坂本真綾「菫 / 言葉にできない」特集|坂本真綾×岸田繁(くるり)初対談「であいもん」が導いた運命の出会い (2/3)

アレンジと歌詞の関係

──「菫」のアレンジの全体像は制作段階からある程度見えていたんですか?

坂本 岸田さんからのデモが上がってきた段階でこの世界観はだいたいできあがっていて。生楽器のあったかい感じの中に入ってくるシンセやギターが、やっぱり私の好きな岸田さんの音楽の世界観で、そこにグッときました。レコーディングも東京と京都でバラバラだったんですけど、岸田さんが送ってきてくださる音を東京のスタジオで1つひとつ解析しながら録っていくのがすごく面白くて。ゆったりとのどかな印象で始まるのに、1コーラスが終わったところにすごく不思議な展開があって、すごく大きな、宇宙まで広がっていくような景色のレンジがあって。少年が能動的に冒険していく視点と、大人が冷静に俯瞰で見ているような視点が同居しているというか。それは歌詞を書くうえでも意識しましたね。

坂本真綾

坂本真綾

岸田 そこはすごくドンピシャだなと感じました。「こんな歌詞を書いてほしいな」と考えながら曲を作るのは失礼かなと思うので、もうちょっとオーソドックスに、歌う人の声の感じに合わせて書くことだけを考えるんですけど、どうしても下心というか、「こういう歌詞になあれ」という意識が入ってくるんですよ(笑)。今おっしゃっていただいた途中の不思議な展開は、まさに俯瞰的というか、時系列をちょっと入れ替えるようなイメージがあって。過去に心の中にしまったもの、発酵してしまっている気持ちを抱えながらも、人は現実にとらわれながら生きている。自分の中に現実とは別の世界線みたいなものがあるじゃないですか。音楽はそこを超えて描けるというか、同じモチーフでも背景が変わるとガラリと世界が変わるみたいな、そういう表現ができる。この曲ではそれができたらいいなと思っていて。「僕たちは寂しい生き物だから増えすぎてしまったのかな」というフレーズの前後は、まさにそのイメージにドンピシャで。音楽を読んでいただいてありがとうございますという感謝しかないし、僕には書けないなあと。

坂本 ホントですか? 私もそのサビの1行目が浮かんだときに「できた!」という感じがあって。少し大きなことを言いすぎたかなとも思ったんですけど、展開するその景色が、私はカメラがグワーッと引いて宇宙くらいの距離からの俯瞰に変わるような感じにイメージできたんです。小さい生き物が、ああでもないこうでもないと思いわずらわせながらウヨウヨと動いているような。それを押し付けがましくなく、ふと日常の中で思いを馳せる瞬間として書けたらいいなと思っていて。歌詞に合わせてアレンジを考えてくださる場合もあるんですけど、曲を聴いていると現れる、音によって引っ張り出される色や肌触りのようなものを拾い上げて歌詞にするのも楽しいんです。今回はこのサビが浮かんだら、あとは何も言わなくていいやと思って、すごく素直に書けました。

岸田 うんうん。すごくカッコいいなと思いましたね。僕は全然、ダジャレを並べて書くようなものばかりなので(笑)。

坂本 そんなそんな(笑)。

岸田 なんとなく伝わればいいなーくらいの感じで書くことが多いので。真綾さんのこの歌詞も、なんとなくわかる感じというか……「おうおう、そうよなあ。わかるわかる」みたいな感じではなくて(笑)。

坂本 (笑)。

岸田 そういうんじゃなくて、なんというか、「日によってはめっちゃそういう日」みたいな、そういう感じ。……うまく言えなくてすみません(笑)。

左から坂本真綾、岸田繁(くるり)。

左から坂本真綾、岸田繁(くるり)。

岸田繁の術式展開

──シンガーソングライターの人が楽曲提供を行う場合、自分で歌うことを前提にしない曲を作ることは楽しさと難しさがあると思うのですが、楽曲提供をもっとやりたいという岸田さんはそれを楽しんでいる?

岸田 そうですね。曲を作るのが大好きで、作り続けていたいなあと思うので。バンドをやってるときはまた意識が違っていて、体で音楽をやる喜びのようなものがまずあるんですね。基本的に僕は歌があまりうまくないので、くるりの曲を作るときはそれを意識するし、その中で“くるりの岸田”を演じる、というか。それは嘘をついてるとかじゃなくて、やっぱり実像とは違うので。バンドの曲は自分が演じるための曲というのがあるので、もっと別の、それまで会ったこともなかった真綾さんに曲を作るというのはすごくロマンチックなことで、自由なんですよね。なんで、曲はたくさん作りたいし、自由がいいなあといつも思っていて……別にいつもが不自由だとは思ってないですけど(笑)。

坂本 あははは(笑)。

岸田 すんません、わかりにくい話で。「菫」を書いているときは本当に自由に楽しくやらせていただいて。

岸田繁(くるり)

岸田繁(くるり)

坂本 いやあ、うれしいです。私はもともと歌詞を書くのが好きなんですけど、最近はほかのアーティストさんに書かせていただく機会が増えて。そのとき、確かにすごく自由なんですよね。自分の曲を書くときは「自分はこういう言葉は使わない」というなんとなくのルールが存在しているし、「前に同じようなこと書いたな」と考えて隙を縫うように書いていくと、今やりたいことのど真ん中を突けない感じがあって。別に誰からも強いられていない制約なんですけど、やっぱり25年もやっているとどうしても抜け出せないところがあるんですよね。それが、人に「書いてください」と言われた瞬間になぜか全部取っ払われて、むしろ自分が書きたかったことが書けたりすることもあって。いいものが書けるなら自分で歌いたいと思っていたし(笑)、人のために歌詞を書く喜びなんてわからなかったんですけど、今はそういう場があることは幸せだなと思います。

──ちなみに坂本さんは岸田さんのどんなところに惹かれるんですか?

坂本 なんでそんなこと言わせるんですか。

──(笑)。

坂本 なんでだろう。理屈はないんだけど……なぜか何回も泣いてしまう曲があって。「言葉はさんかく こころは四角」なんですけど。

岸田 ああ、ありがとうございます。

坂本 あと「奇跡」もそうですね。毎回聴くたびに感じ方は違うんです。たぶんそのときの状況や心情で違うんですけど、前回とは違う理由で泣ける、みたいな。たぶん言葉に余白があって、さっきの「なんとなくわかる感じ」というお話で少し理解できましたけど、聴く人がどうとでも取れるように、そのときどきで違うところが刺さるように描かれているんじゃないかなって。運転しているときとかに、ふいに「言葉はさんかく こころは四角」が流れてくると、心の中のどこかが刺激されて泣いてしまうんです。なんだろう、特に優しくしてくれるわけじゃないんだけど、すごく優しく感じたり、すごくさびしく感じたり。声色まで違って聞こえるのが不思議だなって。いろんな音楽でそれを感じることはあるけど、岸田さんが書かれる曲は特にそう感じてしまうものが多いのかなあ。

岸田 いや、ありがとうございます。最大の褒め言葉です。

左から坂本真綾、岸田繁(くるり)。

左から坂本真綾、岸田繁(くるり)。

──それは岸田さん自身意識しているところなんですか?

岸田 意識しているんです。というか、意識していなくてもそれしかできないんだと思います。それが……説明するのが難しいけど、岸田繁の術式展開というか。小技というと小賢しいですけど(笑)。みんなが同じ気持ちになる瞬間というのはあると思うんですね。例えばイチローが引退したとか、オミクロン株がヤバいとか、今日は春一番が吹いてるなあとか、なんでもいいんですけど。そうやって「おっ」と思う感情に対して、イチローとかオミクロンとか春一番とか言っちゃうと世界が限定されるから、似たことをいっぱい探すんですね。これは歌詞に限ったことではなく、音作りとか……特にこだわるのは和声進行ですけど、「なんかこの感じ知ってる」みたいなものの流れを、曲全体の中に1個2個の時差を作って入れて、ちょっと時空を歪める言うんですかね。ちょっと重量がない状態にする。そうすると、さっき話に出てきた俯瞰とすごく目の前の主観の行き来みたいなことができるんやないかなあって。「言葉はさんかく こころは四角」はまさにそんな感じで書いていて、5年後ぐらいに「いいなあ」と伝わる、5年殺しみたいな(笑)。

坂本 (笑)。へえー。

岸田 「今感じたことをそのまま言葉にしてみよう」みたいなことは苦手なほうなので。ちょっと整理をして、見えてきたものを前に持ってくるみたいな。くるりの曲を作るときはそれを留意するようにしています。

坂本 すごい……初めて知ることばかり。

岸田 僕も初めてちゃんとしゃべりました(笑)。

歌のおばけ

──お話を聞いていると、それぞれに別の形で25年以上やってきたからこその面白さがこのコラボレーションにはあるように感じます。お互いがもっと若いときに実現していたら、全然違うものになったのかも。

岸田 年齢やキャリアは気にしない、とか僕みたいなのが言ったらなんか意地張ってるように見えるかもしれないけど(笑)、ホンマあんまり考えてなくて。長く続けたらそれだけ経験だけは積まれていくと思うんで、見えへんかったものが見えるようになってきたりすることもあるけれど、一方で体は老化して耳はどんどん悪くなっていくわけですから。だからあんまり気にしてないけど、同じように長く続けてきたカッコいい方と、このタイミングで一緒に仕事ができるというのは励みになりますし、うれしいですね。

坂本 いやあ、こちらこそですね。偶然にタイミングが重なって今こうやってご縁がつながったわけですけど、15年、20年で活動を止めていたらつながらなかった縁がここでつながったということは、それだけで長く続けてきてよかったなと思いますし。自分にもいろんな時期があって、すごく時間をかけないとわからなかったことや、挑戦できなかったことはすごく多くて。こうやって大好きな岸田さんに堂々と曲をお願いすることも、私には25年かかっているんです(笑)。いろんなことが遠回りじゃなかった、無駄じゃなかったと思うし……一方で、うれしいことに私は「声が好き」とおっしゃってくださる方が多いですけど、こればっかりは歳とともにどうなっていくかわからないので。1曲1曲が若いときよりもすごく大事になっていて、「この1曲が最後になってもいい」という思いが最近は毎回あるんです。ちょっと重いかもしれませんけど(笑)、そんなこと若いときはまったく思わなかったので。

岸田 うんうん。

左から坂本真綾、岸田繁(くるり)。

左から坂本真綾、岸田繁(くるり)。

坂本 こういう1つの出会いを大切に味わえるようになった、というんですかね。それを余すところなく楽しみたいし、満足できるものにしなくちゃいけない、いつ死んでもいい!みたいな気迫で(笑)、考えてしまうこともあります。これは当たり前のことじゃないんだぞ、という気持ちがいろんな場面でよぎりますね。

岸田 でもね、真綾さんの歌を聴いてたら、そういう気迫やないですけど、歌に対する思いを感じますよ。重みとも違う……背筋が伸びる、というと脅されてるみたいやな(笑)。なんだろう、歌で何かを変えられる力というんですかね。それをビンビン感じるというか。できあがった音を送っていただいて、思わず動きを止めて聴いちゃいましたね。カッコええわあ……って。よく僕は「歌のおばけ」って言い方をするんですけど(笑)、歌で何かを動かす人。真綾さんも「歌のおばけ力」がすごい人やなあと。

坂本 歌のおばけ。光栄です。