初音ミク「マジカルミライ 2023」特集|Ayaseと藍にいな、それぞれの証言で紐解く初音ミクの魅力

初音ミクたちバーチャルシンガーの3DCGライブと、創作の楽しさを体感できる企画展を併催するイベント「初音ミク『マジカルミライ 2023』」のTOKYO公演が、9月1日から3日にかけて千葉・幕張メッセ国際展示場9~11ホールにて開催される。

今年のテーマソングを手がけたのは、YOASOBIのコンポーザーとしても活躍するボカロP・Ayase。「マジカルミライ 2023」のテーマ決めからイベント制作に携わっているAyaseが“ヒーロー”というテーマを考案し、初音ミクをヒーローと捉えたロックナンバー「HERO」を生み出した。さらに新曲「HERO」はYOASOBI「夜に駆ける」のミュージックビデオを手がけたクリエイター・藍にいなにより映像化され、MVでは躍動感あふれる初音ミクのヒーローたる姿を楽しむことができる。

音楽ナタリーではテーマ曲を担当したAyase、MVを手がけた藍にいなそれぞれにインタビューを実施。Ayaseには“ヒーロー”というテーマに込めた思いや彼が思い描く“ボカロの未来”について、藍にいなには既定路線から外れた“カッコいい初音ミク”をどのように映像に落とし込んでいったのかを聞いた。

取材・文 / 倉嶌孝彦

Ayase インタビュー
Ayase(YOASOBI)

新しい風を吹かせる“カッコいい初音ミク”

──テーマ曲のオファーをもらったとき、率直にどう思いましたか?

うれしかったですね。僕が初めてボカロ曲を発表したのは2018年なので、かなり後発のボカロPではありますが、初音ミクの文化において「マジカルミライ」というイベントがすごく大事なことは把握していましたし。いつかはテーマ曲を担当したいと思っていたので、選んでいただいて光栄に感じました。

──イベントのオフィシャルサイトには「マジカルミライ 2023のテーマや、初音ミクのデザインの素案など、かなり初期の段階から携わらせて頂きました」というコメントが載っています。どういうところからイベントに携わっていたんでしょうか?

「次回の『マジカルミライ』、どうしていったらいいと思いますか?」という話から相談をいただきました。“ヒーロー”というイベントのテーマはもちろん、ありがたいことにメインビジュアルの初音ミクのイメージ、全体の空気感についても提案させてもらいました。

「マジカルミライ 2023」の初音ミク衣装デザイン

「マジカルミライ 2023」の初音ミク衣装デザイン

──なぜ“ヒーロー”というテーマに?

単純に僕のミクに対する思いに近いですね。ミクは間違いなく僕を救ってくれたヒーローなので、ここはストレートに表現したいと思ったし、僕と同じように彼女に救われた人、今も救われている人はたくさんいるはずなんですよ。そういう人たちの気持ちもすくい取りたくて、“ヒーロー”というテーマを付けさせてもらいました。

──メインビジュアルに関してはどのような提案を?

クリプトンさんがポイントとして挙げていたのは「初音ミクが発売16周年で、設定年齢の16歳に達する」ということと、「『マジカルミライ』は今年で11周年だから、新しいスタートを切っていきたい」ということでした。だったら“ヒーロー”というテーマのもと、これまであまり「マジカルミライ」のメインビジュアルでは描かれてこなかった“カッコいい初音ミク”を表現してみたくて、今回のメインビジュアル担当のLAMさんに提案しました。今までのミクは短パンみたいな衣装で描かれたことはあるけど、パンツスタイルってあまり見たことがなかった。スカートでかわいいミクも好きだけど、別にミクはかわいいだけの存在ではなくて、カッコいい存在としても描かれてほしい。今回は「ヒーローと言えばやっぱりレッドだよね」という思いのもと、ミクのイメージカラーであるブルーグリーンの髪色はそのままに、衣装は派手なレッドを前面に出してもらいました。

──音楽ナタリーでは毎年テーマソングに関するインタビュー記事を展開させてもらっていますが、テーマ決めから携わっているボカロPはかなり珍しいと思います。

クリプトンさんにも「そこまでやる人は初めてです」と言われました(笑)。やっぱり自分がテーマソングを担当するのであればイケてるものにしたいし、これまでボカロに触れてこなかった人たちが見ても「ミク、イケてるじゃん」と思ってもらえるものにしたかった。その思いが“ヒーロー”というテーマにもつながって、LAMさんにすごくカッコいいデザインとイラストに仕上げてもらえたので、これまでの「マジカルミライ」とは少し違う、新しい風を吹かせるようなビジュアルに仕上がったと思います。

「マジカルミライ 2023」メインビジュアル

「マジカルミライ 2023」メインビジュアル

Ayaseの原点に立ち返った「HERO」

──Ayaseさんが作り上げたテーマソング「HERO」は、テーマをそのままをタイトルにした力強いロックナンバーに仕上がっています。この曲はどのように作り上げたのですか?

曲のイメージを固めるまではけっこう悩みました。サビ頭の「君は僕にとってのヒーロー」という歌詞だけは先に決まっていて、このワードにハマる曲にしなければならない。“Ayaseのボカロ曲”として多くの人に評価してもらっている、BPM120~130くらいの四つ打ちのクラブミュージックっぽいサウンドにしてもよかったけど、今回は思い切ってバンドサウンドに振り切ることで“カッコいい”を表現したかった。楽曲の中に「これからはミクにとってのヒーローに自分がなる」というメッセージ性を込めていく中で、自分の原点に立ち返りたい思いもあったし。

──編曲で参加したRockwellさんにはどのようなイメージを伝えたんですか?

Rockwellさんとはバンド時代からの付き合いでシンプルに仲のいい先輩後輩の関係なので、雑談のような感じで電話しながら「カッコいい感じにしてくれたらなんでも大丈夫です」と伝えました。実は編曲をお願いする前に自分でもアレンジをいじっていまして、Rockwellさんから戻ってきたデータをさらに最終仕上げで僕が編集して、ようやく完成しました。なので、今回の編曲クレジットは「Ayase、Rockwell」の連名になっています。

──YOASOBIで発表する楽曲など、Ayaseさんは基本的にご自身で編曲をすることが多いですよね。なぜ今回は共同作業をすることに?

Rockwellさんに頼めばバンドっぽくなりすぎない、いい塩梅の音の選び方、使い方をしてもらえると思ったのが編曲をお願いした大きな理由ですね。僕の場合は自分で編曲もやる人間なので、作っていく中で「ここだけは譲れないからこういうふうにしたい」という部分が絶対に出てくるだろうことはわかっていて。本来編曲してくれたところに注文を付けるのは生意気なことではあるんですが、Rockwellさんとは関係値があったので、一緒にやらせてもらえて感謝しています。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。
初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

これからはミクの手を引く存在に

──歌詞にはAyaseさん自身が初音ミクに対して思うことのみならず、もっと広くカルチャーに対する提言までされているように感じました。

「マジカルミライ」という大きなイベントのテーマソングを作るうえで、自分の思っているミクへの感情、ミクに伝えたいことを込めるのは前提として、ミクを取り巻くボカロ界隈全体に対して思っていることや言いたいことも含めなくてはいけないなと感じて。僕はやっぱり、初音ミクというボーカロイドに救われた人間だと思っているから、感謝の気持ちを曲にしたかった。それに加えて、僕よりもっと前からミクを知っている大先輩のファンの皆さんへのリスペクトも込めたかったんです。

──「HERO」の歌詞に描かれている“ヒーローと僕”の関係性は曲が進むにつれて変化していきますよね。曲の冒頭では“僕”がヒーローに救われていますが、後半では「さあこの先は 僕もその手を引くよ」とヒーローの手を引く存在になろうとしている。

僕が考えていたのは、ミクはもっと世界に羽ばたいていける存在であるということ。それを開発元であるクリプトンさんも望んでいたし、ミク自身ももっと世界に広がっていきたいと思っているんじゃないかな。僕がミュージシャンとしていろいろ結果が出せたのはミクのおかげだから、今度はその恩返しとしてミクを羽ばたかせていきたい。ミクのことをずっと大事に閉じ込めておきたい気持ちもわかるけど、彼女は今、もっと外に出ていくことが必要なはず。初音ミクの将来を考えたら、しっかり手を引いてあげなきゃいけないし、見送ってあげる必要もある。彼女を解放するという意識はすごく大事なんじゃないかなと。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

初音ミク「HERO」MVのワンシーン。

──初音ミクのことをボーカリストと捉えるボカロP、キャラクター的に捉えるボカロP、ソフトウェアとして捉えるボカロPなどいろんな方々に話を聞いてきましたが、Ayaseさんがミクに抱いている思いは、今挙げたどれとも異なるものだと感じました。

ははは(笑)。もちろん僕の中で「これがウチのミクちゃんだ!」というボーカリストとしての初音ミク像がありますが、もっと大きな概念として考えている節はあるかもしれないですね。ミクはアイコンであって、アイドルであって、ヒーローでもある。人それぞれの捉え方すべてが正解でいいと考えています。