初音ミク「マジカルミライ」sasakure.UKインタビュー|ボーカロイドにかけてもらった“魔法”を未来につなげる歌

「初音ミク」たちバーチャルシンガーの3DCGライブと、ボーカロイドをはじめとした創作の楽しさを体感できる企画展を併催するイベント「初音ミク『マジカルミライ10th Anniversary』」が、8月より全国3会場で開催される。

10回目の開催となる今回の「マジカルミライ」のテーマソングを担当するのは、すでに15年の活動歴を誇るsasakure.UK。ボカロPとして楽曲を発表してきたのはもちろん、バンド名義・有形ランペイジとしての活動や、アーティストへの楽曲提供など、さまざまな音楽表現を試みてきたsasakure.UKは、栄えある10年目の「マジカルミライ」のテーマソングとして自身の活動すべてを総括するような楽曲「フューチャー・イヴ」を制作した。ボカロPとしてシーンを見続けてきた彼はどのような“未来”を思い描きながらこの曲を完成させたのか。sasakure.UKがボカロに対して思うことなどを交えながら、楽曲に込めた思いを聞いた。

取材・文 / 倉嶌孝彦

ボカロがもたらす力は「魔法」

──sasakureさんは2013年に開催された第1回の「マジカルミライ」に有形ランペイジとして参加されていたと伺いました。

はい。あのときから10年も経つんですね。全力で駆け抜けていた時期なので、自分の出番のことはあまり覚えていないんですよ(笑)。当時はまだボーカロイド関連のイベントがそこまで多くは開催されていなかったし、新たな公式イベントが行われるということでファンの熱気がすごくて。僕の曲でもお客さんがレスポンスをちゃんとしてくれたりして、すごい熱気のあるイベントだった記憶がありますね。これはイベントに限らないんですが、10年続けるって本当に大変なことで。僕らの有形ランペイジだって、活動休止とかを挟みながら10年経っているわけで。いろんなことがあった中で、しっかり10年続いてくれた「マジカルミライ」に対しては「ありがとう」という気持ちが強くあります。

sasakure.UK「フューチャー・イヴ」MVのワンシーン。

sasakure.UK「フューチャー・イヴ」MVのワンシーン。

──10年目という記念すべきタイミングでsasakureさんにテーマソング担当の白羽の矢が立ちました。オファーがあったとき、どう思いましたか?

もちろんうれしい気持ちでいっぱいだったんですが、その分プレッシャーも大きかったですね。特に今回は「マジカルミライ2022」ではなくて、「マジカルミライ 10th Anniversary」なんですよね。そもそも大きいイベントのテーマ曲というだけじゃなくて、10年かけて蓄積されてきたみんなの思いが乗っかっているような気がして、生半可な気持ちで曲を書いちゃいけないぞ、と覚悟を決めました。

──イベントのテーマソング作りはどのような着想から?

sasakure.UKとしてもう15年近く活動をさせてもらっているんですが、僕はこれまでの活動を自分の力だけで成し遂げられたものだとは思っていなくて。ボーカロイドだったり、この界隈のエネルギーだったり、“不思議な力”を与えてもらって、続けられてきた感覚があるんです。今回はその不思議な力を僕が与えられる存在になったらいいな、という思いを込めて「フューチャー・イヴ」という曲を書きました。

──「フューチャー・イヴ」の曲中では、その「不思議な力」は「魔法」という言葉で表現されているわけですね。

「マジカルミライ」なので「魔法」と表現するのが一番適切かなと思いました。

──sasakureさんの楽曲にはSF的要素を含んだものや、リアリティを帯びたものが多いと感じていたので、「魔法」というテーマを真正面から扱うのが少し意外でした。

僕はボーカロイドのもたらす力を「魔法のようだな」って感じることがけっこうあって。言うなれば“科学の魔法”とでも言えるんですが、1人の人間の発想やアイデアにボカロの力が加わって、人の思いを変えるのだとすれば、それが科学だとしても魔法と言えるんじゃないかと考えていました。

sasakure.UK「フューチャー・イヴ」MVのワンシーン。

sasakure.UK「フューチャー・イヴ」MVのワンシーン。

初音ミクはイヴと重なる部分がある

──「フューチャー・イヴ」の歌詞にはsasakureさんがこれまで発表してきた曲を彷彿とさせる言葉がたくさんちりばめられていて、sasakureさん自身にとっても記念碑的な曲になっている印象があります。

これは自分でもけっこう意識したところですね。今の自分がsasakure.UKとしていられるのは、初音ミクの楽曲や過去の出会い、バンドメンバーや力を貸してくださった方々との出会いのおかげだというのは間違いなくて。だったらこれまで作った初音ミクの楽曲と改めて向き合って、今の自分と照らし合わせて作るのがいいかなと考えたんです。かと言って過去にばかり囚われるわけにもいかないから、ちゃんと未来にもつながらなくちゃいけない。なので初音ミク自身や初音ミクを取り巻く世界、イベント、クリエイター、いろんな方が、例えば2030年に聴いてもいろんな解釈ができるような言葉選びを意識しています。

──歌詞の情報量がめちゃくちゃ多いですよね。カッコ書きでルビが振られているところも多くあり、さまざまな意味で捉えられるように工夫されています。

かなり長い間活動してきたので、蓄積してきた思いが多いんだと思います(笑)。今回の曲ですべて吐き出すくらいの勢いで書きました。普段、けっこう歌詞を書くのに時間がかかるんですが、この曲はすんなり書けたんですよね。普段はタイトルを出すだけで半年かかったりすることもあるのに、「フューチャー・イヴ」というタイトルが浮かぶのも早かったです。

sasakure.UK「フューチャー・イヴ」MVのワンシーン。

sasakure.UK「フューチャー・イヴ」MVのワンシーン。

──「フューチャー・イヴ」というタイトルの由来は?

ふっと浮かんだ言葉ではあるんですが、「フューチャー」というのは、「マジカルミライ」の「ミライ」の部分を示す言葉。それと「イヴ」というのは前夜という意味と、アダムの肋骨から生まれたという女性・イヴからもインスピレーションを得ています。僕の中で初音ミクとイヴって重なる部分があるなと、以前から感じていて。あくまで僕の解釈ですが、クリエイターの一部から生まれたものが初音ミクであり、そもそもボーカロイドは人間がいなければ、人間の歌がなければ生まれなかった存在だし。

──いろんなボカロPの方にインタビューをしてきましたが、初音ミクとイヴを重ねているという話は初めて聞きました。

あくまで僕の解釈ですけどね(笑)。もっと言えばイヴと違って初音ミクというのは、人間から生まれたけど決定的に人間とは違う存在であることが面白いんですよね。僕、延々とこういうことを考えてしまうくらい、初音ミクというかボーカロイドという存在そのものにすごく興味があるんですよ。

──ボーカロイドの何がそこまでsasakuresさんを惹きつけるんでしょうか?

強いて言えば、在り方そのものだと思います。人が歌っていない歌モノの音楽が成立するなんて昔は思いもよらなかったし、今では機械が歌っているからこそ面白い、みたいな側面を持たせることもできる。それと単純にボーカロイドが10年後、20年後、もっと言えば100年後にどんな進化をしていくのかにも興味がある。初音ミクは人間と違って100年後も存在してくれるボーカリストなんですよ。人間は100年後も歌い続けることはできないけど、ボーカロイドは100年後も歌い続けてくれる。例えば100年後はミクがどんな歌を歌っているのか、今僕らが作っている音楽がどういうふうに響いているのか。可能であればこのシーンにずっとついていって行く末を見たいと思うくらい、ボーカロイドに惹かれています。

──編曲のクレジットには有形ランペイジのメンバーたちの名前も記されています。バンドの面々はどのようにこの曲の制作に携わったんでしょうか?

僕は作曲はするのですが、楽器は弾けないので、メンバーの手を借りてアイデアを膨らませてもらったり、各フレーズを弾いてもらったりしました。メンバーによっては家に直接行って話しながら弾いてもらってアレンジを詰めたり、データを送ってオンラインでやり取りするだけだったり。メンバーごとの好みや特徴に合わせて作業の方法も変えています。

sasakure.UK「フューチャー・イヴ」MVのワンシーン。

sasakure.UK「フューチャー・イヴ」MVのワンシーン。

──「マジカルミライ」はテーマソングが生バンドの演奏で披露されるのが恒例となっていますが、「フューチャー・イヴ」は演奏するのにすごく苦労しそうな難解な曲ですよね。

そうかもしれないですね(笑)。そもそも僕の考えるフレーズって難解なものが多くて、その意を汲んでバンドメンバーがもっと難しくしたり、最低限弾けるようなものに組み替えたりしてくれるんですが、僕は弾いてもらったデータを切り刻んで曲に使ったりしちゃうから。結果としてもっと難しくなっちゃったので、どう演奏されるのか楽しみです。