STUTS & 松たか子 with 3exes|多様性を前提とする物語とも共鳴したヒップホップ愛あふれる「大豆田とわ子と三人の元夫」主題歌「Presence」

物語に対応するリリック

──ドラマとのマッチングにおいて重要な歌詞の制作はどのように進められましたか?

最初の段階で、登場人物の設定資料集をいただいて、そこに物語の大枠が書かれていたので、物語の流れ、それぞれのキャラクターやその背景をインプットしたうえで、butajiさんには「主人公であるとわ子の心情を描きつつ、ドラマを知らない方も楽しめる歌詞になったらいいですね」とお伝えしました。そして、送られてきた歌詞、その言葉の響きをビートやグルーヴに合わせて微調整していきました。ラッパーさんとのやり取りも同じような進め方だったんですけど、FRESINOくんだったら1話と6話、BIMくんだったら2話と7話だったり、それぞれのラッパーさんに対応する回があり、さらにプロデューサーの佐野さんの要望で入れてほしいキーワードがあったので、その回の脚本を読んでもらって、ドラマを知らない方にも楽しめるリリックを書いてもらいました。

──作品全体のテーマが歌詞に反映される通常のドラマ主題歌に対して、このプロジェクトは曲ごとに歌詞のテーマがピンポイントで掘り下げられていると。

そうですね。だから、例えば、KID FRESINOくんだったら、1stヴァースが1話目、2ndヴァースが6話目とリンクしているんですけど、トラックも1stヴァースと2ndヴァースでトラックに変化を付けていて、BIMくんをフィーチャーした「Presence II」の2ndヴァースでは僕がトラックを作ったBIMくんの「Veranda」のギターの音をサンプリングして使っていたり、「Presence III」はNENEさんの要望で四つ打ちにしたり、角田さんのラップにオートチューンをかけたり。かと思えば、Daichiくんの「Presence IV」は音を抜いてみたり、T-Pablowさんの「Presence V」は逆再生のエフェクトを加えたり、ラップに合わせてトラックに手を加えましたね。

松たか子の歌、元夫役3人のラップ

──ボーカルの録りに関して、ビートやグルーヴが立ったトラックで松たか子さんが歌うというのは今までにない試みですよね。

そこは今回の制作で一番考えたところですね。どうやったら自分のトラックで松さんにいい形で歌ってもらえるかなって。松さんは映画「アナと雪の女王」の主題歌「レット・イット・ゴー〜ありのままで〜」だったり、「明日、春が来たら」だったり、日本語をはっきり発声する歌が多いのかなって思っていたんですけど、ドラマ「カルテット」のエンディングテーマ「おとなの掟」(作詞作曲は椎名林檎)ではスムースな歌い方をされていたので、その流れを汲んだ歌い方でお願いしました。こちらからは「歌詞のこの部分はこういう歌い方でお願いします」という要望もお伝えしたんですけど、そのニュアンスを汲み取って、レコーディングのときに素晴らしい歌を入れてくださって。松さんの表現力の豊かさに感銘を受けましたね。

──音楽が専門ではない俳優陣によるラップはどう生かそうと考えられたんですか?

今回のオファーは本当に光栄なことだったんですけど、初めてお話を伺ったとき、俳優さんのラップを自分の音楽としてうまく成立させられるのかに不安があって。だから、各曲にフィーチャーしたラッパーさんに俳優さんのラップパートをディレクションしてもらったんですけど、トラックができあがっていない手探りの段階で、俳優さんが演じるキャラクターとラッパーさんのキャラクターの相性を考慮しながら、ラッパーさんの人選やフィーチャリングの組み合わせを考えたところもあるので、それがうまくハマってよかったなって。

──元夫役の東京03角田晃広さん、岡田将生さん、松田龍平さんのレコーディングはいかがでしたか?

角田さんは「ゴッドタン」の「マジ歌選手権」で歌われたり、バンドでライブもされたりしているのもあって、発声も音程も素晴らしかったですね。岡田さんはこれまで公の場でほとんど歌われていなかったと思うんですけど、蓋を開けてみたら、BIMくんが書いたリリックに対してリズム感が抜群でしたし、Daichi Yamamotoくんと組んだ松田さんは自然体な歌い方がレイドバックしたラップになっていたり。ラップって、声やキャラクターだったり、その人自身がそのまま出るし、それがそのまま表現の説得力になるんだなと再確認しましたね。

自分なりのヒップホップらしさにこだわったアルバム

──アルバムにはドラマでオンエアされた5曲に加え、未発表曲5曲が収録されていますが、1つの作品としてアルバムの内容をどう考えられましたか?

当初はオンエアされた5曲とリミックスからなる作品にする案もあったんですけど、自分が作品をリリースするにあたっては、通しで聴いてちゃんと楽しめる作品を出したいなという気持ちがあるので、1つの作品として仕上げようとあれこれ考えているうちにアルバムのサイズに発展していった感じですね。全員が参加した「Presence Remix」に関しては、この5人のラッパーがそろうことはそうそうないだろうなって。だから、早い段階から作ろうと考えていて、物語全体から感じたことや大切な存在をテーマに、新たなヴァースを書いてもらいました。特にT-PablowさんからDaichiくん、NENEさんからBIMくんのマイクリレーは今までにない交わり方をしていて、自分としても気に入ってるところですね。

──そして、3曲のインストゥルメンタルとbutajiさんバージョンの「Presence Reprise」もドラマ内では使われていないエクスクルーシブトラックですよね。

インストゥルメンタルのうち2曲、「Best Party of My Life」と「Shapes」は劇伴をサンプリングした主題歌の候補曲なんですよ。候補から漏れたものの、トラックの出来は気に入っていたので、アルバムのスキットとして収録したら、うまく生かせるんじゃないかなって。

──アルバムのつなぎを担うスキットは、ヒップホップのアルバムだと一般的というか、ヒップホップらしい発想ですもんね。

そうですね。そのスキットは自分なりのヒップホップらしさにこだわった部分だったりします。そして、「Presence Reprise」を歌うbutajiさんは、主題歌のメロディと歌詞の作者であると同時に普段はシンガーソングライターとして活動されている方なので、アルバムではbutajiさんヴァージョンも収録したくて。4月から制作に入ったんですけど、最初は同じトラックで歌ってもらおうと考えていたら、butajiさんからキーを上げたいという要望があったんです。ただ、キーを上げてしまうと仕上がりがいい感じにならない気がしたので、それだったらトラックをガッツリ変えてしまおうと。そこでビートが入っていない曲のアイデアを試してみたんですけど、butajiさんの新たなヴァースと歌声が松さんのバージョンとはまた違うこの曲の魅力を見せてくれる素晴らしいものになったと思います。

ドラマから感じた音楽に対する愛情

──ちなみに脚本家の坂元さんは松さんの「明日、春が来たら」を手がけ、大滝詠一さんの「幸福な結末」にも参加した作詞家でもありますが、楽曲の制作前後で坂元さんとはお会いになりましたか?

自分も制作にかかりっきりでしたし、坂元さんもオンエアの裏で脚本に取り組まれていたこともあって、実はまだお会いできていないんです。ただ、坂元さんの音楽に対する愛情は「カルテット」のときも強く感じましたし、今回、挿入歌の作詞も手がけられていて、その詞も本当に素敵でした。

──ラッパーの人選が体現しているヒップホップの多様性は、さまざまな生き方、考え方を肯定するドラマの内容とも共鳴するようにも思うんですけど、STUTSさんはドラマをご覧になっていかがですか?

多様性について、そこまで具体的に考えたことはなかったんですけど、言われてみれば確かにそうですね。ただ、その多様性を前面に押し出すというより、そういう考え方が根底に横たわっている前提で描かれているドラマという感じがします。台本を読ませていただいた段階からグッと引き込まれたんですけど、1話目を観たとき、配色をはじめ、映像の美しさだったり、劇伴であったり、あらゆる面でのこだわりを感じましたし、音楽面では劇伴の流れるタイミングや音量が絶妙で、こんなに素晴らしい作品の主題歌を作らせてもらって、本当に光栄だなと思います。