初音ミクは“年下のお姉ちゃん”
──ボーカロイドである初音ミクが、「流行ってて笑う」「ウケんね笑」といったギャルっぽい口調で歌うのも今作の特徴ですよね。
僕が初音ミクに「ウケんね笑」って言われたかったんです(笑)。最初にたまさんが描いたメインビジュアルを見たとき、ちょっとふわっとしたかわいさだな、という印象を持って。このビジュアルのミクが、ギャルっぽい口調で話しかけてきたら……みたいな、これは完全に僕の趣味ですね。それと、初音ミクは16歳という設定で、今の僕からしたらとっくに年下ではありますが、僕が出会った頃の初音ミクはちょっと歳上のお姉さんだったんですよね。いまだにずっとその意識があって、どうしても年下という感覚がない。なので、自分にとってはずっとお姉ちゃんなんです。年下のお姉ちゃん。
──なるほど。
初音ミクはお姉ちゃんだから、いつも余裕がある。ギャルっぽい口調で話しかけてくるし、自分をどこかに連れていって新しい世界を見せてくれる存在でもある。
──「アンテナ39」のミュージックビデオには、初音ミクが女の子の手を引いているシーンが出てきますが、まさにそういう構図をイメージしていたわけですね。
はい。そのシーンは僕もお気に入りです。MVは完全にお任せで作っていただいたので、自分の歌詞と音が伝わって汲み取ってもらえたのがすごくうれしかったですね。
──曲を作る作家の人たちの視点でも“初音ミクに連れられている感覚”があるんでしょうか?
あまり語られませんが、それはすごくあると思います。いろんなソフトの中でも特に初音ミクにはその感覚が強いというか。僕自身、初音ミクをきっかけにいろんな曲に出会ったのはもちろん、ミクに引っ張られて曲ができたこともあるし、クリエイターとしていろんな景色を見せてもらいました。でも、もしかしたら、初音ミクの側からしてもリスナーやクリエイターに対して「いろんなところに連れて行ってくれてありがとう」と思っているかもしれない。だから「連れてって いろんな世界を見たい キミと一緒に」という歌詞はどちらの意味も取れるように書きました。
カッコよさとかわいさが共存したMV
──MVは完全にお任せだったとのことですが、映像に関してはノータッチだったんですか?
そうですね。MVを観せてもらう前は、自分が作った楽曲がカッコいい系に仕上がってしまったので、今年のメインビジュアルのミクちゃんのイメージとちょっと離れているんじゃないかなと、けっこう心配していて。なので、最初にMVを見せてもらったとき、イントロで新幹線にまたがっている初音ミクを見たときは感動しました。ちゃんとカッコいいサウンドを生かしたイケイケな感じと、ミクちゃんのかわいさが共存していたので。
──柊さんの楽曲で、ここまで動くアニメーションMVって珍しいですよね。
一枚絵でMVを作ることが多いので、今回はかなり珍しいケースですね。実は自分の中では今年のメインビジュアルと自分の書いたテーマソングを合わせたイメージが思い描けていなかったんですよ。なので、ド真ん中でかわいくてサウンドとも合っているMVを作っていただいて、本当にうれしかったです。
──特にお気に入りのシーンはありますか?
さっきも話した女の子の手を引く初音ミクと、Bメロに出てくるイヤフォンをした男の子の隣に座るシーンは特に好きですね。「キミと一緒」とは書いていますが、現実の初音ミクはモニタの向こう側にいるものじゃないですか。それをMVではちゃんと横にいる存在として描いてくれている。僕が描きたかったことを映像ならではの表現で表してくれたことに、すごく感謝しています。
1人で完結できるからボカロPをやっている
──柊さんは初音ミクに限らず、鏡音リン・レン、もっと言えばCeVIO AIの可不などいろんな歌声合成ソフトを使って曲作りをしています。これらの歌声合成ソフトをどのように使い分けていますか?
基本的には先にボーカルを決めて曲作りを始めますが、それに限らない例もあって。例えば「マーシャル・マキシマイザー」(2021年8月に投稿された楽曲。ボーカルにはCeVIO AIの可不が用いられている)は、デモの段階では初音ミクに歌ってもらっていたんですよ。曲作りを進めていく中でだんだんサウンドが変わってきて、結果として可不の歌声と相性のいい曲になった。なぜ初音ミクだと合わなかったのか自分なりに考えてみたんですが、僕は男性ボーカルのオクターブを上げた初音ミクのボーカル帯域が好きみたいで。なので、その帯域のボーカル曲を作ったときは初音ミクに歌ってもらうことが多いんです。
──もし初音ミクをはじめとした歌声合成ソフトがこの世に存在していなかったとしたら、柊さんの人生はどうなっていたと思いますか?
本質的にはあまり変わらないと思いますが、歌詞のある曲を書いていなかったかもしれないですね。
──音楽に携わることは変わらないが、音に言葉を乗せていなかったもしれない。
はい。これは自分の制作でよくあることなんですが、制作中に突然歌詞を変えることがけっこうあって。ボカロだから自分が作り直せばいいだけのことですが、これが生身の人間への提供曲だとして、すでにレコーディングを終えていたら「やっぱりここの歌詞を変えてください」とは簡単に言い出せないですよね。こういうことを考えてしまう人間なので、もしボカロがなかったら、誰かに歌ってもらうことを生業にすることはできなかっただろうなと思っています。おそらくサウンドトラックのようなインストを作り続けるようなことになっていたんじゃないかな。
──自分で歌うという選択肢は?
あまり自分が目立とうというタイプではないんですよね。ネタツイとかするくせに、と思うかもしれませんが(笑)。過去にバンドを組んで、集団での音楽活動にトライしてみたこともありますが、僕は演者として表に立って表現するというよりは、自室で黙々と作業して、納得がいくまで作り込んで、完成したら投稿して……という部分が個人的に好きで。だからボカロPをやっているところはあるかもしれないです。あとは単純に、自分の歌が自分の曲にあんまり合わない気がしているから、というのが一番大きいです。
──ボカロPとしてキャリアをスタートさせて、ソロアーティストやバンドとして大成するクリエイターも増えていますが、柊さんが将来思い描いているビジョンはありますか?
それが今のところ全然ないんですよ。よくも悪くも初投稿したときと変わっていませんね。最初から僕の目標は「カラオケで自分の曲がかかるようになったらいいな」くらいで。自分がどうなりたいとか、売れたいとかまでは考えてなかった。目標が具体的にあったほうががんばれそうですが、ずっと好きに作り続けられたら幸せだろうな、と思うくらい。ただけっこう気まぐれなところがあるので、気が乗ったときに新しいチャレンジに踏み出すかもしれません。
神のようなものに近い存在
──毎年「マジカルミライ」のテーマ曲を担当した方に聞いているんですが、柊さんにとって初音ミクはどういう存在ですか?
さっきは「年下のお姉さん」と表現しましたが、もっと真面目なほうがいいですよね(笑)。ちょっと説明するのが難しい話ですが、初音ミクって“そういう神様”なんじゃないかなと思う瞬間があって。前提として人間ではないし、身近な存在でありつつも実態がなくて、でもいろんなところにいる。ある意味人間を超越した存在でもあるし、僕らは初音ミクを通じていろんなことを表現しているけど、初音ミクが「正解はこれだよ」と言ってくれるわけではない。人の数だけ正解がある。
──なるほど。
だから人間的な感じはしなくてもっと象徴的な、神のようなものに近い存在なんじゃないかと感じています。あくまで僕の解釈ですけど。
──最後に、柊さんが手がけたテーマソングが流れる今年の「マジカルミライ」、どんなことを楽しみにしていますか?(※取材は福岡公演前の7月に実施)
きっと大音量で「アンテナ39」が流れるだろうし、ライブでは初音ミクが歌ってくれる。それで会場のみんなが盛り上がってくれたらうれしいな、とずっとワクワクしています。去年までの「マジカルミライ」の映像を観させてもらって、今年の風景を想像しています。
──「アンテナ39」は現場の盛り上がりを意識して書かれた曲だろうな、とも感じています。
そうですね。けっこうライブのノリは意識しました。デカい音で鳴ったときに映える曲ですし、体を動かしたり、飛び跳ねたりしやすい曲なので、会場のみんなと一緒に楽しみたいですね。
イベント情報
初音ミク「マジカルミライ 2024」
- 2024年8月17日(土)、18日(日)福岡県 福岡サンパレス・福岡国際会議場 2・4・5F
- 2024年8月30日(金)~9月1日(日)千葉県 幕張メッセ国際展示場1~3ホール
- 2024年10月12日(土)~14日(月・祝)大阪府 インテックス大阪 3号館・4号館・5号館A
プロフィール
柊マグネタイト(ヒイラギマグネタイト)
2020年9月に「或世界消失」を動画サイトに投稿し、柊マグネタイトとして音楽活動を開始。初音ミクをはじめとするボーカロイドを使った楽曲を発表する一方で、そらる、あらき、シユイ、ヰ世界情緒などさまざまなアーティストに楽曲を提供している。代表作は「リアライズ」「マーシャル・マキシマイザー」「終焉逃避行」など。