バイオリン奏者を擁する男女混成3人組ロックバンド・レルエが、初のフルアルバム「Alice」を9月18日にリリースした。
2013年の結成以降、長く水面下での制作活動に重きを置いてきたレルエは、昨年8月に初の全国流通盤「UNITE」をリリース。「METROPOLITAN ROCK FESTIVAL」や「JOIN ALIVE」など大型フェスへの出演を経て、いよいよ待望の1stフルアルバムを完成させた。「Alice」には、エレクトロとギターロックを融合させたダンサブルかつキャッチーなサウンドと、不思議な世界へと誘うような櫻井健太郎(Vo)のハイトーンボイスが印象に残る全11曲が収められる。
このインタビューでは、現在に至るまでの経緯やメンバーのルーツを紐解きながら、レルエが目指す世界基準のJ-POPサウンドについて話を聞いた。
取材・文 / 秦理絵
日本だけじゃなくて、世界に勝負していきたい
──バイオリン奏者を擁するスリーピースというのは珍しい編成ですね。
櫻井健太郎(Vo, G) 周りを見てもバイオリンがいるバンドが少ないから、そういうバンドを組みたいという意図があったんです。もともと僕とエンドウが対バンで出会って、前身バンドを組んで。その後「バイオリンを入れよう」と考えて、sayaが入りました。
──前身バンドは、どういう音楽性だったんですか?
櫻井 ギターロック系のバンドだったんです。
saya(Violin, Syn) そのバンドはギターロックにバイオリンを入れたっていうような感じで、まだシンセや同期もなかったんですよ。イメージ的に言うと、Yellowcardみたいな感じだったんです。ただ、そのときはリードギターもいた5人組のバンドだったから、どうしてもサウンドがぶつかるし、どの曲にもバイオリンを入れなきゃっていう縛りもあって。あんまり先が見えなくなって、やめてしまったんですよね。
──バイオリン奏者がいる編成というのは最初から揺るぎないコンセプトだったんですか?
櫻井 単純に僕がバイオリンがいるバンドが好きなんですよ。YellowcardとかBIGMAMA、Clean Banditも好きですし、バンドになったときの想像が付きやすかったっていうのもありましたね。それがバンドの付加価値になると思ったので。
──レルエはドラムレスの編成ですけど、ドラマーを入れようとは思わなかったんですか?
櫻井 僕らはEDMが基盤にあるので、ドラムの立ち位置が難しいんです。
saya 私たちの楽曲は打ち込みの曲が多いので、今はサポートで入ってもらうほうが動きやすいなと思ってるんです。
──確かにレルエはEDM、フューチャーベースのような洋楽っぽいサウンドを取り入れながら、とても自由なロックを鳴らしてますよね。
櫻井 それがレルエを結成したコンセプトでもあるんです。僕らはJ-POPをやりたいんですね。日本語のメロディと詞を大切にしたいんですけど、日本だけじゃなくて、世界に勝負していきたい。そのために海外のサウンドもマストで取り入れなくちゃと考えてたら、こういうことになったんです。
saya 今はサウンド面で洋楽っぽいバンドも増えてきたとは思ってるんですけど、私たちは芯に邦楽ロックの要素があるんです。もとは全員ギターロックが好きなんですよ。
「弾いてみよう」よりも「作ってみよう」
──それぞれの音楽的なルーツはなんですか?
櫻井 UKのインディ系ですね。一番好きなのは、Two Door Cinema Clubです。初めて聴いたのが「Tourist History」っていうアルバムなんですけど、けっこう邦楽に近くて入りやすかったんですよ。あとは1990年代から2000年代のJ-POPですかね。宇多田ヒカルさんとかJUDY AND MARYのYUKIさん、ポルノグラフィティとか。
──音楽を始めるきっかけはなんだったんですか?
櫻井 あるとき曲を作ってみようと思ったんですよね。
──「弾いてみよう」っていうよりも、「作ってみよう」が先だった?
櫻井 そうです。まずMacを買って、GarageBandを使って。その一環でギターをやり始めたんです。それが中学3年生ぐらいで。最初からワークステーションを使って、自分1人で完結するミニマムなやり方でしたね。
──sayaさんはクラシックが原点ですか?
saya 幼稚園の頃からバイオリンをやってたんですけど、昔はクラシックが嫌いだったんです。ただ、中高のオーケストラ部で出会った先生が変わった人で。普通はモーツァルトとかをやるんですけど、いきなりバルトークとかピアソラ、ラフマニノフ、カバレフスキーみたいな、ちょっと変わったのを好んでやる人だったんです。それで、チャイコフスキーでもマイナーな「マンフレッド」っていう曲をやったときにハマったんですよね。バイロンっていう人の詞で……すみません、マニアックで。
──大丈夫ですよ(笑)。
saya 死んじゃった恋人にどうしても会いたいけど、会えなくて、最後に死んで会えました、みたいな曲なんです。中2っぽいじゃないですか(笑)。それが音楽を面白いと思ったきっかけですね。で、20歳ぐらいでバイオリンを辞めて普通の大学に通ったんですけど、そのときにバンドに誘われて、Klaxonsとかを聴くようになって。シンセがカッコいいっていう感覚を初めて知ったんですよ。それがレルエにもつながってると思います。
──エンドウさんは?
エンドウリョウ(B) 僕はファンクが好きですね。Jamiroquaiとか。でも、L'Arc-en-CielやMetallicaを聴いてるときもあったし、ユーロビートにハマってた時期もあるんです。ダンスミュージックで言うとCAPSULEを聴いたりもしましたね。
──幅広いですね。ベースを持ちたいと思ったきっかけは?
エンドウ 小学生の頃はギターとベースの区別もついてなかったんですよね。父がベースをやってたんですけど、それがベースだともわかってなかったんです。で、中学生になってバンドを始めたときに、ギターとボーカルとドラムがすでにいたから、「そう言えば、うちにベースってやつがあるかもしれない」と思って手に取ったのが音楽をやりはじめたきっかけです。それで、たぶんベースを意識して聴いたのはラルクとかJamiroquaiが最初ですかね。
──EDMを基調としたレルエのバンドサウンドの中で、ベーシストの役割はどういうものだと思いますか?
エンドウ やっぱり主張するベースではないんですよね。ループが多いし。昔はギターロック系のバンドをやってたから、レルエでは曲を制するようなベースではないことにストレスを感じたこともあったんです。でも最近は土台を支える美学が楽しくなってきましたね。派手なのは2人に任せて、俺は支える。それが性格的にも合ってるのかなって。
納得できるタイミングで納得できる曲を
──バンドの結成は2013年ですが、そこから去年初めて全国流通盤「UNITE」をリリースするまでは、積極的に表立った活動をしていませんでしたよね。
櫻井 あんまりライブ活動をやってなかったんですよね。一度世の中に作品として流通すると、いろいろなものが残るじゃないですか。そこは慎重にいこうと思ってたんです。自分たちが納得できるタイミングで納得できる曲を出したかったんです。
saya レルエになった直後は試行錯誤が多かったんです。初めてシンセを入れたし、どのソフトシンセを使って、どういう音色を出すかというのを、自分たちが本当に納得のいくまで探るのに2、3年かかったんですよね。中途半端なものが自分たちの完成形として認識されちゃうのが嫌だったんです。
──エンドウさんも同じ気持ちですか?
エンドウ 2人の判断はいつも的確だから、「あなたたちが言うなら」というところで、リリースできるタイミングを模索してました。
櫻井 っていう流れがあって、「夜はモーション」という曲ができたときに手応えがあったのでリリースに踏み切ったんです。
──「夜はモーション」では、どのような手応えがつかめたのでしょう?
櫻井 ビート自体に70'sのディスコっぽい感じを出してるんですよ。ちょっとリバイバル感があるんですけど、そのビートが単調だから乗りやすいと思うんですよね。そこを大切にしつつ、日本語のメロディを乗せてJ-POPっぽさを出したんです。
──新作「Alice」は、その「夜はモーション」が収録された「UNITE」でつかんだ手応えを、さらに推し進める作業だったんだろうなと思います。
櫻井 まさにその通りですね。いろいろなジャンルの音楽を取り入れたんですけど、今の僕たちだからこそできる挑戦をしてみたかったんですよ。これをどういうふうにお客さんが受け止めるか、実験的にやってみた感じです。
saya テーマを決めるというより、とにかく1曲1曲をブラッシュアップする感じでしたね。
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レルエが求める“まとまりすぎない面白さ”