作曲という作業は「何を作るか」じゃなくて「何を選ぶか」
──では、本題の「魔法少女まどか☆マギカ Magia Exedra」主題歌「lighthouse」について伺いますが、「Magia Exedra」は原作であるアニメ「まどか☆マギカ」だけでなく、ゲーム「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」をはじめとする関連作品の魔法少女たちも登場します。であれば当然、楽曲の作り方も違ってきますよね?
可能性がありすぎて、正直、迷いましたね。作曲のヒントとしては、「Magia Exedra」は「灯台劇場」という場所が舞台になっているというお話を伺って、事前に灯台のイメージイラストをいただいていたんです。その絵はまだ色が付いていない状態で、それが私にはすごく怖くおどろおどろしく見えたんですよ。「よし、こんなダークな世界観か」と最初はハイトーンで悲鳴を上げるようなガチガチのロックを作ろうと思っていたんです。でも、初めての打ち合わせのとき、「キラキラした明るい曲をお願いします」と言われて「え?」みたいな。そのとき改めて灯台の絵をいただいたら、すごくきれいな色が付いていて「こっちでしたか」と、方向転換しまして。
──危ないところでしたね。
色って大事だなと思いました。もしモノクロの灯台のイメージのまま曲を書き始めていたら、ど暗い曲を提出して壮絶なNGをいただいていたでしょうね。
──「lighthouse」は灯台を意味するので、モチーフ的にはど真ん中ですね。
灯台というモチーフは私もすごくいいなと思って。光を放つものという点でまどかそのもののようにも思えるし、まどかを含む魔法少女たちの道を指し示す何かのようでもある。あるいは、「Magia Exedra」ではいろんな時間軸のいろんな魔法少女たちが存在しているんですが、その世界の中心に目印のように置かれた灯りのようにも見える。だから、意味を限定しすぎずに、暗闇の中にいる人もそうじゃない人も導く光として灯台を描いてみようと。
──あの世界では、灯台ぐらいないとやってらんないですよね。
本当に、真っ暗闇ですよね。「Magia Exedra」には、魔法少女たちの記憶を集めるみたいなところがあるんですよ。なので、灯台を目印にして前に進みつつ、思い出を慰めるような優しい気持ちも入れたいなって。とにかく灯台というモチーフがあったおかげで曲のイメージはしやすかったんですけど、私は曲作るのにすごく時間かかるほうなので……。
──本当ですか?
びっくりするほど遅いんです。完成した「lighthouse」は、何曲も書いたうちの1つですね。あんまり明るすぎてもちょっと違うというか、哀切のようなものがないと「まどか☆マギカ」の世界にはフィットしないので、そのへんの塩梅を調節して。
──その基準というか、数曲がボツになった理由って言葉にできますか?
言葉にするのは難しくて、塩梅としか言いようがないかもしれません。結局、作曲という作業は「何を作るか」じゃなくて「何を選ぶか」だと思っているんですよ。曲なんて、誰でもすぐ作れるんです。今ここで鼻歌を歌えば1曲できるじゃないですか。それをパソコンに打ち込むなり楽器を弾くなりして形にするかしないかだけで、「1日10曲作れ」と言われたら10曲作れる。じゃあその10曲のうち、何を人に聴かせるのか。「この作品にふさわしい曲はこれだ」と選ぶ、あるいはそこに至るまで試行錯誤する作業が作曲というか、私の仕事であって、作った10曲を全部出すのは仕事ではないんですよ。もちろん感覚的なものですから、先方の要望と食い違ってしまうこともありますし、その場合は私の作品への理解度が足りなかったと思って書き直します。
──「lighthouse」もそうですが、梶浦さんの曲は、メロディラインは滑らかでエレガントでありながら、そこに重力や空気抵抗みたいなものを感じるんですよね。
勝手にそうなっちゃうんです。たぶん、私が世界中の音楽の中で一番作るのが苦手なのが、テクノポップなんですよ。いや、テクノポップ自体は大好きで、若い頃からたくさん聴いているんです。それなのに、いざ自分で作ろうとするとまったくテクノにならなくて、ただの重たいポップスになってしまう。それがすごく悔しくて。テクノポップ的な、軽くて明るくて、でも安っぽくない曲を作れる方を心の底からうらやみつつ尊敬しています。どうしても、今おっしゃった重力のようなものがかかっちゃうんですよね。
──それが心地よく感じるのですが、意図的なものではないんですね。
ないというか、結局好きなほうへ行ってしまんでしょうね。もっと軽い曲にしようと思って作り始めた曲もいっぱいあるんですけど、作っている過程で好きなリズムを入れたりベースの音を選んでいるうちに、どんどん重心が下がってしまうというか。
──僕の友人が能を習っているのですが、梶浦さんの曲は能師の動きみたいだなと、ふと思いまして。
ああ、能は重心が下ですもんね。
──その友人が言うには、能の先生から「舞台の上に空気のゼリーがみっちり詰まっていると思って動きなさい」と教わるそうで。梶浦さんの曲もゼリーの中を進んでいるような……。
面白い(笑)。そう言われたのは初めてですけど、言われてみればそうかも。正直、私の音楽は聴く人を選ぶと自分では思っていて。今の時代の感覚ともちょっとズレているというか、でも今の時代の音楽は今の時代の人たちのほうが上手に作れるに決まっているので、若い方たちにお任せして。私は自分の音楽を「いいよ」と言ってくれる人がいる限り、必要とされる場所がある限りは書き続けていく気でいます。
母親目線で「みんな、元気そうだね」
──「lighthouse」はボーカリストにLINO LEIAさんを起用しています。LEIAさんは今や「Yuki Kajiura Live」のレギュラーで、音源ではFictionJunctionの3rdアルバム「PARADE」(2023年4月発売)で「八月のオルガン」を歌唱していますね。
彼女の声ってすごくピュアで、澄んでいるけれど、実はあんまり子供っぽくないんですよね。ちょっとお姉さんっぽいというか、どう聞いても中学生の声ではない。このゲームの主人公は初期設定が“ナマエ”という少女なんですが、主題歌である「lighthouse」は、ナマエちゃんを含めたすべての魔法少女を見守っている誰かの視点で書いていて。であれば歌も、「主人公は私」的な人ではなくて、お姉さん感のある人が歌うのがふさわしいんじゃないか。そう思ったときに、若い声は若い声でも、お姉さん的な若さのあるLEIAちゃんの歌声がきれいにハマると思ったんです。
──レコーディングでは、LEIAさんとはどのようなやりとりを?
LEIAちゃんは、どちらかというと日本語を緩やかに発音するタイプで、かつ「lighthouse」のようなアップテンポな曲はあんまり歌ったことがなかったらしくて。彼女はシンガーソングライターで、自身が作る曲とはまた感覚が違ったようなので、こういう曲特有の発音の仕方や跳ね方、リズムの取り方なんかを話した気がします。でも、もともと実力のある方だし、今おっしゃったようにライブでもFictionJunctionのアルバムでもいろいろ歌ってもらっているので理解も早くて、そんなに時間はかかりませんでした。だいたい私が歌を録るときは、技術的なことよりも「この言葉は大事だから、しっかり聞こえるように発音しよう」みたいなお願いをすることが多くて、今回もそういう感じだったと思います。
──「この言葉」とは、具体的には?
まずは、歌い出しの「名前を呼んで」ですね。先ほど言ったようにゲームの主人公がナマエちゃんなので、ここは作為的に「名前を呼んで」から始めました。字義通りにも捉えられるけど、ゲームをやると「名前」がどういう意味かわかるようにしたかったので。するっと歌ってはいけないポイントって、声を張り上げるサビよりも、低いトーンで歌うA、Bメロに多いんですよ。例えば2番Aメロの「私はひとり あなたもひとり」もそうで、このそれぞれの「ひとり」をちゃんと言葉として届けたいから「『ひとり』が2回続いている意味を考えてね」とお伝えしたりしましたね。
──そういう話、もっと聞きたいです。
あとは、ある形容詞のあとに続く名詞がちょっと意外な言葉だったりする場合ですね。例えば「冷たい指先」とかなら聞いたまま頭に入ってくるんですが、「冷たい炎」とかだと、「炎」をはっきり歌わないと頭に入ってこないんですよ。人間って、ある形容詞を聞きながら次に来る名詞を待っていて、「冷たい」という言葉を聞いた瞬間、それに続く名詞の候補をいくつも予想しているんです。その候補の中に入っていない名詞が来たとき、聞き逃すんですよ。だからそういう名詞こそはっきり発音しなきゃいけないし、そうしないと意外性を持たせた意味がなくなっちゃう。「lighthouse」でいえば、形容詞ではないですけど「この手を汚した悲しみさえも」の「汚した」「悲しみ」はしっかり歌ってほしかったので「セリフのつもりで、演技するように歌ってね」みたいな。
──今おっしゃった「この手を汚した悲しみさえも」には、劇伴のお話を伺ったあとだと「視野の狭さ」を感じます。
きっと周りの人から、特に大人から見たら「いや、そういう状況だったら、そういう選択をして当たり前じゃない?」みたいなことでも、本人だけは「汚れてしまった」と落ち込んでしまう世代なんですよね。汚すこと、汚されることに敏感というか、だからこそそういう言葉を選びました。
──劇伴の話に戻ってしまいますが、「Magia Exedra」には過去に梶浦さんが手がけたテレビアニメと劇場版の「魔法少女まどか☆マギカ」の音楽も使われていますね。
私も「Magia Exedra」を実際にやってみて、自分の作った「まどか☆マギカ」のBGMが使われることは知っていたものの、思った以上にたくさん流れてくるのでびっくりしたし、同時にすごくうれしかったです。しかもアニメでは1回しかかかっていないような、あるいは劇場版でもほんの短い間しかかかっていないような、誰も覚えていないであろうBGMがフィーチャーされてもいて。キャラクターでいえばモブ的な音楽がいきなり主役に躍り出ている。そういうこともあったりして、14年前に放送されたアニメの曲をゲームで使ってもらえるありがたさを感じましたし、その曲の上で魔法少女たちが動いているのを見るというのは、感慨深いものがありますね。ほぼ母親目線で「みんな、元気そうだね」みたいな。
──ゲームはけっこうヘビーにプレイされているんですか?
めちゃめちゃやっています。さやかちゃんを4万円かけて手に入れました。
──そんなに!?
「あの5人はどうしたってそろえなきゃ」と、やはり思ってしまいました(笑)。
公演情報
Yuki Kajiura LIVE vol.#21~60 Songs~
- 2025年7月26日(土)大阪府 NHK大阪ホール
<ゲストボーカル>
ASCA / 鈴木瑛美子 - 2025年7月27日(日)大阪府 NHK大阪ホール
<ゲストボーカル>
JUNNA / 鈴木瑛美子 - 2025年8月1日(金)東京都 昭和女子大学人見記念講堂
<ゲストボーカル>
KOKIA / 鈴木瑛美子 - 2025年8月2日(土)東京都 昭和女子大学人見記念講堂
<ゲストボーカル>
JUNNA / 鈴木瑛美子 - 2025年8月10日(日)東京都 Bunkamuraオーチャードホール(※Soundtrack Special公演)
<ゲストボーカル>
鈴木瑛美子 - 2025年8月11日(月・祝)東京都 Bunkamuraオーチャードホール(※Soundtrack Special公演)
<ゲストボーカル>
LINO LEIA - 2025年8月16日(土)愛知県 COMTEC PORTBASE
<ゲストボーカル>
ASCA / 鈴木瑛美子 - 2025年8月17日(日)愛知県 COMTEC PORTBASE
<ゲストボーカル>
KOKIA / 鈴木瑛美子 - 2025年8月23日(土)埼玉県 大宮ソニックシティ
<ゲストボーカル>
KOKIA / 鈴木瑛美子 - 2025年8月24日(日)埼玉県 大宮ソニックシティ
<ゲストボーカル>
ASCA / JUNNA / 鈴木瑛美子
プロフィール
梶浦由記(カジウラユキ)
1993年にユニットSee-Sawでデビュー。約2年の活動ののちソロ活動を開始し、テレビ、CM、映画、アニメ、ゲームなどさまざまな分野の楽曲提供、サウンドプロデュースを手がける。2002年には石川智晶とSee-Sawの活動を再開し、テレビアニメ「NOIR」「.hack」関連の楽曲を担当した。2003年7月にはアメリカで1stソロアルバム「FICTION」を発表。同年よりFictionJunction名義のプロジェクトをスタートさせ、2008年からはボーカルユニットKalafinaの全面プロデュースを務める。「Yuki Kajiura LIVE」と題したライブを定期的に行っている。近年はアニメ「鬼滅の刃」シリーズの劇伴および主題歌を手がけ、海外でも高い評価を得る。2023年にデビュー30周年を迎え、4月にFictionJunctionとして9年ぶりのアルバム「PARADE」を発表。12月には東京・日本武道館でライブイベント「Kaji Fes. 2023」を開催した。2025年はアプリゲーム「魔法少女まどか☆マギカ Magia Exedra」に主題歌「lighthouse」、アニメ「ある魔女が死ぬまで」に手嶌葵歌唱のエンディングテーマ曲「花咲く道で」を提供。7月より計10公演のライブ「Yuki Kajiura LIVE vol.#21~60 Songs~」を行う。
FictionJunction - 作曲家 梶浦由記オフィシャルサイト
梶浦由記 Yuki Kajiura (@Fion0806) | X