今、台湾音楽が面白い!第3回:メインストリームの中で存在感を放つインディーズ勢|“台湾のグラミー賞”「金曲奨」ノミネートから見るシーンの変化

音楽ナタリーでは台湾音楽の魅力を伝えるべく現地のメディアプロジェクト・Taiwan Beatsとタッグを組んだ特集「今、台湾音楽が面白い!」を3回にわたり展開中。最終回となる今回は、「メインストリームの中で存在感を放つ台湾インディーズ」をテーマにしたコラム記事を掲載する。

日本にも活況が伝えられる台湾インディーシーン。その盛り上がりは“台湾のグラミー賞”とも呼ばれる音楽賞「金曲奨(Golden Melody Awards)」にも現れている。近年、同賞ではメジャーアーティストに混ざってインディーバンドが各賞を受賞するようになっており、メジャー / インディーの境界線が曖昧になりつつあるのだ。台湾の音楽シーンではいったい何が起きているのだろうか。8月21日に授賞式が開催される「Golden Melody Awards」の背景と関係者の証言をもとにしながら、台湾インディーシーンの現状を探ってみたい。

取材・文 / 大石始

変わりゆくGolden Melody Awards

「Golden Melody Awards」(以下、「GMA」)が設立されたのは1990年。当初は台湾行政院新聞局が主催を務めており(現在は台湾文化部が主催)、政府をあげてバックアップしている音楽賞といえる。台湾は80年代後半から民主化が進められ、社会のムードが変容していったが、「GMA」は台湾社会が変わりゆく中で立ち上げられた音楽賞でもあった。

台湾では80年代からクリスタルレコードなどいくつかのインディーレーベルが設立され、黑名單工作室(Blacklist Studio)や濁水溪公社(LTK Commune)などのバンドが活動を始めている。シーンの動きが本格化したのは90年代以降。台湾の音楽情報を発信するプラットフォーム・Taiwan Beatsで編集長を務めるBRIENは、90年代以降のインディーシーンの移り変わりをこのように説明する。

「90年代に入ると台湾のさまざまなレコード会社がイギリスやアメリカのインディー音楽を紹介するようになりました。高校や大学でロックサークルが設立されるようになったのも90年代以降だと思います。そうしたサークル出身のプロミュージシャンは少なくないんですよ。2000年代以降はヒップホップサークルも増えましたね。ライブハウスや音楽フェスもその頃から増加傾向にあり、音楽ファンが交流する重要な場所ともなっています」

落日飛車(写真提供:夕陽音樂)

各地のライブハウスを拠点に活動するバンドが増える中で、「GMA」も2001年に最佳樂團獎(最優秀バンド賞)を設立。五月天(Mayday)、蘇打綠(Sodagreen)、滅火器(Fire EX.)など数々のバンドがこの賞を受賞してきた。近年は落日飛車(Sunset Rollercoaster)など日本でもよく知られているインディーバンドもノミネートされており、「GMA」におけるインディーバンドの受け皿ともなりつつある。

?te

8月21日に授賞式が開催される第32回「GMA」にも数々のインディーアーティストがノミネートされている。シンガーソングライター・曹雅雯(オリビア・ツァオ)の「若是明仔載」は最優秀楽曲賞の候補ともなっているが、この曲でフィーチャーされている?te(whyte / ホワイト)はネオソウル系の注目アーティスト。Taiwan BeatsのBRIENもこの?teに注目しているそうで、「彼女の音楽はローファイヒップホップとジャズを合わせたもので、とてもリラックスすることができます」と話す。

また、BRIENはエレクトロダンスバンドのOVDSと、ミツメとの交流も深いインディーロックバンド・Deca Joinsをレコメンドしている。どちらも今回のGolden Melody Awardsでは最優秀バンド賞にノミネートされており、受賞が期待されている。

洗練と成長の背景にあるもの

この「GMA」でノミネートの常連となっている日本人ミュージシャンがいる。それが台湾在住のギタリスト・大竹研だ。大竹は台湾において熱烈な支持を集めるシンガーソングライター・林生祥(リン・センシャン)率いる生祥楽隊(センシャンバンド)のメンバーとして長年活動。全曲参加した林生祥のアルバム「種樹」(2006年)で「GMA」の2部門を受賞して以降、自身が率いるジャズグループ・東京中央線では2019年に演奏部門アルバム賞を、昨年には自身のソロ曲「Okinawa」が最優秀インストゥルメンタル作曲賞を受賞するなど、もはや「GMA」の常連アーティストとなっている。大竹は同賞のことをこう解説する。

「『GMA』は基本的にポップスのメジャーどころを対象とする賞という感じで、日本だとレコード大賞みたいな存在だったんですよ。でも、ここ4、5年ぐらいは台湾でもメジャーとインディーの境目がなくなりつつあって、インディーやアンダーグラウンドの領域で活動してきた人たちが賞を取るようになった。レコード大賞で受賞するのは日本でも一番売れている人たち、例えばEXILEや乃木坂46みたいなピラミッドの頂点にあたる人たちですよね。でも、『GMA』はそれ以外のアーティストやバンドにも光を当てようとしているんです。そうした中で僕らみたいにメジャーを意識しないでやってた人たちも関わり合いが出てきてるんですよね」

落日飛車のようなインディーバンドが「GMA」で存在感を高めつつあるのは、インディーシーンそのものの変化も影響しているという。

9m88

「9m88(ジョウエムバーバー)みたいなアーティストが出てきたのも変化を象徴していると思います。あれだけ才能のある子だったら、今までだったらデビュー前から大きなレコード会社が抱えて、スターとして育てたはず。でも、9m88はインディーでやってて、なおかつちゃんと世に響いている。9m88はニューヨークのニュースクール大学に留学していたことがあって、大学時代の友達がマネージャーをやってるんですよ。この人がすごく優秀で、ニュースクールでマネジメントを専門的に学んできたという人なんですよね。9m88は30歳になったばっかりだし、ラッパーのLeo王(リオ・ワン)はまだ20代。シーンの中心を担っている人たちがすごく若いんですよ」

つまり、9m88やLeo王が象徴する新世代のインディーアーティストたちは、海外で学んだノウハウを生かしながら、台湾の芸能界的なところとは別の場所に自分たちの居場所を獲得しているのだ。

大竹によると、台湾のインディーシーンでは2013、4年あたりを境に洗練されたアーティストやバンドが一気に増えたという。要因の1つとして挙げられるのは、やはりYouTubeの存在。海外の音楽情報にダイレクトに触れられるようになったことで、台湾のインディーアーティストもレベルアップしたと大竹は話す。だが、彼は「でも、どのバンドも台湾の地域性もキープしているんですよね」と続ける。

「台湾語にこだわってやってる人たちもいるし、マンダリン(標準中国語)、原住民族の言語、英語で歌う人もいる。多言語が当たり前なんですよね。最近はゲシュタルト乙女(Gestalt Girl)みたいに日本語でやってる人さえいますから。音楽自体がレベルアップし、国際化も進む一方で、地域性と多様性も保っているんです」

今年の「GMA」のゆくえは?

先にも触れたように、大竹は昨年、自身名義のインスト曲「Okinawa」で「GMA」の最優秀インストゥルメンタル作曲賞を受賞している。過去さまざまな作品で結果を残してきた大竹であっても、自身の作曲した楽曲で受賞するとなると喜びもひとしおだったという。ただし、同曲が収録されたアルバム「Ken」は、大竹のアコースティックギターを堪能できる良質のインストアルバムではあるものの、決して派手な作品ではない。こうした作品が台湾を代表する音楽賞を受賞すること自体に台湾音楽界の成熟が現れている。

「『GMA』の意義の1つが、賞を受賞することで社会的に認知されるということですよね。僕らみたいなミュージシャンにとっては、幅広い音楽ファンに知ってもらういい機会になるんです。音楽活動を続けるうえで1つの助けになるし、受賞することで始まることってやっぱりあるんですよね」

今年の「GMA」では、大竹が参加する生祥楽隊も最新アルバム「野蓮出庄」で最優秀バンド賞にノミネートされている。大竹は同賞にノミネートされているライバルたちをこう解説する。

漂流出口

「今や落日飛車も『GMA』の常連ですよね。あと、漂流出口(Outlet Drift)。原住民族のバンドで、音楽もすごく面白いんですよ。サイケデリックなんだけど、原住民族音楽の要素が入っていて、歌唱力もめちゃくちゃ高い。彼らはバンド活動だけで生計を立てているわけじゃなくて、ほかの仕事もしているんですよね。いい音楽を作っているのに、音楽で安定して収入を得られていないように見える。だからこそ彼らにスポットライトが当たってほしいですよね。落日飛車ももう有名だし、生祥楽隊も何度も受賞してるから、今回は漂流出口(Outlet Drift)が受賞したほうがいいと思いますね(笑)」

最後に大竹が注目しているインディーアーティストを何組か挙げてもらおう。

「Yellowくんはすごいですね。台北に僕らもよく使っている112F Recording Studioというスタジオがあるんですけど、そこがやってるライブ動画チャンネルがあって。そこでYellowくんを初めて観て、すげえなと思いました。原住民族の音楽的な能力の高さがありつつ、今のコンテンポラリーなR&Bの感覚も取り入れている。華もあるし、彼はすごいですね」

「あと、今年の東京中央線のライブでLeo王くんに歌ってもらったんですけど、むちゃくちゃすごかったですね。僕自身はラップに対する固定観念があったんだけど、Leoくんのスタイルってすごく音楽的なんです。音楽家としての能力がこんなに高かったんだと驚きました。あと、いかにもヒップホップ的なボキャブラリーじゃなくて、お米の歌を歌ったり。歌詞にちゃんとメッセージ性もあるんですよね」

「GMA」の授賞式は8月21日に開催。ここから9m88や落日飛車に続く新たなスターが登場するかもしれない。

2020年に開催された「第31回 金曲奨」の様子。

※台湾では先住民族を“もともと居住していた民族”という意味合いのもと「原住民族」と表記することが一般的であり、本稿でも現地の通例に倣い「原住民族」という表現を使用しています。