坂本真綾×佐野康夫×千ヶ崎学|ライブを支えるリズム隊と振り返る25周年横アリ公演

坂本真綾にとって2人はどんな存在?

──横アリのMCで坂本さんがおっしゃっていた「私には出会いの才能がある」という言葉にはすごい説得力を感じました。2日間のゲストやバンドメンバーを見て、演奏された楽曲を聴いてしみじみと。

坂本 私の才能はそれだけですから。人に出会う才能。(佐野と千ヶ崎を見て)お二人についても本当にそうですよ。

──坂本さんにとってお二人はどんな存在ですか?

坂本 佐野さんはなんだろうなあ……私は「佐野神」と呼んでるんですけど(笑)、いるだけで安心もするし、「この人の前で絶対にヘタなことはできない」というプレッシャーも感じられる。

佐野 いやいや、親戚のお兄ちゃんみたいな感じでしょ?(笑)

坂本真綾

坂本 デビュー当時からずっと知ってくださっている人って、本当に少なくなってきたんですよ。佐野さんは10代のときから節目節目で見てくださっている方なので、「なかなかいい大人になってきたな」「こういうところがよくなってきたな」と思ってもらうことが恩返しというか。変なことをやったら恩を仇で返すことになるので(笑)、そういう意味でも身が引き締まるし、節目には必ずいてほしい人ですね。あと思い出すのが、1stライブ(2000年8月14日に東京・ON AIR EAST[現TSUTAYA O-EAST]で行われたワンマンライブ「タナボタ LIVE1」)のときに私の声が小さすぎて、ドラムとの音かぶりが激しいからドラムの前にパネルを立てなくちゃいけなくなったんです。それで誰かが「立てたくないけど立てるか」とおっしゃったんですよ。私のせいでそうなったのが、すっごい悔しくて。そのあと、佐野さんに入ってもらうときにパネルを立てないことにこだわっていたの、覚えてません?

佐野 そういえばあったね(笑)。

坂本 本当は自分の声が全然聞こえないんだけど「聞こえません」とは言わなかったんです(笑)。でもあるときから全然平気になっちゃったんですよね。むしろ目の前で佐野さんの音を浴びてたほうがいいくらい(笑)。私の中で、歌を歌うのにコード楽器がもっとも聞こえないといけないという思い込みがあったんですけど、実はドラムを聴いているほうが歌いやすいんだなって気が付いて。佐野さんのドラムをガンガンに聴きながら歌えるようになって、自分の中で少し世界が変わったんです。

佐野 ドラムは強音楽器ですから、弱音楽器と一緒に鳴らすのが難しいんですよ。でも彼女の楽曲がそういうプレイを求めるんですね。うるさく叩くべきところを小さくすると音楽が変わっちゃうから、そのせめぎ合いは昔からの悩みなんです。やっぱりたくましくなったよね。

坂本 いや、佐野さんのドラムの音はほかの人と比べてもデカいんですよ(笑)。でも、これに慣れちゃうと大きくないと物足りなくなっちゃうんですよ。わかります?

千ヶ崎 わかるわかる。気持ちいいんだよね。やっぱデカいと元気出ます。

坂本 あと佐野さんは「歌を聴いてくれてるな」ってわかるんですよ。だから単に「デカくてうるさいな」とは思わない(笑)。ハッピーなドラムです。千ヶ崎さんはね、最初は怖かったんですよ。

千ヶ崎 ホント!?

坂本 私は誰のことも初対面では怖いんですよ。千ヶ崎さんは初対面のときに、ちょっと不機嫌そうに「何小節目のここは何? もう1回言って」みたいな感じで。それはあとでわかるんですけど、千ヶ崎さんはだいたい最初は人の話を聞いてないんですよ(笑)。

佐野 あははは(笑)。

坂本 最初は私のことが何か気に入らなくてそう言ってるんだと思ってた。

千ヶ崎 100パー聞いてなかっただけだね(笑)。

坂本 ベーシストは寡黙な人が多くて、なんとなく怖い印象を持たれがちだけど、実際は温厚でいい人が多いんですよ。あるとき、リハの最終日で全曲通しでやって、まあリハだから特に誰も何も言わなくて。そんな中で千ヶ崎さんが急に「楽しかったあー!」って言ったんですよ(笑)。それも心の底から言ってる感じがあって、本当に楽しんでくれているんだなあと。あとツアーを回っていると、千ヶ崎さんはとにかく私の歌を褒めてくれるから(笑)、すごくありがたい。

千ヶ崎 みんな褒めてるじゃん。

坂本 千ヶ崎さんほど褒めてくれる人はいないですよ(笑)。私の知ってる人の中で一番褒めてくれる。

左から佐野康夫、坂本真綾、千ヶ崎学。

緊張とキャリア

坂本 今回はセンターステージだったので、普段だと2人には背を向けていることがほとんどだけど、どこを向いてもバンドメンバーの誰かがいる状況というのは新鮮でしたね。やりにくいのかなと思っていたら、全然そんなことなかった。メンバー同士がギュッと近くに集まっていたから安心感があって。広い会場でも怖さを感じないというか。

──会場に入った瞬間びっくりしましたけどね。総合格闘技のオクタゴンみたいな金網に囲まれたステージがアリーナ中央にドンと構えていて。

坂本 そうですね。バーリトゥードっぽい感じ。

千ヶ崎 籠の中みたいな感じでスタートしましたもんね。

──金網状のケージに25年間を振り返る映像が映し出されて、坂本さんの姿が見えたと思ったら、ショートカットになった髪型でまず1つ沸かせるという。

坂本 出オチみたいな感じでしたね(笑)。来た人に、とにかく始まった瞬間から「何か特別なことが始まった」という気持ちを味わってほしくて。そのためにも何かしよう、と思って髪を切ってみました(笑)。

──ああいった大きなライブのオープニングは、キャリアを積んでも緊張するものですか?

坂本 それ私も知りたい。どうなんですか? 緊張しているようには見えないけど。

千ヶ崎 緊張しますよー。

佐野 僕は小さな場所でも大きな場所でも必ず緊張しますね。

坂本 何に緊張するんですか?

佐野 始まる前の期待と不安と……まさに入り混じった状態ですね。おそらくずっと緊張し続けるんでしょうね、これからも。

坂本 佐野さんが緊張するんだったらしていいんだ!って思いますね(笑)。

千ヶ崎 うん、しょうがない(笑)。

坂本 でも一生この緊張からは逃れられないのか……。

佐野康夫

佐野 この緊張に慣れていくしかない、と思いながらずっとやってきましたね。

坂本 でも佐野さん、全曲しっかり覚えてるじゃないですか。緊張でそれが飛ぶこともあるんですか?

佐野 あるある。「あー、飛ぶかも」と思ったら飛んじゃうんですよ。

千ヶ崎 わかるわかる。

坂本 「飛ぶかも」に入っちゃったらどうするんですか?

佐野 そのときはあきらめるしかない。

坂本 あはははは。みんなそうなのかあ。

千ヶ崎 「飛んだところで地球が滅亡するわけじゃなし」っていう(笑)。

佐野 そうそう(笑)。そういう覚悟の決め方もあるし、戻ってくるのを待つしかない。

──リズム隊同士で補い合う部分も?

千ヶ崎 補い合えていると……いいですねえ。

佐野 いやいやいや(笑)、助けてもらってますよ。

千ヶ崎学

千ヶ崎 こちらこそ。

──バンドメンバーと見合っている形に安心感があったと坂本さんはおっしゃっていましたが、バンドメンバーの皆さんはどうでしょう? 通常のステージではあまりないでしょうし、安心感と同時に楽しさもあったんじゃないかなと映像で皆さんの表情を観て思いましたが。

佐野 そうですね。バンドはチームプレイですから、円で囲んで一丸となって演奏するのは安心感があるし。

千ヶ崎 あのステージはワクワクしましたよね。自分自身が非日常の世界に入り込んだような感覚もあって。

──左右に長く伸びた花道をギターの2人(バンマス北川とNONA REEVESの奥田健介)が駆け回っているのを見て、動けないリズム隊はうらやましくならないのかな?とも思いましたけど(笑)。

坂本 確かに。

佐野 それはドラマーとして一生のジレンマです(笑)。でも、僕らがステージ上で楽しく演奏をして、それを観た人が楽しんでくれるというのは、ミュージシャンとして一番の快感だし、幸せなことですね。

四者四様のゲストたち

──今回は坂本さんの25年の歴史を振り返るライブであると同時に、3月17日にリリースされた初のデュエットアルバム「Duets」からの新曲お披露目の場でもありました。アルバム参加者から堂島孝平さんと内村友美(la la larks)さんが2日連続で、原昌和(the band apart)さんと土岐麻子さんが日替わりゲストとして登場しました。

坂本 本当に楽しかったです。ずっとソロで活動してきたから、「1人じゃない」ってすごく新鮮でいいものなんだなって。思ってもみない表現ができたり、パワーをもらえたり。ゲストのみんなにも楽しんでほしいと思っていたけど、むしろ「助けられた」と思えた中盤のコーナーでしたね。

佐野 ゲストコーナー、2日ともすごく楽しかったなあ。

──バンアパ原さんが、近所からフラッと現れたようなラフな格好のまま、せり上がるステージで上昇していくのはちょっと面白かったです(笑)。

坂本 本当はタキシードを用意しようと思ってたんですけどね(笑)。普段ボーカルをしているわけではないベーシストにデュエットをお願いするというのがそもそも異例ですし、恥ずかしいかもしれないなと心配して「着るものに困るようならタキシードを用意しましょうか?」と言ったら「ちょっと考えます」と言われて、当日はああだった。

佐野千ヶ崎 (笑)。

坂本 原さんがやりやすければ私はなんでもOKですけど。本人はめちゃくちゃ楽しかったそうですし、大勢の人前で歌うのにまったく緊張していなくて。ただただ楽しかったと言ってました。ベーシストが2人同じステージに上がることはあまりないから、千ヶ崎さんが原さんの大ファンになっちゃって。

千ヶ崎 リハから食いついちゃったね(笑)。

坂本 何をそんなに気に入っちゃったんですか?(笑) やっぱりあの人柄ですよね。まとっている雰囲気で人を惹きつける人なので。

千ヶ崎 そうそう。ちょっと下調べと思ってYouTubeを観てみたら、悪ぶったりもしてるんだけど、いい人がにじみ出ちゃってて(笑)。歌にもちゃんと一生懸命向き合ってるじゃないですか。「ヤバい、この人好きかも」というのがリハに来る前からあったんですよ。そうしたら楽器も気になっちゃって「どんな機材使ってるんですか」と食いついちゃいましたね。

坂本 皆さん四者四様で素敵でしたね。1曲2曲のゲストって、逆の立場だとすごく緊張して嫌なんですよ(笑)。嫌というか、盛り上がっているステージに出ていくプレッシャーが大きくて。皆さんそれぞれのカラーがあって尊敬しちゃう。勉強になることばかりでしたね。

千ヶ崎 僕は堂島くんや土岐さんは昔からの付き合いなので、真綾ちゃんのステージで一緒になるというのは新鮮でしたね。でも2人とあんな大きなステージに立ったことはなくて。そんな中でも2人はしっかり自分の色を出していたし、演奏していてすごく楽しかったですね。

坂本 土岐さんがかわいくてねえ。私は2日目のほうが緊張していたんですけど、土岐さんと歌ったあたりでようやく力が抜けてきて心底楽しい!と思えました。堂島さんはさすがとしか言いようがないですね。エンタテイナーとして最高で。友美ちゃんはバンドでそんなに大きいステージには出ないし、イヤモニもほとんどしたことがなかったそうなんですよ。ワイヤレスマイクすら初めてらしくて、最初はすごく緊張していたみたいなんですけど、そうは感じさせないクールな佇まいで。la la larksは休止中なので人前で歌うこと自体ひさびさの場で、めちゃくちゃ準備して臨んでくれたことを知っていたので、彼女自身が歌を楽しんでくれていたらいいなって。