初音ミク「マジカルミライ 2023」特集|Ayaseと藍にいな、それぞれの証言で紐解く初音ミクの魅力 (3/3)

藍にいな インタビュー
藍にいな

「HERO」はすごく攻めた曲

──藍にいなさんは幼少期からニコニコ動画の文化に触れてきたと伺いました。

小学生の頃からミクの曲を聴いて育ってきたし、「マジカルミライ」は実際に何度か足を運んだことがあるイベントだったので、テーマソングのMVを手がけることができて本当にうれしかったです。子供の頃の自分に教えてあげたい(笑)。ニコニコ動画ってプロとアマチュアが混在していて、みんなが楽しく物作りをする場所なんですよね。今でこそ商業的なヒットを飛ばす作品がニコニコから生まれることがありますが、黎明期はお金になるかどうかわからない中ですごく面白い作品がたくさんあったし、とにかく楽しめればOKみたいな空気感があって。私の物作りの姿勢の根っこには今でもニコニコ動画的な精神があるかもしれないですね。

──「マジカルミライ 2023」のテーマソング「HERO」を聴いたときの印象は?

とにかくサウンドがすごくカッコよくて、「マジカルミライ」の文脈でこの曲を書くのはものすごく攻めてるなと感じました。Ayaseさんが曲に込めたメッセージに対してもすごく共感できるところがあって、その分MVを作ることの責任が重くのしかかってくるような感覚もあって……。

──今回のMVについて、Ayaseさんが「オーダーらしいオーダーはしていない」とおっしゃっていたのですが、何か事前のやりとりはありましたか?

確かにオーダーはほぼなかったんですが、1つだけ。「サビはめっちゃ動かしてほしい」という要望はありました。ヒーローらしく派手に動かしてほしいと。その瞬間に「あ、私のここからの数カ月は終わったな」と思いました(笑)。もちろん、私もやってみたかったことなので大歓迎ですし、それ以外の作り方に関してはほぼ私に全部委ねてくださいました。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。
初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

初音ミク×ゴリゴリのアクション

──初音ミクが“ヒーロー”というテーマでカッコよく描かれるのは珍しいですよね。

「動かしてほしい」というオーダーがあったのはもちろん、テーマとサウンドに感化された部分が大きくて、今までのMVでは見たことのないようなゴリゴリのアクションを繰り広げるミクを見てみたくなりました。私が得意とするような描写ではないんですが、これだけ楽曲が力強いのであれば、やっぱりパワフルでカッコいいミクに出てきてほしいじゃないですか。

──AyaseさんからはMVの納期がかなり短かったと伺いました。

はい。めっちゃ大変でした(笑)。ちゃんとアクションを描くにはそれなりの枚数が必要なので、もうそこは妥協せずに描き続けました。「HERO」という楽曲が一番伝えるべきなのは「私たちが新しい未来を作っていこうよ」ということだと感じたから、「今までやったことがない」とか「得意じゃない」という理由で、MVのテイストを決めちゃいけないなと思って。

──曲の途中でDaiki MiyamaさんによるCGのシーンが入るのも、これまでの藍にいなさんの作品にはなかった展開ですよね。

CGのシーンではDaiki Miyamaさんに、エフェクトアニメーションの部分ではZECINさんに手伝ってもらっていました。そもそも誰かと一緒にMVを作ることが初めてだったので、私にとってもかなり挑戦的な作業で。特にCGのシーンは「ここでみんなを驚かせてやろう」みたいな感覚があって。これまでやったことのないことでしたが、「Daiki Miyamaさんにお願いすれば絶対に合う」という確信があったので不安はそこまでありませんでした。エフェクトのZECINさんに関しても同じ感覚で、映像の流れやモチーフをざっくり伝えるだけで、バッチリ合うものを描いていただきました。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。
初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

Ayaseさんの曲は音ハメがしやすい

──ラストのサビでいろんな初音ミクの表情がアップで映るシーンは圧巻ですよね。

初音ミクって、それぞれの人の中でいろんな姿で形作られていると思っていて。何か1つの絶対的な姿がある存在ではないんですよ。それぞれのミクを映像でどう表現しようか考えていて思い付いたのが、このMVの表現でした。ここは私だけではなく、いろんな人にミクを描いてもらって、それをつなぎ合わせて1つのシーンを作り上げています。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

──Ayaseさんもこのシーンが最も印象に残ったと話していました。

うれしいです。作るものには自信があったけど、やっぱり作曲者にはこだわりがあるわけで「ちょっと違うかも」みたいな反応だったらどうしようかと、すごく不安ではあって。でもMVを見せたとき、素直に「素晴らしい」と言ってもらえたので本当によかったです。

──MVを観たボカロファンの反応はいかがでしたか?

想像以上に私が伝えたいと思ったことをそのまま受け取ってくれた感覚があります。MVの最後はミクが手を引かれて終わるんですけど、そういうところの意図もちゃんと汲み取ってくれて。「新しいミクをこれから私たちで作っていこう」というメッセージを正しく伝えられた手応えがありました。

──YOASOBIも含めて藍にいなさんがAyaseさんの楽曲のMVを制作するのは3度目です。Ayaseさんの楽曲を映像化する際に意識していることはありますか?

1つ明確にあるのは、音ハメの意識ですね。Ayaseさんの曲はすごく音ハメがしやすいというか、逆に「この音と映像をハメないともったいない」という構成になっていることが多くて。必ずと言っていいほど特徴的なサウンドが目立って入っているので、その部分をどうビジュアル化するかは、すごく意識して作っています。

初音ミクは一緒に育ってきたお姉ちゃん

──いろんな方に初音ミクの表情を描いてもらった話にもつながりますが、ボーカロイドとして初音ミクをあえて無表情に描く手法もある中で、「HERO」ではかなり人間的に描かれていますよね。MVの最後には手を引かれて走って息を切らせる初音ミクが描かれていますし。

私にとって初音ミクはボーカロイドと呼ばれるソフトウェアではなくて、本当に友達のような、もっと言えば一緒に育ってきたお姉ちゃんみたいな存在だなと感じています。MVを作るうえで、昔からずっと聴いていたプレイリストを掘り起こして聴き直して、本当に1曲1曲に思い出が詰まりすぎて感極まっちゃって……ボカロPの方々がミクを通じて私に伝えてくれたメッセージに救われてきたんだって、すごく自覚しました。なので、初音ミクは人生を一緒に歩んできた存在です。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

──初音ミクに救われてきた藍にいなさんですが、今では初音ミクを通じて誰かを救う役割を担っているわけですよね。

そっか。そういう視点ではあまり考えたことがなかったですね。作る側としてはあまり誰かを救おうとは考えてはないかも。誰かの何かになったらいいな、みたいな願いを込めてはいますけど。私、中学生の頃は絵を描くよりボカロをいじっている時間のほうが長かったんですよ。自分の曲を作ってみたり、大好きなアーティストの曲をミクに歌わせてみたり。本当に趣味にすぎなかったんですが、けっこうミクを触るのが大好きで。

──ボカロのことが大好きだった藍にいなさんは、何をきっかけにイラストの道を志すことになったんでしょうか?

ボカロをいじるのは大好きだったけど、音楽ではプロになれないという自覚がそもそもあって。中学3年生になったとき、よく絵を描いていた私を見た母に「そんなに絵を描くのが好きなら美術の道に行けば」と言ってもらったのがきっかけですね。そんなふうに言ってもらえるんだったら美術の道に進んだほうがいいのかな、と思いました。でもやっぱり音楽には思い入れがあるというか、いろんな仕事の中でもMVを作るのはコラボをする感覚が強いからか、毎回自分の100%以上の力を引き出してくれる仕事だと感じています。挑戦しなきゃいけないことも多いし、パワーも出さなきゃいけないけど、毎回いろんな勉強をさせてもらってます。

イベント情報

初音ミク「マジカルミライ 2023」

  • 2023年8月11日(金・祝)~13日(日)大阪府 インテックス大阪 3号館・4号館・5号館A
  • 2023年9月1日(金)~3日(日)千葉県 幕張メッセ国際展示場9~11ホール

プロフィール

Ayase(アヤセ)

1994年4月4日生まれ、山口県出身のアーティスト。2018年12月にVocaloid楽曲の投稿を開始した。自身のボカロ曲をセルフカバーした「夜撫でるメノウ」はストリーミング1億再生突破。2019年10月結成のYOASOBIではコンポーザーを務めている。並行してさまざまなアーティストへの楽曲提供も行っており、年間Billboard JAPAN作曲家・作詞家チャートでは2021年と2022年に2年連続で1位を獲得。2022年9月には個人名義による初のオリジナル楽曲を含むソロシングル「飽和 / シネマ」、2023年1月には「SHOCK!」を配信リリースした。

藍にいな(アイニイナ)

アニメーション作家 / イラストレーター。独自の色彩感覚とタッチによるアニメーション表現を軸に、音楽、ファッション、装丁などさまざまなジャンルでのタイアップ作品を手がける。代表作にYOASOBI「夜に駆ける」、オリビア・ロドリゴ「drivers license」、山下達郎「さよなら夏の日」のミュージックビデオなどがある。