坂本真綾インタビュー|通算35枚目のシングル「nina」でピュア&フレッシュな楽曲が生まれた理由 (2/2)

坂本真綾×内村友美、同時期に母になった2人が紡いだピュアな世界

──今作に対して、これまでにない素直さやイノセントを感じたのはもう1つ明確な理由があって。ここまで直球にポップな表題曲の場合、カップリングにはすごく静かで穏やかな曲、あるいは騒々しかったり物騒だったりする楽曲が入っていそうなところ(笑)、カップリング曲の「世界のひみつ」も爽快かつイノセントな楽曲だったことです。

ああ、言われてみれば確かに。「世界のひみつ」こそ、さらにピュアですよね。

──そうなんですよ。「世界のひみつ」もあったからこそ、「走る」あたりまでさかのぼったような、原点に回帰しようとしているような印象すら感じたんです。

原点に回帰しよう、と思ってやったわけじゃないけど、私もできあがった作品を冷静に見て、初心を見つめ直すような感覚がありますね。「記憶の図書館」(2023年5月に発売された最新オリジナルアルバム。参照:坂本真綾「記憶の図書館」インタビュー)で今の自分がやりたいことをやり尽くした直後だったのもあって、そういう欲は満たされていたから。

──ある程度身を委ねた作品にしてもいいと。

はい。あえてのストレートに受け身ではなく挑戦する気持ちで「今やったらどうなるのかな?」みたいな感じはありました。

坂本真綾

──それを友人でもあるla la larksの内村友美さん、おひさしぶりのラスマス・フェイバーさんと一緒に作ったというのも味わい深いですね。ラスマスさんとはどういうお話を?

ラスマスはこの数年もなんだかんだメールのやりとりがあったり、交流は続いていたので、そんなに間が空いた印象はなくて。今回特別に何か話したということもなく、ラスマスはいつも通り私をイメージして書いてくれて、こういう曲になったという感じですけど、そもそもラスマスが作る音楽はいつでもイノセントですよね。相変わらず、美しくてかわいらしい、トゲはないけど知性はある、優しい世界観のある曲で。最初に聴いたときに、まぶしさと言いますか、ピュアなものを感じたんですけど、私は「nina」でもうそのピュアな引き出しを開けちゃっていたので、歌詞はどうしようかなと。岩里(祐穂)さんとラスマスの組み合わせはもう何度かやっているし、あえて初めての人で……と個人的な興味があって、友美ちゃんにお願いしました。今作とは関係なく、友美ちゃんにはこの数年の間、ずっと歌詞を書いてほしいと思っていて。

──それはなぜですか?

もともと友美ちゃんの書く詞が好きで、勝手に「気が合うな」と感じている作詞家さんの1人なんです。でもそれはla la larksのある意味硬質な、ヒリヒリするハードな世界観というのが前提にあって。最後に一緒にお仕事をしたのが私の25周年ライブの横浜アリーナで(参照:坂本真綾25周年ライブBD/DVDティザーに内村友美、堂島孝平、土岐麻子とのコラボシーン凝縮)、その後2人ともほぼ同じ時期に母になって、プライベートな会話をよくしているんです。そんなやりとりの中で「友美ちゃん、だいぶ変わったぞ」と思ったことがあって(笑)。私以上に母性のあふれ方がすごくて、la la larksの友美ちゃんのイメージを持っているとそれがすごく新鮮で。今の友美ちゃんが歌詞を書いたら、きっと今までにない引き出しを開けて、みんながびっくりするようなことを書いてくれるだろうという確信があったんです。ホントはla la larksでやってもらえたら新鮮だったかもしれませんけど、今はバンドが休止中だし、きっと歌手・内村友美はもう少しセーブしちゃうと思うんですよ。人に書くのであれば、ある意味無責任に、新しい表現ができちゃうんじゃないかなという狙いもあって。

坂本真綾

──今、この歌詞を内村さんが書いて坂本さんが歌っていることがなんともほほえましいというか、すごく新鮮ですね。

ラスマスの曲の世界観が、本当にキラキラとしたお日さまのようだし、そこに安心して乗っかっている感じですよね。友美ちゃんも私も。私は産後もあまり休むことなく仕事を始めたけど、友美ちゃんはガッツリ創作から離れた生活だったので、ひさしぶりの作詞作業で本当にほとばしっていて。私はこんなに枯渇しているのに(笑)、友美ちゃんは書きたいことがあふれているみたいで、「書けることがうれしい」と1日足らずで第1稿が上がってきました。「Duets」(2021年3月に発売されたコンセプトアルバム。内村友美とのデュエット曲「sync」を収録。参照:坂本真綾「Duets」特集)でもバンドとは違う、普段の友美ちゃんの柔らかさを表現したいという思いがあったけど、今はさらに懐深く世界を肯定している感じがあって。子供を育てるようになって感じている変化が、きっと私よりも大きいんだと思います。

今のこの世の中では、安心して聴けることが大前提

──「世界のひみつ」でもう1つ触れておきたいのが、アウトロです。終わったと思ったところからセリフで締めくくられる展開にドキッとしました。

これは曲も全部できたあと、レコーディングの直前にラスマスから「思いついた。最後にセリフを入れるのはどう?」という連絡が来たんですよ。何を言うかは任せると。その話を聞いたとき、このかわいらしい曲の世界が、かわいいだけではない特別なものになりそうだという予感があって、ナイスアイデアだなと思いました。それで友美ちゃんと、どんな言葉をセリフにするかを相談したんですけど、すごくいい面としては、セリフを言うのに慣れているからなんの照れもないし、こう言おうと思ったらその通りに言えること(笑)。ただ、悪い面としては、声の仕事をいつもやっているので“セリフ感”が出すぎてしまう。

──なるほど。

普通のアーティストならしゃべったときのドキッとする感じがあるのに、私だと「いつもやっていること」になるから新鮮味がないのでは?とか、演じすぎてしまうのでは?という。思わずアウトロでつぶやいちゃったような自然さをどう出すかをすごく考えました。普段はセリフを言わないアーティストが思わずつぶやいてしまいました、の演技です(笑)。

──(笑)。それが間奏などではなくアウトロの締まる直前に不意に出てくるという驚きもありますし。

よくできてますよね。ウェットなボーカルの質感からこのセリフの間にすーっとドライになっていって、最後は素の状態で終わる。このミックスはラスマスがやってくれたんですけど、質感の表現も含めてお見事だなと思ったし、なんでこんな思いつきをしたのかラスマス本人には聞いてないけど、すごいアイデアだなと思いましたね。ここにメッセージが乗りすぎても違和感があるし、あくまで歌詞の反芻で、誰にともなくつぶやいている雰囲気が、この「世界のひみつ」という大きな視点を個人の視点にキュッと戻してくれるような、大風呂敷を身近なところに戻してくれるような感じがあって、すごくうまくいったなと思います。

坂本真綾

──お話を聞いて改めて、「nina」と「世界のひみつ」という2曲が1つのシングルに収まっていることに特別な意味を感じてしまいます。でもそこはそれほど意図したものではなかった?

確かに普段だったらバランスを取るように、正反対の楽曲を持ってきていただろうと思いますし……なんとなく勝手に、前々からのファンの方が好きだろうな、安心して聴くだろうなという感じもあったりして(笑)。最近ずっと思っていることではありますけど、聴いていて心地いいものを作るのが大前提で。自分の信条を問うことが必要なときもあるけど、今のこの世の中では、安心して聴けることが大前提なんじゃないかなと思うんです。この柔らかい感じが今の気分だった、というのが大きいですね。

「nina」の疾走感をカーチェイスで表現したMV

──「nina」はミュージックビデオも制作されていますが、こちらはアニメの世界観とは異なるカーチェイスを題材にした内容で、楽曲が持つ疾走感が別の形で表現されていますね。MVの表現については基本的にお任せなんですか?

MVで何かを表現するのは昔から苦手で、苦手だからこそ以前は細かくチェックしながら「このカットは使いたくない」とか意見を出していたんですけど、今は違う領域に突入していて……映像を観ないっていう(笑)。みんながいいと思うものを作ってくれたら私は大丈夫ですという感じにシフトして、結果「今回は新鮮だった」という声をいただけて、よかったなと思っています。「私は十分にやったからあとはお任せします!」と思えるようになって、反省もしなくなったら(笑)、逆に気楽に楽しめるようになりました。

──(笑)。独立したストーリーとしても楽しめる、面白い仕上がりですよね。

面白いですよね。このさわやかで疾走感のある曲をMVにすることを考えたとき、もっと若いアーティストに求めるような、リップシンクのかわいいカットがいっぱいあって、照明バキバキで……しか私は思い浮かばなくて、ひたすら恥ずかしかったんですよ(笑)。どんな顔して歌えばいいのかな、と思っていたときに監督から出たのがカーチェイスのアイデアで。すごい! わかってくれてる!と思って(笑)。しかも「星降る王国のニナ」が持つ“名前”というテーマや内容も踏まえたカーチェイスだったことが最後にわかる流れになっていて驚きました。

──シングルの初回限定盤には、昨年出演された「京都音楽博覧会2023 in 梅小路公園」から3曲のパフォーマンス映像を収めたBlu-rayが付属します。音博については前回のインタビューでも感想をお聞きしましたが、聞き忘れていたことでもう1つ。「音博で演奏する楽曲」はどういう意図で選曲したんですか?

音博は初めてだったので、事前にどんなフェスなのかをいろんな人に聞いたら、とにかく音楽好きな人たちが平和に音楽を楽しんでいるフェスだよ、という声が多かったので、いわゆるシングル曲だとか何かの主題歌だとかを意識せず、公園の景色に合いそうな曲、私のことをあまり知らない人に芝生に座ってのんびりしながら「気持ちいいなあ」と感じてもらえそうな曲を選びました。その筆頭がBlu-rayにも入っている「Remedy」で。岸田(繁 / くるり)さんに書いてもらった「菫」もそんな曲だし、世代的なところもあるのか「プラチナ」はライブが終わったあとに「この人の曲だったんだ!」という感想を多くもらいました(笑)。

坂本真綾

意外とまったりとしています

──アーティスト坂本真綾としての作品は今年はシングル2枚のみでしたが、デビュー30周年も控えていますし、冒頭でもお話しいただいた通り、今は来年に向けての制作が着々と進んでいるのでしょうか。

別の新しい曲が完成していたりもしますし、新しい出会いもあります。着々と制作を進めつつ、5月にファンクラブ20周年イベントの締めくくりのライブを行うことも発表していますし。ただ、30周年に向けた何かというのはまだ全然考えていなくて、意外とまったりとしています(笑)。

──派手にやらないならやらないで済ませたい?

どうなんだろう? きっと何か出したりはすると思うんですけど……25周年のときのほうが、もっと前々から慌ただしく準備していたような。

──坂本さん本人が知らないだけで、進んでいる話があるかもしれない(笑)。

あははは。あんまり先のことは考えないようにしたいです。

──白戸さんとのタッグはもう少し別のパターンも聴いてみたいと思いましたし、新しい扉を開いた内村さんとのコンビネーションにも期待したいですね。

そうですね。友美ちゃんは改めていい作詞家さんだなと思ったし、今回は私のリクエストに応える形で書いてもらいましたけど、たぶんいろんなことに応えられる職業作家タイプの作詞家だと私は思っているので、私もきっと頼みますし、いろんな人に書いてもらいたいですね。白戸さんもいろんなリクエストに応えてくれそうなので、次は全然違う曲をお願いしてみたいです。

坂本真綾

公演情報

坂本真綾オフィシャルFC会員限定 IDS!アイドリングストップ!20周年しめくくりLIVE(仮)

  • 2025年5月24日(土)
  • 2025年5月25日(日)

※公演詳細&チケット情報は後日発表。

プロフィール

坂本真綾(サカモトマアヤ)

1980年3月31日生まれ、東京都出身。幼少期より劇団で活動し、自身が主人公の声を担当した1996年放送のテレビアニメ「天空のエスカフローネ」のオープニングテーマ「約束はいらない」で歌手デビュー。以降コンスタントに作品を発表する傍ら、声優、女優、ラジオパーソナリティとしても活動している。2021年3月にデビュー25周年を迎え、神奈川・横浜アリーナで2DAYSライブ「坂本真綾 25周年記念LIVE『約束はいらない』」を行った。2023年5月に11枚目のオリジナルアルバム「記憶の図書館」を発表。2024年10月にテレビアニメ「星降る王国のニナ」のオープニングテーマ「nina」が配信リリースされ、11月にはカップリング曲を含むCDシングルとして発売される。

衣装協力
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