「チョコがないと描けない」の影響

──成田さんは手塚治虫作品ではどれが一番好きなんですか？

成田　やっぱり「火の鳥」ですね。ロビタが好きすぎて着ぐるみを作ったこともあるくらい。あと作品自体ももちろん好きなんですけど、僕けっこう手塚先生のエピソードにものすごく影響を受けてて、そこが自分のコアな部分にあるかもしれないです。追い詰められたときにチョコレートを食べてる自分に気が付いて「ああ、これか！」と思ったり。

──手塚先生の「チョコがないと描けない」という発言が染み付いているんですね。そのほかにも手塚先生の伝説的なエピソードはいろんな方が証言しています。

手塚　最近もいっぱい出てますもんね、マンガになってたり。

成田　ああいう話はだいたい事実だと思ってていいんですか？

手塚　いろんな説がありますね。取材される方も高齢になって記憶が曖昧なところもあるので、都市伝説的にフィクションが混ざってきている気はします。もう本人がいないので否定もできないですけど。私自身も父の仕事上のエピソードを聞いて「そうだったんだ」って知ることが多くて、でもほかの人に聞いたら全然違ってたりもする。だから判断はなかなか難しいですね。

──成田さんが影響を受けたエピソードも事実じゃないかもしれない？

手塚　でもそれが支えになっているんだったらいいですけどね。いろんなところで手塚の生き様が役立ってるならありがたいです。

ゲリラ的オファーが共通点

──ところで手塚治虫生誕90周年を記念して、るみ子さんが関わっているコンピレーションアルバムがリリースされますね（参照：手塚治虫生誕90周年記念「火の鳥」コンピに浅井健一、ドレスコーズ、七尾旅人ら参加）。

手塚　私がミュージシャンの方とお仕事を始めるきっかけは、山下達郎さんの「アトムの子」なんです。手塚が亡くなって3年ほど経った頃だと思うんですけど、特にこちらから依頼したわけではなく、達郎さんがご自身の気持ちとして作ってリリースされたんですが、なぜあの達郎さんがうちの父を？と衝撃だったんです。それで、もしかしたらほかにも手塚をリスペクトしている、あるいは影響を受けているミュージシャンの方がいらっしゃるんじゃないかと思って、生誕70年のときにトリビュートアルバム（1998年リリース「ATOM KIDS Tribute to the KING "O.T."」）を作ったのが最初です。

成田　るみ子さんはやっぱり音楽の匂いがするんですよね。今回のコンピの参加アーティストもすごくいい感じだし。

手塚　私自身が「この人は手塚の世界観を理解してそれをサウンドで表現できるだろう」と思える方にオファーしているだけですけどね。だから仮に今すごくヒットしている方とかレコード会社的に入れやすいという方を薦められても、その点で「どうなんだろう？」と思ってしまう人には頼めないです。オファーするときもゲリラ的に楽屋とかで捕まえて声をかけたり。事務所やレコード会社の状況をお構いなしに声をかけてしまうこともありますね。

成田　わかります。僕も完全にそういう感じです（笑）。

楽屋がなくてもだいたいオッケー

──「夏の魔物」は楽屋がしょぼいとか、全体的にちゃんとしていないといった声を出演者から聞くこともあるんですが、そのあたりはいかがですか？

手塚　それ、なんかほかの方にも言われました。「夏の魔物」に出るって言ったら「え、大丈夫ですか？」ってすごく心配されて（笑）。

成田　今回は初めてホスピタリティちゃんとしてます。

手塚　初めてなんですね（笑）。でも私は昔から野外フェスとかレイヴとかに参加して過酷な状況には慣れているので、そのへんはどうにでも受け止められます。

──るみ子さんなら「夏の魔物」も存分に楽しめそうですね。

手塚　たぶんいろいろな方がそれぞれの手塚治虫観を持っていて、それを表現するときにミュージシャンは音楽で、小説家は小説で、お医者さんなら患者を治すことによって、自分が手塚から渡されたバトンを次に手渡していくんだろうなと思ってるんです。私は個人的に音楽が好きでしたから、音楽に近い場所で活動してきて、それが巡り巡って成田さんとの接点になった。それでまあ蓋を開けてみたらお互いの性格とかやってることで近い部分もいろいろあって、そういう意味でも楽しみですね。もし楽屋がなかったとしてもだいたいオッケーっていう人間なので（笑）。

成田　ありがとうございます。僕も楽しみにしてます。

手塚　ただ、何をやったらいいのかいまだに全然わからない（笑）。たぶん成田さんは娘である私を登場させることで、このフェスの原点にある手塚治虫をシンボリックに伝えたいという考えなんでしょうけど、観客の方が違和感を覚えないかどうか、そこはまだ若干不安です。手塚治虫と音楽の接点みたいなことをお話しできたらいいんですかね。