坂本真綾 単独インタビュー
「言葉にできない」と「千里の道」について
──ここからはその他の収録曲の話を。両A面のシングル、かつどちらもアニメソングとなると、2曲まったく異なる世界観でサウンドの肌触りも全然違うということが多いですが、このシングルはカップリング曲を含む3曲にどこか統一感がありますよね。描いているものは違えど、穏やかなトーンで統一されていて。
そうですね、確かに。
──2曲目の「言葉にできない」はアニメ「本好きの下剋上 司書になるためには手段を選んでいられません」第3期のエンディングテーマで、こちらは作詞のみならず作曲も坂本さんご自身ですね。
はい。こちらもアニメの世界観に沿った形で作ったんですけど、家族の元を離れて自立する瞬間を描く場面がお話の1つにあったので、そこからイメージを膨らませていきました。ファンタジックな世界観のアニメなので、いわゆる日本の日常の風景というよりは、どこか遠い国の景色をイメージさせるものになればいいな、とざっくり考えて。
──アコースティックな風合いでストリングスが彩りを加えているという部分は「菫」とも共通していますけど、こちらのストリングスはフィドル的というか、ケルト音楽に近い印象ですね。この雰囲気は過去の坂本さんの作品にもたびたび登場してきましたが。
どうもこの感じが私は好きみたいですね(笑)。編曲をお願いしたh-wonderさんと25年以上にわたる長い付き合いですけど、アレンジャーとしてだけでお仕事をお願いしたのはこれが初めてで。
──h-wonderこと和田弘樹さんには、去年は歌を歌ってもらって(参照:坂本真綾の新作は“デュエット”がコンセプト、第1弾ゲストは22年ぶりシンガー復帰の和田弘樹)、今度はアレンジをお願いして。
働かせすぎですね(笑)。でもお願いして本当によかったです。和田さんに自分が作った曲のアレンジをお願いする日が来るなんて。これも25年以上続けてこなかったらあり得なかった世界線、という感じで。
──そして3曲目の「千里の道」はレギュラーラジオ「ビタミンM」の放送1000回の記念に作られた楽曲ですね。
はい。本当にラジオで流すために作ったテイクで。ピアノと歌だけですね。やっぱりラジオを1000回も続けるって相当なことなんですよ。20年近くも続けてきて。記念の回なので何か特別なことをやろう、といろいろなアイデアが出た中で、「1000回を記念するにはありきたりなものじゃいけない」と思って、そこでしか聴けない新曲があってもいいかなと。まあ今回こうしてリリースされることになりましたけど。20年も番組を続けてきたということは、私の知らないところでいろんな方が努力してくださった結果だと思うんですね。毎週金曜の深夜に、1週間働いて疲れたリスナーさんたちにちょっとでもリフレッシュしてもらいたいという思いで「ビタミンM」という番組名にしたんですけど、そうやって楽しんでくれているリスナーさんや関係者の皆さんに改めて恩返しできるような曲になればいいなと、日々がんばっている自分を明るく褒めてあげられるような曲にしたいなと思って作りました。
──今回は“studio live”バージョンとして収められていますが、いつか完全版を作る予定も?
作りたいですね。ホントはもっといっぱいコーラスを入れたりしたかったので、いずれ。
前例に頼れない、新しい日々
──これからのこと……と言ったらやはり、この曲がリリースされる頃には産まれているのでしょうか、お子さんのことですね(参照:坂本真綾が妊娠を発表「すべての方に恩返しできるように、日々を積み重ねていきたい」)。もちろん産まれてみないとわからないと思いますけど、「母になった坂本真綾」がこれからどう変わっていくのか。
いやあ、まだまだ想像がつかないですね。
──大きく価値観が変わることもあるかもしれないし、見える景色も違ってくるかもしれない。もしかしたら「もう音楽なんてどうでもいい」と思うかもしれませんよね。
ふふふ。本当にまだどうなるかわからないですけど、いろいろと思いもしなかったようなことが起こるでしょうね。今までの人生の前例に頼れないことが。気付けば40歳を過ぎて、「前はこうだったから」とか「あのときはだめだったから、こうすればいい」とか、そういう経験に基づいて日々の行動を決めてたんだなと思います。それが全然通じない場面に出会ったとき、新しい発想が必要になるんだなと思うと……若いときはすぐに反応できていたかもしれないけど、ある程度凝り固まった考え方を離れて、今の自分がどこまで臨機応変に対応できるのか。まあでも、今までの人生がそうだったように、始まってしまえばなんとかなる。そんな前向きな気持ちもあるし。急に童謡ばかり歌うみたいな路線変更とかはないと思います(笑)。
──おそらく坂本さんのアイデンティティ形成において重要な要素だったであろう「一人旅」に関する考え方は大きく変わるんじゃないでしょうか。
それはちょっと不安ですね。もしかしたらもう一人旅はできないのかなあ。でも、旅をすることと同じぐらいの面白いことや刺激が日常にやってくるのかもしれないから、そこからインスピレーションを受けることもあるでしょうし。時間の使い方が変わってくるのはきっと大変だと思いますけど……自分の親がそうなんですけど、好きなことに対して一生懸命やっている姿というのは、見せる価値があるものだと思っていて。私は親のそんな姿を見て無意識に「仕事って楽しいんだな」「働くってやりがいのあることなんだな」と疑うことなく大人になれたんですよ。つまらなそうにしている姿を見せるよりは、私が楽しいなと思う姿を見てもらったほうがいいかなと思っていて。
──表現するものにも変化は出てくるかもしれませんよね。
それを考えると……やっぱりほかの人に歌詞を書きたいですね。自分の曲を書くと「母親になってこんなことを書くようになった」と何を書いても言われると思うんですよ。想像しただけでうんざり(笑)。でも人に書くんだったら、そういうことも取っ払って自由に書けると思うので、楽しそうだなあって。
プロフィール
坂本真綾(サカモトマアヤ)
1980年3月31日生まれ、東京都出身。幼少期より劇団で活動し、自身が主人公の声を担当した1996年放送のテレビアニメ「天空のエスカフローネ」のオープニングテーマ「約束はいらない」で歌手デビュー。以降コンスタントに作品を発表する傍ら、声優、女優、ラジオパーソナリティとしても活動している。2020年にデビュー25周年を迎え、同年7月に「シングルコレクション+ アチコチ」、12月にニューシングル「独白↔躍動」をリリースした。2021年3月には全曲デュエットのコンセプトアルバム「Duets」を発表し、神奈川・横浜アリーナで2DAYSライブ「坂本真綾 25周年記念LIVE『約束はいらない』」を開催。2022年5月、テレビアニメ2曲のテーマソングを収めた両A面シングル「菫 / 言葉にできない」をリリースする。
岸田繁(キシダシゲル)
1976年4月27日生まれ、京都出身・在住のアーティスト。1996年にロックバンド・くるりを結成し、翌1997年に初期の代表曲「東京」を含むミニアルバム「もしもし」を発表。1998年には佐久間正英のプロデュースで再レコーディングされたシングル「東京」でメジャーデビューを果たす。以降は「さよならストレンジャー」「図鑑」「TEAM ROCK」「THE WORLD IS MINE」とコンスタントにアルバムを発表し、日本のロックシーンにおいて確固たる存在感を築き上げた。くるりは幾度かのメンバーチェンジを繰り返しながら音楽性を深め、2022年1月には大阪で、2月には東京で結成25周年記念ライブ「くるりの25回転」を開催した。また岸田は個人でクラシックの作曲も行っており、2016年には京都市交響楽団の委嘱で「交響曲第1番」を発表。同年に京都精華大学のポピュラーカルチャー学部客員教授に就任し、現在は同大学の特任教授を務めている。