実話ベースでも似すぎないように

井上剛　なんかすみませんね急に。Tシャツじゃなくて、もっとちゃんとした服を着てくればよかった（笑）。

岩崎太整　この3人がそろうのは、去年の打ち上げ以来ですかね？

社長（SOIL&"PIMP"SESSIONS）　あのとき、なかなかたくさん集まっていましたね。

岩崎　あれはすごかった！ 俳優陣も音楽陣もスタッフも、みんな来ていて。

井上　なんか居心地がよかったよね。撮影が終わってから半年くらい経っているのにこんなにたくさん集まるってことは、いいチームだったんだろうなと思いました。

社長　ドラマを観ていて思いましたけど、俳優さんたちも演じていて楽しそうでしたよね。

井上　難しいドラマではあるんですけどね。実話をベースにしていると言っても脚本ですから、当人たちが実際に喋った言葉ではない。だから実在の人物がたくさん出てくるドラマだけど、「あんまり似せないように」ということを大事にしながら作りました。やっぱり（仲野）太賀が松尾（諭）くんのモノマネをするよりも、太賀がいきいきと見えるほうがよいので。だから井川遥役の井川さんにも「井川さんに似すぎないようにしてください」と伝えて（笑）。

岩崎　そんな無茶な（笑）。

井上　「拾われた男」は松尾諭という役者の話なんですよ。登場人物を演じるのは当然役者さんで、「やっぱり役者って面白い生き物だよね」ということを本能的に感じ取っている人たちばかりだから、「似せる」のではなく、のびのびやれたのかなと思います。たぶん彼らの中には役者だったら共通で持っている何かがあるだろうし、そういうものが表に出てくるように意識しましたね。

これまでとは違う音楽の鳴り方を求めて

──今回のインタビューでは、ドラマの各場面を彩る音楽面について伺えればと思います。今作ならではの特徴と言えば、そうそうたるメンバーによるスペシャルバンド・Lost Band Foundを劇伴制作のために結成していることですよね（参照：SOIL社長＆長岡亮介ら豪華メンバー集結、岩崎太整が音楽監督のドラマ「拾われた男」スペシャルバンド）。

井上　そうですね。松尾さんのお兄ちゃん役を演じた草彅剛さんも「音楽いいな」と言ってましたよ。彼はギター弾きなので。

社長　本当ですか？ うれしい。

──Lost Band Foundのメンバーは主に社長さんによって集められたそうですが、そもそも井上さんと岩崎さんはどのような思いで社長さんにオファーしたのでしょうか？

井上　 これまでとは違う音楽の鳴り方がするドラマにしたかったので、「誰かいい人いない？」と岩崎に相談したんですよ。ファンクやソウルが合いそうだなと思いつつ。

岩崎　それを受けて「社長に相談だ」と。僕はSOILが前の名義だった頃から好きで、吉祥寺とかのクラブにしょっちゅう聴きに行っていたんです。確かその頃、松尾さんもDJをされていたんですよね？

社長　そう。松尾さんは大阪でしたけどね。

岩崎　松尾さんはすごく音楽好きで、「拾われた男」は松尾さんが音楽にどっぷり浸かっていた時期のお話でもあるので、当時の音楽シーンを知っている人と一緒にやりたいなと思って。「きっと社長が一番合うと思いますよ」と井上さんに伝えました。

井上　しかも僕らがそういう話をしていた次の日くらいに、なんと社長が松尾くんと対談しているんですよ！

岩崎　そうそう！

社長　SOILのアルバムのプロモーションの一環で、Webメディアで対談させていただいて。そもそも松尾さんとは別のタイミングで知り合っていたんですけど、そのときに昔DJをやっていた話や音楽の話で盛り上がっていたのを覚えていて、ぜひ対談したいとお願いしたんです。

井上　僕らはその記事を読んで「なんで松尾が先に行ってるんだ？」と思って（笑）。頼もうと思っていた矢先だったので、びっくりしました。しかもがっつり音楽の話をしていたので、「ということは、このドラマでも音楽は大事にしていかなければ」ということが見えてきて。あの対談はすごく参考になりました。

豪華メンバーが集結したLost Band Found

──音楽制作はどういうところからスタートしましたか？

井上　まず、バンドを作ることから始めたんですよ。

岩崎　井上さんと僕が打ち合わせをしていたのが2020年頃だったんですけど、当時はコロナの関係でお客さんを現場に入れられず、音楽や演劇の活動がほぼなかった時期で。でも生の現場ならではの“息吹”のようなものを劇伴にも取り込みたいということで、「じゃあバンドを作ってみよう」という話になりました。とはいえ僕は裏方なので、バンドのメンバーを集められないし、オーガナイズすることもできないから、もう全部社長に任せようと。それが社長に声をかけた決定的な理由でした。だから3人で最初に会ったときは、「メンバーは誰にしようか？」という話からスタートしました。「ドラマーは誰々がいいよね」とか言いながら、ホワイトボードに名前を書いていくという。

社長　「これが実現したらいいよね」ってドラフト会議みたいに（笑）。

井上　普通、ドラマの劇伴の打ち合わせは、監督や音楽監督から音楽作家さんに「このドラマの意向はこんな感じで」と伝えたりするんですよ。だけど今回はバンドのメンバーリストを作るところから始まったので、プロデューサーとか、立ち会っていた人たちはみんなポカンとしていて（笑）。

岩崎　内心「何を言ってるんだ？」と思っていたんじゃないかな（笑）。

井上　通常であれば前もって劇伴として作った曲を演奏するものだけど、今回はまずこのバンドの産声ありきだと思ったんです。バンドがライブ演奏をすることが大事。そして、その場で作曲家たちが感じたことを劇伴の音楽に還元してもらったんです。

──斬新なやり方ですね。

社長　初めにお二人から「ドラマのオープニングをライブミュージックからスタートしたい」というオーダーをいただいたんですよ。「そんなこと、あり得ないでしょ！」と思いながら、ドリームチームみたいなバンドを組めて、好きなように音楽を作れて。自分にとってはまたとない機会でした。Lost Band Foundのメンバーはみんな音楽的な素養に優れているし、演奏力ももちろん高いのですが、バックグラウンドがちょっとずつ違うのが面白いですよね。僕が「この曲は彼に頼もう」「こういうシーンは彼が得意そうだ」という感じで、メンバーに曲を振っていって。15曲くらい作って、ライブがワンセットできそうだとなったタイミングで、東京キネマ倶楽部にお客さんを入れて収録をしたんですよ。

岩崎　だからライブ音源がそのまま劇伴になっているという。

井上　前代未聞ですよね。

旅をイメージした曲順

──1曲目の「Grand Award」からライブならではのバンドの息遣い、熱気が感じられます。

社長　この曲は確か「すべてを手に入れた」というキーワードを最初にいただいて。そこから「だったら、壮観なトランペットの音色で始まったらいいんじゃないか」と考えていきました。「壮観な」「堂々とした」というイメージで、ファンク＋ニュージャズっぽい雰囲気の曲に仕上げたんですけど、最初にオーダーをいただいたときは、別のシーンで使うことを想定していたんですよね？

井上　そうですね。けっこう前のことなので正確に覚えていないんですけど、松尾さんが渋谷のセンター街で空を見上げるシーンか、柄本（明）さんと出会うシーンだったと思います。

──実際のドラマでは第1話のオープニング、ドラマの撮影シーンで使われていて。第2話以降も何度も登場しています。

社長　結果的にすごくたくさん使っていただいて、ドラマを象徴する曲になりましたね。

岩崎　それにしてもこのサントラ、曲順が面白いですよね。この曲順は社長が決めてくれたんですけど、DJのような感覚で、ドラマで使われている曲も使われていない曲も等しく聴きやすいように、もちろん物語のことも考えながら並べてくれていて。最初にバンドによるライブRECの曲が並んでいて、そのあとに急に劇伴が始まるのは、すごく面白い作りだなと。

社長　まずはドラマの世界観と近い曲から始めつつ、グラデーションを描きながら、最後まで通して聴けるようなパッケージにしたくて。だから自然とバンドの曲を序盤に固めて、だんだんスタジオっぽくなっていく作りになりました。トラックメイカーの曲も挟みつつ、エンディングでは聴く人に「あれ？ どこへ行ってたんだろう？」という感覚になってほしくて。

井上　確かにちょっと旅っぽいですよね。ドラマの舞台でもある渋谷からカラマズーみたいな。

社長　そうそう。音の質感もだんだんカサカサしていくような。