しか考えられない!」と思いました。絶対にこの曲でシティポップへのリスペクトを表現しようって。ホントに、これまでとは違った楽しさがありましたね。

──作曲の堂島さんや作詞の浅田信一さんとは、制作中にやりとりはあったんですか?

直接はお会いできなかったんですが、僕のレコーディングが終わったあとにも「サビに追加のコーラスを入れましょう」といったようなリクエストをいただいたりして。これはあくまで僕の予測なんですけど、自分の歌を聴いて、さらに「こうしたい」と思ってくださったのならば、すごくうれしいなと思います。歌詞もレコーディングする直前まで粘ってくださって……本当に感謝だなと思います。

──太陽さんが楽しんで歌っているのは豊かな歌声から感じ取れました。ご自身の手応えはどうですか?

すごく好きです、本当に。目を閉じたら曲の中の景色がきれいに思い浮かびますし、小説を読んでいるかのような曲だなと思います。「真夏の桟橋」や「水面のキャンバス」みたいな、ロマンティックだけど誰もがイメージを広げられる言葉選びも本当に素敵です。

太陽が味方だって思ってますから

──3曲目には「掌」という太陽さん作詞作曲の楽曲が収録されていますが、この曲の原曲は去年の「Utautai」で披露されていましたよね?

そうですね。歌詞を変えて生まれ変わらせた感じです。去年の「Utautai」ではそのときの気持ちをリアルに歌いたかったけれど、今回はミニアルバムの中での見せ方を追求させて。でもメロディはそのままにしたかったんです。というのは、今までの自分の歩みや、「Utautai」のステージでやったことをまったくの無にしたくないという気持ちがあって。

──「Utautai」で歌っていた曲は他者へ向けた歌という感じで、MCでもこの曲について「身近にいる大事な人へ」とおっしゃっていた記憶があるんですけど、「掌」には太陽さん自身のことを歌っているのかなと思える描写があるのが印象的でした。今回の歌詞は、どのように書き進めていかれたんでしょうか。

松尾太陽

「掌」の歌詞は、自粛期間を経て生まれたものでもあるんです。自分は本当に前に進めているのかな?とか、このまま進んでいけばゴールは見えるのかな?とか……きっとたくさんの人が感じたことのある思いを書いているんですけど、少しだけ僕自身のことにも重ね合わせて、上京したときの描写や気持ちも入れ込んでみました。ただ全体としては、抱いた希望が儚く散ってしまいそうになるときがあるかもしれないけど、心の中にいる“もう1人の自分”が手を引っ張ってくれるはず。もう1人の自分が「大丈夫だよ」と助けてくれるから、自分の選択が間違いだと思わずに前を向いてほしいということを伝えたくて書き進めていきましたね。

──太陽さんから発信される言葉はいつも前向きで曇りがない印象だったので、「掌」の歌詞を見たときは新鮮な印象を受けました。赤裸々に気持ちを吐露するような表現は、普段あまりされないよなって。

確かにそうかもしれないです。最初、整えることを意識せずに歌詞を羅列してみたんですけど、それを見て僕自身も正直意外に感じました。でも、きっと同じ気持ちを抱いている人がいると思ったんですよね。そういう人のための応援歌にもなればいいなという思いもありました。

──一方で「冬空に冷えた手を 目線高くかざして 空色に染め上げた指先に 決意受け止める」という描写なんかは、ファンからするとすごく太陽さんらしさを感じられる部分ですよね。

実際に僕自身、よく空に手をかざしてみたりしますからね。冬の青空って決意が固まるというか、気持ちが引き締まる青空だなと思ったことがあったんですよ。夏の空と冬の空は同じ青なのに彩度や印象が違う。そんな冬の空に向かって手を伸ばしたとき、まだぼんやりしている自分の掌の輪郭を、いつか鮮やかな血潮で染め上げたいという気持ちが湧いてきたんです。歌詞のこの部分は、自分はまだ未完成な存在だと気付く瞬間ですね。

──それと、「太陽が味方だから」という歌詞はいろんな捉え方ができる歌詞ですよね。

そうですね。僕のことを味方だと思ってくれたらうれしいなと思いますし、空にある太陽も……雨が降っていようが雲がかかっていようが、どんな状況であってもそこに存在してくれている。どこを歩いていても、ずっと付いてきてくれるじゃないですか。

──自分が太陽さんの親御さんだったら、今の言葉を聞いて泣いてしまうと思います。

あはははは!(笑) いや、実際太陽が味方だって思ってますからね。そういった思いを反映させた部分でもあります。