「マジカルミライ 2024」特集|柊マグネタイトがテーマソングに忍ばせた初音ミク愛と作り手へのメッセージ

初音ミクをはじめとするバーチャルシンガーの3DCGライブと、創作の楽しさを体感できる企画展を同時開催するイベント「初音ミク『マジカルミライ 2024』」が今年も開催中。そのTOKYO公演が8月30日から9月1日にかけて幕張メッセ国際展示場、OSAKA公演が10月12日から14日かけてインテックス大阪で行われる。

「マジカルミライ」では毎年人気ボカロPがテーマソングを制作することが恒例となっており、過去にはAyase、sasakure.UK、cosMo@暴走Pといったそうそうたる面々が楽曲を書き下ろしてきた。そして今年、テーマソング制作の大役を任されたのは柊マグネタイト。2020年9月に「或世界消失」を初投稿してから目覚ましい活躍を見せる新鋭だ。

音楽ナタリーでは「マジカルミライ 2024」のTOKYO公演、OSAKA公演に向けて柊マグネタイトにインタビュー。創作活動に欠かせない“相棒”である初音ミクへの思い、作り手たちに向けたメッセージも込めたテーマソング「アンテナ39」の制作エピソードを聞いた。

取材・文 / 倉嶌孝彦

個性と汎用性が同居した圧倒的にかわいいボカロ

──「マジカルミライ」のテーマソングのオファーがあったとき、率直にどう思いましたか?

理解できなかったですね。Xのタイムラインを眺めていると「来年の『マジカルミライ』のテーマソング担当は誰だろう」みたいな予想をたまに見かけるんですよ。それを見ながら僕も「次は誰なんだろうなあ」と考えていたら、クリプトンさんからのメールが届いて。そのメールに「マジカルミライのテーマソング」と書いてあったのですが、最初は見間違いなんじゃないかと思いました。まさか僕にテーマソング担当の依頼が来るとは考えてもいませんでしたから。何回か読み直して、ようやく理解できました。

柊マグネタイト

柊マグネタイト

──何か思いが込み上げるというより、予想外だったんですね。

はい。少し時間が経ってからようやく「うれしい」みたいな感情が湧いてきて。うれしい、というより「光栄です」という感覚に近かったかも。

──柊さんに声がかかった理由はなんだと思いますか?

なんだろう。初投稿のときから初音ミクに歌ってもらっていますし、「The VOCALOID Collection」(インターネットなどで活動するクリエイターやユーザー、企業などボカロに関わるすべての人が参加できるオンライン参加型イベント)のルーキーランキングで1位をとったときの「終焉逃避行」でも、「プロジェクトセカイ」(初音ミクを題材にしたリズム&アドベンチャーゲーム)への書き下ろし曲でも初音ミクが歌唱しているので、そういうところを見ていただいたのかもしれないですね。

──柊さんがデビューする頃にはCeVIO AIも含めて複数の合成音声ソフトがすでにリリースされていました。いろいろな選択肢がある中で、初投稿で初音ミクを選んだ理由は?

けっこういろいろ考えて、やっぱり最初は初音ミクだよなと思って。初音ミクに歌ってもらうことを最初に決めてから曲を作り始めました。初音ミクの声に合うメロディ、アレンジ、歌詞を突き詰めていった結果、完成したのが「或世界消失」というちょっと長めの曲で。

──「初音ミクの声に合う」曲作りをするうえで、初音ミクのボーカルに引っ張られた部分はどこですか?

けっこう早口で淡々と歌う部分が多いのは、初音ミクだからこそかもしれないですね。早口でペラペラ歌わせたいときは初音ミク、みたいな感覚が自分にはあります。

──柊さんはボーカロイドとしての初音ミクの特徴をどう捉えていますか?

難しい質問ですね。まず圧倒的にかわいいと思います。すごく個性的な声で、聴いたらすぐに「初音ミクのボーカルだ」とわかるのに、調声次第でボカロPの特色も出せる。個性的な部分と汎用的な部分が同居している、そのバランスが一番いい。ただ決して小さくまとまっているわけではなくて、やっぱり“かわいい”が中核にあるところが魅力だと思います。

“何かのアンサー”にしたくなかった

──「マジカルミライ」にはこれまで数多くの作家がテーマソングを提供してきました。

素晴らしい作家さんたちが楽曲を提供していますから、自分が曲を作るうえでその歴史は否が応でも意識せざるを得なかったですね。そもそもこれは僕にテーマソング担当のオファーがある前から考えていたことですが、2024年の「マジカルミライ」のテーマソングは個人的に“何かのアンサー”じゃないものがいいな、と思っていて。過去の何かに対するカウンターではなくて、手放しで「前向いて行こうぜ」「これからがんばっていこうぜ」という曲であってほしかった。結果的に自分がテーマソングを作ることになったときも同じで、ちょっと考えさせてしまったり、しんみりさせたりする要素を微塵も感じさせない、元気が出るような曲にしよう、という気持ちがありました。

──ある意味、過去のテーマソングとは切り離したものを意識していた、と。

はい。

──ひょっとして、その気持ちは「あとは任せてくれ!」という歌詞に表れていたりしますか?

えーと、その回答は楽曲を聴いた方のご想像にお任せしたほうがいいかなと思います(笑)。

「アンテナ39」ミュージックビデオより。

「アンテナ39」ミュージックビデオより。

世界とつながるアンテナのような存在

──「ファンファントリップ」という今年のイベントのテーマを聞いたときの印象は?

自分に合っているなと思いました。そのうえで、テーマ曲をかわいい系でいくか、カッコいい系でいくか、どっちも作れるけどどうしよう、というのはけっこう悩んだところでした。

──結果として、どちらかと言えばカッコいい系のアプローチの楽曲「アンテナ39」がテーマソングとして誕生しました。カッコいい系に寄せた決め手は?

Kawaii Future Bassの要素を入れた曲にするか、少しゆったりテンポのトラップ系でカッコいい曲にするか、けっこういろんなデモを作ってみましたが、どれもしっくりこなくて。あるときふと「アンテナ39」のサビのメロディが思い浮かんで、自分の中でなんとなく感じていた「もっとはっちゃけたほうがいい」という曲の方向性にうまくハマったんです。悩んでた時間はめちゃくちゃ長かったけど、サビを思いついてからは早くて、一気に作り上げました。

──タイトルに「アンテナ」という言葉を選んだ理由は?

「初音ミクってアンテナみたいな存在だな」と思ったことがあって。アンテナって一般的な家庭にあったら受信をする装置ですが電波を送信する装置でもあるし、送信する場合は世界中に向けて、一瞬で遠くに送ることができる。僕は初音ミクを通じて世界中の曲を受信してきたし、世界中に曲を発信してきたので……。

──だから「アンテナ」であると。

はい。

「アンテナ39」ミュージックビデオより。

「アンテナ39」ミュージックビデオより。

──「アンテナ39」の歌詞の中に「形にして!」というひと言があります。これは明確に“発信する側”、つまりクリエイターの背中を押すひと言ですよね? ここに限らず、「アンテナ39」には作り手たちに向けたフレーズが多くあるように感じました。

実はその部分はかなり意識していました。もちろん、ボカロが好きで聴いている人に向けても書いていますが、作り手やこれから作り手になりうる人たちに向けても書きたいなという気持ちが強くありました。僕、初音ミクを初めてPCにインストールして最初に歌わせたとき、めちゃくちゃ感動したんですよ。普段動画サイトで聴いていたような初音ミクの歌声が、自分の思う通りにPCから流れた瞬間、初めて世界とつながれたような感覚があった。実際に聴いてもらえるかはわからないけど、曲を作れば世界中の人がアクセスできる状態になる。それってすごいことだよなと初心者ながらに思って。

──それまでいち視聴者だった自分が、作り手の側に足を突っ込んだ瞬間だったわけですね。

はい。あのときの感動がずっと忘れられなくて。今だったらSNSをはじめとして、自分が投稿したものが広まりやすい環境が整っているから、昔に比べて無名のクリエイターにも注目が集まる可能性が高い。視聴者の中にも実は初音ミクのソフトを持っている、みたいな“聴き専じゃない人”も増えているようですし、いろんな方にこの感動を味わってもらいたいですね。「アンテナ39」が将来のクリエイターたちの背中を押す曲になったら本望です。