前代未聞のサウンドトラック
──バンドでの公開収録はいかがでしたか?
岩崎 やっぱりスタジオでレコーディングをするのとは全然違いますよね。当日は感染症対策でお客さんもあんまり声を出せなかったんですけど、制限をちゃんと守ってくれつつ、音にノッてくれて。その熱気も含めて、バンドの生の演奏をそのままキャプチャーできてよかったです。バンドはさすが社長が集めたメンバーというだけあって、初ライブという感じがまったくしませんでした。それぞれ共演経験はあったかもしれないけど、この11人で一緒にやるのはこれが初めてだったんですよね?
社長 そうですね。
岩崎 どこかのタイミングで、みんなで突然Jamiroquaiの「Virtual Insanity」を演奏し始めたときがあったじゃないですか。
社長 ありましたね。あとは、主題歌(「Lost and Found」)のハーフテンポバージョンが急に始まったりとか。
岩崎 みんな譜面も見ずに演奏していたから、途中で間違ったところに飛んで、「あ、ダメだ」となって終わっちゃったんですけど。あの急に音楽が生まれていく感じはよかったですね。急に始まったからレコーディングできなかったということも含めて、バンドならでは、ライブレコーディングならではの瞬間だったなと思います。あのときは、(松下)マサナオがスネアでいろいろ叩き始めて、そこによっちゃん(中納良恵)が乗っかって、バンド全体が「ヤベ、やらなきゃ!」みたいな感じになったんだったっけ?
社長 そうそう。あとは、鍵盤のTAIHEIがフレーズを弾き始めると、TENDREがベースを乗っけて、自然とセッションみたいなものが始まることがけっこう多かったです。……TENDREにベースだけ弾いてもらうなんてぜいたくですよね(笑)。
岩崎 本当ですよ(笑)。コーラスが社長と長岡亮介とTENDREというのもすごく豪勢。
社長 僕のうめき声みたいなのもちょいちょい入っているので、ぜひ探してみてください(笑)。あとは、よっちゃんのタイトルコールとか、キュー出しの声もそのまま収録されていて。そういうエモーショナルなところが聴きどころなんじゃないかな。ライブレコーディングだからもちろんミスったりもしているんですけど、それも含めてOKになっているサントラは前代未聞だと思います。
音楽の距離感
──「ファンク」「ソウル」「ライブ感」以外にこの3人で共有していたイメージや、制作中によく出てきたキーワードはありましたか?
社長 「アイスランド」というキーワードがありました。
井上 あと、音楽の距離感の話をよくしましたね。
岩崎 ヒドゥル・グドナドッティルもヨハン・ヨハンソンもSigur Rósもビョークもそうですけど、アイスランドの人のサウンドって独特の距離感があるように思うんですよ。遠くで鳴っているように感じるというか。そういう音楽が今回の物語ですごくワーク(機能)するだろうから、あの距離感はキープしようという話をしました。
井上 そういう音楽と、さっき言っていたソウルやファンクとのコントラストを作れたら、という話でしたね。
岩崎 そうですね。この作品に限らずですけど、僕は作品に登場する場所に実際に行くタイプなので、今回も行ったんですよ。まず、神戸の武庫川という松尾さんが住んでいた街に行って、団地をうろうろして、もちろん渋谷にも、青山にも行って。最後にはカラマズーに1人で行きました。井上さんにも相談せずに(笑)。
井上 岩崎から突然LINEが来たから「え、カラマズーに?」ってびっくりしましたもん。
岩崎 本当に何もない街でしたよ。シカゴから車で3時間くらいかかりました。松尾さんのお兄ちゃんが入院しちゃう病院にも行ったんです。場所とか詳しくわからなかったから「雰囲気で行ったれ」と写真を見ながらなんとなく向かったんですけど、「あった、ここか!」と見つけて。「ここで松尾さんのお兄ちゃんが……」みたいなことを感じようとしたら、休みで(笑)。
社長 ははははは!
井上 病院が休みなんてことある?(笑)
岩崎 僕もそう思ったんですけど、日曜だからやってなくて。「せっかく来たのに入れないのか」と思いながら、30分くらい病院の前でボーッとして。
井上 けっこう大事な場所なのに(笑)。
岩崎 「俺は何をしに来たんだ」と思いましたね(笑)。ただ、その感じが最終的にはよかったんですよ。
井上 ああ、お兄ちゃんの感じたことを追体験できたというか。
岩崎 そうそう。お兄ちゃんはすごく壮大な夢を描いてアメリカに行くけど、何かを手に入れるわけではないし、松尾さんがお兄ちゃんを迎えに行くときも劇的なドラマがあるわけではない。何もない街に1人で行って、ぼんやり過ごして、「なんでこんなところまで来たんだっけな」と感じられたのはよかったです。まあ行ったことで何かを得られたとは思ってないし、スゲー意味のない旅だったけど(笑)。「実際にあの人たちがここにいたんだな」と想像しながら町の変遷をたどることができたのは、音楽を作るうえでも少しは役に立ったのかな。
長岡亮介には“寅さん”をやってほしい
──岩崎さん、ご自身の曲で1つお気に入りを挙げるとすれば?
岩崎 僕は自分の曲に興味がないんですよ(笑)。だからそれ以外から選ばせてほしいんですけど、強いて1曲だけ挙げるなら、長岡亮介さんが作ったエンディングテーマ「Futomaki」ですかね。長岡さんはいろいろなことができる人ですが、ルーツがカントリーミュージックにあるので、「英詞で、寅さんをやってほしい」とお願いしました。「きっとこういう曲も作れるだろう」とどこかで思いながらオファーしたんですけど、一発でぴったりの曲を上げてきてくれたのでさすがだなと思いました。
社長 ちょうどその話の直前くらいに、Original Loveのトリビュートアルバム(「What a Wonderful World with Original Love?」)がリリースされたんですよ。
岩崎 そうそう。長岡さんは「ディア・ベイビー」をやっていて。
社長 亮ちゃんはいまだにカントリーのクラブで演奏したりしているんですけど、そのトリビュートでも普段一緒に演奏しているチームでレコーディングをしたみたいなんです。僕ら3人はそれを聴いて、「これ、マジでめっちゃいいよね!」と盛り上がって。
岩崎 それで長岡さんにオファーしたら「じゃあアレンジとピアノをお願いします」と言われて。「俺、ピアニストじゃないですよ?」「え、そうなの?」というやりとりもありつつ、長岡さんとそのカントリーのバンドとストリングスと僕で一発録りをしたんです。あの曲だけは全部アナログで、テープで録ったんですよ。間違えたら最初からやり直しなんだけど、録れば録るほどテープがなくなっていくから、「あと3回が限界です」「3回で決めてください」みたいなことをやって(笑)。弦や歌までテープで録るのは、今はなかなかないんじゃないかな?
社長 うん、もうないかもしれないです。
岩崎 ですよね。そもそもテープが売っていないし、60年代サウンドの英詞のカントリーを商業ベースの音楽の中で作るのもなかなか難しい。だけどこの曲のちょっと土っぽい感じが、ドラマの世界観にも合う気がして。
井上 ぴったりでしたね。
社長 そういえば亮ちゃん、夏フェスでこの曲を歌ってましたよ。「まだ世に出てない曲なんですけど」って。
井上 そういうときってタイトルも言うんですか?
社長 歌い終わったあとに「今の曲は『Futomaki』って言います」と言ってました。
岩崎 ドラマを観ていない人は「なんで太巻き?」って思ったでしょうね(笑)。
社長 (笑)。ただ、それが本当に素晴らしくて。
岩崎 そっか。長岡さん、歌っているんだ。珠玉の1曲だと思っているので、いつかライブで聴いてみたいですね。
一瞬のシーンにもリアリティを
──「拾われた男」の劇伴には、トラックメイカーの方々も参加していますね。
岩崎 DJ Mitsu the Beatsさんに、EVISBEATSさん、DJ KAWASAKIさんが自分で曲を作っているのがすごく面白いと思うんですけど、「こんな曲作るんだ!」という新鮮さがありました。トラックメイカーの方々ともいろいろなご縁があったんですよ。松尾さんは奥さんと出会った頃にEVISBEATSさんの音楽を聴いていたらしく、「だったら頼んでみよう」という話になった。彼はちょっと遠いところに住んでいるんですけど、二つ返事で「ぜひやらせてください」「松尾さんのドラマなんてうれしい」と言ってくれました。
社長 KAWASAKIさんは2000年代初頭から日本のハウスシーンで活動していた方なので、当時の空気感を知っている人ということでオファーさせてもらいました。Mitsuくんに関しては、松尾さんがトリップホップが好きなので、彼の音楽の世界観もきっと合うだろうと。
井上 たぶん、このあたりの曲は井川遥さんが大好きだと思いますよ。
岩崎 なんで?
井上 2000年代初頭に松尾くんがセレクトした曲を一番聴いていたのが、井川さんなので。
社長 ああ、そうですよね。
井上 松尾さんが井川さんの運転手をやっていた時期に、井川さんの好きそうな音楽を車の中で流していたエピソードが第3話で登場したけど、本当にあんな感じだったみたいだから。このサントラも車の中でかけてくれたらうれしいな(笑)。
社長 車の中のシーンで一瞬かけるためだけに作った曲もあったんですよ。それがEVISBEATSの曲だから、曲が流れるのは一瞬なのに、リアリティがすごくて。
井上 レコード屋のシーンも、それ用の曲を実際に作ってもらっています。
社長 一瞬で終わってしまうシーンにも2000年代初頭の空気が凝縮されているので、そういったところからも音楽のこだわりを感じてもらえるんじゃないかと思います。
“拾われたバンド”が再結成?
──ところで、現状Lost Band Foundのライブを観ることができたのは、公開収録に参加したお客さんだけですよね。このサントラを聴いていると「やっぱり生で聴いてみたい」という気持ちが湧くのですが、再結成の可能性はありませんか?
井上 再結成してほしいですよね、“拾われたバンド”。僕が勝手にそう呼んでいるんですけど(笑)。
岩崎 (笑)。確かに、もっとたくさんの人にライブを観てほしいですよね。
社長 実は、某ライブハウスの人とはずっと話をしていて。もしもサントラを出せるなら、リリースパーティをやりたいとずっと思っていたんです。ライブが実現したら、草彅さんもギターを弾きに来てくれないかな?
井上 それはいいですね(笑)。ライブ映像は僕が撮りますよ。任せてください!
プロフィール
岩崎太整(イワサキタイセイ)
音楽家。これまで映画「竜とそばかすの姫」「モテキ」「巨神兵東京に現わる」、アニメ「血界戦線」「SPRIGGAN」「ひそねとまそたん」、Netflixオリジナルドラマ「First Love 初恋」「全裸監督」シリーズなどの劇中音楽を手がけている。「モテキ」で「第35回日本アカデミー賞」優秀音楽賞、「竜とそばかすの姫」で「第45回日本アカデミー賞」最優秀音楽賞、「第36回日本ゴールドディスク大賞」サウンドトラック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞した。
SOIL&"PIMP"SESSIONS(ソイルアンドピンプセッションズ)
2001年、東京のクラブイベントで知り合ったミュージシャンが集まり結成。ライブを中心とした活動を身上とし、確かな演奏力で注目を浴びる。2005年にはイギリス・BBC RADIO1主催の「WORLDWIDE AWARDS 2005」で「John Peel Play More Jazz Award」を受賞した。以降、海外での作品リリースや世界最大級のフェスティバル「Glastonbury Festival」「Montreux Jazz Festival」「North Sea Jazz Festival」などに出演。これまでに31カ国で公演を行うなど、ワールドワイドに活動を続けている。2022年6月に約2年半ぶりとなるオリジナルフルアルバム「LOST IN TOKYO」をリリース。
SOIL & "PIMP" SESSIONS | Official Web Site
SOILPIMP_Official (@SOILPIMP_JP) | X
SOIL&”PIMP”SESSIONS (@soilpimp_official) | Instagram
井上剛(イノウエツヨシ)
映画監督 / 演出家。1993年にNHKに入局し、ドラマ「クライマーズ・ハイ」「ハゲタカ」などの演出を務める。2013年にNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」、2019年に大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」などのチーフ演出を担当。「あまちゃん」では「東京ドラマアウォード2013」の演出賞を受賞した。2023年にはディズニープラスのコンテンツブランド・スターで配信中のドラマ「拾われた男」の監督を務めた。